第18話 決別


 ──転生から2年6ヶ月が経過した


 浮雲屋敷をでて半年。

 ルベントス家に住んで半年。

 弟子をとって半年とも言えるだろうか。

 

「見てみて、ヘンリー!」

「ん、なんだい、弟子くん」


 俺はラテナに手紙をもたせて空へ返しながら、すっかり練習場とかした廃屋でアルウへとむきなおった。

 

 最近、オオカミ獣人の彼女は夏毛仕様となっており、結構、モフ味はすくなくなった。

 が、以前として感情をよくあらわす尻尾とピンとたったり、シュンとしぼんだりする耳が愛らしい。


「見ててね。ふーん、うーん! はぁああ〜…………《ファイアボール》!」


 アルウが持つ俺の杖から、いきおいよく火炎の球が飛び出した。

 それは、すっかり瓦礫の山とかした元・納屋を盛大に吹っ飛ばして炎を撒き散らす。


 凄まじい威力だ。


「ていうか無詠唱じゃん……」


 とっくに気がついていたことだが、俺の弟子アルウ・ルベントスは″バケモノ″だ。

 これは差別的な意味で言っているのではなく、彼女にねむる魔術の才能がバケモノ級と言っているのだ。


 そのすさまじさは、彼女は俺が自分の修行の片手間に教えたたったの6ヶ月で、火属性第三式魔術に到達してしまったほどである。


 俺みたいな素人の教育でこれほど成長するなんて、元がよほど良くないと、ここまでの成長はしない。


 王立魔術学院卒業のあの人を師にもった俺とは、いろいろと規格が違う気がする……。


 まあ、ゆいいつ負け惜しみを語るなら、アルウは血がいいことか。

 アランいわく母親がアルカマジに住んでいて魔術家系の出身らしい。


 とはいえ、あまりにも天才凄すぎるが。


 これが血の厳選がされた、本物の魔術師だとでも言うのだろうか。

 ポッと出のホットでごまかし続けてるなんちゃって賢者とは違うとでも?


「どうだった、ねえ、どうだった!」

「……凄い。すごいよ。うん。師匠として誇らしい気持ちです」


 嘘だ。

 死ぬほど悔しい。

 俺はフォッコ師匠に「100年に1度の天才です!」「神の傑作とはあなたのような子ことを言うのでしょうね」「世界にひとつだけの才能」「神武以来の秀才」などとさんざん褒めちぎられたというのに、俺より才能豊かだと?


 悔しい。

 アルウを師匠にだけは会わせたくない。


「はぁ……嫉妬なんてしてる場合かって」

「よーし、それじゃヘンリーみたいに氷魔術も練習しはじめよっかなー!」

「っ! ダメだ。それだけはやめて」


 俺のアイデンティティまで奪うつもりか。

 この可愛いイヌッコロめ。


「氷の魔術は極めて危険だからな。まずは、ほかの属性式魔術もコンプリートして、支援魔術とか、回復魔術とか勉強して……とりあえず、氷はダメ」

「ヘンリーのケチ」

「こら、師匠になんてこと言うんだ。謝りなさい」

「ひっ……ご、ごめんなさい」

「素直か」


 アルウの頭をポンポン撫でて、しっぽをもふって癒される。


「さてと……それじゃ、今日の練習はおしまいな」

「えー、ボクまだまだ出来るよ」

「ダメだ。俺は俺の勉強に戻らないと」

「ヘンリーはいつも1人で勉強してる! なんでボクに秘密にするの!」


 アルウは「アゥゥウウウ」と狼みたいに威嚇するうなり声をあげて不機嫌をあらわす。


「アルウは弟子。俺は師匠だ。師匠命令は絶対だ」

「そんな理不尽なこと言わないでよー!」


 はぁ……くそ。

 失敗だった。

 本当にすべてを間違えた。


 こいつがいるせいで、アルウがいるせいで、あの時のように──師匠の時のように、本来の使命を見失いそうだ。


 俺は行く。

 こいつを置いて。


「……まあ、お前も立派になった。もう俺がいなくても十分にやっていけるよ」


 俺はアルウの持つ杖を渡すように、手のひらをうえにしてだす。

 アルウはしぶしぶ杖を返してくれた。

 彼女の頭をわしわし撫でて背を向ける。


 本来ならここから俺は森に入って数時間後に家に帰るというのが常だ。


 だが、今日は違う。


「……」

「? ヘンリー行かないの?」

「いや、行く。行くけど…」


 やっぱり、失敗だったな。

 弟子を取るべきじゃなかった。

 別れをする事はわかってたのに。


「魔術は一日にしてならず」


 俺はそうつぶやき振り返る。


「これからも練習に励むんだぞ。サボったらダメだからな」

「いきなりどうしたの、ヘンリー?」

「いや、俺もなにか言い残すべきだと思ってな」


 俺は瞳を閉じて、師匠との別れの時を思い出していた。


「そうだ。お前、これ欲しいか?」


 枯れ枝のような杖を持ちあげて見せた。


「え! くれるの?!」

「あげるなんて言ってない。欲しいかって書いてるんだ」

「もちろん欲しい、ボク杖持ってないもん」


 アルウは手を開いてアピールする。


「そうか。それじゃちょっと預かっててくれよ」

「え? これから森に入るんじゃないの?」

「ばーか。俺は剣術も高めたいんだ。いざって時に魔術に逃げられるようじゃ、シリアスな闘争をできないんだ」


 俺は枯れ枝の杖をアルウの手に握らせる。

 9歳の子供の手にはイマイチ大きさがあわない。

 でも、ずっと懸命にふってるところを見てきたからか、なかなかどうして悪くない。


「蒼ポルタの爪を芯に詰めた高級品だ」

「やったー、もらった……!」

「だから、あげてねぇって」


 俺は腰の杖ホルダーもアルウに渡しておく。


「すぅー」


 深く息をすい、橙色の空を見あげる。

 これで黄昏の継承式はおしまいだ。

 

「んじゃな、ちょっと行ってくる」

「うん、がんばってねー!」


 俺はご機嫌のアルウと分かれて森へ向かった。


 

 ──しばらく後



 すっかり暗くなった森のなか、俺は木の根にかくしていた旅用の服装に着替え終える。

 このままブワロ村を迂回して、村はずれの小屋に用意してくれている馬に乗る。

 ミラー、ガレッド、クベイル。

 この3人の詳細な位置などはつかめなかったが、3週間後に王都にて企画されている3つある騎士団の全団員がそろう場でなら、間違いなくすべての罪人たちがそろう。


 もちろん、団長アイガスターもあの式典に出席するはずだ。

 国家レベルで多大なる兵力が結集することになるが、別にすべてを相手取るわけじゃない。

 浮雲家との縁も切っている。

 多少手荒にやったところで、なんの問題もない。


「よし」


 俺は旅用マントに身を包み、大きなトランクを片手に森を歩きはじめた。


 夜闇のなか複数のモンスターに遭遇したが、問題なく斬り捨てた。

 種類的にも戦い慣れているし、そもそもブワロ村近辺のモンスターは非常に弱い。

 襲撃にそなえて夜目を鍛えてきた俺ならば、さしたる苦労なく対処できた。


 森をぬけて村はずれにやってくる。

 小屋はもうすぐそこだ。


 俺は丘の上を見上げた。

 浮雲屋敷の部屋の明かりがついている。

 今頃は楽しく食事をしているだろうか。


「あるいはセックス。やれやれ」


 俺は精神的にはもう15歳近くなのだ。

 セックスくらいでは動揺しないのだ。


 変な自信を取り戻しながら、小屋にたどり着くと女神形態のラテナがひょこっと現れた。


 真っ赤な髪と、カラフルな羽のついた民族的衣装が実に麗しい、我が自慢の女神だ。


「ヘンリー、遅いですよ」

「ごめん、モンスターがたくさん出てさ。にしても珍しいな、女神形態はすぐ疲れちゃうって言ってあんまりならないのに」

「この姿じゃないと、キララちゃんが言うこと聞いてくれないのです」


 ラテナはかたわらの艶々した毛並みの馬を撫でてあげる。

 これは浮雲屋敷で飼われている騎馬だ。

 俺は当主になる予定だったので、幼い頃から乗馬の訓練も済ませている。

 というか、つい昨日も「ちょっと乗せて」というふうに、セレーナの乗馬にまぎれて練習をしてきた。


「それじゃ、荷物つけて置きますね」

「俺も手伝うよ」


 ラテナはぽふんっという効果音とともに、いつものフクロウに姿を戻すと、トランクの中身をバラして馬にくくりつけはじめた。


 鳥足だけで器用なものだ。


「手紙は」

「残して来ましたよ。『キララは借りていきます』だけしか書いてませんでしたけど、大丈夫ですか?」


 俺は肩をすくめて「平気だよ」といい、荷物をくくりつけ終える。


「ん……ヘンリー」


 ふと、キララの頭にとまったラテナが、森の方をみて顔をこわばらせた。


 俺はそっとふりかえる。

 気配はまるでなかった。

 足跡もなかった。


 けど、そうだった。

 ステルスで俺を追跡できる奴がいたな。


「はぁ、はぁ、はあ……ヘンリー」


 顔に泥をつけて、肩で息をするアルウは俺と馬を交互に見てそういった。

 擦り傷のある手にはギュッと俺のあげた杖が握られている。


「ヘンリーの帰りが遅いから…追いかけてきたんだ…けど……」

「そうか」

「それに、様子も……おかしかったし、いつもは大事な杖だからって、絶対にボクにあずけないのに…」


 アルウは俺の服装をみて、なにかを確信したようだった。


「ヘンリー、ねえ、どこへ行くの?」


 俺は目頭をおさえる。


「言えない」

「ど、どうして?」

「お前には関係ないからだ」

「っ……なんでそんな事言うの! ボクはヘンリーの一番弟子なのに! いっしょの布団でいっぱい寝た家族なのに…」


 アルウは酷く傷ついたように、耳をしゅんとさせた。


「アルウ、すこし出かけるだけだって。上手くいけばすぐ戻って来れる。ほら、俺って元貴族だからいろいろ秘密もあるんだ」

「嫌だよ……なんか、違うもん」

「なにが?」


 アルウは目の端に涙をためていた。

 堪えきれなくなり、ポロポロと頬をつたって落ちていく。


「ここで行かせたくないんだ。ヘンリー、帰ってこない気がするもん……っ」


 アルウは今にも大声で泣きそうだ。


 泣かれたら厄介だ。

 それにあまりここに長居したくない。


 俺は手首のチャームの位置をかるく直して、ラテナにすこし離れるように言う。


 そして、右手で当たりの土から熱素を集めて、左手でその反作用で生成された冷素を収集する。


「ヘンリー、やめてよ…なんで、そんなこと……」

「最終試験だ。俺を倒してみろ」


 俺はそういい《ファイアボルト》を発射する。


 アルウはハッとした顔で杖をふり、腰についているランタン型の魔導具から炎を誘導して、壁とすることで軌道をそらした。


「おお、やるな」

「ヘンリー、当たったら死んじゃうよ、それ本気で撃ってるよね!?」

「本気? はは、まさかこの程度……。ああ、そうだ言い忘れた」


 俺は弾かれた《ファイアボルト》に遠隔から操作をくわえる。


「言ってなかったが、ソレは良く曲がる」


 俺はふわふわ浮く《ファイアボルト》を直角に2度曲げて、アルウの足元を爆破した。


「うわぁああ?!」


 畑に頭からつっこみながらも、アルウは鋭い犬歯を剥いて「《ファイアボール》!」と打ち返してきた。


 俺は放たれたアルウの《ファイアボール》それ自体を第二の術者として、エレメントをコントロールして、火炎を霧散させた。


 練度の低い火属性魔術は俺には効かない。


「え…ずるいよ! そんなのボクに教えてくれなかったのに!」

「あと半年あれば教えてたよ。ただ、時間がなかっただけだ」

「やだやだ、ダメ! もう一回!」

「ダメだ。実戦に次はない」


 俺は左手にキープしていた《フロスト》を放射して、周囲の畑ごとアルウの下半身ともふもふの尻尾を霜で覆い尽くした。


 驚愕してアルウは杖を取り落とす。

 決着はついた。


「ま、待ってよ、ヘンリー!」

「じゃあな。もう……いや、やめよう」


 俺は言葉を残すことせず、そのまま馬にまたがって腹を蹴って合図をおくる。


 そうして、振り返ることなくいっきにブワロ村を離れた。


「よかったのですか? アルウちゃん泣いてましたよ?」

「いいんだ。俺はダメなやつだからさ、うだうだやってるんじゃ、いつまでも居心地よくなってここを離れられなかった」

「でも……」


 ラテナは言葉尻をよわくして、すっかり小さくなったブワロ村をふりかえる。

 この晩、彼女がそれ以上の言葉を口にすることはなかった。

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