第9話 師匠の想い
──転生から1年1ヶ月が経過した
師匠が家庭教師をはじめてからひと月がたった。
俺は《ホット》を使った火属性式魔術の再現は実に順調に進んでおり、なんと第一式の炎魔術の約9割を再現可能となっている。
つまるところ俺はもう『炎の魔術師』を名乗ってよいと言われたのだ。
一日1万回のホットも継続している。
ホットの火力は順調に伸びてきている。
そろそろ、止まった人間なら発火させられるくらいの実力はついてきた。
暗殺ならば出来るかもしれない。
「ヘンドリック、今日はなにしているのですか?」
「ふふ、驚きたまへよ、フクロウくん。これはすごい発明なんだ」
夕ごはん後。俺は自室でチャームを4つ掛け合わせて作った『ハイパーチャーム』なる違法チューニングな魔導具を自作していた。
アルカマジとの国交が盛んになって来ているので、欲しい魔導具をカリーナにいえば、数週間後には手元に届くのだ。
そのため、チャーム3つくらいなら簡単に集めることができた。
「ヘンドリック、私から付けろと言っておいてなんなのですけど、そんなに身につけて平気なんでしょうか? ちょっと心配です……」
止まり木のラテナは「ふくぅ」と心配そうな声をもらした。
「精神力は日々、成長してる。これも無茶なノルマのおかげだ。ほら大丈夫だよ」
4つのチャームを手首につけてみて、平気なことをアピールする。
「流石は女神も認める英雄ですね。転生させた私も鼻が高いです」
ラテナはフクロウ胸をはって、自慢げに喉を鳴らした。彼女の好きな眉間を指でなでてあげる。
チャームは通常なら魔術の発動を補助するアイテムだが、俺にとってはホットの変化技を使いやすくさせるためのアイテムだ。
こいつのおかげで俺は魔術師を名乗れるようになったと言っても過言ではない。
「できた」
ハイパーチャームを、手首に巻きつける。
脳内の思考領域が拡張された感覚を得た。
ふふ、これは実に楽しい体験だな。
と、その時。
部屋の扉がガチャリと開いた。
「お兄ちゃん、お風呂あがったよー!」
風呂上りのほかほかセレーナが順番をつたえて、俺のもとへ飛びこんできた。
やさしく抱きとめて、頭に口づけしてやると「えへへ! おやすみ〜!」と恥ずかしそうに、されど嬉しそうに、キャピキャピ言いながら、元気に自分の部屋へ戻っていった。
「ヘンドリック」
「ん、どうした、ラテナ」
「セレーナちゃんだけでいいんですか?」
ラテナがジトーッとした光無き眼差しをむけてくる。猛禽類の鋭い視線は、返答を間違えれば襲われそうな雰囲気をもっている。
俺は生唾を飲みこみ慎重に言葉を選んだ。
ラテナは不機嫌だ。
その理由はひとつ。
スキンシップ不足だろう。
「よーしよしよし」
ラテナの羽毛をわしわし撫でる。
すると、彼女はそれそれーっと言わんばかりに胸に飛び込んできた。
可愛らしい声で「ふくふく〜♡」といって腕のなかで翼をちいさくバタつかせてくる。
どうやらセレーナを再現してるらしい。
俺とラテナはお互いが大好きなので、たまにこういう事するのだ。
「ふくふく〜、ほら、愛らしいフクロウが甘えています! これはチャンス以外の何物でもない模様なのですよ!」
俺はラテナをやんわり抱きしめて、ふわっふわに羽毛に口づけしてモフらせてもらう。
ラテナはご満悦の様子で「よく出来ました、ふくふく♪」と止まり木にとまった。
「じゃ、お風呂入ってくる」
「ゆっくりして来るのですよ」
ハイパーチャームをつけ俺は部屋を出た。
「風呂風呂っと。あとちょっとで二式もコンプリートできるぞっと」
先日、剣術のほうでも『即撃』を修めて、ウィリアムから銀狼流一段をもらった。
これで3つある剣術流派のうち、ふたつは有段者の肩書きを名乗れる。
最近の俺は調子がすこぶる良いな。
──しばらく後
風呂場で、火属性式魔術の練習していたせいで、そうとうな長風呂になってしまった。
はやく部屋に戻らないと。
俺は暗い廊下をはしる。
「むむ? なにやら音が」
部屋への途中、妙な音が聞こえてきた。
両親の部屋のまえを通りかかった瞬間だ。
ベッドのきしむ……いやらしい音だ。
「この音はまさか……」
耳を澄ますのをやめて、ため息をつく。
俺は奴隷時代に、複数の奴隷をすしずめにした奴隷小屋のなかで過ごしていたので知っている。
夜になると男、特に大人の奴隷たちは小屋のなかの、女奴隷たちに覆いかぶさり、組みふせて性欲をしずめるのだ。
俺みたいなガキたちはすみっこに固まって、ただ夜な夜な無理に股を広げさせられる女性たちを無視することしかできなかった。
雑用係になってからは、ウィリアムが俺にいろいろと教えてくれた。セックスとかいう名称がついている行為で、生きていると自然としたくなるんだという。
俺の両親、浮雲夫妻。
カリーナとウィリアムは20代だ。
まだまだ若く、精力にみなぎっている。
子供が寝静まった夜に、一日中楽しみにしてた行為におよぶのは至極当然だろう。
だから、美人な母親の「ウィル、だめ…っ、もうっ、私……んんっ!」という声が聞こえてくるのも、旺盛な父親の「ほら、奥までつっこむぞ、カリーナッ!」という勇ましい声が聞こえてくるのも仕方がない。
「ウィル、ウィル……っ、だめだって、声が、もれちゃう……っ」
「まだまだこれから、へへへ♪」
ウィリアムにはすこし黙っていて欲しい。
「寝るか」
俺は両親の現場などみたくはなかったので、さっさと寝ることにした。
「明日も早いからな。……ん」
暗い廊下の途中で、俺はソイツの存在に気がつき思わず物陰にかくれた。
それは、行為中の両親の部屋のまえに、″見知らぬ人影″がいたからだ。
「はあ…はあ…落ち着け…」
早くなる鼓動を押さえながら、俺はそろりと物陰から顔をだす。
両親の部屋のまえ。
扉の隙間からだれかが、ウィリアムとカリーナのセックスをのぞいている。
その人物には狐色の″もふっと尻尾″がはえており、頭にも″ふわっと耳″がはえている。
異常すぎる現場だ。
どうしたらいいかわからない。
「あれは……」
少し眺めていて冷静になる。
その人物、なんか師匠に似ている、と。
あれ、さては師匠なのでは? と。
じーっと目を凝らす。
「ぁぁ、なるほど…」
俺はすべてを理解した。
どうやら俺のフォッコ師匠。
両親のセックスをのぞき見してるらしい。
なるほど。
師匠はセックス知らないな。
ふふ、俺の方が大人ではないか。
俺はたくさん見たことあるからな。
──すべてが終わった頃
夜の廊下でひとしきりのセックスの勉強をおえた師匠は、顔を真っ赤にして、そそくさと部屋へともどっていった。
俺はその背中を見つめる。
良い物見させてもらいました。
今度、これをネタに不遜な態度を取るちみっこ師匠をこらしめてやろうか。
邪悪な計画が頭をよぎった。
と、同時に疑問も浮かんでくる。
「それにしても、あの尻尾と耳は……まさか、そういうことなのか?」
俺はひとつの重大な事実に気がつき腕を組む。夜の廊下でひとり思案にふけた。
彼女は──『獣』だ。
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──転生から1年3ヶ月が経過した
季節は春。
緑が生茂り、小鳥たちが歌う。
温かな風が心地よい。
俺の魔術は急速に上達していた。
ハイパーチャームの装備以降、師匠に手放しで喜ばれるほどに、数多の火属性式魔術の再現に成功していたのだ。
それは、わずか3ヶ月で炎の魔術分野において第二式魔術の8割を習得するくらい──つまり『炎の大魔術師』を名乗れるほどだ。
魔術が苦手だった俺が、ここまで魔術を身につけられたのには理由がある。
ひとつ目は、ハイパーチャーム。
これにより《ホット》でうみだした熱の操作が格段にやりやすくなった。
ふたつ目は、ホットの火力向上。
元々の魔術である《ホット》を使って瞬時に水を熱湯にかえたり、木一本炭化させられるほどに、俺の火力はあがっている。
みっつ目は、師匠の助言と実演だ。
これが一番おおきい理由だろう。
実際にそれがどんな魔術なのか、どう魔力を操作したら現象にたどり着くのか、知っているのと知らないのとでは全く違う。
俺の実力はすべて師匠のおかげだ。
この力があれば奴らを倒せる……たぶん。
俺の復讐が現実味を帯びてきたぞ。
「炎さえ起こせれば、それをほぼ自由に操れるというわけですか」
師匠は「デタラメな能力に進化しましたね」とやや呆れながら褒めてくれる。
が、実際のところそんな万能じゃない。
十分な火炎さえ起こせばあとは魔力操作で、熱を移動させて、多くの炎魔術は再現できる。
しかし、無理なものも多い。
特に《ファイアボール》のように熱の塊をぶつける単純な火力技ではなく、炎の形状を細かく指定する技量系は特に苦手だ。
「《フレアウィップ》」
師匠は枯れ枝のような杖から伸びる炎のムチで、置き石をまっぷたつに焼ききった。
「″ヘンリー″、これは出来そうですか?」
「難しいですね。発熱だけで炎のムチを構成するのはさすがに……」
俺はいい淀み──ふと、とあるアイディアを思いつく。
「でも、″結果だけ″なら真似できるかもしれません」
師匠は「ほう」と嬉しそうにつぶやいて「見せてください」と場所ををどいた。
俺は斜めに焼き切られた置き石をみた。
新品の杖を構えた。
カリーナが買ってくれた物だ。
杖があるのと無いのとでは、魔術の精度、魔術の威力などに大きな差がでてくる。
「不死鳥の魂よ、
炎熱の力を与えたまへ──《ホット》」
熱を斜めの″線状″に集中させる。
はばわずか1mm以下、縦長に伸ばす。
置き石に赤く輝く紅光の線が現れた。
「すぅ、はぁー」
高い集中力を必要とする作業だ。
俺はひたいに汗を滲ませて、そのままいっきに狙った場所への魔力を増大させる。
置き石のうえの部分が″ジュルっと″ずれて落ちた。切断面は溶岩化して火照っていた。
よし、石の溶解に成功した。
でもこれは《フレアウィップ》と言うにはやや無理があるだろうな。
「火を使わずに、なんて威力の熱切断……」
「焼き切ることはできましたけど、これじゃ《フレアウィップ》とは呼べないですね」
俺は杖を腰のホルダーにしまい、深いため息をついた。
炎のムチは失敗だ。
「これは流石に《フレアウィップ》ではないです……ただこの焼き跡は──」
師匠は言いづまり置き石の切断面を見る。
「遠隔のものを自由に焼き斬れる魔術……およそ《フレアウィップ》より凄まじい現象ではないですか……? ヘンリーのオリジナルスペルが魔術世界に普及したら魔術戦の歴史が変わりそうです」
「そうですか? オリジナルスペルを使っているつもりは無いんですけどね」
「誰がなんと言おうとヘンリーの魔術はすべてがオリジナルスペルです。たぶん、ヘンリーは世界で一番オリジナルスペルをもっている魔術師までありますよ」
うーん、それってどうなの。
魔術の再現を《ホット》だけでしようとしているのに全然認められていないってことなのではないか。
「流石はわたしの弟子です。オリジナルスペルしか使えない魔術師なんて個性的すぎてアルカマジに行ったらヒーローになれますよ」
師匠は疲れたように肩をすくめた。
どうやら褒めてくれていたらしい。
憧れの人に言われて素直に嬉しかった。
「えへへ、ありがとうございます」
「……ふん、あまり調子に乗らないように」
「ぁ、すみません」
師匠はツンとしてぷいっと顔を背ける。
もう3ヶ月の付き合いになるのに、すこし冷たいような気がするが……。
もっと仲良くなりたかったのにな。
でも、仕方ないかな。
彼女は炎の賢者、俺は炎の大魔術師。
あまりにも立場が違いすぎるんだ。
「お兄ちゃーん、お昼の時間だよー!」
お知らせ係セレーナが、元気よく庭へやってくる。読み書きの稽古が終わったのかな。
「もうそんな時間か」
「うん、いこいこー、お兄ちゃん!」
セレーナが手を引いて連れて行こうとする。
「ちょっと、待ちなさい、セレーナちゃん」
そこへ声をかけるのは師匠。
彼女はスタスタ寄ってくると、セレーナからひったくるように俺の手を奪いとった。
おや。
なんだこの感じ。
なぜだか不思議と嬉しいぞ。
「″ヘンリー″はわたしの弟子です」
「っ! お兄ちゃんはレナのお兄ちゃんだもーん!」
「それが揺るがぬ事実である事は認めます。ですが、まだ授業中です。勝手に連れていかれてはこまります」
フォッコはムッとした顔で、俺の手をひいてズンズンと庭の奥へ連れ戻していく。
「″リクにぃ″はレナのお兄ちゃんだってばー!」
「さあ、行きますよ、ヘンリー」
「リクにぃー!」
「授業に部外者の侵入は許しません。おとなしく諦めてください、セレーナちゃん」
「むむむぅ! フォッコちゃんのばかー!」
「フォッコちゃんじゃないです、わたしはあなたよりずーっと歳上なんです。背だって高いんですよ、セレーナちゃん」
「むきー! リクにぃに、フォッコちゃんがいじめる! なんか言ってあげてよ!」
「え? ああ、うーんと……」
師匠の顔を見る。
彼女のじーっと見つめてくる黄金の瞳に、弱り果て「ごめん、レナ、何も言えない」と、俺は情けなく、あっさりと降参した。
「もうリクにぃに知らなーい! フォッコちゃんとお似合いしてればいいんだー!」
「レナ! ち、違うんだ、俺はレナのことも大好きな──」
「授業に戻りますよ、ヘンリー」
勝ち誇った顔の師匠は、ご機嫌なようすで授業を再開しはじめた。
「……師匠、なんだからしくないですね」
授業時間分はぴったり働く、それが師匠だ。たしかに時間に厳しい人、でも、今まであんな風にレナを追い払うことはなかった。
「師匠はすこし変わったような気がします」
「そう見えますか、ヘンリー」
俺から少し距離をあけて、師匠はぴょこんっとふりかえりこちらへ振り返ってくる。
少しだけ背が高くなった俺。
師匠よりかはまだ低い。
でも、目線はほとんど同じくらいだ。
「時が経つのはあっという間ですね」
師匠は瞳を揺らしながら、ちいさな、それはちいさな声でこぼした。
「師匠? それってどういう……」
「さあ、ヘンリー、授業のつづきですよ」
師匠は俺の言葉をさえぎり、瞑目すると、黄金の瞳をカッとひらいた。
その言葉の意味は最後まで聞けなかった。
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