第4話 僕の親友はおじいちゃん

僕の名前は伊月ほたかです。十一歳です。学校に通えていれば小学五年生です。

僕は生まれた時から心臓に爆弾を抱えています。

小さい頃から入退院を繰り返しています。

よく学校をお休みします。学校に少し行けたのは小学生四年生の時だけです。

小学五年生になって一回も学校に行けていません。

僕は気が弱くて、人とおしゃべりをするのが苦手なので人間のお友達はいません。

クラスの男の子からよくいじめられます。

いじめるくらい僕に構ってくれる時間があるのなら

その時間で僕と仲良くして欲しいです。


僕の家は元々、裕福ではありません。

お父さんもお母さんも僕が小さい頃から、朝早くから夜遅くまで働いています。

最近分かった事ですが、僕の心臓の治療には

すごくお金がかかるそうなので

お父さんもお母さんも朝早くから夜遅くまで

僕の為に頑張って働いてくれています。


僕は普段、病院で過ごす時間が多いのですが

唯一、お友達がいます。

僕がまだ小さい頃、お父さんとお母さんがお家にいない事が多く

一人ぼっちで寂しい思いをしていた僕に子犬を飼ってくれました。

その犬が僕の唯一のお友達です。


犬のお友達はすごく人懐っこいです。

いつも僕の帰りを玄関で座って待っていてくれます。

本当は外でたくさん遊びたいのだろうけど

体が弱い僕は運動をする事を、お医者さんに止められています。

それでも犬のお友達はずっと僕の側にいてくれます。

「外に遊びに連れて行ってよ。」と鳴いたり、僕を困らせるようなことを

絶対にしてきません。僕が漫画を読んでいる時も、

犬なのに真剣な顔で僕と一緒に漫画を読んでいます。

学校でいじめられて泣きながら帰ると、必ず僕の顔を舌でペロペロと優しく拭いてくれます。


僕の親友です。犬だろうが関係ありません。

僕の世界でたった一人のお友達です。


僕は徐々に学校に行ける時間が増えました。

小学四年生の時です。

あまり学校に行けていなかった僕には

学校の全てが新鮮に感じられます。

僕は運動をお医者さんに止められているので

休み時間は図書室で過ごすことが多いです。

図書室には図書室の先生以外、全然人がいません。

僕をいじめてくる男の子たちもここには絶対来ないので

僕にとっては完全安全地帯です。

時々、黒色のワンピース、大きな赤色のリボンのクラスメイトの女の子が来ます。

不思議な雰囲気の女の子です。

いつも魔導書とか言う本を探しています。

魔法使いなのかな?と僕は思います。


僕は図書室で本を借りてお家に帰ります。

そして親友と本を一緒に読みます。

言葉が分かるのでしょうか?

それなら一緒にお話しがしてみたいです。

何回か人間の言葉で話しかけてみましたが、

犬語で返事が返ってきます。

仕方が無いので僕も犬語で話しかけます。

すると嬉しそうにしっぽを振ってくれます。


お父さんとお母さんは二人共夜遅くまで

お仕事を頑張ってくれているので

お母さんが作り置きをしてくれている

晩ご飯をいつも親友と並んで食べます。

最近、僕の親友は食欲が減ってきているみたいです。

「一回病院に連れて行こう。」とお父さんに言いましたが

「もう人間でいうとおじいちゃんだからな。」と言われました。

僕と年齢は、ほぼ同じなのに

僕の親友はおじいちゃんみたいです。


晩ごはんを食べた後は一緒にお風呂に入ります。

僕の親友はお風呂が好きなようです。

親友が喜ぶので僕は親友に、お母さんには内緒で

お母さんのシャンプーを使ってあげます。

僕とお父さんのシャンプーは一緒なのですが

お母さんだけ自分専用のお花のような甘いいい匂いのするシャンプーを使っています。

僕の親友はこの匂いが大好きなようです。


お風呂に入った後は一緒のお布団で寝ます。

僕も親友も寝相はとても良いです。

朝までぐっすりです。


平和な日々も毎日ではありません。

今日は僕をいじめてくる男の子たちが

あまりにもしつこかったので

僕はリーダー格の男の子を全力で突き飛ばしました。

怒ったいじめっ子たちは僕を近くの空き地に連れて行きました。

いじめっ子のリーダー格の男の子がニヤニヤ笑いながら


「かかってこいよ!弱虫の貧乏人!」


と言ったので僕は喧嘩をした事は無かったけど

漫画の主人公の真似をして、全力でパンチをしました。

リーダー格の男の子のお腹にパンチは命中しましたが

全然痛くなさそうです。こんなに自分には力が無かった事に自分でも驚きました。

リーダー格の男の子は、さらにゲラゲラと馬鹿にしたような笑いをしながら言ってきます。


「よえー!貧乏人のパンチは!どうせお前の親父もよえーんだろ!」


何かが僕の頭の中で切れました。全身が燃えるように熱いです。

こんなに怒った気持ちになったのは生まれて初めてです。

僕の家は確かに貧乏です。

でもそれはお父さんとお母さんの責任ではありません。

僕が生まれた時から心臓に爆弾を抱えていて、それの医療費がすごく高いからです。

僕の責任なのに、お父さんとお母さんから文句の一つも聞いたことがありません。

いつもボロボロになって疲れて帰って来る、お父さんとお母さんですが、

僕に笑顔を絶やした事はありません。

いつも僕のお話を笑顔で聞いてくれます。

僕のお父さんが弱い?あんなに僕の事を思って、朝早くから夜遅くまでボロボロになるまで頑張ってくれているお父さんが?

お母さんだってそうです。お父さんと一緒です。

僕のお父さんもお母さんも漫画に出てくる人々を助けるヒーローと変わりません。

僕は弱いかもしれない。

でも僕のお父さんとお母さんは強いです。人々を助ける強いヒーローです。


僕はリーダー格の男の子の顔面に渾身の力でパンチをしました。

リーダー格の男の子は鼻血を出しながらその場に倒れこみました。

リーダー格の男の子も何かが切れたかのように叫びました。

顔面を真っ赤にしています。


「お前ら!やっちまえ!!」


今まで周りで笑っていた男の子たちが一斉に僕に攻撃をしてきました。

僕は攻撃をガードするのが精一杯でその場に座り込みました。

怖い、悲しい、寂しい、そんな事よりも僕の大切な家族を馬鹿にされ、

それに立ち向かっていけない僕の弱さ。悔しさで心がいっぱいでした。

こらえていた涙が溢れ出てきます。その時、僕たちの背後から。


「あなたたちいじめはダメだよ!私は魔女だから、魔法であなたたちなんてすぐ倒せるんだから!」


とクラスメイトの不思議な雰囲気の女の子がこちらに両手を向けて叫んでいます。

女の子は真剣な顔をしています。やっぱり魔法使いなんだなと僕は思いました。

いじめっ子たちはゲラゲラ笑いながら、女の子に何か言っています。

魔法使いの女の子は必死に一人でそれに対抗しています。

結局、魔法使いの女の子はいじめっ子たちに対して何も出来ませんでしたが

いじめっ子たちは、もうどうでもよくなったのか空き地を去っていきました。

僕は魔法使いの女の子にお礼をしようと思いました。

でも女の子の顔を見てお礼をするのを辞めました。

さっきまでの一人で立ち向かっていた力強い表情の女の子の顔が、

何かに絶望したかのような表情に変わっていました。

僕は「ごめんね。」としか言えませんでした。

正確にはそれしか、魔法使いの女の子にかける言葉が僕の中には見つかりませんでした。

僕はお家に戻り親友にその事を、お話しました。

親友はいつも通り舌で優しく僕の涙を拭きながら僕のお話を聞いてくれました。


僕はそれからしばらくして容体が急変して入院をする事になりました。

最初はいつも通りの普通の病室でしたが、心臓が痛くて苦しくなったので

今は集中治療室というところにいます。

どうやら僕の心臓の手術は無事に終わったそうです。

でもまだ完全復活ではありません。

僕は今、たくさんの心臓の動きを助ける機械に囲まれています。

沢山の管に繋がれています。何も楽しくありません。

頭痛と吐き気がずっとしていて気持ちが悪いです。

今は心臓移植のドナーを待っている状態です。

お父さんもお母さんも僕のお見舞いに来てくれます。

マスク越しであまり顔は見えませんが、二人共かなり痩せた気がします。

ああ。僕の責任だ。僕は泣きそうになりました。

親友の事をお父さんに聞きましたが目を逸らして答えてくれません。

お母さんにも聞きましたが少し涙目になるくらいでお父さん同様、答えてくれません。

なんでみんな僕の世界でたった一人のお友達の事を無視するんだろう。


かなりの月日がたった気がします。

まだ日本では僕のような子供の心臓移植は難しいそうです。

でも僕は奇跡的に心臓移植の手術を受けられる事になりました。

僕はその手術が成功すれば、みんなと同じように元気になって

お父さんとお母さんを少しでも楽にさせてあげられるんだと思いました。


手術が終わり、目が覚めました。

どうやら僕の体は新しい心臓に拒絶反応をしているそうです。

もう体の感覚がありません。

このまま眠りたいです。

お父さんもお母さんも泣いているのが見えます。ごめんなさい。


“今まで僕のために、たくさん頑張ってくれてありがとう”


“僕の責任でお金がなくなってごめんね”


“僕、お父さんとお母さんの子供に生まれてきて良かったよ”


“眠くなってきちゃった。ごめんなさい。そしておやすみなさい”


“最後のお願いです。僕の世界でたった一人のお友達、親友のコウタロウの事をよろしくね”

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