太宰風の文章で書かれてるだけなのに……、何故、こうも笑えるのだろうか?

 物語は、親知らずの痛みに耐えきれず、歯科医を訪ね、診療台に乗せられているところから始まります。

 それ以前に、場所と時間と状況の描写がなされてはおりますが、そこを素通りされるのか、感じ取られて立ち止まるのかは、読者さまに委ねられているのです……。

 あ、ダメだ! わたしに太宰治風の文章は書けなかった。
 と、言うように、主人公の葛藤が、歯科医の困惑が、ふたりの壮絶なやりとりが、文豪作品の体をなして綴られています。これほど、全編が古い分体で綴られているのに、どうして、こんなにも笑えるのだろう……。

 この言い回しのおかげなのだろう、主人公のささやかな抵抗はかわいらしく写り、歯科医の説得は虚しく響いてくる。
 歯が痛い! 本来は悲劇のはずのこの騒動が、わたしには喜劇に思えて仕方ない……。

 それは、太宰治にも謝りたくなることだろう。謝る先は違うと思うけど……。

その他のおすすめレビュー

浅葱 ひなさんの他のおすすめレビュー335