第12話 お前が決めろ
師匠の背中が見えなくなる。
俺が8歳なんてガキじゃなければな。
この恋を実らせようとも思えただろう。
「……俺のへたれ」
すでに家族は屋敷へもどった。
俺は寂しい庭で立ちつくす。
「大丈夫ですよ、ヘンドリック。魔術世界で生きていくなら、すぐにまた会えるはずです」
ラテナは大きな翼でぎゅーっと俺をつつむように抱きしめてくれた。
フワフワしていて秋の冷たい空気をやわらげてくれる。
「そうだな、再会の日を楽しみに。今はただこれでよかったと思おう」
「その息ですよ。……時にヘンドリック」
「ん? なんだ?」
「私もヘンリーって呼んでいいでしょうか?」
「全然構わないけど」
ラテナは嬉しそうに羽をぶわぁっとたてて「また、仲良しになってしまいましたね」とおでこを擦りつけてきた。
俺は「そうだな」と言い、人懐っこい相棒のふわふわの羽毛を撫でてあげた。
──しばらく後
部屋にもどってくる。
机のうえに何やら手紙が置いてあった。
「これは……まさか師匠からの?」
彼女の置き手紙のようだった。
俺は何か気になり、すぐに手にとって開いた。
手紙は教養あふれる綺麗なエーテル語で、なおかつ整った筆記体で書かれていた。
『ヘンリー へ
まずはじめに、炎の賢者への昇段おめでとうございます。アルカマジ王立魔術大学でもこの領域に到達した子を見たことないです。
それもヘンリーの若さでとなると史上初かもしれません。誇張じゃなく本気の話です。
これは本当に凄いことです。
ちゃんと理解できていますかヘンリー?
変なところで弱腰なので気がついていないかもしれませんが、間違いなくあなたは歴史に名を残す天才です。
ん……いえ、やっぱり、やめましょう。これでは嫌味な師匠になってしまいますね。
実際のところ、多くの魔術師が第四段階へ進めずにその一生を終えると言われています。
それを成し遂げたことは、素晴らしいですが天狗にならないでこれからも励んでくださいね。
言葉をかえて、努力の天才とでも褒めておきましょうか。ヘンリー、あなたはこれまでわたしが出会った人々の中でも飛び抜けて秀才です。神武以来の秀才です。
ぜひ胸を張って生きてください。
……いけませんね、褒める言葉を探そうとすると、どうにも大袈裟になってしまいます。
と、まあ、散々書いておいてなんですが、この手紙を書いている時はまだ《ライジングサン》を教えてはいないです。けど、きっと、ヘンリーなら成功させるんでしょうね。
前置きが長くなりましたね。
ここからが本題です。
ヘンリーの稀有な才能を見込んで、アルカマジ王立魔術大学への推薦書を同封しておきます。これは開けないように。魔術大学入学の年まで大事にとっておいてください。
ヘンリーの素晴らしい才能は魔術の発展を100年単位で進歩させるものかもわかりません。ぜひとも、さらなる高みを目指すために学徒の門をたたいてみてください。
師
フォッコより』
俺はまぶたを閉じて師匠のあたたかな言葉をかみしめる。
彼女の声は脳内再生余裕だ。
「ありがとうございます、師匠」
俺は手紙を綺麗におりたたみ、封筒にしまって、同封されていた推薦書を手にとる。
厳かな印の封蝋がされていた。
これは師匠の身分を保証するものだろう。
俺は彼女の手紙と、魔術大学の推薦書を引き出しの奥深くに大事にしまった。
窓を開いて、口笛をふく。
遠くまでよく響く音は練習の成果だ。
とおくの空からラテナが帰ってきた。
俺の口笛で彼女には、すぐ戻ってくるようにしてもらっているのだ。
「どうしましたか、ヘンドリック」
ラテナは俺の腕にとまって、耳をつんつん甘噛みしてくる。最近の彼女は俺の耳がお気に入りらしい。
「アルカマジ王立魔術大学ってどこにあるか知っているか?」
「魔術王国の名門魔術学校ですか。そこならアルカマジの片田舎にあるといいますよ」
「田舎なのか。てっきり王都にあると思ったけど」
「王都と比較しても遜色ないくらい大きな学園都市が築かれているらしいですね。アルカマジには学校の数だけ都市があるんです」
どうすれば入学できるのか聞くと、金出せば入れるとだけ答えが返ったきた。
「面接みたいなのはあるようですが」
「年齢制限はある? 俺は今からでも入れるか?」
「ヘンリーはすこし若すぎますかね。一番下が12歳くらいだった気がします」
あと3年は入学できないか。
師匠も推薦書を大事にしまっておけとか言ってたし、時間かかるとは思ったけど。
「オーケー、だいたいわかった」
「お役に立てて光栄です、ふくふく」
俺はラテナを空へかえして部屋に戻る。
将来は決まった。
師匠の母校に入学して魔術世界で名をあげる。
それで、いつか師匠に再会するんだ。
1日1万のホットじゃ生温い。
今日から1日2万回感謝のホット開始だ。
─────────────
───────────
──転生から2年が経過した
師匠と別れて半年以上がたった。
俺は9歳になり身体も大きくなっていた。
それにともないウィリアムの1日における剣術指南の時間がどんどん増えてきている。
今ではパリィ、受け流し、防御、カウンターに重きを置いた銀狼流剣術も結構身についてきた。
まだ一段だが、それでも以前の俺とは比べ物にならないくらいにも強くなれている。
──ある日の稽古
「流石はヘンリーだ、ほんとうに飲み込みがはやいぞ。12歳までに二段まで獲得できれば、ソーディア騎士学校でも大注目間違いなしだ」
「ええ、そうですね。ソーディア騎士学校……学校……? ぇ、父さん今なんて?」
俺は汗をぬぐいながら聞きかえすと、ウィリアムは目をまるくした。
「話してなかったか? 騎士になるためには騎士学校に行かないといけない。騎士の跡取りでもそれは変わらなくてな。俺がどんなに国にお願いしても、ここはどうにもならないんだ」
「あー……えっと……」
話を聞くとウィリアムは、あたかも俺が騎士になることが当然のように言ってきた。
12歳になってからソーディア領最大の街にあるソーディア騎士学校にて、知識と経験をつみ卒業して晴れて一介の騎士になると。
「浮雲家は父さんで一代目だからな、ここから歴史を積みあげていくんだぞ。はは、いっしょに頑張ろうな、ヘンリー」
歴史を重ねる魔術師の家系があるように、武勲を積みあげる騎士の家系もある。
俺はつまり″こっち側″なわけだ。
だが、俺は騎士になりたくない。
騎士学校ではなく、魔術学校にいきたい。
師匠がそう期待してくれたように。
「……そろそろ頃合いもいいだろ」
師匠が旅立ちはやいもので半年。
俺は打倒団長のために、ずっと上級騎士というひとつの実力ラインを観察してきた。
そろそろ、踏み込んだデータを恐れずに取りにいくべきだ。
「ん? どうしたんだ、ヘンリー」
俺はギラついた目で、顔の汗をぬぐったタオルを、芝生のうえに叩きつけた。
ウィリアムは目を見開き、ポカンと口をあけた。
タオルを叩きつける行為は騎士王国において決闘の申し込みを意味する。
古来では左手の手袋をたたきつけるのが、慣習だったが、今ではタオルでも同じ意味をもつ。
「……」
ウィリアムは訳がわからず困惑しているようだった。
それもそのはず。
タオルの叩きつけ方次第では「手合わせお願いします」から「どちらかが死ぬまでやろう」と、決闘の本気度を幅広くとれるのだ。
ちなみに俺はめっちゃ強く叩きつけた。
「…………拾え」
「拾いません」
父親の冷たい声に俺は断固としてかえす。
「お前も騎士貴族なら、その布の意味はわかっているんだろう。ヘンリー、助長したか。すこし褒めたから調子に乗ったのか?」
「乗ってないです」
「いいや、明らかに調子づいてるだろ。身内だからいい。こんなこと他の騎士貴族や領地貴族の前でやってみろ? 冗談じゃ済まされないぞ」
「冗談のつもりはありません。父さん、僕は騎士になりたくないんです。善悪の問題じゃない、僕はこう生きようって決めたんです」
ウィリアムはますますわからない顔をするが、ふと何か思い至ったような顔になる。
「フォッコ先生か。……そうか。魔術を扱える騎士は芸達者な浮雲の家系にふさわしいと思ったのにな。まさか、こうなるとは」
目頭を押さえて「失敗したか……」とウィリアムは疲れた声をもらした。
俺の今回の決闘は打算的な目的もふくまれている。
ひとつ目の目的は、もちろんウィリアム浮雲という上級騎士の実力を知ること。
今の俺がどれくらい通用するかを見て、団長を討てるのかどうかを判断する。
ふたつ目の目的は、ソーディア騎士学校などに行って、浮雲家を継ぐつもりはないことを、しっかりとウィリアムに伝えること。
これが通らないのならば、俺の二度目の人生はそうそうに無意味なモノになる。
今度こそ俺は俺のためだけに生きる。
これらの目的を果たすための、建前上の決闘理由が王立魔術大学であり、本音もまた王立魔術大学だ。
「僕はアルカマジの王立魔術大学に行きたいんです」
「噂に名高い学園都市だな。ふむ、それだから浮雲家を継げないと?」
ウィリアムの声がすこし柔らかくなる。
「そうだな、うんうん。フォッコ先生は魅力的だったもんな」
「ん……? あれ怒ってないんですか?」
おかしい、ウィリアムからピリピリした覇気がどんどん無くなっていく。
「怒ってないさ。本音を言うとな、お前が魔術に夢中になってたのは気がついてたんだ。俺の剣術稽古より、フォッコ先生との魔術授業のほうが100倍くらい楽しそうにしてたからな」
「あ、それは……すみません……」
俺のことが大好きなウィリアムとしては、さぞ辛かっただろうに。
「俺も本家クラウディア家で家督を継ぐのが嫌で、分家として浮雲家を起こしたクチだからな、お前の気持ちはわかる」
クラウディアはウィリアムの旧姓だ。
つまり、彼の実家である。
11代続くアライアンスでも有数の騎士貴族の家系であり、ウィリアムはそこの次期当主だったが、逃げてきて別の家を作った経緯がある。
波乱の人生を歩んだウィリアムは、俺の一斉蜂起にも理解を示してしまったのだ。
「いいぞ、行きたいなら行ってこいよ、大好きな女は隣国まで追いかけるもんだ」
昔を懐かしむようにウィリアムは、屋敷のほうへチラッと視線をうつす。
カリーナとの馴れ初めでも思い出しているのかもしれない。
って違うって。
いや、だめだろ。
そこは「継がないなど許さん!」って言って、俺と本気の戦いをするところだろう。
「ふふ、だがな、ヘンドリック浮雲」
ウィリアムの口調が改まったものに変わり、オレンジ色の瞳がギラリと輝く。
「自分の好きなようにやりたいなら、まずはチカラを示さなくちゃならない」
ウィリアムは木剣を放り捨てて、武器ラックから鋼の直剣を2本とった。
彼の体のまわりにオーラがうねり、とめどなく溢れる気迫が目に見えるようだった。
俺は一歩後退してしまう。
冷や汗がダラダラと流れてきた。
「弱いのに『ああしたい』『こうしたい』なんてほざいたってそんなの世間じゃ通らない。俺だってクラウディアを抜ける為に、親父の左腕を落として来たんだ」
「……ッ」
「ヘンリー、浮雲を継ぎたくないなら、俺にチカラを示してみろ。出来なきゃ口だけ達者な小便小僧ごときに、広い世界なんて歩けやしないぞ」
ウィリアムに真剣を投げ渡される。
俺は木剣をすてて、それを受け取った。
鋼の刃はとても重かった。
「お前が決めろ」
俺は長く息を吐きつくす。
そして、無言で刃を構えた。
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