第10話 盆の入り
13日になるとお盆に入る。
お父さんと蓮ちゃんは珍しく共同作業に入る。以前はお母さんが手伝っていたんだけど、蓮ちゃんが中学に入ったくらいからは蓮ちゃんが手伝うことになった。
お盆の間、お
いつも寡黙なお父さんは、一言ひとこと、端的に蓮ちゃんに指示を出す。
「蓮、そこしっかり支えて」とか。
そしてお父さんは縄をなう。買ってくる人がほとんどだけど、うちではお父さんがなう。足を胡座のようにしてしっかり縄のはじまりを固定して、両手のひらを擦り合わせるようにすると縄ができる。
蓮ちゃんはいつもこの時、テンションが無駄に上がる。「おじちゃん、かっこいいよなぁ」と目を輝かせて、「いつか俺も教えてもらうんだ」と言う。そんなの教わったらこき使われるのがオチだというのに。
そうしてお母さんは仏様のお膳の支度をしたりお供え物の準備をするので、子供たちはナスとキュウリで牛と馬を作る。要するに割り箸で4本脚を付けてあげる。ご先祖さまにはキュウリの馬で速く来てもらって、帰りは牛に乗ってゆっくり帰っていただくのだという。割り箸を付けたナスとキュウリはちょっとかわいい。
「お昼できたわよ」
わいわいやっていると丁度ご飯の時間になって、各々が座席につく。お母さんもめんどくさかったのか、カレーだった。
「やれやれ、これでお迎えできるかしらねぇ?」
「朝からしっかりやっとったのを、仏様もちゃんと見てらっしゃるから大丈夫。後でみんなにご褒美のお菓子あげようねぇ」
おばあちゃんもにこにこだった。
「蓮がずいぶん上手になったから楽になった」
しーん、と水を打ったように食卓に沈黙が訪れた。「あ!」という弟の声で時間が動き始める。
「どうしたの?」
「千紘がカレーこぼした!」
まったくもう白いTシャツなのに、とお母さんがバタバタと布巾を持って移動する。
お父さんは滅多に多く喋らない。
ましてや人を褒めるのも珍しいし、ついでに言うなら「蓮ちゃんをほめる」なんて、前にあったのはいつのことなのか思い出せないほどだった。
「おじちゃん、ありがとう……」
ナスとミョウガのお味噌汁を飲みながら、蓮ちゃんは俯いてお礼を小さく言った。この場合、お礼を言うのはお父さんの方だと思うんだけど、こういうのも悪くないなと思う。
わたしだって手伝ってほめられたらきっと「ありがとう」って言ってしまう。まして、それがお父さんなら尚更。蓮ちゃんのうれしさが、隣に座ったわたしの肩越しに移ってきそうだった。
夕方になると手持ちのカラフルな提灯を持ってお墓にご先祖さまを迎えに行く。極彩色のピンクの
最近はお墓から離れて住んでいたりするので、途中までしか迎えに行かなかったり、車で迎えに行く家もある。車で行く時はさすがにお灯明は灯せない。それでも背中とシートの間(?)にご先祖さまをおんぶする。
うちは最近は「途中まで」派だ。おばあちゃんも歩くのが辛くなってきたし、お墓までの細くて急な山道は短いとは言え上がるのは一苦労だ。
この日は毎年、おばあちゃんの部屋の押し入れから提灯が出てきて、おばあちゃんはちょっとだけ誇らしげな顔をする。そしていくつになってもカラフルな提灯はかわいらしいし、道みち、いろんな家の人がお灯明を持って歩いているのを見ているのは風情もあって心が和む。ぼんやりと橙色に揺れる小さな火。
「背中にご先祖さまが乗ってるんだよねぇ?」
と弟の
「お兄ちゃん、ご先祖さまってお化けなの?」
「バカ言うなよ、ご先祖さまは偉いんだぞ。僕たちを守ってくれてるんだぞ」
「蓮ちゃん、お化けじゃないの?」
「お化けだったらおんぶしないでしょう? 千紘、暗くて大丈夫?」
うん、と火を分けてもらいながら妹がうなずく。蓮ちゃんはわたしたち「4」人兄弟の長男だ。蓮ちゃんが「うん」と言えば、わたしたち3人は安心する。
こうしてお迎えに来たって、蓮ちゃんも当然のようにうちのご先祖さまをおんぶする。長年の習慣なんだろうけど……わたしたちは家族なんだよ、と伝えたい。1年のうち11ヶ月は離れていても、わたしたちは家族で、蓮ちゃんの帰るところはうちなんだよって、なんで真っ直ぐに言ってあげられないかなぁ。自分が情けない。
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