第19話 王都アライアンス
キララを走らせて4日目。
俺たちは王都アライアンスへやってきていた。
「戻ってきた」
「ヘンリー、帰って来ましたよ、私たち」
高い市壁に囲まれた向こう側。
そして、開発が進んで市壁におさまらなくなったこちら側。
二つの街をもつこの景色がなつかしい。
クエストから帰って来たときには、よくこの雄大なる人の作り上げたフロンティアを誇らしく見ていたものだ。
……今は内側にひそむ、汚濁のような暗い部分ばかり気になってしまうが。
それらにぐるっと360度囲まれるようにして、市壁の内側の最中央に湖があり、その真ん中に岩山があり、さらにその岩山のうえの城壁に囲まれているのが王城だ。
「あの城を攻め落とすのを難しそうですね」
「貴族家がまとめて謀反をおこしても、太刀打ちできるだけの備えがあるらしい。って言っても、俺たちは別に騎士王を暗殺しようってわけじゃない」
向かうのあの王城ではなく、湖のほとりに広いスペースを確保されてつくられた、アライアンスが誇る不死鳥騎士団の本拠地だ。
毎年、新しい入団者たちが湖に身をしずめて魂を浄化し、騎士団への真の忠誠を誓う──という名目のこの儀式には、3つの騎士団、騎士王、四天王、各地の貴族たち、おおくが出席して儀式の完了を見守る。
俺は雑用係として当日も休みなく働いていたために、実際に儀式の様子は見ていない。
ただ、まあ、軍をのぞいた国家兵力のほとんどが集結するんだ。
お祭り騒ぎになるのは間違いない。
「騎士団洗礼式をせいぜい上手く使わせてもらおう」
──しばらく後
王都の市壁外にある街にたどりついた俺たちは、通りを歩いていた。
2年と半年。
久しぶりに帰ってきた王都は相変わらず活気に満ち溢れていた。
騎士団洗礼式は2週間後に行われる。
まだまだ時間はあるのに、皆、気がはやい。
「これは何を売ってるんだ?」
俺はキララの手綱をひいて歩きながら、屋台の店主に話しかける。
「うちは骨董屋さ。このしばらくの祭りのために秘蔵の品を大解放しようってな!」
定型の挨拶をしてきたあたりで、店主の顔が「ん? 子供じゃねえか」と不思議そうなものにかわる。
「旅の格好してるな。その歳でひとりで王都にやってきたのか?」
「そうなりますね。それほど遠い道のりじゃなかったですよ。すぐ近くです」
「近くってたら、スカイハイから来たのかい?」
スカイハイ。
街の空を飛竜が飛びまわっていて、空挺騎士団の本拠地があるっていう都市だな。
「そこです。スカイハイ。騎士団に憧れてるので洗礼式を見に来たんですよ」
「おうおう、まだちいせえのにちゃんと喋るこった」
店主はニコニコ笑顔でうなずく。
遠回しに9歳の受け答えじゃない、と指摘されて肝をひやす。
俺の正体は知られてはいけないのだからな。
「ところでおじさん、ここら辺に魔導具を扱っている店はありますか?」
「おうおう、魔導具っつたら2年前の条約締結以来、アルカマジからどんどん入ってきてるっていうアレか。悪いが俺はそういうの疎くてなぁ。あんまし魔術とか信用してねえんだよ」
アライアンスの庶民の反応はそれぞれだ。
もう国交が開かれて2年も経つというのに、いちばんの都会に住む市民でさえ、ヒトが使役した神秘にたいして理解が浅い。
「ただまあ、そういう不思議な道具をあつかってふ店があるとは聞いてるけどな」
「魔法の杖とかですか?」
「そうそう、そういうのだよ。よく知ってるじゃねえか、ぼうず」
冒険者時代にも治癒霊薬や、洞窟の水を安全に浄化する薬など、クエストに役立つ道具はアイテムショップで飼っていた。
ただ、知る限りでは杖を大々的にあつかっている店はなかった。
これも俺が死んでからの街の変化か。
俺は店主にかるく礼をいって、キララをひいて王都へ市壁をめざす。
魔術や魔導具はまだその多くがアルカマジから仕入れた品物だ。
手間がかかっている分、アライアンスじゃ、高く取引されているはず……となると、必然的に市壁の外の屋台より、内側で建物に店を構えているところへ行くべきだろう。
「ふくふくー」
キララを引く俺のもとへラテナがかえってきた。
まわりの人間に聞こえないように耳打ちしてくる。
「杖を売ってそうな店は外にはないですね」
「そっか。騎士団の兵舎に近づくまえに、武器を揃えたかったけど……仕方ないな」
王都のなかじゃ何があるかわからない。
杖なしでも炎も氷も使えるが、やはりあるのと無いのとでは、魔術の威力、精度、魔力消費量に大きな差が出てくる。
早急に手に入れたいところだ。
「よし、それじゃ市壁の向こうで会おう」
「はい、気をつけてくださいね」
俺はラテナを空へとはなつ。
彼女は飛んで市壁を乗り越えて、王都へと入っていった。
俺は人の流れにさからわず、黙って市壁の衛兵たちのまえを通っていく。
ラテナは害のない生物だ。
ただ、戦いに身を置く者のなかには、神経質に反応して「それはモンスターなんじゃないか?」と指摘してくるので、これは余計なトラブルを避ける為の行為だ。
「ふくふく」
俺は路地裏の入り口でラテナも落ち合い腕にとまらせる。
彼女はそのままピカッと光をはなって、赤髪の女神状態へ変身した。
俺は目立たないように地味な色合いのローブを渡してあげる。
「王都都内となると冒険者や軍関係者、なにより騎士団もちかくなるからな」
「ずっとお腹凹ませて力んでるのは辛いですけど、ヘンリーのために私、がんばります!」
ラテナは笑顔で両手を胸のまえでぎゅっと握りしめる。
「ところで、どうしてこんな地味なローブなんですか。私、もっとカラフルなのがよかったのですが」
「ラテナは可愛いすぎる。フクロウでも目立つけど、女神状態ならシンプルに美人すぎて人の目を引くだろう」
「えへへ〜そうですね、私は可愛すぎますからね、ふくふく、ヘンリーがそういうなら仕方がないですね」
うちの可愛いペットを者どもの色を見る目に触れさせたくない。
俺はその一心でこのローブを選んだんだ。
それに、フクロウのままでは厄介なことが他にもあると事前に想像できた。
「あ、ヘンリー見てください」
通りにでて歩いていると、空をなにかが横切っていく。
街の人々も「おお!」と感嘆の声をもらして、みなが指をさして見上げている。
「飛竜だ。空挺騎士団か剣聖騎士団か……どのみち、普段はこの街を飛ばない竜だな」
「私も飛んでたらどうなるんでしょうね?」
「捕まっておやつ代わりにパクッといかれてるかもな」
「ひぃ! 怖いこと言わないでください!」
という訳で、普段から重宝しているラテナの翼は、しばらく自由には活用できない。
まったく、厄介なことだ。
──しばらく後
宿屋に荷物とキララをあずけて、俺とラテナは手分けして杖を扱っているだろう店を探すことにした。
道中、俺は自然と足先がむいたかつての市場に寄ることにした。
心のどこかで懐かしい顔ぶれに会いたいと思っていたためか、はたまた王都に来たことで、雑用係だったころの日々の食料買い込み業を思い出したからか。
俺はフードの影から懐かしい市場をすすんでいく。
「あ、懐かしいな」
俺は市場の店頭によくパンを買っていた店主を見つけた。
今話しかけでも俺が誰かなんてわからないだろうし、わからせてはダメだ。
「こんにちは。良い香りですね」
俺は店主に笑顔であいさつする。
「ん、おうよ、うちのベーカリーで今朝焼いたばかりのパンだ。パンの名前なんてわからねえだろうから、こっちが高いパン、んでこっちが安いパンだ。それじゃどっち買っていくんだい?」
相変わらず筋肉をひくつかせながら、自然な流れで購入させようとしてくる。
「それじゃ高いパンをふたつ」
「ほほう、これは良いところの子かな? だったら、お得意さんになってもらわんとな」
店主はパンを2つ余計にふくろに入れてくれた。
「安いパンはサービスだ。毎度!」
気前のいいことだ。
これで今晩の飯は十分だろう。
いつまでも市場にいては仕方ないので、魔導具店は別方面を探してみよう。
俺は店主に礼をいって店先をあとしようとし、ふと、思いとどまった。
そういえば、彼女は元気だろうか。
リク時代にもっとも付き合いの深かった同い年の少女がこの市場にはいたんだった。
「あの、リゼットって女の子知ってますか?」
俺がおもむろに店主に話しかけると、彼はトングでパンを並べなおす手を止めて、こちらへ少しこわばった顔を向けてきた。
あたりを見てみると隣の屋台の店主たちも、こちらを脇目にうかがっている。
「ぼうず、リゼットちゃんの知り合いか?」
「え……いや、そういうわけじゃないですけど……美人だって評判を聞いて」
愛想笑いしてはぐらかす。
「確かに可愛い子だ。ただまぁ……いや、なんでもない」
店主の様子がおかしい。
何かあったんだろうか。
店主は俺にリゼットはもう店先にはおらず、近くの魔術学校にいるだろうと教えてくれた。
王都内に魔術学校があると聞いてかなりびっくりしたが、たしかにそういう物があっても不思議ではない。
俺は店主に別れをつげて、噂の魔術学校とやらに行ってみることにした。
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