待ちに待った直前でジタバタする男がやらかした。

「――!?」


 箱の中にあるカプセルに触れた途端、確かにカプセルの魔力が手に流れてくるのを感じた。


 なんとか声を漏らさなかったが、ビクリと体が震えたのを見て隣や前の席から見ていた者達から失笑のクスリとした笑いが聞こえた気がした。

 ビビリと思われてもしょうがない反応であるが、出来れば見ないでほしかった。


 ……後ろからは呆れた眼差しを感じるが、そんなことを気にしている余裕は俺にはなかった。


 まるで読み取るかのように手から体全体へ流れてくる魔力。恐らく能力を目覚めさせる為に対象の本質のようなものを読み取っているのだろう。向こうにも似た儀式魔法があったので、すぐに冷静になることは出来た。


 だが、本当にこのまま読み取らせて大丈夫なのか?

 いや、能力を手に入れるのは確定事項なので拒否はしない。というかしないと後輩に何言われるか分かったものではないので、拒否だけは絶対にあり得ない。


 俺が問題視しているのは、自分が元でも勇者だという点だ。

 更にいうなら異世界の力を持っている特殊なタイプという部分だ。


 後輩と話し合った際はそこまで深刻には考えなかったが、『魔導王』のアイツでも十分危険だというのに元でも『勇者』な俺が新たな能力に目覚めたら、一体どうなる?


「はぁ、やっと回って来たわね。一体どれだけ必死なのよ」

 

 流れてくる魔力の扱いに頭を悩ませるが、とりあえずカプセルを取り出して後ろに回した。


 呆れた顔の鷹宮さんは溜息を吐きながら受け取ると、悩むことなくさっさと取り出して隣に回した。……すっごい早いです。10秒も経ってません。


 しかし、そこで彼女が持っているカプセルを見た俺は、自分が持っているカプセルと見比べて違和感を感じた。

 

 鷹宮さんが手にしたカプセルは、触れた時点で読み取る魔力の流れが止まっている。気付かなかったが、更に配られた学生が取ったカプセルも触れた瞬間に読み取りを終えて、魔力の流れも止まっていた。


「……どういうことだ?」


 触れてから既に5分以上が経過しているが、手元にあるカプセルは尚も止まらず魔力を流していた。


 他と明らかに異なる現象だと思ったが、単に俺が流れてくる魔力を上手く流しているのが原因だ。受け入れてはいるが、読み取りまでさせていない為にカプセルの効果が継続しているのだ。


 しかし、流れている魔力にも限界は当然あった。

 まだ流れてはいるが、明らかに放出量が弱まっている。小さなカプセル型にしてはよく流れている方だが、あと2分もすれば放出が止まって効果が切れるのも時間の問題であった。


「……」


 ――だからだろうか。減少していく魔力を見ているうちに1つ思い付いたことがあった。

 普通なら実行しようとは思わなかったが、減っていく魔力を見てどうせなら試しもいいかと、面白半分で手元のカプセルに意識を集中させた。


「……!」


 瞬間、放出される魔力を飲み込み逆流させる要領で、俺自身の魔力をカプセルに流し込んだ。


 周囲……とくに佐倉先生にバレないように、カプセルのみに魔力を集中させる。衝撃や反動でカプセルが壊れるとマズいので、注ぐ魔力を圧縮させて細心の注意を払う。

 魔力総量がチート級な麻衣と比べたら少量である俺だが、元々あったカプセルの魔力総量に比べたら遥かに上でああった。


 ――そこから更に魔力注入を約5分続けた。クラスのほぼ全員がカプセルを砕いて眠っている能力を覚醒させている中、俺は静かに魔力注入を続けてようやく終えた頃だった。


「ふぅ……」


 初挑戦だった為に何度か危うい箇所もあったが、精密な調整を繰り返してかなりの量の魔力を注入することに成功した。

 正直に言うと破裂寸前で結構ギリギリであったが、終わればなんとかなったと安堵の息を小さく零して、手元の出来上がった青いカプセルを見つめた。


「……なるほど、こういうことね」


 ジッと見ていると後ろから声が聞こえた。鷹宮さんも能力に目覚めたか、呟きながら少し興味深そうに雰囲気を出している。他も似たような感じで興奮したり、凄く試したそうにしている者もいるが、会話でもして昂る気持ちを紛らわせていた。


「全員終わったか? この場では絶対使うなよ? 破った違反者には即指導室送りだから覚悟しておけよ。私自ら処罰してやる」


 佐倉先生からそんな警告がなかったら絶対使う奴もいただろう。口調に怒気こそなかったが、威圧的な視線が生徒達を縮こませてる。中には効かない耐性持ちが混ざっているが、そんなことよりも俺は手元にあるカプセルの対処だった。


 面白半分でこれでもかと魔力を注入してしまったが、本当に出来上がってしまった物を見て、今更になって自分の無鉄砲振りに冷や汗が流れていた。


「……」


 黙ったままジッと見ていたが、流石にもう使わないと先生にまで何か言われかねない。ただでさえ面接時から余計に注目されているのだ。担任な時点で怪しさ満点であるが、必要以上に刺激するのも控えるべきなのだ。


「はぁ、頼むぞ……?」


 ――そこまで力を込めなくても握り締めた途端、あっさりとカプセルは砕けた。


 瞬間、砕けたカプセルから淡い光が体に流れてくる。結構な魔力を注入したが、現象自体は他のクラスメイトと同じである。

 ただ、それが俺の魔力と元々あった魔力が混ざったモノなので、他とは全く異なる効果が起きてもおかしくなかった。


 ここで抵抗でもしたら全て台無しなので淡い光を受け入れる。

 そして体に浸透していくを感じながら不意に……。


「――」


 能力が目覚めたことを理解した。

 体の芯まで伝っていった魔力が変化して、ジョブを取得した際と同じように新たな能力を俺に授けた。


 同時にある程度の発動条件が頭に浮かぶ。そこは向こうのスキルと同じですっかり馴染んだ能力を感じた。……あと頭が痛くなった。


 試したいという気持ちは当然あったが、万が一見られても困るだけだ。

 初日は授業もなかったので、その日は静かに帰宅を選択した。






「センパイ」


 眠っていた目蓋が静かに開く。目覚めは大抵ぼんやりとした思考であるが、この時は覚めており思考も正常であった。


 起き上がるとそこは何もない真っ白な世界。寝やすい格好だった服がよく着る私服に変わっているが、俺にはとくに驚くことはない。



「どうもです。センパイ」


「麻衣か」


 前を見ると覗き込むような低くした姿勢の後輩がいる。もう懐かしく感じる中学の制服姿で。

 引っ越してから一度も会っていないが、こうして夢の世界で何度も会っていた。


「手に入れたんですねぇ?」


「まぁ……な」


 この世界は麻衣の魔法で出来た特殊な夢の世界だ。


 一定の条件をクリアさせると離れている俺と麻衣は、眠っている間のみであるが、この夢の世界で会うことが出来る。


 能力者の街で魔法を使うのはリスクかもしれないが、通常の連絡手段は盗聴の可能性が高かったので、この方法が1番マシだと話し合いで結論付けた。


「む、歯切れが悪いですねぇー? まさかとは思いますが、失敗したとか?」


「いや、そういうことはないが……」


 事前に伝えていたからか、待ち切れず向こうからパスを繋げてきたようだ。休日にでも夢の世界に呼ばれると思ったから話す内容がまとまっていなかった。


「色々とあってな。学園生活がいきなり怪しくなった」


「是非聞かせてください。私も来年入るんですから、最低限の情報は欲しいんです」


「ああ……だが、その前に確認したい」


 聞きたそうにしている後輩には悪いが、一度離れると背を向いて何もない方向へ立つ。


「……!」


 実はこの夢の世界でも魔法やスキルは使える。ただし、あくまで夢の世界なので現実の肉体に何の影響もなく強化される訳ではない。……代償として寝不足になる為、極力使いたくはない魔法なのだ。


 その代わりイメージトレーニングとして利用するには、非常に良い空間ではある。

 とくに手にしたばかりの新たな力の安全面を確かめることに関しては、この空間は非常に打って付けな場所であった。


「来い――【マスター・ブック】」


 魔力を集中させて手にした新たな能力を発動する。

 途端、腰の辺りに黒色のケース付きのホルスターが装着された。『武器系ウェポン』かと思われたが、それが武器ではないのはケースの中身を見れば明らかだった。


「その魔法陣は異世界の……!」


 取り出したのは白い手帳のような物だ。

 表紙には向こうの世界の魔法陣が描かれており、文字を知っている麻衣が驚きの顔をしている。まさか出て来た小さな本に描かれていると思わなかったので、俺も少なからず驚いているが……。


「これがカードか……」


 手にした時点である程度の効果は知っていた。表紙を開くと白紙ページが大量にあるが、1番最後の内側の表紙には、収まるように数枚のカードが入っていた。

 俺はそのうちの1枚を取り出すと、裏面は表紙とは別の魔法陣が描かれており興味深いが、肝心の表の絵柄を見ると……。


「……見たことある格好の奴が写ってるな」


 見覚えのある格好をした顔の見えない人物が描かれている。……具体的には戦士ジョブだった頃の俺が着ていた格好の絵柄だ。


「センパイそれって……」


「まぁ見てろ……『戦士ウォリアー』」


 カードを本の適当な白紙ページに挟み込む。

 すると淡く光を出して強まっていくと、自然と言葉が口から出ていた。


「――解放せよ! 戦場に統べる戦士の魂!」


「な……!?」


 本が消えて光が俺を包み込む。途端、ボロボロだった戦士の力が蘇るのを感じた。


 次の瞬間、一部のみかつての格好した俺が光から出て来る。格好だけでなく中身も変わっているが、後輩の制服よりも懐かしい黒のジャケットの感触に感動を覚えながら、呆然と固まっている後輩に心底楽し気な笑みを向けた。


「勇者になる前のジョブの力が使えるらしい。まだ限定的のようだが、中々悪くないぞ?」


「…………チートキャラ復活の予感もしますが、その前に色々言わせてください」


 何故か俯いてプルプルした後輩が待ったを掛けてくる。一体どうしたことかと首を傾げる俺だが、顔を覗き込むように見下ろすと……。


 そこにはすーごい悔しそうにした後輩が涙目となって、見下ろすこちらを睨み付けているとんでもない姿であった。


「――なにとんでもない力に目覚めてるんですか!? 想定外超え過ぎて異次元の領域の問題ですよ!? 絶対能力者の歴史上初ですよねぇ!? そんなとんでもない能力、公衆の面前でお見せしたら絶対に騒ぎになること1000%ですよねぇ!? 何してくれてるんですかこの馬鹿センパイは!?」


 何故か号泣された。面白がられると思ったが、馬鹿扱いされてしまった。


 いや、直前で余計なことした自覚あるので、この能力の原因は絶対俺なんだが、まさかここまでショックを受けられるとは……。


 そこまで俺の学園生活を気にしていたのか? だとしたら失礼だけどちょっと嬉しい気も……。


「もぉー! センパイがネタ系のスキルに目覚めたら、私はまともなスキルしか選べないじゃないですかぁ!? 破壊王魔法使いとか世界の覇者とか出来ないじゃないですかぁ!?」


 生意気な後輩は夢の世界でも全くブレていなかった。


 というかしょうもない理由で泣かれていた。世界の覇者とか言っているが、一体なって何するつもりだったんだこの後輩は。


 正直色々と思うところはあるが、とりあえず後輩の面倒そうな目的が頓挫したのだと喜ぶことにした。

 

「さっき色々あったって言いましたよねぇ!? 絶対それが関係している予感マックスなので洗いざらい吐いて貰います! さぁ夜は長いんですから一から全部話してくださいねぇ!?」


「別に話すのはいいが、早めに解放してくれよ? 明日から普通に授業あるんだから、寝不足は勘弁してくれ」


 なんて言っておくが興奮状態の後輩を見る限り、俺の寝不足は避けられる気がしない。


 溜息を溢すと能力使用状態の肉体を確かめる。説明にはまだ結構な時間が掛かりそうだし、この状態時で出来ることも確かめておくことした。 


 その翌日、寝不足で初授業を送ったのは言うまでもなかった。

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