第16話 オオカミ少女


 森近くでたすけた少年といっしょに、いったん浮雲家へとかえることにした。

 彼の怪我を治療するためだ。

 意気揚々と家出して来た手前、戻るのは恥ずかしいが、これは仕方がない。


「ふくふく」

「すごい、鳥ですね…! かわいいでふ!」

「いま噛んだ?」

「き、気のせいです、です!」


 少年は俺のラテナが気に入ったようだ。

 ラテナも彼の腕にとまり、機嫌よく楽しませてあげている。

 

 俺はほどよい間を見つけて話しかける。


「名前はなんていうんだ?」

「アルウって、呼んでくれたら、うれしい、です」

「アルウか。良い名前だな」


 可愛い名前って褒めようとおもったけど、やっぱりやめた。気にしてるかもしれない。


「良い名前でふか? えへへ、あ、ありがとう……ございます、ヘンドリック、様」

「ヘンドリックでいいよ。同い年なんだし」

「で、でも、お貴族様をそんな風には呼べない、ですよ」

「嘘だよアレ。俺、本当は貴族じゃないだ」


 アルウはポカンとした顔をして俺の服を見る。

 俺の衣服は浮雲家のものなので、仕立てのよい高級品ばかりだ。

 つまるところ、俺は貴族の格好をしているわけだ。


「アルウの言いたい事はわかるよ。話せば長くなるんだ」


 俺は要点をかいつまんでアルウに話をした。彼は心底わからないという風に終始、首をかしげて「もったいないですね…」と、眉尻をさげて言った。


 しばらくして、屋敷に帰ってくる。


「ここが浮雲屋敷、ブワロ村を守る騎士の家だよ」


 門をあけて帰宅する。

 そのまま玄関へ向かおうとし──ふりかえると、まだアルウは門の前にいた。


 首をかしげると「こ、この豪邸、が、ヘンドリックの家……」とかなり驚いてるようだった。


 庭園を見渡してキョロキョロ落ち着きないアルウの手をとり、安心させ、ともに参る,


 家にあがるとセレーナが走ってきて「にぃにがもう帰ってきた?!」と大声でさけび、嬉しそうに胸に飛び込んできた。


 カリーナとウィリアムもすぐに飛んできて「気が変わったのか?!」と質問したきたが、俺はゆっくり首を横にふった。


 戻ってきたわけを話すと、カリーナは手早くアルウの手当てをして回復魔術をつかってくれた。

 手当てしてる途中、セレーナがずっとアルウの灰色の尻尾をいじって遊んでたが、アルウ本人は穏やかな笑顔のまま、気にしてないようだった。

 

 うらやましい。

 俺ももふっても文句言われないだろうか。


「えっ…しっぽ、触りたいの……?!」


 聞いてみたところ、こんな反応をされた。


 露骨すぎるだろ、アルウ少年。

 セレーナは少女だからいいとして、やっぱり同性の野郎から触られるのは嫌ってか。


「よし、それじゃタオル貸してあげるよ」

「? あ、ありがとう、ございます」


 温水でぬらしたタオルでアルウの顔をふいてあげる。

 彼は気持ちよさそうにし、うっとりした顔で見上げてくる。


 可愛い顔だ。

 マダムや姉さんに好かれそう。


 益体のないことを考えながら「腕上げて」といって、俺はアルウのシャツを脱がした。


 地面に転がされていたし、服のなかまで拭いたほうがいいだろうと思ったからだ。


「ふぇ……?」

「どうした」


 瞬間、アルウはほうけた表情をしていた。

 時間がとまったような感覚だった。

 何かしてしまっただろうか?


 俺はじーっとアルウの身体を見下ろす。

 まったいらで子供らしい身体だ。

 すこし……なんというか、筋肉がすくなすぎるような気はするけれど。


「うわぁあああ?!」


 アルウは涙を目にためて、さけびながら風呂場を飛びだしていってしまう。


「なにが起こったんだ……?」


 俺はアルウの上着を手にたちつくすばかりであった。



 ──しばらく後



 秒針が時を刻む音がやけにおおきい。

 静まりかえった屋敷の地下部屋で、俺はウィリアムにしかられていた。


 内容は″女子の服を剥いたから″だそうだ。

 

「わかる、わかるぞ、お前も9歳だ。男としての責務を感じたんだろう


 見当違いな共感をされながら、ウィリアムは肩に手を置いてくる。


 いや、こんなのズルいだろ。

 アルウが″女の子″だったなんて完全な罠だ。

 俺は被害者と言っても過言じゃない。


「でもな、ヘンリー。いきなり脱がすのはダメだ。俺はやっぱり不安になってきたぞ。お前を外に行かせてよかったのかってな」

「聞いてください、父さん。僕は無実です。なぜならこれは事故だから。親切心で体を拭いてあげようとしただけでして──」

「それはド変態の言い訳だぞ、ヘンリー。俺をあまり失望させるな」


 ハイライトの失われたウィリアムの目線と「失望」という強い否定の言葉に、俺はたじろぐ。


「男だと思ったんですって。そんな家出した途端に本性剥き出したか…みたいな顔しないでください!」

「無理な言い訳は聞きたくない。あんなに可愛らしい顔してるのに、どうして男の子だと思ったんだ」

「ぁ、ぅ、たしかに……」


 可愛い顔してるとは思ったけどさぁ……。

 

「ブワロ村を守る地方騎士として、俺には村のなかでの犯罪や揉め事を罰する権限があたえられてる。ヘンリー、お前も男なら腹をくくって反省しておけ」


 ウィリアムはそう言い残し部屋を出ていこうとする。


 俺はあたりを見渡し、この石の牢屋の床に怪しげな魔法陣が描かれていることをウィリアムにたずねる。


「こんな不気味な部屋に残さないでくださいよ……精神おかしくなりそうです!」

「それはお前が子供の頃、描いた模様だろうに。いいからそこで大人しくしておくんだ」


 ウィリアムはそう言って、扉を閉めて鍵をかけた。階段をのぼる音が、扉の向こうから聞こえてくる。


 本当に閉じ込められてしまった。

 

「ここ、怖いな…」


 床の魔法陣をながめる。


 なんなんだよ。

 ヘンドリック浮雲は悪魔召喚にでもご執心だったってのか。


 俺は自分の幼年期が不気味すぎてちょっと怖くなってしまった。


「クソ……魔術の練習でもするか」


 俺はふかふかのベッドに身を投げた。

 牢屋ではあるが調度品の質はよい。

 

 俺に与えられた罰は3日間の禁固。

 煩悩に負けない精神をつくるんだとか。


 別に負けた訳じゃないんだよ。

 信じてくれよ、父さん。


 俺は嘆きながら《ホット》の練習回数を稼いでおくことにした。


「へ、ヘンドリック」

「ん?」


 声が聞こえて練習を中断する。

 扉の隙間からアルウが入ってきていた。


「アルウ、どうやってここに?」


 疑問に思うと、アルウは手に鍵を持っているのを見せてきて「フクロウさんがくれたんです」と遠回しにラテナの株をあげていく。


 流石は我が幸福の女神にして相棒だ。


「ところで、どうしてここに? まだ、俺に謝らせ足りなかったのか?」


 俺はさっき、ウィリアムとカリーナの冷たい眼差しを受けながら謝罪させられたことを根に持っていた。

 だって、俺悪くないんだから。


「そ、その件で謝りたくて……″ボク″ほんとうに悪いことをしてしまったと思ってるんだ」

「本当に? その一人称だと悪気があるようにしか思えないんだけど」

「ひぃ、ごめん、本当にごめんって」

「ふーん。本当に反省してるのかなぁ」

「もちろんだよ……命を助けてもらったのに、恩を仇でかえすなんて……」


 恩義を感じてくれてる、とな。


 助けたかいがある。

 ちょっと嬉しいじゃないか。


「だからこうして助けに来たってわけだよ」

「ほほう、殊勝な心掛けだぞ、アルウ」


 言われのない罪で3日間も不気味な部屋に閉じ込められるのはしゃくだったので、ここはアルウの案に乗ることにした。


 ──しばらく後


 浮雲屋敷をはなれて畑道を歩く。

 屋敷の玄関にあったトランクや剣や杖は全部回収して来た。


「ふくふく!」

「ラテナ、すごいお手柄だぞ。今日はたくさん撫で撫でしてやるからな」

「ふくふく〜!」


 まったく。

 うちの子はどこまで優秀なんだろうか。


「ね、ねえ、ヘンドリック」


 アルウが弱々しい声で言った。

 俺はラテナにうなずき、しばらく近くの空を飛んでいてもらうことにする。


 2人きりになり、俺は彼女へ向き直る。


「不安そうだな。安心していいよ、父さんはあれでいてめちゃくちゃ優しいから、どうせ脱走のことなんて見逃してくれる」

「その事じゃなくて……その」

「ん? 言いたいことがあるなら言っていいぞ。俺が元貴族とか遠慮しなくていいから」

「そ、それじゃ、ちょっとそこの物陰に」

 

 アルウはこそこそして、俺の手を引っ張って畑道近くの水車小屋へ入った。


 何をするのかトランクに肘ついて待っていると、彼女はおもむろにパッと服をめくって、俺にお腹をみせてきた。


 顔は真っ赤になっている。


 女子と知った手前、あまりにも破廉恥な行為におもわず「おお」と声をあげてしまう。


 が、すぐに見てはいけないと気がつく。


「ななな、何してんだよ! 俺をまた地下牢に放りこむ気か、お前反省してないな!?」


 見たい気持ちと、見てはいけない気持ちに、ダブルで精神を攻撃されながら怒る。


 こいつめかつての知り合いリゼットと同じ類いの痴女なのか。


「だだ、だって、ヘンドリック、ボクのお腹が大好物なのでしょう……っ、貴族は好色家が多いって知ってるんだよ。さあ、好きなだけ見ていいよ…っ!」

「必死の顔でなに言ってるんだよ。やめろよ、いいよ、そんな柔らかそうなお腹なんかみても仕方ないだろ」


 俺はアルウに服をおろさせる。

 

「そ、それじゃ、どうやって責任をとればいいの?」

「責任を取りたいのか」

「うん、ヘンドリックの名誉を傷つける、ひどい事をしちゃったから。貴族は名誉をなによりも大切にするってパパが言ってたもん」


 そうかそうか。

 ならば願いはひとつ。


「尻尾を触らせて」

「……へ?」

「だから、尻尾をこうやってもふもふさせてくれればいい。それで全部チャラだよ」


 俺が要求すると、アルウは恥ずかしげにしながら「わ、わかりました……えい!」と灰色のふっさふさの尻尾を差し出してきた。


「おおー! これは凄いもふもふだ! 師匠は結局一回もモフらせてくれなかったからな、この日を待ってたんだよ」

「ぁあ……っ、ヘンドリック、あんまりモフモフされると……ぅう♪」

「オオカミ尻尾なのか? そういえば耳もピンとしてて犬っぽいよな。王都市場の野良犬はこことか喜んだけど……どうだ?」

「はぅん♡ だめですよ、そんな、たくさん触ったら……っ、ぁあ……っ♡」


 口から熱い吐息をもらすアルウが面白くて、ついつい頭なでなでまでしてしまう。


 彼女も満更でもないようで「もっと、ここら辺を……っ」と、ぐりぐり首の横あたりをこすりつけてくる。


 その後も存分にモフりまくり「ああん! ヘンドリックもう、だめだよ……♡」とアルウが流石にしんどそうになって来たあたりでやめてあげた。


 モフモフってされる側は辛いんだな。

 覚えておこう。


「ごめんな、アルウ。つい気持ち良くてたくさん触っちゃったけど、平気だった?」

「はぁ…はぁ、い、いや、別に……よゆう、だよ……ふぅ」


 アルウは頬を染めて、片肩をはだけながら言った。高揚した頬がやけに艶かしい。


 ただ、これは俺の心が汚れてるからだ。

 今のは単なるモフモフ行為にすぎない。

 これが″現場″に見えた人間はみんな汚れているんだ。


「えっと、それじゃ、ボクの家に行く?」


 アルウはナチュラルに手を引っ張って、家へ歓迎してくれるも言った。


「ごめん、あいにくと行くところがあって」


 そろそろ時間的にもまずい。

 俺は浮雲を捨てた者の新居となる、ブワロ村はずれの家へ向かわないと。


「そっか…ヘンドリックとはここでお別れなんだ……」

「今しばらくは、この村にいるよ。同じ村にいればまたすぐに会えるさ」


 俺はそう言って、アルウの肩をたたく。


「元気でな。もうイジメなんかに負けるなよ」

「うん! ありがとう、ヘンドリック! ボク、君のこと忘れないよ!」

 

 またすぐに会えると言っているのにな。

 やれやれ大袈裟なやつだ。


 ──しばらく後


 俺は地図を頼りに、数十分ブワロ村を放浪して、ようやく俺を受け入れてくれる、ありがたい家に到着した。


 昼には到着する予定だったのに、もう夕方前だ。


「家畜を飼ってるのか」


 すぐ横に併設された牧場から羊たちが俺のことを見つめて来ていたので「わっ!」と言って驚かしてみる、


 誰も反応せず「何してんだこいつ」という冷たい眼差しを向けられた。


「入ろ…」


 俺は玄関扉をノックした。

 すぐに「はーい!」という声とともに、扉は開かれた。


 中から灰色のモフモフが現れる。

 アルウであった。


「ヘンドリック?! なんで、どうして!」


 びっくりしておののくアルウの背後。

 優しそうな壮年の男が出てくる。


「ようこそ、いらっしゃいませ、ヘンドリックくん。アルウとはもう会っていたんだね」


 彼は呑気にそういい、家のなかへ招き入れてくれた。


 俺の新居。

 どうやらアルウの家だったらしい。


「ほらな、またすぐ会えるって言ったろ」

「それでも早過ぎじゃない?!」


 尻尾をぶんぶんふって落ち着きがないアルウの頭をボンボンとたたき、俺は「人生なんだって起きる」と含蓄ありそうに、適当につぶやいておいた。




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