第7話 家庭教師、来訪
──転生から1年が経過した
季節は春。
今日は白い雲の切れ目からそそぐ日差しが、日和の訪れをつげていた。
そんな天気の良い日に、俺とウィリアムは浮雲邸の庭にて、木剣を構えてむかいあっていた。
「いいか、ヘンリー、銀狼流の強さは徹底した防御・受け流し・パリィにある。相手の剣の呼吸、力、技量にあわせて適切な対応をしろ」
俺は深くうなずく。
「よし。このひと月で基礎は教えきった。今から銀狼流の基礎技にして、極みの領域まで使っていける『即撃』をおしえる」
「そくげき、即撃ですか」
ウィリアムは腕を引きしぼり、直剣をゆらめく『霞の構え』にもつと、いつでも打ってこいと合図をする。
内心、父親を殺すつもりで、上段から木剣をふりおろした。
ウィリアムは息を短くはきすてて、俺の剣先に難なく自身の剣をあわせてくる。
阿吽の呼吸をあわせることで、完璧なタイミングを実現し、初撃をパリィされた。
剣が吸い込まれる。
そんな錯覚をえたときには、俺の体は庭の芝生のうえを転がっていた。
「いった…っ!」
「これが『即撃』だ。カウンターを最速で行う、すなわち″後の先″を追い求めた剣技だ。集中力を使うし、初見の相手には難しいだろうが、何度か剣を打ちあってると成功しやすいぞ」
「ぅ、ぅぅ、覚えておきます……」
脇腹を押さえてたちあがる。
8歳相手に結構容赦ないなぁ…。
「はは、そんな顔するな。その歳でアライアンス伝統の剣聖流一段をもっているんだ。お前は間違いなく天才だ」
「いえ、それほどでも……」
8歳で有段者は通常ありえない。
俺の記憶がただしければ9歳が段位取得の最年少記録だったような気がする。
正規の記録はホンモノの天才が作った物。
俺の記録はウィリアムの贔屓と、リクの時に、剣聖流一段はとっているために出来ただけのこと。
世界にある3つの剣術流派。
それぞれ、7つ段位が存在しているが、俺のような非才な人間は、ひとつの流派の一番下の段を取るだけで精一杯である。
「僕は剣のセンスもないですから」
「あんまり卑下するなよ。お前は間違いなく天才だ、俺が保証してやる、ヘンリー」
「……」
騙してるようで気が進まないな。
「んじゃ続きをはじめようか。……ん?」
休憩を終わらせようとすると、おもむろにウィリアムは門の外へ視線を向けた。
俺も目線をうつす。
門の外に人影があった。
ちょこんと立ち尽くすのは、狐色の髪の毛と、金色の瞳をしたおさない少女だ。
紅と黒の魔女らしい帽子と、分厚いローブを着ており、片手にトランクを引いている。
小さな体にはどれも不相応で、背伸びしている感がいなめない。
見るものをなんとも微笑ましい気分にさせてくれるが、心配にもなる──そんな小さい体なのに本当に平気か、と。
ちっちゃくて可愛い人。
それが遠目にみた俺の感想だった。
「父さん、あのちいさい人は?」
「雰囲気がもろアルカマジの魔術学生だな。向こうで見たことがある。きっと家庭教師なんだろう。ほら、母さんが出てきたぞ」
玄関からカリーナが飛び出してきた。
門を開けて少女を迎えいれる。
ウィリアムと俺は、タオルで汗を拭きながら、ふたりのもとへと向かった。
「遠いところ、わざわざ来てくださりありがとうございます!」
カリーナは丁寧に挨拶して、少女のちいさな手を満面の笑みでにぎる。
身長160cmのカリーナにたいして、わずか140cm足らずの少女は文字通り大人と子どもにみえる。
少女は感情を顔にださずに、ぺこりとお辞儀をしてから話しはじめた。
「ソーディアで掲示板を見てきました。ここが家庭教師を募集してるという浮雲さんのお屋敷ということであってますか?」
努めて事務的な声調。
カリーナは笑顔でぶんぶん頭を縦にふる。
少女は「そうですか」とだけ答えて、カリーナの横にたつ、俺をいちべつした。
好意的な視線……ではなかった。
「フォッコです。家庭教師の募集をしているとのことなので、参らせていただきました」
「こんにちはっ、私はカリーナ浮雲って言います! こっちが夫のウィリアム、それで、この子がヘンドリックです!」
これから先生になるフォッコへ向けて、俺はカリーナによく「かわいい〜!」と褒められるキッズスマイルを送る。
良好な関係づくりは、俺がアライアンスの市場で学んだ処世術のひとつだ。
「やっぱり…平凡な子ですね……」
フォッコが何かいった。
平凡?
平凡って俺のことかな?
俺の先生になる彼女にとって、俺は平凡な生徒というくくりに入れられたようだ。
事実ではあるだろうが、なんだかすごくムカついた。
「先生はちっちゃくて可愛いですね」
口が滑ってしまう。
ついつい煽り口調になってしまった。
「うるさいです、私の方が全然大きいです」
フォッコは目線の高さで優っていることを誇らしげに、むすっとして薄い胸をはった。
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その日の剣の修行はきりあげて、ウィリアムとカリーナはフォッコの面接にはいった。
俺は庭園で遊んでいたセレーナとラテナを回収して、客室の扉のまえで待機する。
「ねえ、さっきの子がお兄ちゃんの先生になるのー?」
「こら、レナ。ダメだろ、さっきの子じゃなくて、フォッコ先生だ。ああ見えて俺やレナより、ずっと歳上のお姉さんなんだからな」
「えー、あんなちっちゃのにー?」
「ふくふく〜」
「……それは俺も思ったけど」
失礼すぎる我が妹と自分自身の口をおさえて、俺は扉に耳をちかづけた。
扉の向こうから声が聞こえてくる。
「それじゃ、まず一応、形から質問させてもらいます。おほん」
父親の事務的な言葉づかい。
上級騎士なので貴族付き合いがあるはずだが、みょうにぎこちない。
「どちらで家庭教師の募集を見ましたか?」
「? さきほどソーディアで募集を見たと言いませんでしたか?」
「あ……そうですね、ソーディアですね」
ウィリアムは、あははっと愛想笑いする。
カリーナが「何してるのよ」と言って、太ももをペチンとたたく音が聞こえた。
「ええと、それでは、アピールポイント…‥とか、あったらお聞かせください」
「単刀直入にいいましょう。わたしを雇って間違いはないです。2ヶ月前までアルカマジ王立魔術大学で勉強してました。属性魔術なら苦手はないです。しいて言うなら火属性魔術が得意で、肩書としては『炎の賢者』です」
「け、賢者級!?」
両親が驚いた雰囲気が伝わってくる。
勢いあまって机に膝をぶつける音も。
たぶん、ウィリアムだ。
にしても、賢者ときたか。
これは凄いこと……な気がする。
第四式魔術の行使を可能にする魔術師は、その離れ業をたたえ『賢者』と呼ばれる。
それは、常人なら決して見ること叶わない才ある者のなかでも、特に優れた者のみがたどり着ける魔術領域らしい。
第一式魔術の《ホット》でつまづいてる俺とは天と地ほども差のある魔術師だ。
「あ、え? 賢者さんが家庭教師なんかしてるなんて……」
カリーナの心配そうな声が聞こえる。
「お言葉ですが、賢者って本国でもかなり優れた階位なのでは? ほかにたくさん待遇もお給料も良い仕事がありそうですけど」
「探せばあるでしょう。でも、わたしは世界を見てまわる旅の途中なんです。せっかく、国交が進展して動ける世界が広がったのですから。ここにも数ヶ月ばかりお邪魔したあとは、また新しい場所へ移るつもりです。──凡才に時間をさくつもりはありませんので」
「はあ、賢者は旅するものなんですか」
「お旅のお途中、なんですね〜お凄いです」
煽られてるのに気がつかないウィリアム。
言葉づかいが怪しくなるカリーナ。
父さん。母さん。いまたぶんフォッコ先生は俺のことすごい馬鹿にしてますよ。
その後、細々とした事がウィリアムとカリーナとフォッコのあいだで決められた。
相談のあと。
フォッコは住みこみ、賃金は一般的な家庭教師の10倍額、朝・昼・晩の食事つき──という超優良待遇のもと3ヶ月の契約で、この俺の家庭教師となることが決定した。
科目は属性魔術限定。
回復魔術や支援魔術は専門外らしい。
俺も戦うチカラが欲しいので都合がいい。
「賢者さま、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす!」
「ふくふく」
俺とセレーナ、ラテナも客室に入室して、浮雲家一同、偉大なる炎の賢者へ挨拶した。
フォッコは「よろしくお願いします」と硬い表情と感情のない声でこたえた。
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──翌朝
フォッコ先生の魔術講座がはじまった。
庭の芝生にちんまり座り、向かいあう。
天気が良いのでピクニックしてる気分だ、
「改めて、よろしくお願いします、ヘンドリック。あなたの家庭教師をすることになったフォッコです」
「はい、よろしくお願いします、先生」
性格は微妙そうだけど、顔は愛らしい。
俺はなんて幸せ者なんだろう。
家庭教師が来てくれるのは知っていたけど、こんな綺麗な人に教えてもらえるとはな。
奴隷時代は、高貴な身分の淑女は建設途中の下水から見上げるだけの存在だった。
これも盲目な忠誠心を捨てたおかげか。
「さあ、先生、魔術の秘儀すべてを教えてください!」
俺はやる気満々にいった。
「先生、ですか」
「? どうしましたか、先生」
雑念だらけで挨拶に挑んでいると、先生の表情が暗くなった。
「いえ、先生という響きはわたしにはまだ重すぎると思っただけです」
「そうなんですか?」
フォッコは瞳を閉じる。
「そうなんです。ですので、ヘンドリック、あなたは今日からわたしのことは師匠と呼ぶように」
「先生と師匠って違いますかね」
「違います。少なくとも、わたしのなかでは」
フォッコは狐色の髪の毛をなでつけ、黄金の瞳をひらく。綺麗だ。
フォッコ先生じゃなく、フォッコ師匠か。
「では、ヘンドリック、師匠から最初の課題です。噂に聞く″魔法″とやらを見せてください」
「僕のこと、噂されてました?」
「たわごと程度の噂ですよ。誰も信じてはいないでしょう」
「せんせ…師匠は信じてくれるんですね」
「自分の目で確かめたいと思っているだけです。どのみち教え子が、どの程度の魔術を身につけているか、知っておく必要があります」
師匠はそういって庭の端にたつ。
俺は置き石をひとつ持ってきて、木の枝に遅延魔術バージョンの《ホット》をかけた。
石のうえに置いて適度に距離をあけた。
「? 何をしてるのですか?」
「遅延魔術をです」
「ああ……ディレイマジックを使えるのですか」
師匠がすこし感心したような顔になった。
すこし待つ。
枝が燃えて一瞬で炭になった。
3ヶ月前よりも火力はあがっている。
「どうですか、師匠」
師匠は目を見張り、口に手をあてる。
目つきは野生のキツネのようだ。
彼女は口に手を当てたまま、品定めするように俺の頭からつま先までみつつ、ゆっくりとこちらへ近寄ってきた。
そのまま、俺のまわりをぐるっと一周まわり、赤いシャツを、べらっとめくってくる。
「火種を隠しもってるわけじゃない……? いえ、これでは何とも言えませんね。ヘンドリック、いますぐ服を脱ぎなさい」
「え?」
え?
「はやく。師匠命令です」
俺はパンツ一枚になるまで脱がされた。
なんて酷いことするんだ。
こんな横暴が師匠とて許されるのか。
「師匠、こ、これ何してるんですか……?」
師匠は俺の衣服を、布の裏からポケットの隅々までチェックしていく。
俺は泣きたい気持ちをおさえながら、これも復讐のためだ、とパンツ一枚で俺の衣服を物色する師匠を見ていた。
「やっぱり火種がない、うーん」
師匠は悩み顔になり、魔術師ローブの腰に差した短い杖を手にとった。
枯れ枝のような使い古された杖だ。
ひとつ咳払いして、詠唱がはじまった。
「暴け、汝の全貌、
隠匿せし真名を──《サーチ》」
師匠を中心に、不可視の波動が庭全体へひろがっていった。
「近くに火元はない? となると……」
師匠は杖をしまい、難しい顔をする。
「ヘンドリック、よく見てませんでした。もう一度やってください」
俺の顔をみて、まじまじという。
見せるのは構わない。
けど、そのまえにさ……、
「……ふ、服着ていいですか、師匠」
「あっ」
ようやくあられもない少年の裸体を、長時間放置していたと気づいてくれた。
彼女は恥ずかしそうに頬を染めて、着替えを手伝い服を着せてくれる。
「それじゃ続きをどうぞ」
「……わかりました」
何事もなかったかのように、早々にファーストセッションは再開された。
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