第3話 死の克服者
浮雲屋敷は騒然としていた。
理由は昨日葬式をあげ、永遠の別れをしたはずの長男が死から蘇ったことにある。
彼の名はヘンドリック浮雲。
不死鳥の女神により″生き返った″者だ。
ただいま、そんなヘンドリック浮雲は固まってしまった父親の前に姿をさらしている。
──とまあ、他人事のように語ってはいるが、これらすべて俺のことである。
「頭を整理する時間をくれ、頼む」
ウィリアム浮雲は目頭を指でもむ。
受け入れがたい現実だろう。
すこし時間をあげることにする。
不死鳥騎士団でも、この人は俺に心から親切にしてくれた人だ。団長のように俺のことを裏切っているかもしれないが……なんとなくこの人だけは大丈夫な気がした。
「ヘンリー、お前……死ななかった?」
「おかしな質問をしますね、ウィリアム様」
「ウィリアム様? なんだその呼び方」
「……父さん」
「それだ。普段はそう呼んでなかったか?」
「いけないいけない。父さんですよね、はは、ちょっと僕なに言ってるんでしょうね、ははは」
「ヘンリー、お前やっぱりおかしいぞ」
ウィリアムのうろんげな眼差しに、俺は冷や汗がとまらない。
この後、いくつかの質問をされた。
多くは俺がヘンドリック浮雲の記憶を継承しているおかげで難なく答えられた。
「信じるしかないのか? いや、でも流石に生き返ることなんてあるか……?」
さんざん怪しまれたが、結局、俺が生きている理由は「死から蘇った」というところに着地できた。
まあ予定通り着地できてるのか、まったくもってわからないが……普通なら信じないだろう。
が、あいにくとこのウィリアム浮雲という男は迷信深い性格があるらしい。
虹の鳥ラテナは、不死鳥の使いであり、気まぐれで生き返らせてもらえた、とつたえたら一発で納得してくれた。ちょろいものだ。
「このフクロウが神の使いなのか、ほぅ」
ウィリアムは鋭い目つきで、俺の頭のうえのラテナを睨みつける。
「しかも名前がラテナだって? 俺の後輩のペットに恐ろしいほど似てるな」
「ふ、ふくふく……っ」
動揺して声がもれるラテナ。
ウィリアムはじーっと見つめ「センスのない鳴き声もよく似てるぞ」と彼女を刺激することをいう。相棒をいじめないで。
すかさずフォローに入る。
「可愛い鳴き声ですよね」
「そうか? 前々から思ってたが、あんましかわいくな──」
「可愛いです」
「いや、でも『ふくふく』なんて安直な──」
「フクロウ可愛い」
「……んー。うん、そうだな。なんだか可愛い気がしてきた」
ウィリアムの説得に成功する。
ふふん。
「父さん、実はですねこの子、目が覚めたときに膝のうえにいたんです。めずらしい生物なので撫でてあげたらなつかれちゃって」
「そうか……。常々、不思議な鳥だとは思っていたが、まさか神秘の物の怪だったとはな。だとしたらこの鳥は本当にリクのラテナなのか? どこかではぐれてヘンドリックのもとに来てくれたとか……うーん、王都がどうなってるのか気になってきたな」
リクという前世の名前をだされて、俺は身を固くする。
「……ラテナの元の飼い主さんは今どうしてるんですか?」
恐る恐るたずねてみた。
「実は騎士団を脱走したらしくてな……俺がこっちの屋敷に帰ってきた頃で、お前が死んだりいろいろ慌ただしかったから、団長からさして詳しく聞いちゃいないんだがな……。俺は信じてないんだ。あの真面目なリクが逃げだすとは思えないしな」
俺は目をつむり「そうですか」とだけ答える。
もう俺はリクではない。
こんなこと聞いても詮無きことだ。
ウィリアムは俺の頭をポンポンっとたたいて心底安心したように息をつく。
「にしても、本当によかった…お前がいなくなったら俺は……ううん、やめよう、今はただこの神の気まぐれを喜ぼうじゃないか」
父の腕に強く抱きしめられる。
俺はヘンドリック浮雲の人格すべて、記憶のすべてを引き継いでいるわけじゃない。
外側や言動を似せることはできても、彼本人にはなりきることは出来ない。
でも……でも、これでいい。
大切な者を亡くす絶望は知っている。
ウィリアムをぬか喜びさせて、悲しの底に沈めることなど俺には出来ない。
それに、ラテナのこともある。
神秘学者……彼らには『死の克服者』だと知られてはならない。
「父さん、またよろしくお願いします」
こうして俺は死んだはずのヘンドリック浮雲として、
ラテナは運命の出会いを果たした幸福を呼ぶ鳥として浮雲屋敷に住まうことになった。
このすぐ後、礼拝堂から帰宅した母親と妹に死ぬほど驚かれたことは語るべくもない。
──しばらく後
家族が「しばらく落ち着く時間がほしい」と口をそろえていうので、俺はしばらく自室から出てこないでくれ、と言われた。
「浮雲家のみんなさんは優しそうですね」
女神形態になり、ベッドにダイブするラテナは呑気に語った。
「ここでなら柔らかいベッドに、温かな食事、豊かな自然とともに暮らせますよ」
「兵舎の雑用係とは天地も差がある生活だ。さすがは上級騎士ウィリアム様のご自宅ってところか。しっかり貴族してるよ」
せっかく貰えた二度目のチャンス。
心穏やかに暮らすのも悪くない。
けれど、俺はその前にやらねばならない。
「ヘンドリック、私はあなたに幸せになって欲しいです」
「ラテナ……悪いけど、無理だ。あいつらを野放しにしておくなんて、出来るわけがない」
「私も嫌です。ただ、今のヘンドリックは無謀に身を投じようとする気迫があります」
「……やり返す機会があるなら、誰だってこうなるさ」
「わかってます。だから約束してください」
「なにを?」
「この人生すべてを復讐に費やすようなことは絶対にしない、と」
「……」
「いいですか? 返事してください」
「ああ、もちろん。あんなクズたちのために人生まで捧げてやる気なんてサラサラない」
嘘だった。
本当は火薬を抱えて自爆してでも、あいつらを殺してやりたかった。
だが、その道を選ぶのを彼女は望まない。
頭を冷やして考えてみれば、ラテナの言うとおりな気もする。
俺の命はやつらに弄ばれた。
台無しにされた人生、二度目までも奴らのために消費してやる義理はない……か。
ただ、やつらをこのまま野放しにするほど俺は優しくないし、聖人でもないが。
「俺たちが受けた痛みは必ず返す。手ひどく裏切られた分、倍返しにしてたたきつける」
「ふくふくっ、それは当然のことです。私は女神ですけど他人に受けた屈辱を水に流してあげるほど甘々ではないのですっ!」
「そうだな。あいつらには煮湯を飲んでもらわないと」
「フフ、死ぬより辛い拷問にかけて、東の大洋に住む海の悪魔たちに喰らわせてやりましょう。フフ」
「なかなかハードだな」
うちのラテナの目からハイライトが消えている。暗黒をかかえた者特有のジト目だ。
彼女は俺以上にミラーや団長のこと恨んでそうだな……俺よりよほど危なそうだ。
その時が来たら、暴走しないように止めないとな。
この子は今度こそ俺が守りぬかないと。
─────────────
───────────
──転生から1週間が経過した
俺たちはまだ浮雲屋敷にいた。
若干7歳である俺やペットのラテナが王都にもどり、団長らに公正な裁きを下すことは現状、とても難しいからだ。
①王都に向かう足がない
②騎士団長をさばける者がいない
③私刑を行う力がない
以上3つが報復実行をはばむ壁となっている。これらをなんとかしなければならない。
とまあ、そんなこんなで、俺とラテナはの騎士王国の辺境──のどかで平和なブワロ村で、現状は足止めをくらっているわけだ。
ただいま、俺はラテナを頭に乗せて、種まきがはじまった田畑を歩いているところ。
散歩中に妙案が降りてくることを願う。
「小鳥が鳴いてますよ。平和ですね」
「だな」
兵舎で毎日イジメられて、我慢して我慢して我慢して、騎士団のためにすべてを尽くして……そんな生活を送っていた俺からは想像ができないほど、ゆっくり時間が流れている。
「見てください、ヘンドリック、遠くに見えるのは懐かしのガドルブック山脈ですよ。王都近郊からこんな辺境地までつづいているんですね」
「俺が氷鋼を採りにいったのは、あの山脈群でも特に標高が低い場所だった。その帰りにあいつらに……」
「嫌なこと思いだしちゃうますね。もっと明るい話をしましょうか」
「そうだな。でも、どんな?」
「そうですね……将来の話とかどうですか? 私は私のご主人が、どんなことを夢見るのか興味があるんです」
「将来のこと? そんなの……わからない」
リクとしての俺に将来なんてなかった。
俺の命はただひたすらに不死鳥騎士団への忠誠を捧げることにのみ費やされていたし、これから先の半世紀もそのつもりでいた。
でも、もう忠誠を捧げる組織はない。
命の恩人だっていない。
あるのは途方もない自由を手にした籠の中の鳥と、果てしない復讐心だけだ。
「俺は何者かになりたいなんて、思ったことはなかった。これからもそうだ」
「ヘンドリックらしいですね。でも、それは褒められません。私は常々思っていたんです、私のご主人は人間なのにどうしてこんな悲しい人なのだろう、て」
「……なにかやりたい事が見つかったらいいな」
「騎士になるとかは?」
「それだけは嫌だ」
なりたい未来はまだわからない。
でも、騎士にだけはなりたくない。
全身の細胞が満場一致で答えをだしてる。
「ヘンドリックは『百芸』とうたわれる剣士ウィリアム様の息子です。元来、中身の剣術センスは良いのですし、この年から剣を練習すれば、きっと強くなれますよ」
「それは思ってたよ。私刑をくだすためにも力をつけないといけない。また鍛えなおすことは必須だろうなって」
「それじゃ旅の流浪人にでもなりますか?」
「それって自分で望んでなる者かな」
「自分のやりたいように生きる風来坊です。かかっこいいじゃないですか。可憐なフクロウをオトモにし、剣の腕だけで弱者をたすける──ふくふく、良い案だと思いますっ!」
「弱者をたすける、か。それも俺の人生の使命にしたいな……すこし興味がでてきたよ」
話しているとやってみたい事、やりたい事が意外にも多いことに気づかされる。
「あ、あんなところにちょうどよい丘が。あの丘で休憩しますよ、ヘンドリック」
小休憩によさそうな小丘を見つけて、そこへラテナと共に参る。
丘に腰を下ろして、風に黒い前髪を揺らされていると、ふとある事が気になった。
昨日、話していた神秘学者のことだ。
神秘とは不思議の力のこと。
実際に目にしたことはないが、隣国アルカマジ魔術王国では″魔術″なる神秘の術をつかって文明を築いているという。
剣術とは相反する″戦うチカラ″だ。
「ラテナは魔術って知ってるか」
「おもむろですね、もちろん知ってます、なんたって女神ですから!」
「俺……魔術を使ってみたいかもしれない」
「わお、それは、楽しそうです」
乱暴で粗暴で、裏切る騎士──個人的偏見──とは違い、魔術師たちは賢くて知的だ。
俺は魔術師のほうが向いてるのかも。
いや、向いてなくても関係ない。
俺は魔術師になりたい。
考えてみて、これが一番自分のやりたいことだと俺は思い至った。
「魔術に答えをもとめれば、あのクズたちを簡単に倒せるだけのチカラを身につけられるかもしれない……うんうん、いいアイディアじゃないか」
剣術で団長を負かすのは困難。
魔術ならばうまく行くかもしれない。
「魔術師、ふくふく。なるほど、となるとアレが必要ですね……」
「まあ、息巻いておいてなんだけど、魔術師のなり方なんて知らないんだよな」
「ふっふふ、大丈夫ですよ、ヘンドリック。私に全部まるっと任せておいてください!」
「なにか策があるのか?」
俺の問いかけに、彼女は怪しげな半眼で「アテがあります」と答えてくれた。
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