説明するより戦った方が早かった。
「センパイ、準備はいいですか?」
「いつでもいいぞ」
鏡面境界――【ミラーワールド】は、魔法で生み出された特殊な空間結界。
外には一切気付かれず干渉もされない内部は、外と同じ景色で建造物がある鏡の世界になっているが、この場所の物が壊れても外には影響を与えない。
だから本気で暴れても問題はないが、
というか俺自身が普通に危ういから勘弁して欲しい。肉片どころか炭すら残らない気がしてきたから。
「頼むから手加減してくれよ?」
「ふふふっ、フリですか?」
「本気で言ってるんだ。フル火力で押されたら結界前に俺の肉体が滅びるから……」
そんなに肉片になった俺を見たいのか? 何故かテレている後輩を見ながら暗い気持ちになる。
見学者の空を離れたところに置いて、結界も張った麻衣が戻ってくると空間から金色の杖を取り出す。
先端に太陽のように輝く橙色の球体石が付けられたソレは、麻衣が扱う12本の専用杖のスキルから取り出せる1本。
『
「とりあえず1本から行きますねぇ」
「可能なら1本だけにしてくれ」
笑顔なので通じているか怪しいが声は届いている筈。
麻衣とも距離はあるが、身体能力は常人を上回っている。肉体は元に戻ってはいるが、ステータス的な能力面はあまり変化はしていないので、肉体に無理をしない限りは問題はない筈。
……しかし、肉体自体は鍛える前に戻っているのでやはり筋トレは必要であるが。
「そう言うセンパイもそれでいいですか? なんなら強化魔法も提供しますが?」
「勇者の武器スキルも出せないからなぁ。これでいいかな?」
用意していた木刀を軽く振るう。魔力を流しつつ強度を調整する。
お互い先までと同じ私服の格好であるが、そこは麻衣の防御魔法で補強済みなので準備は終わっていた。
「じゃあ、まずは――【炎球】」
軽く振るった麻衣の杖から火炎系の炎球が発射された。
Dランクの下級魔法なので詠唱も必要ないが、サイズはトラックのタイヤくらいで回転しながら一直線に迫って来たが、その速度はそこまで速くはなかった。
「よっ」
迫って来る玉に対して木刀を軽く振るう。
使用可能な剣スキルの1つ【斬風】で斬撃を飛ばして炎球を真っ二つにした。2つになった炎球は左右を逸れて、背後の建物の壁を破壊した。
「ふっ、おかわりもどうぞ!」
すかさず魔法連射のスキル【連弾】を使用する麻衣。杖の先端から先程と同じサイズの炎球が無数に放たれる。
俺の周囲を取り囲むように飛んで一斉に飛び掛かってくるが。
「いらんわ」
戦闘系のスキル【心眼】を使用していた俺には、全方位が見えている。余計な情報が途切れて視界が白黒になると視野が広がり動きも遅く見える。
そして、無理のない動きで剣を振るい炎球を弾いき斬っていく。扱い慣れている『剣士のジョブ』の特性だけでなく、向こうでの経験が無意識にも体を動かしていた。
結果、周囲の建物が爆破テロの如く破壊されていくが、場所が鏡の世界なので気にしてもしょうがない。
……少しだけテロリストな気分にはなるが、原因は火力バカな後輩なのだと内心言い訳した。
「っ……!」
そこで何か嫌な予感を感じた。異世界の戦場でもよくあったものだ。
同時に危機察知系のスキルが警報を鳴らしていたので、迷わずその場から回避することにした。
考えるまでもなく退避を選択すべきだと直感が訴えていた。
「【炎柱】」
「【瞬速】」
タイミング的には同時であるが、僅かに俺の方が速かった。
真下から飛び出て来た5本の炎柱が俺を飲み込む前に攻撃範囲から走法スキルで脱出。
普通なら炭火焼きになるくらいの火力であるが、後輩は本当に遠慮がない……な?
「っ! 急に斬り込んで来ないくださいよ!? ていうか読んでたんですか!?」
「当然。何年一緒に組んでると思ってるんだ?」
走法で一気に間合いを詰めると嫌そうな麻衣と視線が重なる。咄嗟に杖を振ろうとした手元を狙い剣先を振るう。
木刀と金属の杖が激突するとガッキンと甲高い音が響いた。魔力とスキルで強度を調整したので木刀でも金属音が鳴り響いた。
「嫌な攻め方ですねぇ!」
「発動されたら面倒だからな。まぁ消去法だろう?」
魔法を使おうとしたのに衝撃でキャンセルされて相当苛立っていた。
何度も魔法を発動させようとするが、杖を媒体にしているのが分かっている以上、そのタイミングを崩せばいい。
「おのれ……! センパイめぇ……!」
「口調がもう悪の敵だな」
使おうとする度に弾いて弾いて弾き続ける。魔法使いが相手の場合は、必勝法は後退ではなく接近。【危機察知】と【心眼】で兆候を見逃さない。
寸前で媒体である杖を木刀で叩き魔力操作を乱す。本来の麻衣なら杖無しでも魔法を使えるが、ハンデなので律儀に守っているのだ。
「こぉーの!」
「おっ」
頑丈な杖だから出来る芸当であるが、強引に振って木刀の剣先を弾いてきた。
普通なら簡単には弾かれないが、筋力も強化され衝撃で木刀が逸らされた。
さらに空いている手にはもう1本の杖がある。厳しいと感じたかいつの間にか用意していた。
「氷の女王――『
「【氷牢】!」
剣先が逸らされたタイミングで『女王の杖』から氷結系統の魔法が発動される。
真下から伸びるようにして、拘束系の氷の鎖が体に巻き付いてきた。次の攻撃までには……間に合わないか。
「燃え上がれ【炎帝】!」
僅かな間動けなくなった俺へ麻衣は、『皇帝の杖』で周囲を業火へ変える。
クルクルと杖を回していくと炎は彼女の頭上へ集まると、巨大な業火となってこちらを見下ろしているように見えた。
「これで終わりです!」
もしかして……模擬戦なのを忘れてないか? 3割近い出力が込められた業火の一撃を拘束されながら立ち向かう状況に呆然とする。
3割と少ないように聞こえるが、それだけの差が今の俺と麻衣にはあるのだ。
今さら拘束を解いても間に合わない。飲み込んでくる業火から視線を外さず、俺は身を任せることにした。
発生した巨大な爆炎が周囲一帯を吹き飛ばした。
「よく無事だったねぇお兄ちゃん! あれは流石にダメだと思ったけど、それも勇者のスキルなの?」
「いや? 勇者スキルは1個も使ってないぞ。というか意識的に出来ない。偶に発動する時もあるから全部ダメになっている訳じゃないが」
模擬戦が終わったので【ミラーワールド】も解除されて自宅に戻っていた。
興奮した様子の空が肩を掴んでグイグイと迫って来る中、軽くかいた汗をタオルで拭う。
ちなみに怪我もなく服も一切焦げておらず、隣に座っている麻衣もピンピンしており、飲み物を口にしながら少し悔しそうにしていた。
「もう! アレは反則ですよ。【オートディフェンス】で逸らすなんてぇ!」
「そうしないと黒焦げだったんですが?」
「ちゃんと加減してましたよぉー。はぁ、魔法使いでもないのに私より操作上手くないですか?」
「一応魔法使いのジョブもあるからな」
「だからってあそこまで出来ませんよぉー。【オートディフェンス】の扱いの難しさが異常だったから、私でも【自動障壁】の方を選んだんですよ?」
【オートディフェンス】とは自動防御系のスキル。
自分を中心とした半径数メートル圏内が対象であり、放出させている魔力を利用して外部からの攻撃を弾き返すスキルだ。
渦状の魔力回転によって攻撃の軌道を変えるが、手動で魔力を操作すればさらに効率よく弾いて逸らすことが出来る。
しかし、麻衣が言ったように相当な操作技術が必要で使っている者は殆どいなかった。
高位の魔法使いの大半すら麻衣が言ったように【自動障壁】の方を選択するくらい不遇扱いのスキルの1つであった。
「それで戦士の気配察知に剣士の剣技も出来て、槍使いの走法と弓使いの目も使えるセンパイは…………器用貧乏という言葉がお似合いですねぇ」
「中途半端と言いたいか後輩。勇者になるにはそれしかなかったって言っただろう」
色んなスキルや魔法を組み合わせることで相手を翻弄させる。敢えて1つのジョブを最上級まで極めず基本職のみしたのもこの為である。
臨機応変な変幻自在のスタイル。それが異世界での俺の持ち味であった。
「カッコ良く纏めたけど要するに器用貧乏スキルだよねぇー。う〜やっぱりお兄ちゃんが勇者なのは間違いなんじゃないのかなぁ?」
俺もそう思うよ妹よ。そもそも基準が分からなかった。
何故か麻衣ではなく俺だったのか。それは異世界から帰って来た今でも謎のままであった。
……単にクジで選ばれただけだったら、クジを引いた奴がたとえ王様でも間違いなく殴り飛ばしてたけどな。
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