第11話 従兄弟たち

 毎年14日になると、お父さんの妹さんである美知子おばさんと、その子供のいつきくんと瑞希みずきくんが泊まりに来る。旦那さんは自宅で留守番だそうだ。樹くんは蓮ちゃんと同い年で、瑞希くんがわたしの一つ下だった。

 気軽さから、樹くんをイッちゃん、瑞希くんをミッちゃんと呼んでいる。

「よお、蓮。また来てんの? もう預かってもらう歳でもないだろう?」

「うっせーな、樹。お前、少しは背、伸びたか?」

 口はお互い悪くても仲が悪いわけではない。あんな言い合いをしてても、後で花火買いに行こうぜ、とか楽しそうな話をしている。男の子って謎だ。

「千夏は高校どーよ?」

「田舎だもん、のんびりしてるよ」

「まだ彼氏できないの?」

 にやにやしながらイッちゃんが聞く。その後ろから蓮ちゃんもにやにやしている。こんな時ばかり双子みたいな顔をしてタッグを組むのは汚いと思う。

 どうせわたしに彼氏はいない。言い訳をさせてもらえるなら、うちは元女子高なので女子率が高い。リア充率が低いのはみんなそのせいだと思っている。

「その辺ものんびりなんだよな、千夏のとこは」

 蓮ちゃんがよくわからないフォローを入れる。

「まぁそういうことなんじゃないの。ていうかさ、そういうイッちゃんは彼女いるの?」

「今はいない」

「『今は』ってことは前にはいたってこと?」

「お、千夏、俺に興味ある?」

「違うー! イッちゃん、従兄弟じゃん!」

 言ってしまって自分の口から出た言葉にドキッとした。それが胸に刺さる。そんな気はないのに、蓮ちゃんに目がいく。蓮ちゃんは、ははは、とわたしたちのやり取りを笑って見ていた。別に何も含むところはなさそうだった。そして、それに関して何も言わなかった。

 言われなかったけど……何を言われたかったのか。もやもやは心の奥底に沈んで溜まった。

 イッちゃんと蓮ちゃんはしばらく和室で何やら話し込んでいたかと思うと、本当に二人で花火を仕入れに行ってしまった。

 千紘が「怖いのはやめてね」と言った。イッちゃんが「ヒュルルルルルーって飛んでパーンッてなるやつにしようぜ」と千紘を怖がらせて、半泣きになっている妹に蓮ちゃんは、「千紘、アイス何がいい?」と聞いてあげた。千紘はご機嫌で、「蓮ちゃん大好き」と言った。

 隣でそれを聞いていたミッちゃんは呆れた顔をして「兄貴、程度低すぎ」と冷たい目をして言った。

 二人が買い物に行っている間、居間でだらだらテレビをつけて見ていた。番組を進行するお笑いタレントの笑い声が響く。

 お母さんが「ミッちゃん、受験どう?」と聞くと美知子おばさんが、「ぜーんぜん勉強しないのよ」とこぼした。

 これからアイスが届くというのにホームランバーを咥えていたミッちゃんは、

「毎日予備校行ってるんだから、毎日勉強してるってことじゃん?」と言って、おばさんは、「この子、屁理屈多くて困るのよねぇ」と言った。

 中三の男の子なんてそんなもんじゃないのかなぁ、と思う。蓮ちゃんはまだしも、中三のイッちゃんはまるで同じ感じだった。それでいて二人とも有名私立高に入れてしまおうって言うんだから、すごい。美知子おばさんは教育熱心らしい。

「ミッちゃん、夕飯は何がいい?」

「何でも。おばちゃんの作るご飯は何でも美味しいから」

 あんた、愛想がいいわよね、とおばさんが言って、笑うに笑えない。お母さんは、あらありがとう、とにっこり答えた。

「今晩はお刺身にしようと思って、実はお魚屋さんに頼んであるのよ。ミッちゃん、食べられないものない?」

「僕は青魚がダメ。お刺身なら骨はないし、青魚も入ってないことが多いから大丈夫だと思うよ」

「好き嫌いが多くていつも迷惑かけるわね」

「だってお母さん、うちで魚料理しないじゃん。骨付きの魚なんか食べられるようにならないよ。食べ方、知らないんだからさ」

「もう、瑞希は」とおばさんが言うと黙って新聞を読んでいたお父さんが、「瑞希、明日はアジの干物にするか」とボソッと言った。勘弁してよ、とミッちゃんは言ったけど、イワシって言われないだけマシじゃないかな、と思った。

 イワシの小骨はわたしも苦手だ。蓮ちゃんは魚が好きで、イワシの生姜煮なんかもキレイに食べてしまう。食べている姿がキレイな人は、悪くない。蓮ちゃんが「いただきます」をする姿は隣で見ていて気持ちがいい。

「ただいまー」

「あっちー!」

 お帰り、と玄関に迎えに出ると、溶けかけのアイスクリームとボリュームたっぷりの手持ち花火のパックが3袋もあった。

「……ずいぶん買ったね」

「これでもセーブしたんだぜ。蓮、打ち上げ買わせてくれねーんだもん。お堅いやつだよな」

 うるせぇ、と蓮ちゃんが言って、わたしは二人のやり取りをくすくす笑った。

「何、千夏。この前、こんなに暑いのに蓮と駅の方まで買い物に行ったんだって?」

「え? あ、うん」

 蓮ちゃん、そんなこと喋ったんだ、と恥ずかしくなる。もう、二人の顔が見られない。

「ノート買いに行っただけだって言っただろう?」

「あんな遠くまでうげー、だよ。ご苦労さま」

 それだけ言うと、イッちゃんはそれ以上、特に興味がなかったのか、アイスを持って居間に行ってしまった。

 わたしは蓮ちゃんから花火を受け取ろうと手を出した。蓮ちゃんは花火じゃなくて、手を差し出してきた。わたしの手に負担をかけないように、よいしょ、と体重を預けて玄関に上がる。

「ごめん。泊まりに来てから何してたって話になって。無神経だったよな。花火は玄関に置いておけばいいと思うよ」

「別に、謝るようなことじゃないよ。本当のことだし」

 わたしたちはただの従兄弟だし。ここで話す分には彼女にまで聞こえてしまうことじゃないし。

 そんなことを考えてる間に目と目を合わせることもなく、するりと手が離れて蓮ちゃんも居間に入って行った。

 なんとなく、気持ちや何かが置き去りにされた気がしてどこにも行けなくなって足が動かない。どこへ行くべきかと迷っていると、居間の扉が開いて千紘が「アイス食べよう」と言ってきた。ようやく行くべき場所が決まって、安堵する。

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