元勇者だけど可愛くない後輩に振り回されてます。

ルド

序章:異世界からの帰還と新たな力

プロローグは最終戦だった。

 テンプレ異世界モノは結構知っていたが、まさか自分が体験するとは思わなかった。

 丈夫な赤と黒のロングコートに愛用の剣を握り締めていると、ふとそんなことを考えた。


「って、俺何考えてんだ?」


 最終決戦の最中だというのに。目の前で修羅の形相した怪物がブチ切れているのに対して、俺の心は海のように広々としていた。……嘘だけど。


「アンタはどう思う? 


『喧シイィィィ! 小僧ガァァァァァ!』


 いや、喧しいのアンタの方だけど。て、言いたいけどもう聞く耳も持たない様子で切れた魔王が吠える。全身から瘴気の魔力が勢いよく噴き出した。


『朽ち果てろ――【カース・ショット】ッッ!』


 途端、目の前に数えるのもバカらしい程の『暗黒の魔弾』が降り注ぐ。魔王が扱う『暗黒の魔法』であるが、どうやら加減なしの火力攻めらしい。


 周りのことなどもお構いなし。倒れている部下たちすら巻き込む魔弾の嵐が俺に襲いかかって来た。


「先輩! 魔力がもう……!」


 暗黒の魔弾が降り注ぐ直前、いつも生意気な後輩の焦り声が聞こえた。 

 この世界でも最強の魔法使いであり、すかさず杖から障壁を展開しようとしていたが、これまでの魔王や幹部たちとの激戦が影響して、既に相当な魔力を消耗して発動自体が遅れてしまっていた。


 結論だけを言うなら、あれでは間に合わない。

 最初から持久戦狙いで戦っていた俺は、まだ魔力に余裕があったので持っていた剣を前に出した。


「大丈夫だ。魔法反射――【リフレクション・バリア】」


 降り注ぐ魔弾の前に持っていた剣で孤を描くと、魔力で出来た円型の鏡が障壁のように空間に張る。


『何!?』


「返すぞ」


 魔弾が鏡の障壁に直撃すると、鏡面に吸収されて光り輝く。魔弾の雨が止むのを見計らい、剣を振り上げて展開した円型の鏡に吸収された魔力を解放した。


「ハッ!」


『クッ!』


 剣を振り下ろしたことで鏡面が輝き、光に変換された魔弾が雨の如く魔王に降り注いだ。

 本来は広範囲に魔法を跳ね返す魔法であるが、相手は魔王1体。拡散などせず集中放火させて浴びせまくる。


『グ、オオオオオオッ!』


 そして返された魔弾を剣越しの障壁で受け止める魔王。避けることも出来ただろうが、魔王としての誇りか、この魔王は何事も正面から受けて立つ姿勢だった。


 嫌いではないが、動かないのなら容赦はしない。


「一点突破――【ブラスト・アタック】!」


『――ッ! ナメルナァッ!』


 すかさず剣に紅蓮の炎を纏めて駆け出し追撃に掛かる。爆炎系の貫通魔法が付与された強烈な突きをお見舞い。

 張っている暗黒の障壁が立ち塞がったが、爆炎を帯びた貫通系の剣先が障壁内部の半分まで貫通させると、魔力が膨れ上がり貫いた内側から紅蓮の爆発が魔王に喰らい付いた。


「輝くは月の一撃――【ルナ・ストライク】!!」


『グッ!? キサマら!』


 さらに吹き飛ばされた先で魔法準備を整えた後輩の麻衣まいの一撃必殺の大火力魔法が叩き込まれる。上空から落とされた極太の魔力砲が鉄槌の如く魔王を打ち鳴らしたが。


「大して効いてないか。明らかに強化されてるな」


「これはヤバいですよ、先輩」


 徐々に晴れていく土煙の中で魔王がピンピンしているのが分かる。魔力を感じ取れる俺達には、土煙越しでも全く乱れていない魔王の魔力がハッキリと見えていた。

 持久戦となってからだいぶ経ってしまい、魔王の厄介なスキルのせいで戦況は悪い方向へ進んでいた。


「逃げましょう、先輩! これはもうダメですよ!」


 とうとう強気な後輩も折れかけてしまっていた。 

 責めようとはしない。相手自体が悪い過ぎるのだ。


「いつも強気なお前にしては弱気だな」


「こっちの魔力だってほぼ尽きかけてるんですよ!? 魔王の奴がこれ以上したらもう耐え切れません!」


 後輩の言う通り確かに厄介な能力だ。

 限界を迎える度に限界を超え続けるチートスキル――【リミットブレイク】か。


「魔王らしい無茶苦茶なスキルだ」


「言ってる場合ですか! アレがある限り魔王は無敵なんですよ!」


「いや、無敵というかタフさが増すと言うべきか」

 

 八つ当たり気味に怒鳴られても困るんだが。というか絶望的な状況ほど冷静さが大事だと教官の執事騎士さんも言ってただろう? このしばらく負けなしだったから無理もないが。


「逃げてもしょうがない。ここで止めないと俺達を呼び出した王国自体がヤバい。滅びるのは確実だろうな」


「先輩、どうして増援が来ないか分かりますか? 怪我した部隊をアイテムの転移で逃してから随分経ってるのに、周辺に全く気配すらないのが答えではありませんか?」


「ま、そうだろうな」


 流石にそこまで鈍くはなかった。いや、後輩や妹曰く充分に鈍い方らしいが、この世界に来てから3年も経てば嫌でも察してしまう。重傷を負った王国の精鋭部隊を逃すのは成功したが、どうやら王国はこの事態を俺達に丸投げしたようだ。


「王女さんは性格的にあり得ないから、国王とか王子とか……」


「財務大臣、大公大臣、宰相大臣などなど王国の異物共ですね」


「ハッキリ言ってやるなよ」


 分かっているが、アレらの人も居ないと困るからなぁ、あの国は。

 召喚した時から嫌味ばかりで面倒だったが、俺が『勇者のジョブ』を受ける儀式の時なんか事態も考えず超反対して、利益しか求めない最後まで超渋々だった連中だ。

 王女さんのゴリ押しでなんとかなったが、気の強い王女さんの説得がなかったらチャレンジ儀式すら絶対無理だった。


 成功したらしたで後日散々言い寄られた。すっごい上から目線だったからほぼ全部流したがな。


 ――ま、それは良いとして問題は魔王討伐だよな。

 麻衣の言う通りに散々利用してくれた国なんて、見捨ててさっさと逃げるべきだろうが、世話になったあの王女さんが居る王城が魔王の目的地ある以上は……。


 相手が無敵でもなんとかしないとな。これが最後の戦いになるんだから。

 そして、心の中で覚悟を決めると隣の後輩へさり気なく話を振った。


「以前帰還の話をした際のことを覚えてるか?」


「え? あ、ああー確か死んだフリしてこっそり城内にある帰還の魔法陣を使うって…………先輩? いったい何を考えてるんですか?」


 さり気なくでも普通に気付いたか、すっごい目で睨んでいる。具体的に言ってもいいが、反対されるのが目に見えてるからな。どのみち奴に勝つには多少のリスクも踏み込まないといけなかった。


「俺が動けなくなったらお前が実行してくれ。王女さんには悪いが、勝っても挨拶なしで元の世界に帰るぞ」


「勝手に話を進めないでください! 先輩まさか……!」


 ああ、そのまさかだ。

 有害な瘴気を常に纏う魔王相手では、危険だと散々注意されていた――真っ向勝負。

 『勇者の聖剣ブレイブ・カリバー』に宿っている魔力を全て解放させる。一時的な強化スキルもフルに発動させて、煙の中から姿を現した魔王へ虹色のオーラを纏った剣で特攻を駆けた。


 ――この時だけ、俺も光となっていた。


「【ソードダンス】ッ! 切り裂け――【ウィンド・ストリーム】ッ!」


『ム……!』


 強化された脚力を活かした急加速。それと剣スキルと風の斬撃も混ぜた振りかぶりで叩っ斬るが、チートな強化のスキルで頑丈なっている魔王には全然効いていない。


「ラァッ! ハッ! サァッ!」


『グッ……!』


 擦り傷もなく衝撃で体が揺れた程度であるが、俺は気にせず畳み掛ける。神々しい勇者の剣がもう鈍器代わりであるが、左右に振って魔王を殴打していく。勢いを止めず振り上げから振り下ろしで渾身の斬撃を浴びせていくが、ここまで何度もチート強化されている魔王が相手では、本気の斬撃も通り辛くなっていた。


『カァッ!』


「ッ」


 強引な魔王の横薙ぎ。禍々しい魔王の剣からドス黒いオーラが斬撃となって、後退した俺に襲い掛かって来る。

 咄嗟に虹のオーラを纏った聖剣でガードするが、そこから連続で魔王の斬撃が飛んで来た。防ぎ切れないと悟ってなんとか躱そうとするが。


「【フリーズタイム】ッ!」


 すかさず青白い魔力の波動が斬撃を飲み込む。後輩の麻衣が扱う停止系の魔法が空間ごと斬撃を停止させた。魔力を殆ど使い切ってしまったが、息を切らした後輩がこちらに向かって叫んだ。


「倒すなら……さっさと倒してくださいよ! この馬鹿センパイっ!」


「っ……馬鹿とは失礼な後輩だな!?」


 どう見てもヤケクソ感しかないが、せっかくのお膳立てを無駄にするわけにはいかない。

 根性を出した後輩の魔法の影響で動きを止めている魔王に、俺は魔力の全てを聖剣に込めて必殺スキルを使用した。


「解放せよ――虹色に輝く勇者の光……」


 刃に纏った虹色のオーラを剣先で操りに大きな円を描く。さらに中心に虹色の魔法陣が描かれて『勇者ジョブ』特大の一撃が発動可能になった。


「闇を打ち消せ――【ブレイブオーバー・カリバー】ァァァァァッッ!!」


『グォォオォォォォォォッ!?』


 浄化の力が込められた虹の一撃。

 放出された聖なる光で魔王が浄化されて肉体が消えていく。元々がドス黒い瘴気の塊であった魔王である為、この一撃は復活強化のスキルがあっても厳しかったのだ。


 聖なる光を抑え切れず、徐々に瘴気が削られて肉体も崩壊し始めた。


『ガッ――ガアアアアァァァァァ!?』


 魔王の断末魔がその地に響き渡る。唯一の残っていた後輩は、声を出すことも出来ず祈るように両手を握り締めている。

 使い切った魔力が回復していない以上、ここでの彼女の助力は無理だった。


 だから――


『クッ、まだダ! このままデハ終わらンゾォォォォ!』 


「っ! 間に合え……!」


 超火力に意識を全集中させている俺なんて、気付いても回避すら出来なかった。

 なんとかその前に仕留めようと必死に魔力を注ぎ続けていたが。


 やはりと言うべきか、薄々感じてはいたが、間に合わなかった。


「先輩っ!?」


 伸びて来たのは魔王の剣は禍々しい一振り。虹の光を放出する無防備な俺の胸元へ深々と突き刺さった。


 後輩の悲鳴が聞こえた気がしたが、その時点で俺の意識はほぼ途絶えてしまった。

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