妹から疑われたのは勇者の件だった。

「これより裁判を始めます。罪人はお兄ちゃんです」


「え? これ裁判なの? しかも俺が被告人っていうか既に罪人扱い?」


「そうらしいよぉー? センパーイ」


「後輩、なんでお前は楽しげなんだ?」


 場所は我が家の俺の部屋。妹のそらに言われて座布団の上で正座するが、なんか裁判が始まってしまった。悲しいことに被告人は俺で裁判長は妹のようだ。ちなみに後輩はただの傍聴人らしい……とっとと帰れ。


「コラ、罪人のお兄ちゃんは無駄話をしない! もっと罪人らしい自覚を持つべきだよ!」


「せめて被告人扱いに下げてくれないか? 罪人罪人ってお兄ちゃん泣くよ?」


 意外と残酷なことを言ってくる我が妹。小さな黒髪ポニテの中学1年、可愛らしい自慢の妹で着痩せタイプなのか、その胸部は俺の同年代も圧倒させる豊満で柔らかさがあった。

 よく遠慮なく戯れてくるから知っているけど、いくらお兄ちゃんでもちょっとドキマギしてしまう。スキンシップの激しい困ったお年頃の妹だった。


 ちなみに見ている薄茶髪な後輩は小森こもり麻衣まい。にやにやしてこの状況を楽しんでやがったが、実はペッタン娘。

 しかも、将来的にも成長しないのは知っているので、将来は悲しい現実が待っている可哀想な後輩である。妹の成長に1番悔しがっているのは、間違いなくこいつであった。


「一応訊くが……なんで罪人扱いなんでしょうか?」


「前に聞いただよ」


「え、アレですか? ええと、何ででしょうか?」


 そして紹介は遅れてしまったが、罪人扱いの俺は中学2年生の幸村ゆきむら大地だいち

 ついこの間まで実は後輩と異世界に行っていた元勇者だ。何年も掛かったが、こっちの世界では一瞬のうちに帰って来れた。成長した肉体も元に戻っていたが、授かった恩恵は残っていた。……帰還後、しばらくしてから妹にだけは正直に話したのだが。


「あの麻衣さんや、説明ついでに『魔法』も見せたんだよな?」


「ええ、見せましたよ?」


「うん、見たよ。いきなり手から光の剣が出てビックリしたけど」


「うん、何を見せたか何となく察したが、今度からはもっと安全なヤツにしなさい」


 そう、魔法だ。この世界にはない『異世界のチカラ』とも言える。色々あって空に全部話すことにした際に、魔法が得意な麻衣が見せたから問題ないと思った。……ただ見せる魔法はちゃんと指示すべきだった。


「だからお兄ちゃん達の話を疑うわけじゃないよ? ただ……」


「ただ?」


 この世界にもスキル持ちの『能力者』なんている。異世界の部分は割とすぐ受け入れられたと思ったが、何か引っ掛かりでもあったのか? 普通に考えたらそんなファンタジーな展開なんて信じられないものだが……。


「いやいや、お兄ちゃんがって部分が1番ありえないんだよ。村人の間違いじゃないの? いくら異世界に行ったからって嘘はダメなんだよお兄ちゃん?」


「それだと転移じゃなくて転生にならないか? いや、まさか罪人理由ってそこなの?」


 返答は小さな頷きであった。嘘でしょう? お兄ちゃんずっと嘘付いていると思われてたのか? 結構ショックだけど、俺も最初に言われた時は勇者役はないと思ったけど。


「まずは最初から話てよ。前は異世界で『勇者』とか『魔導王』してたって、麻衣ちゃんからは魔法を見せてくれたけど、説明が端折り過ぎて付いてけなかったんだよ」


「え、ええと……つまり最初からか? かなり無理じゃないか?」


 物語で何話分になるんだ? 回想終わった頃にはスタート地点を見失うぞ。


「真面目に最初から全部話すと大変ですし、所々でいいのではないですか、センパイ?」


 なんてフォローみたいに言っているけど、要するに俺の説明任せってことか。……ま、俺が原因みたいだしいいけど。


「ああ〜3ヶ月くらい前だったか? 麻衣と一緒に下校している際にいきなり異世界へ連れてかれた」


「空を置いてった時だね? こっそりデート?」


「違います。俺達は帰宅部なんです」


 正確には助っ人キャラだけど、なんか1つの部活に集中出来ないから。麻衣は単に面倒くさがり屋なだけど。


「……で魔法陣の光で周りが見えなくなったと思えば、晴れた瞬間そこは俺達を召喚した王城内部であった」


「なんかナレーションみたいですね、センパイ」


「はぁ……そこの国王から誕生した魔王を倒して欲しいって頼まれた。そこからテンプレ展開が盛り沢山だったから省くが、そこの王女さんが俺と麻衣のことをえらく気に入ってなぁ。反対されていた『勇者ジョブ』取得の儀式にも挑戦させてくれたが、取得までに1年以上かかった」


 あちらの世界は職業――『ジョブ』がある。基本職業から上級職。それに最上級職もあるが、勇者ジョブを取得するには5つ以上の職業を鍛え抜く必要があった。


 ただこの鍛え抜くって言うのが厄介だった。ただスキルが扱えるようにするだけじゃない。基本職業だけは儀式さえ受けさせて貰えればスキルと一緒に貰えたが、その職業専用の『奥義スキル』だけは鍛え抜いた先でしか身に付かない。


「だから上級職は捨てて基本職6つの『奥義スキル』の取得を目指した」


「私は最上級職のもっと上の伝説職まで行きましたけどねぇ」


「ああ、だからマイちゃんの方が凄そうな職業なんだぁ」


「しょうがないだろう。上級職まで鍛えようとしたら、いくら何でも時間が足りなさ過ぎたんだよ」


 ちなみに最初に選んだジョブは『戦士』だ。大抵の冒険者や初心者の騎士も最初には選ぶ基本スタイル。


 俺はまず『戦士ウォリアー』を極めて『奥義スキル』を取得した後、やれそうな『剣士ソード』『魔法使いウィザード』『拳闘士グラップラー』『槍使いランサー』『弓使いアーチャー』の順に鍛えていった。


「あと変な職業まで手に入れましたもんねぇ。早く勇者ジョブを取って魔王討伐しないといけないのに」


「変な職業って?」


 呆れたように口にする麻衣を見て首を傾げる空。変とは失礼だなぁと思ったが、確かに言えてるかもしれん。

 奥義取得に手こずっていた際に偶然にも知って、つい手を伸ばしてしまった特殊職業。アレらは向こうでも使っている人は殆どいないクセのあるジョブだった。


 『戦士』と『剣士』で解放される『侍』。

 『魔法使い』と『拳闘士』で解放される『忍者』。

 『槍使い』と『弓使い』で解放される『銃撃戦体』。


 などなどがあったが、勇者ジョブを取得してすぐにお蔵入りになった。


「さらに3年くらい掛けてやっと魔王と挑めるところまで行ったが、肝心の魔王があまりにも強過ぎた。それこそ幹部の連中がその辺の雑魚にしか見えないくらい。スキルや魔法がチート過ぎてこちらの切り札がほぼ封じられた」


「ん? ほぼ?」


「うん、ほぼ。つまり全く通じないわけじゃなかったの。センパイはそこに逆転の目があると睨んで全力を注いだの」


 俺の説明に不思議そうに呟きを漏らす空に少し悔しそうな顔の麻衣が頷く。一応気にするなって何度も言っていたが、あのことをまだ引きっているようだ。


「で、どうにか魔王を倒したのはいいが、俺はその魔王戦でとんでもないレベルの重傷を負った。魔道具で魔力を回復させた麻衣のお陰でなんとかなったが、取得していた勇者ジョブが破損していた」


「センパイの治療後、私は転移の魔道具を使って王城にある帰還の魔法陣を盗みました。当然警備も張られてましたが、そこは『魔導王』ですから、最上級職が相手でも眠らせるのは難しくありませんでしたねぇ」


「絶対にバレただろうけどな」


 まぁ王女さん辺りがどうにかしてくれたと信じておこう。どうせあの人が国を引き継いで女王になるんだから大丈夫だろう。

 王子もいたけど王女さんに比べると……競い合うには無理があった。あの人なら一国を手にするなんて楽勝だろうから。


「帰還後、俺達は時間が戻った肉体に戸惑いつつも、まず変化している全能力値ステータスや所持するスキルの確認から入った。服装は転移前の状態だったから全部夢の可能性も考えたが、そこはご都合理論ってところだろうな」


「くっ! 装備を持って帰れなかったことよりも、大金を残したことが1番悔しいっ! 向こうの金ですが、こっちでもし売れたら大金持ちだったのに!」


「悔しいってそこかよ。もっと悔しがる部分はあると思うが……」


 麻衣の方は全盛期と変わらずで武器類こそないが、『魔導王』のスキルや魔法は健在だった。スキル用の武器も出せていたが、俺の方は勇者ジョブが損傷している為に全能力値ステータスが低くなっていた。

 スキルも大半が使えなくなり、勇者専用の剣も呼び出せなくなっていた。


 以上が異世界転移から帰還までのあらすじだったが、これからどうするかな。無事に妹や後輩にからかわれる何気ない日常に戻っては来たが、心の何処かではまだシコリが残っていた。


 何故ならこの世界にもまた『モンスター』と呼ぶ怪物がいるからだ。

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