最終話 幸せの魔法

私の名前は天馬つむぎです。皆様お久しぶりです。

私はもう六十三歳になってしまいました。

年齢は重ねましたが、心はまだ小さな魔女のままです。

毎日、私の魔法で沢山の人たちに幸せを届けています。


黒色のワンピース、赤色の髪飾り。赤色のハンドバックを持って

今日もお出かけをします。

私は魔女です。魔法が使えます。沢山の人たちに幸せを届けてきました。

私も沢山の人たちから笑顔の魔法をいただき、とても幸せでした。

沢山の人たちに幸せを届けて、とても幸せな人生でした。


私の魔法は沢山の人たちに幸せを届けてあげる事ができても、自分を悪い魔法から救う事は出来なかったみたいです。

私はあと半年もしない内に魔界に行きます。

皆様は天国に行くでしょう。でも私は魔女です。だから魔界に行きます。


私の体の中には、良い魔力の他に悪い魔力が眠っていたようです。

皆様にも悪い魔力は存在するみたいです。癌とかいう悪い魔力です。

私の悪い魔力の中心は膵臓にあって、お医者様が見つけてくれた時には

私の体のあらゆる場所に広がっていました。

手術をする事も、放射線治療をする事も無理だそうです。

お医者様が言うには、入院して少しでも長く生きられるよう治療を受けるか

自宅でおとなしく療養しておくかの二択でした。

でも私は良い魔女です。少しでも多くの皆様に幸せを届けてあげなければなりません。

お医者様には悪いですが、私は残りの人生を悪い魔力と共存していく事にしました。

魔界に行くのは怖いですが、私は沢山の人たちに幸せを届けてあげなくてはなりません。

病院にずっといる、家でじっとしている。その選択肢は私の中にはありませんでした。


でも皆様とお別れをして一人で魔界に行く事は本当に怖いことです。

小学校でクラスが一緒だった伊月ほたか君も、今の私と同じ気持ちだったのでしょうか。

ほたか君は中学生の時に亡くなりました。大人しい男の子で一度も話をした事はありませんでしたが、図書室で面識はありました。自分から話しかけてもっと仲良くしておけば良かったです。いじめっ子達を魔法で吹っ飛ばして、少しでもほたか君を救ってあげたかったです。私は沢山の人たちに幸せを届ける魔女なのに、あの時の私はまだまだ未熟でした。


今日はこはるさんとあおいさんとランチです。

週一回の【Colors】のお茶会です。

あおいさん。水樹あおいさんとはこはるさんの紹介で知り合いました。

大きな青色のリボンが特徴的な子で、私とどこか性格が似ていた為、

しょっちゅう喧嘩をしました。その度にこはるさんを泣かせてしまいました。

こはるさんごめんなさい。今は三人共、凄く仲良しです。

私は最初、仲良し三人組を【信号機】と命名しましたが、こはるさんとあおいさんの猛反発を受けこはるさんの考えた【Colors】に落ち着きました。


お茶会の場所に着きました。こはるさんはもう待っています。

また私は遅刻をしてしまいました。それでもこはるさんは笑顔でこちらに手を振ってきてくれます。今日も青色のワンピース、黄色の髪飾りです。とても綺麗です。

とても似合っています。こはるさんの色です。

私が到着してすぐあおいさんも来ました。あおいさんも、今日も遅刻です。

今日も青緑色のワンピース、青色の髪飾りです。

あおいさんもとても綺麗で似合っています。あおいさんの色です。

三人共、中学生の時から三人並ぶと信号機です。

私たちは【Colors】ですが、私は今でも心の中では【信号機】だと思っています。

三人共、各々のハンドバッグにあの時、私達がつけていた大きなリボンをそれぞれ付けています。


「ごきげんよう。匠眞さん。菜奈さん。」


いつもお茶会の場所は瀬那ご夫妻が経営するカフェです。

匠眞さんのハンドドリップで淹れるコーヒーと、菜奈さんの作る料理が絶品で隠れた名店です。お店の名前は【ちゃちゃまる】です。トイプードルの可愛い看板が目印です。

匠眞さんは私がアルバイトをしていたカフェの店長をしていました。

こはるさんと匠眞さんのカフェを訪れた際、私は匠眞さんの優しい人間性に惹かれました。

高校生になってアルバイトが出来るようになった時から、私はアルバイトをする場所を決めていました。私は匠眞さんのような方が、働いている場所で働いてみたかったです。


私は高校生から大学卒業まで匠眞さんのお店で働かせていただきました。

匠眞さんは私が直感で感じた通りの、とても優しく頼りがいのある方でした。

匠眞さん目当ての常連さんも沢山いました。アルバイトの方たちからも大人気でした。

私は大学卒業の時アルバイトを辞めたのですが、匠眞さんもその後すぐ会社を退職されたそうです。

匠眞さんの奥さんの菜奈さんが調理師になったので、ご夫婦でカフェを経営するためらしいです。二人共、とても幸せそうです。アルバイト面接の時、匠眞さんが、


「黒音さんのおかげで僕も妻も、とても幸せになれましたよ。それの恩返しと言っては何ですが、面接では何も聞きません。一度お会いしただけですが、黒音さんの人間性はよく分かります。黒音さんはとても素敵な方です。結果は合格です。ようこそ小さな魔女さん。」


と言っていただきました。とても幸せです。


私のアルバイト時代と言えば当時、大学生の天馬蒼大さん。

最初は少しチャラくて苦手でしたが、心の芯の部分は真面目でとても優しい方でした。

頭が少しだけ悪いのがたまに傷です。でもその分、何事にも真っ直ぐで一生懸命です。

私が大学に進学したと同時に蒼大さんから告白を受けました。

私は良い魔女です。一人ではなく沢山の人達に幸せを届けなくてはなりません。

何度も断ったのですが、何度も必死に告白してきて、蒼大さんは少し乱暴な言い方ではありましたが「俺の事は幸せにしてくれないのかよ?」と言ってきました。

それが私には効きました。蒼大さんにも幸せを届けなくてはなりません。

最初はしぶしぶ付き合ったのですが、付き合っていく内に

私は蒼大さんの事が大好きになりました。蒼大さんと付き合って分かりました。

蒼大さんはチャラさを微塵も感じさせず、真っ直ぐでとても優しい方でした。

チャラさを感じたのは、蒼大さんの派手な見た目と話し方だけでした。

人を外面だけで判断してはいけません。蒼大さんからとても大事な事を教わりました。


大学卒業と同時にプロポーズを受け、私達は結婚しました。

そして子宝にも恵まれました。天馬あかり。可愛い一人娘です。

あかりちゃんももう素敵な男性と結婚をして、ひとり男の子がいます。

私にとっては孫ですね。

名前を水野勇気と言います。私は勇ちゃんと呼んでいます。

少し気が弱いですが、とても心の綺麗な優しい男の子です。

頭もとても賢くて、私の自慢の孫です。

一時、不登校だったのですが、今は楽しく毎日学校に通っています。

お友達も沢山できて、お友達とゲームで楽しく遊んでいるそうです。

私の魔法が効いたのでしょうか。それは嘘ですね。

あれは勇ちゃんのお父さんとあかりちゃんのおかげですね。


三人の楽しいお茶会もあっという間に終わってしまいました。

まだ私の悪い魔力の事は、私の家族以外には教えていません。

私と親交のある方達と深い親交のある蒼大さんには、辛いでしょうが黙っていてもらっています。蒼大さんはとても優しい方です。私のお願いを聞いてくれました。

こはるさん、あおいさん、匠眞さん、菜奈さん、特にこはるさんはまた大泣きをしてしまうでしょう。私は沢山の人たちに幸せを届ける良い魔女。嘘は良くないですが、悲しませたくはないです。…でもお茶会の後、私は一人。あと何回、皆様とお会いする事ができるか分からないので、家で泣いてしまいます。蒼大さんにも見つからないようにします。


私は今日もご近所の皆様とすれ違う時は必ず挨拶をします。


「ごきげんよう。」


最近は、昔ほど返事は返って来ませんが、私はそれでも大丈夫です。

散歩の帰りにパン屋さんに寄ります。


「ごきげんよう。パン屋のお兄さん。」


「魔女のおばあちゃん!こんにちは!」

「コラッ!まだ、お若いだろうが!」

「痛っ!年寄りのくせに殴るなよ!奥で寝てろよ!クソ親父!」


今のパン屋さんの店主はパン屋のおじさんの息子さんです。

いつも喧嘩をしていますが、本当は仲の良い親子です。

パン屋のおじさんは昔と変わらず、目尻にしわを寄せて笑顔で


「小さな魔女さん。ごきげんよう。」


と挨拶を返してくれます。とても幸せです。


数カ月が経ちました。私は悪い魔力が足の骨にも広がって

もう自分の足で立つことも歩くことも出来ません。

ずっと病室のベッドの上です。

病院の洋服は白色です。

私は黒色がいいです。


毎日のように皆様がお見舞いに来てくれます。

とても幸せです。


こはるさん、あおいさん、匠眞さん、菜奈さんには嘘がばれてしまいました。

皆様とても悲しんでくれました。私が思った通り、こはるさんは大泣きをしました。

私もつられて泣きそうになりましたが我慢して、こはるさんの顔に両手を当てて


「こはるさん。いま幸せを届ける魔法をかけました。これでこはるさんは幸せです。」


と言いました。こはるさんはいつもの優しい笑顔になって「ごめんね。」と言って私の足に両手を当てて「つむぎさん。いま幸せを届ける魔法のお返しをしました。これでつむぎさんも幸せです。今まで通り歩けるようになります。」と目に涙を溜めたまま言ってきました。

私はこはるさんとしばらく抱き合って泣きました。とても心が温かいです。

とても幸せです。


孫の勇ちゃんが「おばあちゃん驟雨って知ってる?」と聞いてきました。

とても賢い子です。

「おばあちゃんもゲリラ豪雨より驟雨の方が響きが綺麗で好きよ。」

と答えたらすごく喜んでいました。優しく抱きしめてあげました。

とても幸せです。


私は良い魔女です。良い魔力も悪い魔力も持っていますが魔女です。

もう私の命は残り少ないでしょう。魔女なので分かります。もうすぐ魔界に行きます。

とても泣きました。泣いても、泣いても溢れ出てくる涙が止まってくれません。


今日は朝からずっと蒼大さんが病室にいてくれています。

私の命が残り少ない事が直感で分かったのでしょうか。

私の愛した人はとても優しい方です。

とても幸せです。


蒼大さんが貧乏ゆすりをしながら、私と目を合わせたり離したりと

何か私と話がしたそうだったので、私は少し意地悪を言いました。


「蒼大さん、私の最後のお願いを聞いて下さる?」


「バカ!最後とか言うな!この先もずっと、いくらでも願いを聞いてやる!」


「ふふっ。私を今から病院の外に連れ出してほしいの。あの天文台に行きたいわ。」


「天文台?こんな夕方にか?」


「今しかないの。」


「…分かった。車椅子、医者や看護師に隠れて取ってきてやるから待ってろよ!」


「ふふっ。私、蒼大さんの少しヤンチャなところ好きよ。」


「バカ!体、冷えるといけないからちゃんと服着替えとけよ!」


そう言うと蒼大さんはコソコソと病室を出ていきました。

蒼大さんは、昔はさぞヤンチャな子供だったのでしょう。

でも蒼大さんの中には優しさが沢山詰まっています。

孫の勇ちゃんの事を一番心配していたのは蒼大さんでした。

勇ちゃんのお父さんとあかりちゃんに一生懸命アドバイスしてあげたりしていました。

しばらくして蒼大さんは車椅子を持って戻って来ました。


「おお!久しぶりだな!その恰好!一番似合っているぞ!」


私は黒色のワンピース、赤色の髪飾り、大きな赤色のリボンの付いたハンドバッグ

を持っています。やっぱりこの格好が一番心地よいです。

蒼大さんは周りをキョロキョロしながら、私を病院の外に連れ出してくれます。

小さな魔女の旦那さんは、おじいちゃんの大泥棒さんです。


天文台に着きました。沢山の人たちの思い出が詰まった場所。

ここはきっと人の想いが集まる特別な場所なのでしょう。

蒼大さんは私にブランケットを膝にかけてくれて、私の車椅子を必死に急勾配な上り坂を後ろから押して、私を街が一望できる一番いい場所に連れてきてくれました。

太陽は今にも地平線に落ちていきそうです。


「綺麗な薄明だわ。」


「薄明?勇気といい。お前の孫だな。お前の血を濃く受け継いだんだろう。俺みたいなバカにならなくて良かった。バカな俺にも分かりやすい言葉で言ってくれ。」


「そうね。マジックアワーかしら?」


「おお!なんか魔法の名前みたいだな!お前にぴったりじゃないか!」


「そうでしょう?私は良い魔女なのよ。私の最後の魔法を見ていてちょうだい。」


私は赤色の髪飾りを外し、大きな赤色のリボンに付け替えました。


「…。」


蒼大さんはこちらに背中を向けてプルプルと背中を震わしています。


「蒼大さん。ありがとう。ずっと愛しています。」

「蒼大さん。私を街がもっとよく見えるよう、立たせて下さる?」


蒼大さんは顔を背けたまま、私を車椅子から一生懸命立ち上がらせてくれました。


“本当、優しい人。もっと一緒にいたかったな。私の愛しい人”


私は蒼大さんに支えられながら、天文台から両手を街に向かって上げました。

蒼大さんのおかげで先程よりも風景が良く見えます。

そして私は目を閉じて念じ始めます。


“私の魔法で沢山の人達に幸せを届けてあげられますように”


天文台から見える太陽の光が、淡く赤色に変わっていきます。

街を暖かい金色の光が優しく包んでいきます。

本当に魔法のような幻想的な光景が目の前に広がります。


“紳士淑女の皆様。どうでしょうか?いま幸せでしょうか?幸せを感じていますか?”


“私の最後の魔法です。皆様に幸せを届けます”


“私はとても幸せです。さようなら私の大好きな人たち”


“薄明の空から、ごきげんよう”



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小さな魔女の幸せの魔法。 葉月あお。 @hazukiaone

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