第5話 カメレオン
私の名前は睦月こはるです。十三歳、中学一年生です。
私は中学受験をして、今は私立の中学校に通っています。
ここの中学校の制服は可愛いです。制服が可愛いのでこの学校を選びました。
紺色のブレザー、スカート、白色のシャツ、黄色のリボンタイ。
私のお気に入りです。
制服はみんな同じ格好をしているので私は安心します。
小学生の時は私服登校だったので、
みんなと同じ流行りの服を探すのに苦労しました。
お母さんにお願いをして、小中学生が読む小中学生の女子に絶大な人気のある
月刊のファッション雑誌を毎月買ってもらっています。
私は毎日、月刊のファッション雑誌がボロボロになるまで研究しました。
服装はもちろん、髪型、流行っているもの。
全部、月刊のファッション雑誌の真似をしました。
私は小さい頃からみんなと違う事をするのが怖いです。
みんなと恰好が合わなかったり、流行りの話が合わなかったり、
みんなから仲間外れにされる事が凄く怖いです。
だから恰好、髪型は月刊のファッション雑誌の完全コピーをしたし、
友達が話しているドラマも毎週、私には興味が無くても真剣に観ました。
友達の反応を常に気にするのは、最初はものすごく疲れましたが
最近は完全にその生活にも慣れました。
でも私は人の真似をしているだけで、私の中身は空っぽです。
私には自分からしたい事も、自分の好きな服も、自分の好きなモノも
何もありません。全く私の色がありません。
私を動物に例えるとカメレオンです。自分の色を持たず、周囲の色にさっと
溶け込むカメレオンだと思いました。
今日も私のスマホのグループメッセージが引っ切り無しに動いています。
中学入学から数カ月、私はグループに属しました。
夏美ちゃんのグループです。私にはちょっと派手なグループです。
制服のお洒落な着こなし方も、中学生で流行っている髪型も
中学入学前に何度も月刊のファッション雑誌で勉強して、完全コピーしました。
夏美ちゃんは、クラスでもリーダー的存在で、私の属する女子グループのリーダーでもあります。
夏美ちゃんに入学初日話しかけられて、そこから仲良くしています。
夏美ちゃんはとてもお洒落で流行りものにもとても敏感です。
校則では禁止されているけど、夏美ちゃんは薄くお化粧をしています。
夏美ちゃんと仲良くなり、夏美ちゃんの小学校の同級生の三人組の
グループに私も入れてもらいました。
私は映画や読書、勉強をしている時もスマホのグループメッセージには
全ての作業を中断してすぐに返事をします。
少しでも返事が遅れると、夏美ちゃんのグループから外されるからです。
中学に入学して数カ月、ほとんどの女子も男子もグループができています。
今更グループを外されてしまったら、私は一人ぼっちです。
孤独な学生生活を送るのは、とても怖いです。
グループメッセージの内容は大体、恋話から学校の男子の話、
クラスの他の女子グループの悪口が中心です。
私は月刊のファッション雑誌に書いてある内容や、今の流行りには
付いていけますが、恋話や学校の男子の話については
まだよく分かりません。
私のグループは少し心の成長が早いようです。
その話題に関しては、私はなんとなくで合わせて返事をします。
一番辛いのは、クラスの他の女子グループの悪口です。
私は人の悪口を言うのが好きではありません。
あまり話をした事も無いのに、私のグループのみんなは
その子たちの事を、ダサい、なんかウザい、男子に色目を使っている
時々、ありもしない噂をします。
私は胸が苦しくなります。
でも返事をしないと私はグループを外されます。
なので、私は『そうだね。』とか『ひどいね。』とか
心にもない事を短いメッセージで返事をします。
今日もグループンメッセージは引っ切り無しに動いています。
今日の話題は私の嫌いなクラスの女子グループの悪口の話題です。
夏美ちゃんを中心に、みんなそれぞれ言いたい事を言っています。
何やら夏美ちゃんが好きな男子がクラスにいて
その男子とクラスの他の女子グループの女子が最近すごく仲良さそうな事が、ウザいらしいです。
みんな夏美ちゃんが発する悪口に賛同して、その女子の事を酷く言っています。
私にはまだ経験がありませんが、もし好きな人が他の女子と仲良くしていたら少し腹が立つ事でしょう。
でもそれは夏美ちゃん自身の問題であって、夏美ちゃんのグループの私達にはあまり関係の無いことです。
確かに友達が怒っていたら、私も同じように怒りたくなります。
でも、その男子と仲良くしている女子には全く非はありません。
何も知らないその女子が、たまたま夏美ちゃんの好きな男子と仲良くしていただけで陰でこれだけ悪口を言われているなんて、私は少し怖くなりました。
でも私も返事をします。心にもない事を短いメッセージで。
『それはひどいね。』と一文短く返事を送りました。
夏美ちゃんグループの他の女子よりは、かなり短いです。
でも返事をして夏美ちゃんに賛同する事が大事なのです。
カメレオンの私は、今は夏美ちゃん色なのだから、夏美ちゃんと同じ色じゃないといけません。
そんなカメレオンの私にも事件が起きました。他人の悪口を言った罰が当たりました。
私は休憩時間トイレに行きました。
そうするとトイレに数名の女子たちが入ってきました。
聞き覚えのある声です。
夏美ちゃんグループです。
私は耳を疑いました。夏美ちゃんたちの今日の話題は私です。
「こはるのグループメッセージの返事見た?」
「見た見た。なんか返事、適当な感じしたよね。」
「夏美ちゃん、こんなに傷ついているのに、なんか酷くね。」
「私思うんだけど、こはる何かうちらのグループと違くない?」
「それ私も思ってた。夏美ちゃんどうする?こはるの事。」
「最初は可愛いと思って、わざわざ声かけてあげたんだけど…」
「私、あいつの友達やめるわ。みんなもそう思うよね?」
「そうだねー。私もなんかこはるは違うと思ってた。」
「じゃあ今日からこはるはグループ脱退ね。グループメッセージも退会させよ。」
私はトイレの個室でガタガタと震えていました。
みんながトイレから出て行ったあと、ピコンと私のスマホが鳴りました。
『睦月こはるさんはグループを退会させられました。』
私は涙がこみ上げてきました。心がズキズキと痛いです。
体が鉛のように重いです。
休憩終了のチャイムが鳴っていますが、
トイレの個室からでることができません。
みんなと合わせてきたのに。私はカメレオンのようにみんなと同化したのに。
私は教室に戻りたくなかったので、「おなかが痛いです。」と言って保健室に向かいました。
保健室の先生は何も詳しく聞かず保健室のベッドで私を休ませてくれました。
涙が止まらずポロポロと流れている私を保健室の先生は見て
何かを察してくれたのでしょう。
私は結局、放課後まで教室に戻れませんでした。
放課後、帰りの荷物を取りに教室に戻ったら
夏美ちゃんグループがいました。
いつものように談笑をしています。
私は勇気を振り絞り笑顔で夏美ちゃんに話しかけました。
返事はありません。誰からも。
私は完全に無視されています。
こみ上げてくる涙を必死にこらえて、教室を出ていこうとする夏美ちゃんグループに。
…夏美ちゃんに。
「私…ごめんね。何でもするから許してほしいです。」
頭が重いです。心が痛いです。言葉がうまく出てきません。
夏美ちゃんは私の方を振り返りました。
許してくれるのだと思いました。しかし夏美ちゃんが発した言葉は
どんな寒い真冬の日よりも、真夏の冷房ガンガンのカフェよりも
冷たく私の身を凍らせる言葉でした。
「は?あんた誰?」
そう言って夏美ちゃんグループは去っていきました。
私はガタガタと震える体を自分で抱きしめながら、その場に崩れるように
倒れこんで泣きました。ようやく動けるようになった時には
空はもう真っ暗でした。
私は次の日、学校を休みました。
私の毎日ずっと鳴っていたスマホは、今日は全く鳴きません。
私は一人ぼっちになりました。
何もする気が起きません。
毎日ボロボロになるまで見ていた月刊のファッション雑誌も
撮り貯めて何回も見ていた流行りのドラマも映画も
綺麗にクローゼットに並べている流行りの服も
何も輝かしくありません。私は行き場をなくしたカメレオンです。
どこにも自分がありません。
夕方、全く鳴かなかったスマホが鳴きました。
夏美ちゃんかも!と思いましたが、送り主は違う友達です。
中学は別々になってしまったので、今はこうして
時々メッセージのやり取りしかしていません。
でも私の小学生の時の憧れの親友
黒音つむぎちゃんです。
つむぎちゃんは少し変わった子でしたが、一緒にいて
一番居心地の良い友達でした。
つむぎちゃんも私のことを親友と言ってくれた時は
飛び上がりそうなくらい嬉しかったです。
つむぎちゃんから
『ごきげんよう。こはるちゃん、明日ひま?』
とメッセージが届きました。私は今すぐにでも、つむぎちゃんに会いたいです。
すぐ返事をしました。いつもとは違って心のこもったメッセージを短く。
『暇だよ。私、つむぎちゃんに会いたい!』
とメッセージを送りました。すぐ返事は返ってきました。
『では明日、正午。ショッピングモールで。私の魔法道具の買い物に付き合って。』
と可愛い魔女と猫のスタンプを送ってきました。
私も嬉しくなって短く『うん。いいよ。』とつむぎちゃんとお揃いで買ったスタンプを送りました。
次の日、私は十一時五十五分にショッピングモールに着きました。
今の時間は十二時三十分。いつもの事です。私はショッピングモールの入口で
つむぎちゃんを待ちました。今日は休日、人の数がとても多いです。
つむぎちゃんをこの人混みから、発見できるか不安になってきました。
でもその不安はすぐ解消されました。
人混みの中からヒョコヒョコと大きな赤色のリボンだけが見えます。
私は大きな赤色のリボンに大きく手を振りました。
人混みの中から大きな赤色のリボンだけが歩いてきます。
黒色のワンピース、大きな赤色のリボン、真っ赤な色のリュックを背負っています。
何も変わらない私の小学生の時の憧れの人であり親友。
つむぎ魔女の登場です。つむぎちゃんは黒色のワンピースのスカートの裾を
そっと手でつかみ上げて、「ごきげんよう。」と言ってきます。
中学生になって背が伸びた私に比べて、つむぎちゃんは小学生の時と同じ、小さいままです。
小さな魔女さんのままです。つむぎちゃんはマイペースです。
着くなり「のどが渇いた。カフェに行きましょう。」と言ってきました。
慣れっこです。つむぎちゃんは待ち合わせ時間を守った事がありません。
今日はまだ早い方です。そして待たせていることを一切、気にせず自分の
今したいことを言います。私達はショッピングモール内のカフェに行きました。
つむぎちゃんがアイスティーを飲みながら
「あの店員さんいいな。雰囲気的に、このお店の店長さんかな?」
と珍しくつむぎちゃんが男性の事を褒めるので私も見ます。
確かにカッコイイです。でもそれよりもとても優しそうな男性です。
「うん。カッコイイし、とても優しそうだね。」
つむぎちゃんは既に興味が男性には無いようです。私の顔をじっと見つめています。
「つむぎちゃん?私なんか変かな?」
つむぎちゃんは真剣に私の顔を見つめた後、両手を私の顔に当てて何か念じ始めました。
しばらく念じた後、パッと笑顔になって私に言いました。
「こはるちゃん。いま幸せを届ける魔法をかけました。これでこはるちゃんは幸せです。」
つむぎちゃんはマイペースでちょっと変なところもあるけど、とても勘が良いです。
とても優しい子です。昔から。久しぶりに会った今も全く変わっていません。
私は心の奥底に眠らせていたはずの感情が一気に溢れ出ました。
大勢の人がいるカフェという事を忘れて声を出して大泣きをしました。
先程のカフェの店長さんが近寄ってきて、ハンカチと甘いクッキーをサービスでくれました。私の勘は外れていませんでした。顔だけでなく中身もとてもカッコイイです。
つむぎちゃんはカフェの店長さんにも、両手を掲げて何か念じています。
カフェの店長さんも中腰になって、つむぎちゃんの魔法を受けています。
つむぎちゃんが「ありがとうございました!」と言うと、カフェの店長さんは
「ありがとうね。小さな魔女のお客様。」と言って笑顔で去っていきました。
私はこれまであった事や、思っていた事、私はカメレオンだという事を
つむぎちゃんに話しました。つむぎちゃんは真剣な顔をして私の話を聞いてくれました。
つむぎちゃんはポンッと手を叩くと、私の手を取ってカフェを後にしました。
つむぎちゃんが連れて来てくれたのは、つむぎちゃん御用達の洋服屋さんです。
黒色のワンピース、大きな赤色のリボン、真っ赤な色のリュック全部このお店のものです。
つむぎちゃんは私をリボンのコーナーに連れてきてくれました。
リボンのコーナーにはつむぎちゃんがいつもしている
大きな色んな色のリボンが並んでいます。
つむぎちゃんは私の肩に手を置いて、笑顔で言ってきます。
「私とお揃いのリボンを買おう。大丈夫、ここのお店安いから。リボンの色は流行りとか何も考えず、こはるちゃんが直感で良いと思ったものを買うこと。」
私はつむぎちゃんの言う通り、心を無にしました。
今の流行りの色、月刊のファッション雑誌の情報を全部、頭の中から消しました。
直感で決まりました。自分が好きな色が初めて分かりました。
「これにする!」
つむぎちゃんは店内にも関わらず「いいね!」と言って大きく拍手をしています。
私が選んだのは大きな黄色のリボン。リボンを付けて鏡の前に立ってみると、今までのどの流行りの服よりも自分らしくて合っているなと思いました。
私はこの日を境にカメレオンではなくなりました。学校でも一人、友達ができました。
つむぎちゃんと同じように少し変わっていてマイペースな子。クラスで浮いていた子です。
でも私はその子の事もつむぎちゃんと同じくらい大好きです。
今日はつむぎちゃんとその子と三人でお出かけです。私は大切な親友二人に仲良くなってもらおうと、今回二人を誘いました。二人共、待ち合わせの時間から三十分経ってもまだ来ません。慣れっこです。大きな赤色のリボンと大きな青色のリボンが同時くらいに、私の方に歩いてきます。
大きな赤色のリボン、大きな黄色のリボン、大きな青色のリボン。
三人ともそれぞれ自分の直感で決めた洋服を着ています。
私は、最近は青色のワンピースにはまっています。月刊のファッション雑誌はもう買っていません。その変わり自分で洋服屋さんに足を運んで自分の直感で洋服を選んでいます。
私はもうカメレオンではありません。私は誰とも同化しない自分の色を持っています。
つむぎちゃんがニコニコした笑顔で言います。
「私たち、並んで歩いていると信号機みたいだね!」
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