序章は終わり裏が動き出した。

 確認の為に大地が能力を解放した時、部屋でのんびりしていた学生がピクリと持っていたグラスを揺らした。


「――ああ、動いたか。思ったよりも早いな」


 しばらく考えた後、グラスの中のジュースを口に含む。実はお酒も飲めるが、身分的に一応学生なのでバレた際に面倒だと我慢した。


「と言っても駒はまだ出揃ってないが」


 呟きながら目の前の丸いテーブルに置かれたガラス細工のチェスを動かす。チャス盤はなく駒自体も少ししかないが、学生は全く気にしない。


「まずは1つ」


 駒の下に敷かれた。その内の1つに歩兵のポーンを置いた。


「ま、出揃うまで時間が掛かるし、その前に種でも蒔いておくか」


 学生はグラスの中を飲み干すと立ち上がる。脱いでいた上着を羽織ると制服姿となって玄関へ行く。


 気配を消して外に出ると存在を夜の世界に溶け込ませる。外は能力者の街だけあって警備も厳重で見回りをしている能力者も何人もいたが。


「どうやら無事に入学式が終わったらしいが、明日からまた騒がしくなりそうだ」


「ああ、今日は流石に大丈夫だろうが、しばらくしたらハメを外す新入生が出て来るから大変だな」


 すれ違い隣を歩いて行っても誰も呼び止めない。闇と化した学生は巡回する能力者達の間を潜るとそのまま島の外を目指した。


 正確にはモンスターが召喚される『存在の原点』と呼ばれた島の1つ。

 新入生が知る筈がない情報であったが、新入生の学生は島に入った時点から全てを把握していた。


 当然であるが、学園島から出るのは容易くない。出入りが1番厳しい深夜というだけではない。別の島……更にいうならモンスターが出現する島など、相当の権利者であっても簡単に入れるような場所ではなかった。


「さてと、この辺でいいか」


 しかし、学生はなんでもない風にその島に入っていた。

 厳重な警備やセキュリティーもお構いなしで、島にある馬鹿高い山から山岳や森、砂漠や川などを見渡していく。島自体にも警戒している能力者は何人もいるようだが、学生の存在に全く気付かず出て来るモンスターに警戒していた。


「――“我ハ存在ノ否定スル”、“我ハ存在ヲ欺ク”」


 見回すのを止めた学生は、右手を高く上げると夜空に浮かぶ月や星々を奪うかのように手を伸ばしていく。


「――“魔ノ果テハ虚無”、“光ノ果テハ希望”」


 すると導かれていくのは暗黒の闇と白銀の光。

 星々の光のように学生の周りに集まっていく。


「――“虚無ハ全テヲ無ヘ”、“希望ハ一雫ノ願イ”」


 闇と光は混ざり合っていき、やがて何かになる。

 人間には決して扱える筈のないその力。それを学生は手足のように操ると、伸ばしていた右手の人差し指に注いで……、


 夜空へと放った。

 

「飛び散れ――【】!」


 とある因子の光が夜空の星の光とぶつかり合う。

 途端、島の空が禍々しい色のオーロラで染まり、見張りで偶然目撃した能力者達の全員が驚愕の声を上げたことでちょっとした騒ぎになった。


 ベテランばかりが集まったチームばかりの筈だが、流石にこのような異常現象を見るのは初めてだった為に、動揺から立ち直るまでにしばらく時間を要したそうだ。


「さてと、アレの種も時間が掛かるし。それまではただの学生で過ごすか」


 そしてオーロラとなった因子は、更に1時間ほど続いた。

 消えるのを待つほど学生も暇ではないので、入った時と同じようにあっさり学園島の自身の部屋に戻ると、着ていた上着を脱いで、空になっているグラスにジュースを注いだ。


「ふぅ……」


 学生はグラスを軽く口に含む。ふと氷でも入れたら良かったと思ったが、まぁいいかとそのまま飲み続ける。


「とりあえず元勇者な彼と親しくなろうかな? 彼の興味は魔導王の彼女にしかないようだけど」


 テーブルに置かれたチャスと魔法陣に目を向ける。まだ陣に置かれていないチェスの1つである王妃のクイーンを持ち眺めていると……。


「もし彼女にちょっかい出したら彼の中のアレも起きるかな?」


 楽しそうな口調と笑みを浮かべて、手のひらにあるクイーンの駒を転がして遊ぶ。唯一魔法陣の点に置いてあるポーンへコンコンと軽く叩くと、小さく笑いを零してその隣に並べて置いた。


「あまり期待してないけど、アレが覚醒したらそれそれで面白そうだし。……それも予定の1つに加えておくか」


 なんなら島から出て直接狙いに行こうかとも考えたが、それでは種を蒔いた意味がない。

 焦らなくても1年経てば自然と集まるのだから、のんびりと1年を送ろう。


「やっぱり楽しいな学生って」


 学生は飲み干したグラスに目を向けると、今度こそ氷をグラスへ入れた。

 ちなみにジュースはオレンジ。わざわざ果物を買って置いて自ら作っていた。

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