第2話 何も変わらない
さて、何に着替えたものか。
デニムパンツじゃ家の中と言えども暑いし、ショートパンツは禁じ手となった。
……仕方なく、七分丈のパジャマのパンツを履く。パジャマっていうのもどうかな、と思ったけど、蓮ちゃんが相手ならいいか、と思う。姿見で見ると、上が白いTシャツだったので、タータンチェックの赤いパンツは好感が持てる色合いな気がした。
トン、トン、トン、……とリズムよく慣れた階段を下りると、おばあちゃんの声が聞こえる。
「そうかい、蓮ちゃんももう高校生かい」
間違いじゃないけど、蓮ちゃんはもう2年生だ。去年の夏も、お正月も遊びに来ている。
「ほらよく顔を見せて。お小遣いあげるから、また遊びにおいで」
「うん、おばあちゃんありがとう。俺、まだ2週間たっぷりいるからね」
二人が歓談している後ろをすり抜けて、リビングを目指す。ぱしっ、と手首をおばあちゃんから見えない角度で捕まえられる。
「じゃあ後でね、おばあちゃん」
「あら、千夏ちゃんじゃないかい。お菓子あげようね」
「いや、わたしは……」
「遠慮せんでいいから」
手の中にはバラバラの和菓子が入っていた。小さい時からおばあちゃんのくれるお菓子は変わらない。チョコやキャンディーで育ったわたしは、最中やゼリーという名の和菓子のようなそれらがずっと苦手だった。
おまけにおばあちゃんのくれるお菓子は、どれも押し入れの匂いがした。
蓮ちゃんにぎゅっ、と手首を掴まれる。
「ありがとう、おばあちゃん」
行こうか、とリビングまでのほんのちょっとの暗い廊下でドン、と壁に押しつけられる。……リビングの手前で壁ドンとかなんのロマンスもない。
「なーんで、俺がおばあちゃんと話してる脇をすり抜けようとするかな?」
「……仲良さげだったから。蓮ちゃん、ひょっとしておばあちゃん、苦手?」
「……苦手じゃないけどさ、ほら、おばあちゃんの方が昔は俺のこと好きじゃなかったから」
しーん、と廊下は静まり返った。外からは弟と妹の声が聞こえてきた。二人で水鉄砲をしているらしい。なぜか、目を見ることはできなかった。
「そんなことないよ」
つい演技がかった口調になる。別にキレイな嘘をつきたかったわけではなかった。
「お前、俺に今、同情しただろう?」
「違っ……」
少しでも頭を動かしたら、蓮ちゃんの吐息がかかるような距離だった。わたしはじっとしていることしかできず、男の子の力はやっぱり強いんだなと変に納得する。
「昼飯食ったら、買い物に付き合えよ。必要なもの、持ってくるの忘れちゃったんだよ」
わたしの腕は不意に解かれて、小さくため息をつくと肩が凝っていた。
蓮ちゃんの顔を見ようとすると、キレイな大人の男の人の首筋が目についた。あの首筋は誰かのものだったりするんだろうか? さっきまでわたしのすぐ前にあった首筋……。
言いたいことを言うと彼はさっと、大股でリビングに行ってしまった。
「おばちゃん、手伝うことある?」
と大きな声が響く。蓮ちゃんは蓮ちゃんなりに、いろいろ思うところがあるらしい。
確かにおばあちゃんは最初、蓮ちゃんを歓迎しなかったかもしれない。けどそんなものはいつの間にかどこかに飛んで行って、わたしたちはいとこ同士十把一絡げに育ったものだと、今まで、信じて疑わずにいた。わたしにとって蓮ちゃんは、「4」人兄弟の長男だった。
「千夏、早く来て薬味切ってちょうだい。茹で上がっちゃったわよ」
はーい、と答えて台所に行くと、もうもうと水蒸気が上がって、大量の素麺が茹で上がったところだった。
「外から大葉取ってくるよね?」
「蓮ちゃん、お願いね。柔らかいやつよ。食べたければミニトマトも取っておいで。急がないと麺が伸びるわよ」
うん、わかった、とザルを持って外に出ると、
「チビたちー、ミニトマト取って」
と指揮を取って作業を始める合図が聞こえる。
「千夏、手が止まってる」
とミョウガを切る手が進んでいなかったことに気がつく。薄紅色のミョウガを薄く切る。独特の香りがぷんと漂う。
何も変わっていない、いつも通りの夏休みだ。
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