第12話 花火

 パチパチと火花を散らして手元を彩る花火から、白煙が細く上がる。

 蓮ちゃんの配慮で刺激の強い花火は避けられていたので、小学校低学年の千紘も屈託なく笑って楽しんでいた。そしてその「刺激のない」花火は誰にでも好評で、それぞれ手に持って、様々な色の光を楽しんでいた。

 スパークするもの、花が散るように落ちるもの、色が様変わりするもの、その個性は様々だった。

「千夏はやんないの?」

 縁台に座ってみんなを見ていたわたしの隣に、蓮ちゃんがゆっくり腰を下ろす。

「あー、うん。少し疲れたかな?」

「ご飯の支度、人数多かったもんな」

「うん」

 嬌声が上がって、地面に置いて吹き出すタイプの花火にイッちゃんが火をつける。パチパチパチと火花を散らしながら、真っ直ぐ上に向かって炎が上がる。千紘は千早の陰に隠れてそれをそっと見ていた。

 足元に置いたくるくると渦を描く蚊取り線香の独特な香りが、二人の間に漂う。夏限定の香りだ。

「人がたくさんいると疲れるタイプ? 楽しいタイプ?」

「蓮ちゃん、それ今さら」

「今さらかぁ、そうだよな」

 思えば今日、蓮ちゃんとゆっくり話すのは初めてだった。大人数も慣れているはずだったけど、確かにみんなの声に疲れたかもしれない。蓮ちゃんとの間に横たわる静けさが、蓮ちゃんにもたれかかっているように心地よい。

「花火、苦手だったっけ? 一緒にやらない? せっかく買ってきたしさ。夏が終わっちゃうぞ」

「うん、そうだよね。みんなで楽しまないとね。でもなんか……」

「千夏?」

「なんか蓮ちゃん、わたし……」

 おばちゃん呼んでくるよ、と蓮ちゃんが走って行ってしまい、置いていかれた心細さが残る。お母さんが、花火の光をバックにして蓮ちゃんと一緒に早足で歩いてきた。

「千夏、どうした? あんた、すごい汗」

 わたしのおでこを触ったお母さんの手は、こんなに暑い夜なのに不思議とひんやりしていた。

「蓮ちゃん、悪いんだけどさ」

「うん、部屋に連れて行くよ」

「いいよ、一人で行けるし……」

「病人は黙ってろって」

 さすがにお姫様抱っこはなかった。何しろ2階だったし。それでも肩を貸してもらって……汗だくだったし、考えるだけで恥ずかしい。もし蓮ちゃんが実の兄だったとしてもやっぱり恥ずかしかったと思う。

「よいしょ。何だよ、具合悪いなら早く言えよ。遠慮する仲じゃあるまいし」

「蓮ちゃんに、最初に言ったじゃない」

「そうだけどさ……。でも、もっと早く言えば無理させなかったのに」

 お母さんが体温計を持ってくると、38度を超える熱があり、自分でも驚く。どおりでみんなの楽しそうな声が頭がガンガン響いたはずだ。氷枕と洗いたてのパジャマを持ってきてもらう。

「解熱剤、病院でもらった残り、あったかしらねぇ」

 そう言いながらお母さんは階下に行ってしまい、蓮ちゃんの手持ち無沙汰にしてた指が、前髪をかき上げる。

「何でも言っていいんだよ、俺には。無駄に長いこと一緒に育ったわけじゃないんだし」

「そう思うけどさ……言えないこともさ……」

 最後の方はごにょごにょになってしまった。言いたくたって、言えないこともさ、あるんだよ。蓮ちゃん、わたしにはあるんだよ。

「何でも言え」

 キスしてしまうかと思う至近距離に蓮ちゃんの顔があって、そんなことをしたら風邪がうつっちゃうよと半歩後ろから見ているわたしが思う。

 いっそ、目を閉じてしまおうかと思いが巡る。でも、まだ、待って。蓮ちゃんには彼女がいるんだし、それは思い過ごしだ。

「蓮ちゃん、見ててくれてありがとう。千夏着替えさせるから、ごめんね。外、そろそろ片付けるみたいだから手伝ってやってくれる?」

「ああ、うん。ちゃんとやっとくよ」

 目を合わせずに蓮ちゃんは出て行った。体を拭くためのタオルをお母さんが濡らして持ってきてくれて、体をさっぱりさせる。顔から首筋へと順番に拭っていく。

「蓮ちゃんがいてくれて助かったわね」

「うん。熱があるなんて思わなかった」

「小さい頃から千夏のこと、よく見ててくれるからね。今日も大人しいからおかしいと思ってくれたんじゃないの?」

 ふぅん、そうだったのかな、と思う。わたしにはごく自然に隣に座ってきたように思えたけど、心配してくれてたってこと?

 頭の奥がまだひどく痛んで、難しいことは考えられなかった。コップに入った水をもらって、解熱剤を1錠飲んだ。

「わたし側の従兄弟だからってわけじゃないけど、蓮ちゃんはいい子よね。薬がじきに効いて熱が下がるから、その間によく寝なさい」

「お母さん、蓮ちゃんに『ありがとう』って」

「わかってる。おやすみ」

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