第21話 時忘れのリゼット
俺とラテナは、魔導具店で買い物を済ませて魔術街の通りをあるいていた。
貴族の服とお金になりそうなものを質屋に入れてつくったお金で、なんとか買えたものがある。
杖ではない。
それは指輪だ。
「ふふ、買ってしまったよ、フクロウくん」
「高い買い物でしたねえ。そんなちっちゃいのに……騙されてはいませんか?」
こたびの購入品であるこの神秘の指輪は、魔法の杖と同じ働きを期待できる新しい魔導具である。
魔術師の知恵とアライアンスの鋼を鍛える鍛治技術があったから、指輪のサイズで使用に耐えるだけの魔術触媒をつくれたらしい。
魔術街の空にマジックリングのはまった手を掲げる。
銀色の輝きをはなつ指輪に、真っ赤な宝石がはまっており、匠の技で形作られた竜が、赤い宝石をくわえていた。
「杖を握るより、いろいろやれそうだ」
「ふくふく、それもそうですね。さては、大幅なパワーアップしているのでは?!」
ラテナとはしゃいでると、ふと彼女は「あ!」と声をあげた。
視線の先をたどれば理由はすぐに分かった。
足を止めて前を見る。
俺は目を見張った。
それは複数の感情からくる衝撃だ。
茶色い短髪、紅い瞳。
通りかかった男たちをふりむかせる愛らしい顔立ちは、見間違えるはずもない。
「リゼット……」
思わず口にだしてしまい、ラテナが驚いた顔で俺のほうを見てくる。さながら「何声に出しちゃってんの!」と言いたげだ。
わずか数メートル先の、扉からタッタッタと軽快な足取りで出てくる彼女は、名前を呼ばれたことで、こちらへふりむいて来た。
「おやおや、どうしたんだい、可愛い少年」
俺より背が高い彼女は少し膝をおって、紅い目をぱちくりさせた。優しげな笑顔で微笑んでくる。あの時となんら変わっていない。
「えーと……」
言葉につまり、俺は彼女の爪先から顔までをながめた。
「……前見たときと変わらないなぁって思って」
俺はあはは、と愛想笑いしながら言ってみた。
リゼットの姿は変わっていなかった。
変わっていなかった。
これは成熟した大人の世辞や挨拶の決まり文句ではなく″何も変わっていなかった″のだ。
あの頃から2年半経ったのだから、少しくらい変化を感じられてもいいはずなのに。
困惑していると、リゼットは「ああ…」となにかを察したように苦笑いした。
「あなたも″時忘れ″を見に来たクチね!」
「え? 時忘れ?」
リゼットは腰に手を当ててニコリと微笑むと、ラテナのほうを向いた。
「私の時間は止まってしまったのよ。同い年の女の子たちはみんな、あなたのお姉さんくらいの姿になってるのに、私だけが12歳のまま」
ラテナと俺は目を見合わせる。
そんな奇病にリゼットは掛かっていたのか。
「すこしずつ噂が広がってね、今じゃ珍しがってたまに君みたいな以前どこかで会った誰かさんが会いにくるんだよ」
リゼットは俺の鼻頭を指でかるく押した。
腰を曲げてくるので、緩い服の胸元が実によく見えてしまう。
俺はちょっと恥ずかしくなりながら、チラチラと視線を走らせる。
「んっん! さあ、ヘンリー、もうこれでいいね? 行くよ」
ラテナは俺の頭をぺちんっと引っ叩き、手をひっばってくる。
リゼットは「からかっただけなのに♪」と相変わらずいたずらな笑みを浮かべて、手をピラピラとふった。
なんだかよくわからない病気になっていたが、俺が思ったよりずっと元気そうだ。
俺は気になっていたんだ。
毎日、ミラーにちょっかい掛けられては手を出されそうになっていたからな。
この分だと元気にやれているんだろう。
新しい事にも挑戦して……うん、もうリクは彼女を守る必要はないな。
「おーい、リゼットはやく来てよー!」
「みんな先行っちゃうよー!」
先ほどリゼットと一緒に建物から出てきた少年少女たちが、わーわー言いながらどこかへと駆けて行く。
リゼットは「今行くー!」とだけ答えて、やれやれ、と肩をすくめた。
「まったく、決闘好きのガキんちょ達はこれだからね〜」
彼女は大人の余裕で首を横にふった。
と、その時。
ふと「むむ?」といぶかしむ顔をした。
「おや、少年、それはマジックリングじゃないの? もしかして、君も魔術を勉強してるのかな?」
「まあ……すこしは」
ラテナの手を振り払い、ギッと睨みつけて引きずるのをやめさせる。
もうすこし再会を楽しませて欲しい。
「それなら、うちの塾に入らない?」
「塾? なんですかそれ」
「アルカマジじゃ結構一般的な学習指導をする場所、かなぁ。アライアンスじゃ魔術学校と混同されてるから、魔術を教えてもらえる場所って思えばいいかもね! アルカマジから来たすごい先生が魔術のこと教えてくれるんだよ」
リゼットはそう言うと「お姉さんもどうです?」とラテナのことも誘った。
めっちゃ積極的に勧誘してくるな。
「ね? ね? ほら、とりあえずは決闘を見ていくだけ見て行ってよ! 魔術はみんなで競いあったほうが絶対に楽しいんだから!」
俺とラテナを交互に見ていうリゼットは、俺たちの手をそれぞれ掴んで走り出してしまった。
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