第5話 靴擦れ

 帰り道はまるで地獄だった。

 それでもまだ住宅地を歩いている時はよかった。所々に日陰もあったし、何より自販機があった。蓮ちゃんはスポーツドリンクを買った。

 段々、お互いに話すのが億劫になるほど歩いて、農道に出る。いつもは自転車でさぁっと走り抜けていることを考えると、なおさら恨めしい。そして今、わたしは猛烈に後悔していた。

「千夏、足、どうかした?」

「なんでもない」

「なんでもなくないよ、見せてみろよ」

 迷った上に選んで履いた新品のサンダルが仇となった。細いストラップのせいで、すっかり踵に靴擦れができた。笑われるに違いない。田舎道でこんなもの履いているからって……。

「……千夏、すごくかわいいサンダル履いてたんだな。踵、すごく凝ったデザインだし。足、痛かっただろう? もっとゆっくり歩けばよかったよな、ごめん」

 恥ずかしさで消えてしまいたかった。

 従兄弟と出かけるのに何かを期待して、オシャレをしてきた自分がバカらしかった。たかがノートを買いに行っただけなのに。

 よくよく考えればわたし一人で自転車で買いに行けばいいだけの話だった。何も暑い中、二人で日照りにあう必要はひとつもなかったんだ。

「踵、擦りむいてるけど歩ける? おんぶしようか?」

「いいよ、もうすぐ家だし」

「……とりあえず水分補給しとけよ。元気ないぞ」

 蓮ちゃんはカバンを肩から下ろした。

 そのボトルは自販機で買ってすぐに蓮ちゃんが口をつけたもので、わたしが口をつけていいものか迷った。黙っていると、蓮ちゃんの方から聞いてきた。

「間接キスとか思って遠慮してんの? 親戚以上家族未満で育ってるんだから、そんなの今さらでしょう? 死ぬよりましだよ」

 ほら、と言ってカバンから出てきたボトルは見事に結露して、冷たそうに見えた。キャップを外して一口含むと、生き返る気がした。ゴクゴクと喉を通り過ぎていく。

「ごちそうさま」

「あー、お前、残り三分の一もないじゃないか! 俺が死にそうになったらどうするんだよ?」

「大丈夫、うちはすぐそこだよー。ほら、見えてきた。大体、いつもはどうやってうちに来てるの?」

 蓮ちゃんはなぜか口を噤んで、微妙な表情をした。なんでそんな顔をするのかわからなかった。

「駅からバス。……でもバス停からお前の家まで10分歩くぞ」

「地元民だからバスなんて考えてなかった。なんか騙された気分。先に言ってくれたらよかったのに」

「ほら、うだうだ言ってないで歩く」

 するり、と手を繋がれていた。それまで男の子と「手を繋ぐ」というのは何か神聖な儀式のようなものだと思っていたけれど、繋がれてしまえば一瞬だった。

 彼の手は、当たり前のように汗ばんでいた。そうして、よく知っているはずだったその手は、思っていたより厚みがあってしっかりしていた。自分も手に力を入れるべきか迷う。親戚以上家族未満なら、変に意識するのもおかしいだろうし。

 でも、蓮ちゃんは蓮ちゃんで、他の男の子たちとは全然違った。他の従兄弟とも。どうしたらいいのか、まるでわからなかった。

「なんだよ、誰も見てないよ。こんな暑い中、外に出てる人はいないって」

 気がついたらわたしは蓮ちゃんの横顔をガン見していて、慌てた調子で彼は早口にまくしたてた。

「靴擦れしてるんだから、後はゆっくり帰ろう」

とわたしの従兄弟はそう言った。

 蝉の声ばかりが耳に響いて、わたしは変に心細い気持ちで、蓮ちゃんに手を引かれて歩いた。今ではすっかり葉桜となったヤエザクラの樹の足元に大きな日陰ができていた。

 ああそうだ、走り回って遊んでばかりいた夏の日に、アスファルトで転んで膝を擦りむいたっけ。あの時も同じように手を引かれて家まで歩いたっけ。

 あの時のわたしと今のわたしは、同じわたしでも全然違う。

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