第13話 上級騎士 対 炎の賢者
「それが答えか。……いい覚悟だ」
ウィリアムは薄く笑い──顔を引き締める。
俺はこの半年で研究を重ねた父親の動きを予測する。
まずは初動。
ウィリアムは重心を前に置いた踏み込みを斬りこみを好む。
特に俺のような格下相手だと、わりとムキになるところがあるので、踏み込みは深くなりやすい。
利き手は右、左足がどれほど前へ来るかで、彼がどれくらい″ムキ″になってるか測ろうか。
「スゥ、はぁ…」
呼吸を整えて、睨みあう。
俺からは動かない。
彼に勝てるとしたら、銀狼流剣術での受け流し、パリィ──ここら辺で優位性を確立してからの攻撃しかありえない。
「息巻いておいて消極的だな。失望したぞ」
ウィリアムは肩をすくめて、軽薄に笑う。
ただの挑発だ。
乗ってはいけない。
「そうか、わかった──」
次の瞬間、彼は姿勢を低くして、一息に踏み込んできた。
「ッ、はや──」
「ツァ!」
踏み込みを測っている余裕などなかった。
俺は振り抜かれる″殺す気の一太刀″に、剣をたててガードを間に合わせることしか出来ない。
ウィリアムの腕力いっぱいで振り抜かれた剣で、俺は数メートルほど転がされた。
芝生をはらって、すぐにたちあがる。
ウィリアムは目の前にせまっていた。
剣を拾いあげると同時に、そのまま下方から斬りあげをつかって牽制する。
彼は俺の上昇する刃を、直剣の根本らへんでコンパクトにパリィした。
俺の体勢がさらに崩される。
「ツァ!」
ウィリアムの前蹴り。
長い脚が俺の腹部に刺さった。
強烈な衝撃に俺の視界が暗くなる。
すぐ後、地面を転がる乱暴な反転と、屋敷の壁に激突する痛みに目を覚ました。
俺の左の視界が真っ赤だった。
まぶたを切ったらしい。
「ぉ、ぅ、ぐぅ……! くそ…っ」
ダメだ、強すぎる。
剣術もフィジカルもウィリアムは俺の遥に先の領域にいる。
「ヘンリー、お前ってこんな弱かったのか」
「っ」
「はは、これならそもそも浮雲の家督をやるって話も考え直さないといけなかったか」
ぐぬぬ、この野郎、舐めやがって。
「俺が、どんな、思いで…毎日、毎日、死ぬ気で鍛えてきたと……ッ」
負けられない。
俺はウィリアムをぶっ倒して、その先にいるこのクソ野郎どもぶち殺さないといけないんだ。
こんな場所でお高い芝生舐めてる場合じゃねえんだ。
「ぅぐ、ァアア!」
圧倒的な力量差をまえに震える足を鼓舞して、なんとかたちあがる。
ウィリアムの攻撃は重すぎる。
受けてはならない。
「立たなきゃいいものを」
ウィリアムは冷たく吐き捨てて、こちらへ走ってくる。
一瞬で間合いを詰められ、彼は助走をつけた横薙ぎの一撃をいれてきた。
俺は気がつく。
フェイントだ。
俺の親父はフェイントがさして上手くないのに、この手の技が好きだった。
『百芸』なんて二つ名を背負ったゆえの、カッコつけるための付け焼き刃だ。
「本命は突き……!」
「っ」
ウィリアムは素早く、剣の軌道を修正、腕を引きしぼり、槍のように勢いよく剣を突き出してきた。
俺は全身をふって避ける。
剣が屋敷の壁に深々とささった。
初めて訪れたその隙を狙い、俺は叫びながら剣を思いきり父の腹にはしらせた。
これはガード出来ないはずだ。
「甘いッ」
「ぇ」
驚くことが起きた。
ウィリアムのやつ間近にせまった俺の剣を、ヒザとヒジで上下から挟みこむことで受け止めていたのだ。
俺の剣がピクリとも動かない。
「悪いな、ヘンリー。俺には″拳術″の心得もある」
「そんな、バカなこと──」
見たことのないウィリアムの技術。
そうだこの男は『百芸』と呼ばれるほどに才能豊かで、奇特な戦い方を好むんだった。
拳術は付け焼き刃ではないと──?
「ツァア!」
ウィリアムは上下からの力を込めて、俺の剣をへし折ってしまった。
俺は剣身が半分なくなり、軽くなった直剣を手にフラフラとあとずさる。
この男、本気で強い。
これが上級騎士の強さ?
「武器破壊までするつもりはなかったんだが……まあ、こうなっちゃ仕方ないよな」
ウィリアムは軽薄に微笑む。
壁に刺さった剣をぬき「まだやるかい」と、剣で肩をトントンするガラの悪さを見せてくる。
はは、面白い。
俺は血で塗りつぶされ、半分になった視界でウィリアムの姿をとらえる。
折れた剣を捨てて、腰のホルダーにおさめられた枯れ枝のような杖に手を伸ばした。
ウィリアムの顔がこわばった。
「父さん、僕も魔術をつかうつもりはなかったです。殺してしまうかもしれないから」
「小便くさいガキが調子に乗るなよ」
「なんて言っても構わないですけど、父さん、とりあえず全力で避けることをオススメします」
俺は全身の魔力を起動させる。
体のまわりに赤いオーラがたちこめた。
「なんだ……」
ウィリアムは腰を低く落とす。
俺は熱素を手のうえに集中させた。
すると、あたりの芝生が燃えあがり、チリチリと焼け焦げていってしまった。
ウィリアムは俺の手のなかに出現した輝く火炎の球に、目を見開いていた。
俺はもう物を燃やさずとも、熱の凝縮だけで熱素の塊をつくれるほどに、《ホット》の火力をあげている。
「焼き穿て──《ファイアボルト》」
俺は手のうえの輝く火炎球に、指示をだして投げる──敵を破壊しろ。
ファイアボルトは凄まじい勢いでとんでいき、ウィリアムにせまった。
彼は鬼気迫る顔で、大きく飛び退いた。
ファイアボルトが芝生に着弾する。
着弾した地面を中心に爆発が巻き起こる。
ウィリアムは避ける距離がたらずに、爆風に体を煽られてかなり遠くまでふっとんだ。
しかし、空中で1回転して姿勢を整えて見事に地面に着地した。
彼の顔には驚愕がはりついてる。
俺はその間に第二射を準備、投擲した。
着地後、すぐにファイアボルトが飛んできたウィリアムは、剣で火炎球を斬りさこうとする。
「させない」
俺は遠隔から火炎球を爆破した。
ファイアボルトは着弾しなくても、意図的な爆破が可能なのだ。
「馬鹿な──ぐぁあ!」
ウィリアムが爆炎のなかから、うめき声とともに出てきた。
彼の手から離れた剣がくるくるまわって芝生に突き刺さる。
ウィリアムは剣を取りにはいかず、綺麗に着地にして火傷した顔でこちらを睨みつけてきた。
よし、剣を回収される間に第三射の用意をしようか。
そう思って俺は魔力をためはじめる。
瞬間、ウィリアムは空手のまま俺のほうへ走りだした。
今までの動きが冗談のような、とてつもない速さだった。
第三射など準備している時間はない。
俺はとっさに使う魔術を変更する。
元はすべて《ホット》の派生技なので、このような緊急変更が効きやすいのだ。
「焼き尽くせ──《スコーチ》」
俺は手のなかのちいさな火炎球を握り潰して、熱素を熱波として放出した。
木を一瞬で発火させる熱風が、俺の前方数メートルを焼きはらう。
しかし、ウィリアムは腕を十字型に構えてガードしたまま突っ込んできた。
そんなもので耐えられるか疑問に思ったが、彼には俺の知らない技があった。
「熱いだけだなァア!」
ウィリアムは気合いと根性と、謎の武術で俺の《スコーチ》を突破してきた。
回し蹴りが流れるように繰り出される。
俺は上体をそらして避けた、
熱波のせいでひるんでいたので、ウィリアムの技が雑になっていたおかげだ。
俺は近接戦ですぐ発動できる《スコーチ》を使って、父親に焼け死ぬか、間合いをあけて逃げるかの選択肢をあたえつづけた。
そのすべてにおいて、ウィリアムは焼け死ぬことを選びつづけ、実に3回目のスコーチに一歩後退した。
俺は次がトドメだと思いながら、最後の《スコーチ》は殺さない程度に威力をおさえる。
俺は別にウィリアムに死んでほしいわけじゃないからな。
「ッ、油断したな!」
瞬間、ウィリアムの指しこむような鋭いローキックが俺の足をはらった。
体勢をかんたんに崩された俺は、上段からの振り下ろしの拳を間近に見た。
これは避けられない。
そう思った瞬間、俺はウィリアムの鉄拳と地面に頭を挟み撃ちされていた。
頭の骨がきしむ音が耳の奥から聞こえた。
死を間近に感じる。
「ァ、が……ッ、ぁ」
手足が震えて言うことを効かなかった。
自分がなんでこんな状況にいるのか、一瞬意識がとんでわからなくなる。
「はぁ、はぁ、炎の賢者の魔術がどんなモンか見るつもりだったが、予想以上にダメージをもらっちまった……はあ、はあ、様子見してる場合じゃなかったかな」
ウィリアムは勝ち誇ったようすで、俺に背を向けて歩きだす。
なぜだ、なんでウィリアムはまだ立てる。
あれほどのダメージを負っているのに。
執念の違い?
いいや、俺の方がよほど執念深いはずだ。
「不思議そうだな、ヘンリー。どうして俺がまだ立っているのか、わからないんだろう」
「ぅ、なんで、ですか……」
「背負ってるモノが違う。浮雲の当主、騎士としての誇り、それぞれの流派での段位、父としてのプライド。こういう自負が戦いの最後の最後で人間を立ち続けさせる」
なんだよ、それ。
俺にはプライドがないって?
「うぐ、ふざけ…んな…」
俺は師匠に言われたんだ。
師匠が認めてくれたんだ『炎の賢者』だって。
そして、もう二度と負けないという覚悟。
俺にだって譲れないプライドがある。
「俺は、俺は炎の賢者だ……今この瞬間もあのクソ野郎どもが、平気な顔して、アライアンスには……のさばってんるんだ」
俺は負けられない。
負けたくない。
「ヘンリー、お前は優しいな」
「っ」
「でも、ここで沈めてやる」
ウィリアムが拳を固めて近づいてくる。
このウィリアム浮雲という男は強い。
殺さないと止められないほどに。
だが、殺したくはない。
そんな矛盾を解決する手段があるはずだ。
俺は『炎の賢者』なんだ。
師匠にそう認められた。
ならば出来るはずだ、不可能なんてない。
《ホット》を信じて信じて、この2年間ひたすらに極めつづけて来ただろう!
「しばらく寝てろ、ヘンリー」
「ぅあああああ!」
俺は杖を握りしめる。
ウィリアムの拳が振り下ろされる。
その瞬間、
──パキキ、ィ
空気の割れる音がした。
視界に青白い光が起こった。
「ッ、な、なんだこれは……?!」
俺の体内の魔力がぐんぐん失われる。
無意識のうちに何かしているようだった。
俺はもうろうとする意識で顔をあげる。
「……こ、これは、氷…?」
「ヘンリー…お前、なにを…」
ウィリアムの身体は氷に包まれていた。
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