第3話 陽炎

 暑い日の素麺は氷がたくさんのってキンキンに冷えていて、お腹の中から冷たくなった気がする。

 まったりと午後の眠気に誘われて、ベッドの上でだらーんとしている。お腹がいっぱいで、何も考えられない。あんなに細い麺でも、食べ過ぎればお腹が満たされる。カーテン越しの日差しは程よく緩んで、うとうとしてくる。

 トントン、と小さいノックが聞こえて、半分寝ていたわたしはだらしなく開きっぱなしだった口に力を入れて、はーい、と答えた。

 とろとろと起き上がろうとするとお腹のTシャツが半分めくれていて、ぎょっとする。

「おいおい、今日はサービス満点だな」

「もう! 蓮ちゃんにサービスしたって意味ないじゃない」

「まぁな。小さい頃は一緒に風呂にも入ってたしな。ちょっとした目の保養程度かな」

 確かにそんなこともあった。それが恥ずかしいのではなくて、その事実が恥ずかしかった。

「買い物。付き合うって約束しただろう?」

「あー、明日にしようよ。今日、暑いよ」

「明日も暑いに決まってるだろう?」

 ちっ、と思いつつ立ち上がる。

「わかったよ、着替えるから出て行って」

「もうほとんど見たからいいと思うけど」

「良くない! お年頃なの!」

 お年頃ならもっと気をつけろよ、と笑いながら蓮ちゃんは部屋を出た。わたしと彼の部屋は隣同士なので、壁越しに彼も支度をしている気配が伝わってくる。

 何を着ていこう?

 蓮ちゃん相手に気張る必要はないかもしれないけど、地元の友だちに会う可能性はあった。蓮ちゃんのことは「従兄弟なの」とありのままに言えばいい。問題は着ていく服だ。気取りすぎなくて、暑くないちょうどいいやつ。

「千夏、まだなの? 蓮ちゃん、ずっと下で待ってるわよ」

「はーい、もう終わるから」


 結局、モスグリーンのパフスリーブのチュニックに、クロップドパンツを合わせた。そこでまた迷って、この間買ったサンダルを履いた。初下ろしのそのサンダルはお気に入りだった。

「歩いて大体何分?」

「30分くらいじゃないの?」

「あ、そう」

 二人だけで出かけることはそうそうないので、会話が上手い具合に繋がらない。噛み合わないまま、お互いの近況報告をする。最近、どこに行ったとか、期末テストはどうだったとか。

 両側を田んぼに挟まれた農道を、じりじりと太陽に照らされるまま、並行に歩く。微妙な距離感は、わたしたちの心の距離なんだろうか? もし誰かが見たら、どんな二人に見えるんだろう? 兄妹で歩くには歳が行きすぎている気もしたし、恋人同士だとしたらこんなところは歩かない気もした。

 結局どちらにも見えないだろうと結論付ける。

「いつもここ、自転車で通るの?」

「学校に行く時? そうだよ。普段はピューッと」

「駅までどれくらい?」

「15分くらいかな」

「……暗くなったら危なくないか? ここ、さっきから人通り、全然ないし。農家のおっちゃんしか見てないぞ」

 後ろ頭を焦がしながら、蓮ちゃんの横顔を見る。蓮ちゃんもひどく暑そうだ。つーっと汗が流れていくのが見える。そしてそれはわたしも大なり小なり同様だった。

 農家のおっちゃんしかいないのはたぶん、暑い時間に外に出るバカはわたしたちだけだからだ。農家の人は暑い時間を避けて農作業をする。例えば早朝なんかに。

「心配してくれてるの?」

「するだろう、普通」

「……暗くなる前に帰ってくるから平気だよ。暗くなっちゃった時は、お母さんに車で迎えに来てもらうしさ」

 そっか、と妙に納得した顔で蓮ちゃんは頷いた。やっぱりお兄ちゃん気質だよな、と思う。普段は面倒くさそうにしてたり、からかったりしていても、こうやって蓮ちゃんと一緒にいない時のわたしを心配してくれたり。

 離れている間も、たまには心配してくれてるんだろうか……と乙女チックなことを考えて、頭の中からそれを消し去る。

 その後はわたしが入学してから学校で起こったことを面白おかしく話して笑ってるうちに、ショッピングモールとは名ばかりの小さな商業施設に着いた。

 どちらを向いても、道々には陽炎がぼんやりと空気を揺らしていた。

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