最終話 雲もなく、海のような青空



「いや、戻らぬ。髪も剃ってきた」


 家光秀、底抜けに明るい笑顔で編笠を脱いでいる。


「あ!」

「なんの話や?」

「ウッソぉお!」


 上から順番に、オババ、トミ、私の感想。


 感嘆符しか叫べなかった。

 だって、家光秀、頭がツルツルで完全に剃っている。僧侶になっていた。


 その時、ふと嫌なというか、ある考えがひらめいたんだ。


「それで、殿様。徳川家康公にお会いして、なんと名乗るおつもりですか?」

「なにが良い、アメよ」

「それ、私に聞かれても」


 家光秀は空を見上げた。


「今日は、ひさしぶりに天気が良いな。雲もなく、海のような青空が広がっている……。そうだな、天海と名乗るのはどうだ」


 天海?


「あ!」


 思わず、声が出た。


「オババ様、ロープ、ちょっと、ここはロープ」

「なにを申しておる」


 ロープって、プロレスのロープブレイクのことで、ロープに触れたら、かけられた技を解除できるって、そんな説明を家光秀にしようとしてやめた。

 いずれにしろ、この時代の人間に理解できるわけがない。


「ちょぉおっと。待って、ちょっと待て。オババさま、こっち」

「なんだ、アメ」

「天海ですよ。今、家光秀、適当に名乗ってますけど、天海ですから」

「だから、それがなんだ」

「現代に伝わる天海は謎の多い人物で、いたんですよ、そういう名前のお坊さんが。ともかく、本能寺の変後に、忽然と歴史上に現れた徳川家康の相談役で僧侶です。そして、未来にですけど。驚くべきことに慈眼堂。彼のゆかりの寺のひとつが、ここに残っているんです。この坂本城に残っていて、そして、彼の墓がここにあるんです」


 オババは、その言葉に、にこやかにトミと話している家光秀を見た。それから、もう一度、こちらを見た。


「つまり、あやつが天海と? さっき、非常に適当に自分の名前をつけておったが」

「それが、天海は家光が幼い頃には、まだ生きていたはず」

「どういうことだ」

「まったくわかりません。ただ、春日の局ですけど。のちに徳川家光の乳母となる女性ですが」

「あそこで、頭を丸めて、ほっこりしている男の乳母か」

「そうです。あの徳川家光です。春日の局は斎藤利三の娘。つまり、明智光秀の家老の娘なんです」

「それは、また、徳川家は謀反をおこした者につながる女を、大事な将軍の乳母に雇ったのか」

「そうです。そして、天海僧侶が紹介した。彼は家康の相談役」


 私たちは再び家光秀を見た。


「どうする」

「その、このまま旅をするのでも、良いかも」

「そう思うのか」

「山崎の戦い。秀吉との一戦ですが、明智軍はあっけなく敗北しています。そもそも、兵の覇気がなく。逃亡する兵も多かったと、まるで、その、もしかして、光秀がいなかったかのようです」


 私たちは、再び家光秀を見た。


「まさかな」

「その、まかさなのかも」

「では、このまま一緒に行ってもよいと」

「おそらく。あれが天海だとしたら、このまま行ったほうが良いかと」

「しかし、光秀は殺されたのだろう」

「それがですね、オババ。明智光秀は落ち延びる途中で、百姓に殺されたと史実に残っていますが、その首級は3個。どれも光秀と確定できなかったそうです」

「ほお」

「それに、本能寺の変なんですが。光秀が、なぜ起こしたかも決定的な原因がわからない。もっとも織田信長に怨念を持っていたのは、実は光秀ではなく、斎藤利三であったらしいと」

「では、それに流され信長を討ったのか」

「ありえます。あれだから」


 私たちは、三度みたび、家光秀を見た。


「天海!」

「おうよ」

「では、行くか」

「話し合いは終わったか」

「終わった」

「では、参ろう」


 空を見上げた。梅雨の間の晴天、どこまでも抜けるように、空は青かった。

 私はそれをみながら、まあ、なるようになる。なんて思っていた。


 だって、空は青くて綺麗だった。



 第3章 完


 *******************


 お読みいただいて、本当にありがとうございます。

 戦国編は、しばらく、お休みとさせてくださいませ。


 この続きは、6月に公開予定。アメとオババの現代編、婚活コメディになります。


【タイトル】

『超天然っ子が『婚活』詐欺に出会ったけど、それでも嫁に出したい我が家の事情』

https://kakuyomu.jp/works/16816452220270861880

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【本能寺への道】明智光秀と私の憂鬱な日々 雨 杜和(あめ とわ) @amelish

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