24話 ついについにのキュウジョウアケ
ドヒョウ上で、何かの技にて強豪たるシュンシュウの意識を刈り取ったヴィルマ。
いったい彼女は何をしたのか?
時計の針は数日前、ヴィルマがカラテの修行をした時まで巻き戻る――
◇
シュンシュウにスモウの技で立ち向かうため、カラテの技を習う。
そう決心したヴィルマは強烈な鍛錬に挑むものの、それでもアギーハの見解は厳しいものであった。
「まず前提として、普通にスモウをやるのに、キミの身体は向いていない」
真の意味で休み無しの鍛錬の合間に挟まれた、座学の時間。
死ぬ気の鍛錬だけでは事は成せない。最低限の方針はしっかり伝えなければ。
カラテの狂気に浸りつつ、理屈も挟む。
この辺りは、ヴィルマの学士としての性格だろう。
「だろうね」
お前はスモウに向いていない。
そう言われても、ヴィルマは特に不快には思わなかった。
なるほど、察しているのだなと、アギーハは自らの見解を遠慮なく述べる。
「わたしも、マスタツとライデンの戦いを見て、ある程度スモウについては理解したよ。打撃、組み技、投げ技、変則的だが関節技。相手を倒す、もしくはドヒョウの外に出す上で必要な技は全部揃っている。スモウのルール上では、完璧と言ってもいい技術体系だ。だが、問題はこの、技術体系の始点にある」
「使うには、体の大きさが求められる。そういうことでしょ」
「ああ。どの技も、まず頑強な骨格や分厚い筋肉が求められる。そしてその最低ラインは、世間一般の常識で言えば大男だ。キミの体格、いや大抵の人間は小さすぎてスモウの技をすべて使うのは難しい」
体格が小さすぎる。それはすでにヴィルマも知っていることであった。
巨大なライデンと比べてではない。そもそもドヒョウという限られた空間で押し合う場合、基本的にデカい方が有利だ。スモウは、デカければデカいほど有利なブドウなのだ。
ヴィルマはため息交じりで話す、
「率直だけど、下手に遠慮されるよりはいいかな。冷静で的確な判断力だね」
「悪いが、遠回しな言い方が苦手なんだ。冷静で的確な判断力の持ち主として言わせてもらうが、やはりスモウよりカラテの方がいいんじゃないか? こっちなら、向いてる、キミすっごく向いてる! と言わせてもらうが」
「悪いけど。そのつもりはないから」
アギーハのストレートすぎるスカウトを、ヴィルマはあっさりはねのける。
確かに、遠回しな言い方は苦手なようだ。そんなアギーハが話す。
「それは残念。まあだとすると、体格の大小に関係なく使える技を使い潰すしかないわけだ。例えば、ケタグリとかね。アレは、体格で劣るぶんを正確さや素早さや判断力で十分補えるキミに適した技だ。わたしもスモウをやれと言われたら、まずはケタグリだな、うん」
「お互い、体格には悩んでいるみたいだね」
「キミはリキシ基準で、わたしは一般人基準でと、だいぶ違うが」
アギーハはぺたぺたと、自分の身体を恨みがましく触る。
出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる女性の理想体型のヴィルマと、とにかく全部引っ込んでいるアギーハ。有り体に言ってしまえば、大人と子供の差である。
アギーハは気持ちを切り替え、話を進める。
「わたしがカラテを学んでいるからというわけではないが、やはり鍛えるべきは、投げ技や組み技ではなく、ケタグリと同じ打撃技だろう。ケタグリは投げと打撃の複合だが」
「ケタグリを鍛えるんじゃダメ? 蹴り技はカラテも得意でしょ」
「まあそれでもいいんだが、足技だけだと応用力に欠けるからな。ここはやはり、手技がいいだろう」
「手技ってことは、ハリテやツッパリ?」
ライデンの真似をして、手をぶんぶん振るうヴィルマ。
だが元々の線の細さもあってか、迫力不足は否めない。
アギーハはライデンのハリテの強みを解説する。
「ライデンのハリテが強いのは、とんでもない腕力とどんな状況でもバランスを保てるだけの足腰の安定性があるからだ。だから好きな時にどんな体勢で打っても、威力がまったく死なない。あの打撃の重さは、正直ズルい。アレは天然だな」
「確かにどんなに不安定な体勢でハリテを打っても、すっごい音してた」
「足場をしっかり意識することで、バランスの問題はある程度どうにか出来るが……あの腕力を真似するのは、ちょっと無理だな。というか、オーガ族の肉体ズルくないか? 天然でアレとか、どう考えてもオーバースペックすぎるだろ」
「ライデンは特別だと思うけどね」
オーガ族をいっそ丸ごとカラテに引き込めないものか。
そんなことをブツブツ言いながら、アギーハはげんこつサイズの石を拾う。
「おそらくライデンがこの石を全力で張った場合、石は何処までも飛んでいく。ライデンのハリテは、スモウの性質上、対象を動かす技だからだ。だが」
そう言うと、アギーハは石を上に投げた。
「ふん!」
アギーハは落ちてくる石を打撃で捉える。
石は飛ぶこと無く、アギーハが触れた瞬間、その場で霧散した。
「カラテの技は、壊す技なのさ」
「それって、ツッパリ……?」
得意げなアギーハに、ヴィルマは質問する。
手のひらを広げ、そのまま思いっきり腕で突く。
多少形は違うものの、今アギーハが見せた技はツッパリによく似ていた。
「手のひらの硬いところで突く。理屈は一緒だけど、打ち方と求められる能力が違う。そしてこれなら、きっとキミならモノにできるはずだ」
そう言うアギーハの顔は、なんだかやけに期待に満ちていた。
◇
ドヒョウ上でシュンシュウと対峙したヴィルマ。
既に威厳は地まで落ちたとはいえ、その魔力は健在である。
本来ならば、恐れおののくべきなのだろう。だが、今のヴィルマは、アギーハの教えを反芻することに集中していた。恐れおののいている場合ではないのだ。
“手首の所の硬い骨。ここで叩くイメージだ。いっそ義手の方で殴るか? 義手は使いたくない? じゃあ生身で。感触と感覚がある以上、こっちの方が決まりやすいだろう”
“大事なのはしっかり狙うことと即断即決の速さ。これで力の無さを補う”
“人体にはどうしても鍛えにくい急所がある。身体が一応人間にカテゴライズされるライデンである以上、シュンシュウにも効くはずだ”
“まあうん、規格外のライデンの身体だと耐えてしまうかもしれないけど、頑張れ。その時、逃げるか、覚悟を決めるかはそちら次第だ”
ドヒョウ上でシュンシュウと対峙したヴィルマの脳裏には、様々なアギーハのアドバイスが余計なこととセットで反響している。スモウのシキリらしくしゃがんだヴィルマは、覚悟を決めていた。この一発を外せばおそらく殺させれる。
ヴィルマは内からわいてくるぞくぞくとした気持ちを、必死で抑える。
この死の実感こそ、怠惰な生き方から、生命を燃やせる現場に戻ってきた証だ。
『ハッキヨイ……!』
アギーハMの合図が聞こえた瞬間、ヴィルマは即座に立ち上がる。
シュンシュウが何をしようと関係ない。
自分はただ迅速にやるべきことをするだけだ。
狙いは一点、下から突き上げる位置、余裕綽々で無防備なシュンシュウ、ここまで揃っていて外すのなら、そのまま死ぬべきだ。
ただ一点を、平手で狙う。
“身体を崩せぬのなら、心を崩す。これは、意識を刈り取る技だ”
アギーハのアドバイスの中でも一番気に入った言葉すら、その場に置いていく。
生身の右手による一撃は、シュンシュウのアゴを突いた。
貫く勢いで放たれたツッパリ、カラテだとショウテイウチと言うらしい。
アゴと脳を揺らされて、意識を保てる生物はいない。
魔族の理屈は知らないが、ライデンの身体である以上、流石にこの論理からは外れていないはずだ
正確さと速度を追求したショウテイの一撃は、打ったヴィルマがシュンシュウのアゴを吹き飛ばしたと思うほどのクリティカルヒットであった。身を震わす緊張感が、実戦での使用を成功に導いた。
一旦飛び退き、距離を取るヴィルマ。
シュンシュウは腕を組んだまま、不動であった。
まさか外したのかと、状況が読めぬヴィルマの動きが止まる。
それは、ほんの僅かな時間であったものの、大きな失策だった。
「次の一撃を! もう押せば倒れます!」
叫んだのは、ドヒョウ外のマスタツAであった。冷静な彼に感嘆符を使わせるほどの焦燥。シュンシュウは倒れなかったものの、意識を既に失っている。様子見などしている場合ではないと、とにかく叫んだ。
ヴィルマとシュンシュウのより近くにいるアギーハMもこれには気づいていたが、審判を気取った立場上、明確なアドバイスをへのためらいが言葉を止めていた。
もし、シュンシュウが仁王立ち以外の体勢であれば、意識ごと身体も崩れて倒れていただろう。
もし、アギーハの一撃が多少雑であれば、意識を刈り取るまでに至らず、ぐらつくシュンシュウ相手に即座に追撃していただろう。
偶然とあまりに綺麗すぎたショウテイヅキが、ヴィルマの躊躇を生んでしまった。
剣の達人に切られた相手が、切られたことに気づかず立ち尽くすように、ヴィルマはシュンシュウの意識を上手く刈り取りすぎたのだ。
ヴィルマは義手である手を立てて前に出し、立ち尽くすシュンシュウとの距離を測る。義手を叩くのに使わないのなら、それ以外に使え。これもアギーハの教えだ。
「ハッ!」
短い掛け声とともに、ヴィルマのショウテイヅキが再び放たれる。
シュンシュウが隙だらけだから、機先を制して放ったが、本来ならばこのように牽制しつつ使うことを想定していた。
練習通りの技は、先程以上の正確さで再びシュンシュウにアゴを狙う。
カツンと、先程と同じ音がシュンシュウのアゴを叩いた。
『嘘だ』
間近で見ていたアギーハMが思わず呟く。
意識を失った状態で再びああも勢いよく叩かれれば、後は倒れるしか無い。だが、シュンシュウの身体は微動だにしなかった。それどころか、組んでいた腕を徐々に開き動き始めている。つまり、意識が戻りかけているのだ。
ヴィルマはそんなことにはお構い無しで、今度はケタグリをしかける。アギーハに改めてカラテの蹴りを習ったことで、速さと正確さは更に増している。異変に驚くよりも、まずすべきことをする。その集中力自体は見事である。
だが、シュンシュウは動かなかった。足の弱点であるはずの膝を蹴っても動かない。だが、開いた腕だけはゆっくり落ち着いてヴィルマを掴もうとしている。
魔物たちはこの光景をじっと見ている。力はなくとも、鋭く痛い打撃であることは音でわかる。そのような一撃を無防備で受けているシュンシュウに、再び尊敬の念を抱き始めている。そんなようにも見える。
ドヒョウの外で慌てていたのは、カラテの師弟だった。
「主。これは危険なのでは? 一番やってほしくなかったこと、そのままです」
ドヒョウの際、アギーハMの近くまで駆け寄ってきたマスタツAが、ギョウジ役の主に問いかける。
『……ああ』
アギーハMは言葉少なに同意する。
ヴィルマがシュンシュウと対峙する際、アギーハたちが恐れていたこと。
それはシュンシュウが慎重に動くことであった。
ライデンの防御力を盾に逃さぬよう、じりじりと迫ってくる。
そうなれば、速度で隙を突くような戦いは難しい。
相手が覚悟を決めてしまえば、先程のようなアゴへの一撃すら耐えられてしまう。
ドヒョウである以上、大きく距離をとっての仕切り直しも難しい。
ドヒョウを無視すれば、いくらでも距離は取れるが、スモウのルールを無視した時点で本末転倒である。
すなわち、シュンシュウが不動を選べば、ヴィルマには攻め手が無いのだ。
先行き無きまま、ショウテイヅキとケタグリでシュンシュウを叩き続けるヴィルマ。だが、シュンシュウの伸びた手が、ヴィルマの両肩をついに掴んだ。
シュンシュウは容易く自分の頭上より高く、ヴィルマの身体を持ち上げる。
『横入りは間違っている、間違っているのだが……主を軽蔑するか?』
「いえ。道を歩む者として間違っていても、人の道としては正しいでしょう。ゴーレムが人の道を語るのも、おかしな話ですが」
スモウドウとカラテドウ、同じ道を歩む者として、勝敗とルールの大切さはわかっている。それでも、死ぬとわかっている人間を、見過ごすわけには行かない。
アギーハMが乱入の覚悟を決め、主の動きを察したマスタツAはその背後につく。スモウに傾倒している魔物たちが乱入劇を見たら、何をするかわからない。警戒は必須である。
そんな一人と一体の動きなど意に介さず、ヴィルマを持ち上げたシュンシュウは大股でドシドシ歩くと、そのままドヒョウの外にヴィルマの身体を優しく置いた。
「たまには、こういう勝ち方もいいだろ」
叩かれたアゴを撫で、おおらかに勝ちを誇る。
シュンシュウの様変わりに、この場にいる誰もが驚き、その動きを止める。
いち早く事実を察したヴィルマは、柔らかな笑顔を見せた。
「おかえりなさい」
「おう」
ここにいるのは、シュンシュウではない。
もっと別の、物凄く強くて、物凄く豪快な漢だ。
『お前はもう……シュンシュウじゃないのか?』
アギーハMもシュンシュウの変化を察し、警戒しつつ話しかける
「なんだ? 雰囲気変わったな、ゴーレム。あー、なんかさっき、スポーン! と俺の身体から眠気みたいなめんどいのが吹っ飛んでったのはわかるぞ。しっかし、痛いのなんの。あんな一撃アゴにくらえば、目も覚めるだろ!」
「言う割に、平気そうなんだけど。アゴ叩かれても、普通に動いてたし」
「ガハハ! 俺の首の太さを舐めるなよ! 気合入れればこれもんよ!」
『やっぱり、オーガ族はまともじゃないな……』
ペシペシと己の首を叩きつつ、己を誇示する姿を見て、アギーハMは呆れを口にする。オーガ族の巨漢は、周りを見回し状況を確認しようとする。
「しっかし、ここは何処なんだ? 地下でゴーレムをぶっ飛ばしてから、記憶がありゃしねえ。ん?」
きょろきょろとあたりを見回している内に、目に入ったのは多数のドヒョウ。
「ソンナ……シュンシュウサマノケハイガ、ナイ……」
スライム・レギオンを筆頭に力と体格に長けた魔物たち。
「なるほど」
自分なりに理解した後、リキシである男は勢いよく腹を叩いてから宣言した。
「よし! スモウ取るか!」
ドヒョウと力自慢が揃ってるなら、細かいことなどおいておいて、やるべきことはスモウである。
かつての暴将としてのプライドも立ち場もすべて捨て、自らをスモウに捧げることを誓った、オーガ族の元英雄。
リキシのライデンが、ついに帰ってきたのだ。
◇
超展開ついてきな。スモウにより散々に引っ掻き回された城内、だがそれ以上に混乱しているのは、事情がわからぬ門外の魔物たちであった。
「なんだ、いったい何が起きておるのだ!」
城内から聞こえる破壊音に動揺する、ワイト・プーリスト。
周りにいる頭脳派の魔物たちも、音だけで城内で何が起こっているのか理解するのは難しかった。
やがて訪れる静寂、おそらく城内で起こっていた何かが終わったのだ。
だが、門を開ける力がない魔物たちは、中の様子を窺い知ることすらできない。
それでいて、城の中から漂っていた魔力が急激に弱まっている。
おそらく中の主、シュンシュウに何か大きな変化が起こっている。
「シュンシュウ様は、いったい……?」
ワイト・プーリストにとって、シュンシュウとは決して揺らがぬ存在であった。
弱った魔力を前にしてもシュンシュウの負けなど、微塵も考えていない。
その時、ワイト・プーリストの腐った身体に、電流に似た刺激がはしった。
「ぐおっ!?」
短い悲鳴を上げた後、しばしの無言をはさみ、扉の前に立つワイト・プーリスト。
その細腕を、ゆっくりと正門に押し当てる。
すると、力でしか開かぬはずの巨大な門がゆっくりと開き始めた。
おお……と歓声を上げる門外の魔物たち。
だがその歓声は、すぐに恐怖へと塗り替わる。
「許さん……許さんぞ……リキシ……スモウ……!」
ワイト・プーリストの口から漏れる怨嗟と身体を覆う魔の気配は、シュンシュウのものへと塗り替わっていた。
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