第4話 男の親切

 地元の商業施設は不況の波に押されて、テナントがころころ変わった。

 下着専門店が女子高生御用達プチプラブランド服の販売店になったと思うと、おばさま向けのブティックに姿を変えた。

 わたしが通いまくった書店も、最近、文具店と合併してしまった。つまり、本も文具も、中途半端な店になったわけだ。

「ここ、前は広い本屋じゃなかった?」

「この間、文具店が入ったの」

「本も紙よりネットの時代だな」

「……そう思う? わたしは紙の本が好き。持った時の重みとか、質感とか」

「その良さがわからないから俺はたぶん国語ができないんだよ」

 そう冗談を残して、彼はまるで行きつけの店のようにすいすいと文具コーナーまで行ってしまった。

 残されたわたしはひとり、平積みの文庫をチェックして歩いた。特にすぐに欲しい本はなかったけれど、新しく出た本のチェックは楽しい。

「お待たせ」

「ないよねー。宿題やるためのノートもレポート用紙も忘れるとは、有り得ない」

「うるさいな。そういうこともあるんだよ。千夏は欲しい本、あった?」

「うん、この今週3位の本が気になるんだけど品切れ」

「……そっちの平積みにあるじゃん?」

 店の前面の注目の図書コーナーに、その本は山ほど積まれていた。帯には「映画化」の文字が大きく書かれていて、主演女優のアップの写真が載っていた。

「これ、安西ミカが主演やる映画の原作」

「この作家、映像化、多いんだよね」

「ふぅん、映画見たいかも」

「……うちのクラスにもいる。安西ミカが大好きで、授業中も彼女の夢見てたんだって。先生にさされたら目の前から安西ミカが消えたってショック受けてたよ。すっごいリアルだったって」

 笑い話のひとつだった。

「わかる。目の前に安西ミカがいたら、俺ならとりあえずサインもらうより先に握手する。後悔しないように」

 冗談にはならなかったらしく、蓮ちゃんは本を手に取って帯をじっと眺めていた。

「千夏、本買うのやめて映画で見るのはどう? 8月の下旬公開だって」

「……何言ってんのよ、蓮ちゃんもうその頃向こうに帰ってるでしょう?」

 ああ、確かに、と言いながらもう興味を失ったとばかりに本を雑に戻して書店を出て、その建物の中で唯一、カフェのようなドーナツ屋に行く。付き合わせたお礼に、と蓮ちゃんが飲み物を奢ってくれる。

 会計する間だけ持ってて、と渡された荷物にはずっしり、キャンパスのノート5冊組とレポート用紙2冊が入っていた。持ち手にビニールが食い込む。進学校も大変なんだな、と思う。

「はい」

「ノート、ぎっしりだね」

「重かったでしょう、ごめん。数学と英語の範囲、広すぎなんだよ。……千夏もうちの学校に来ればよかったのに。学区、同じでしょう?」

「残念でした、頭が学区外なの」

「数学がんばればずっと伸びるのに」

「蓮ちゃんの国語と同じだよ」

 わたしは国語が得意教科で、蓮ちゃんは数学が得意だ。でも得意のレベルが違う。わたしはこのまま行けば私立文系の大学に進むけど、コツコツ満遍なく勉強するタイプの蓮ちゃんはきっと国立志望だろう。そして今よりずっとここから離れた大学に進学する。

 従兄弟だけど、そこは違うんだ。

 同じカフェラテに、わたしのだけ追加のホイップが乗っていた。いつも迷って、もったいないかなと悩んで乗せないホイップ。チョコレートシロップが細い線を描いてその上を彩る。

「ホイップ好き?」

そうっと先がスプーン状になったストローを差し込む。

「無いよりあった方がずっとうれしい。特別な感じがするもん」

「じゃあさ、デートの時にホイップ乗せてもらったらうれしい?」

 蓮ちゃんはなぜかふっと視線を逸らせた。

「……うれしいと思うけど」

 彼氏なんかいないから、例えばの話だけど。

「お前、ちょろいな。プラス100円で釣られちゃうんだ?」

 まだ目線をずらしたまま、彼はそう言った。

「何それ? 釣られないよ」

「男の親切には気をつけるんだな」

 抗議をするわたしのおでこを、軽くデコピンした。

 コーヒーの上のホイップは甘く口の中で蕩けていった。いつも、友だちと飲むコーヒーとはやっぱり違う特別な感じがした。


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