18話 行為判定 腕力 体力
数日前までは、間違いなく砦跡であった。
城塞と言うより、遺跡に近い跡地であったはずだ。
その後、シュンシュウの力により、城が顕現したのは知っていた。
脱出時に実際目にしてもいる。
それでも、それでもだ。
「まさか、ここまで立派な城になっているだなんて」
城から少し離れた丘より、唖然としてつぶやくヴィルマ。
ヴィルマがついこの間まで飲んだくれていた城下町込のリッチモ王国の王城よりも大きく城壁も高い。リッチモ王国の王城が周辺で最も大きな城であったが、そのランキングはあっという間に変動してしまった。
多弁なアギーハも、小難しいマスタツも、何も言わず城を見て呆れている。
過酷な鍛錬を終え、いよいよとシュンシュウの元に息巻いて戻ってきた三人の出鼻は、いきなりくじかれてしまった。
「まったく……こんな城を容易く出現させてしまう魔族か。そんな連中を魔王ごと倒してくれた先人たちには感謝しかないな」
錬金術師として優れた才能を持つアギーハですら、魔族のとんでもなさを素直に認めていた。一から積み上げて作るのが人間ならば、零から作ってしまうのが魔族。根本的な発想が、違いすぎる。
「シュンシュウなんて魔族、資料には見つからなかった。ここまで出来る魔族なら、歴史書に名前くらい載せておいてほしいものだが」
ヴィルマと自身の鍛錬と、マスタツの修理の間に、アギーハはしっかりシュンシュウという名の魔族を調べていた。手持ちの蔵書にその名は無く、徒労に終わったが。
ヴィルマがアギーハを慰めるように話す。
「歴史書なんて、あてにならないよ。魔王時代の歴史書なんて、思い出したくもない出来事は載せないぐらいの作りだからね。だいたい、魔王憑きの話が広まってない時点で……」
「お察しということか。いくら残したくない話だとしても、ちゃんと伝えて広めてもらわなければ困る。そもそもだ、実際、いま、困ってる。国は歴史学に予算を回し、秘匿主義を撤回すべきだな!」
「どちらかというと、エルフに金を回してほしいけどね。書物より長く保つし」
「ああ。それはそうだ。当事者の記憶が変わらなければな」
「確かにそれはね。ちゃんと覚えてなかったり、記憶がすり替わってたり、ボケてたり。だったら、書物でいいね、うん」
ダークエルフにそう言われてはかなわない。アギーハは笑うしかなかった。
『ですが、このまま城を眺めていても、何も変わりません。進むか退くか』
マスタツはゴーレムらしく、主人たちの見解を求めた。
「十日でこれじゃ、一時撤退した日にはどうなっているかわかったもんじゃない。相手がこれほどだったとは、十日は悠長すぎたな」
「進むにしても、あの城、砦跡の時と違って、抜け道も裏道も無さそうだよね。崖も……今度は見回りされてそう」
『ならば、真正面からでしょうか』
アギーハとヴィルマの意見を聞いたマスタツは、ずいっと前に出る。
オークやゴブリンたちを蹴散らしての正面突破、同じことをまたやるだけだ。
「いや。待った」
マスタツを止めたのは、以前真正面からの突撃を命令したアギーハであった。
いつの間にか手製の双眼鏡を手にしていた彼女は、ヴィルマに促す。
「エルフの目なら、城門の様子が見れるだろ?」
じっと、城門を見るヴィルマ。
城門の様子を見たヴィルマは、アギーハの懸念の理由を即座に察した。
「もしわたしの本職が賞金稼ぎなら、きっと息巻いてただろうね。いや、くわしく知っているぶん、即座に逃げ出してかも知れない」
城門の前にたむろしているのは、賞金稼ぎも裸足で逃げる強力な魔物の群れであった。あんなのに無策で真正面から突っ込めるのは、アホだけだ。勇気あふれる勇者ですら、一度立ち止まって策を練る。あれはもう、魔物の群れではなく魔の軍隊だ。
「たとえあの連中を相手にしても、わたしが造ったゴーレムもカラテも負けないだろう。だが、あそこにいる全員を倒しつつ、城の中にいるであろうさらなる敵を倒して、シュウシュウに乗っ取られたライデンと万全の状態で勝負する。ま。無理だな」
アギーハはカラテにも自らの頭脳にも自惚れることなく、現実を見つめていた。
「そうだね。あんなのが門番をしている時点で、城の中に何が居るのか……」
ヴィルマは、アギーハの慢心や過信に水をかけた存在を把握していた。
それは、門の前に居る、ひときわ大きな威圧を放つ大物のせいだ。
一度目は強豪パーティーの全滅、二度目は国の滅亡。
あの強大な魔物の報せは、破滅と同義である。その外見は、要注意の存在として大きく広まっており、多少旅をしている人間であれば、名を知らぬ者はいないだろう。
あのクラスの魔物、いや、脅威が門を守っている。
それはアギーハをしても、警戒させる出来事であった。
「一応、手はあるけど」
策を口にしたのは、うーむと悩むアギーハではなく、少し困った様子のヴィルマであった。マスタツは既に、自分の立ち場と性能に見合わぬ立案を放棄している。
「本当か?」
「うん。オークやゴブリンには使えないけど、ああやって集団になっている連中になら使えると思う」
「オークやゴブリンも集団だったのでは?」
「オークやゴブリンはしょせん群れだからね。群れと集団は違うから。ただ……まあいいか。とりあえず、やってみる?」
「やってみるも何も、思いつかない以上、そちらの考えに乗るしか無いだろう」
「じゃあ準備してくる。ここで待ってて」
そう言うと、詳しい説明をせぬまま、ヴィルマは近くの森に入っていく。
アギーハとマスタツは、その背を目で追うしかなかった。
「魔王が封じられ、魔族が王を失ったのは四百年前の話だ」
『はい』
独り言じみたヴィルマの発言に返事をするマスタツ。
主が考えを纏めやすいように合いの手を入れるのも、マスタツの仕事である。
「ヒューマンのわたしにとっては、生まれる前の話だ。もちろん、当時を知る者など、あそこに屯している魔物ぐらいしかいないだろう。だが、この大陸には人間でありながら長命の種族がいる」
『エルフですね』
長耳美麗長命の種族であるエルフ。魔と人の争いを知る世代となると数少ないだろうが、そんな世代ですら若々しい外見を保っているのがエルフだ。このあり方は、ダークエルフにも適用される。
「ヴィルマは、いったい、幾つなんだろうな……?」
魔物相手に妙に手慣れた様子と、実戦の経験を感じさせる目の良さと俊敏さ。
本人は傭兵や冒険家として鍛えたと言っているが、ヴィルマがダークエルフである以上、もっと昔の時代、人と魔の激しい争いを体験していてもおかしくは――
『女性の年齢を探るのは失礼なのでは?』
「自分で作っておいてなんだが、クソ真面目なことを言うゴーレムだな」
『ですが、私の見立てですと、主もおそらく年齢に相応しくない外見、いわゆる幼児体け』
ビシッとキレの良いウラケンの一撃が、クソ真面目なゴーレムの腹を叩いた。
「そうだな。言われてわかったが、失礼な話だ。女性に聞くべきではないな。彼女が天才たるわたしの知らないことを知っていることに変わりない。ここは、お手並み拝見といこう」
『わかっていただき、幸いです』
理解してくれた主に、マスタツは深々と頭を下げる。
代償として腹に入ったヒビは、わりと大きかった。
◇
ダークエルフは色黒のエルフである。
なぜダークエルフが他のエルフと違い褐色肌なのかは、あまり知られていない。
肌が焼けるような灼熱の土地に住んでいた。
もともと、突然変異として生まれた者同士が集まった。
そして、かつて魔に与した代償に、その純白さを肌ごと失った。
ダークエルフは魔に近いとは戯言の一つだが、ダークエルフの一部がやけに魔族や魔物に親しいのは事実である。堂々と、それらしく振る舞えば、魔の一員として誤魔化せるくらいには。
城門の前にたむろする魔物たち。
そんな彼らの隙間を縫うどころか、ヴィルマは胸を張り堂々と歩いていた。
自分たちもこれより魔王の座につくシュンシュウの元に馳せ参じた。そんな雰囲気である。
肩で風を切るヴィルマを睨む魔物もいたが、ヴィルマの背後に付き従う無言のマスタツの迫力で、たいてい大人しくなった。マスタツの迫力は魔物にも通じる。
「ほら、行くよ」
ヴィルマは手にした鎖を引っ張り、少し遅れて歩いていたアギーハを引き寄せる。
鎖は、アギーハにつけられた首輪に繋がれていた。手錠もかけられている。
近寄ったところで、アギーハはヴィルマに恨みがましく話しかけた。
「どういうつもりなんだ……?」
「もっと小声で。見てわかるでしょ、シュンシュウの部下になりに来た、ダークエルフとわたしの部下のゴーレム。そしてアンタは」
「なるほど! 捧げ者か! って、オマエなあ!」
「だから小声」
ヴィルマの手が、アギーハの口を覆う。
ヴィルマが黙ったところで、改めてヴィルマはアギーハに話しかけた。
「やってみる? ってやる前に聞いたじゃない」
むぐぐと、息を呑むアギーハ。それを言われると弱い。
「それは……でも、だからと言ってなあ。これだったら、真正面から乗り込んだ方がまだマシだったぞ……」
「ちょっとそれはもう、いくらカラテが凄くても出来るとは言えないね」
ヴィルマは頬を伝う冷や汗を、バレぬように即座に拭う。
城門に近づけば近づくほど魔の気は濃くなり、魔物たちの質も上がっていた。
「あの巨大なカマキリは、ブラッドマンティスか? 実物は初めて見たぞ」
「その近くにいるの、狐魔道士じゃないかな。尻尾の数で強さが決まるって言うけど、五本は相当だね」
「あそこにいるグールの一団の装備、質から見て、生前は相当なパーティーだったに違いない」
ヴィルマとアギーハは、小声のまま周りの魔物について知識を出し合う。
両手の鎌がきらめいた瞬間、五人の首が飛ぶと言われているブラッドマンティス。
その幻覚は街一つを包み込む狐魔道士。
生前の強さが物を言う、死を忘れた屍、グール。
熟練の戦士や魔術師ですら、まず逃走経路を作ってから挑む魔物ばかりだ。
『ですが……』
厳つさを演出するため、普段以上に無口であったマスタツが口を開く。
『どの魔物も、なんだか気もそぞろと言うか……元気がないように見えますが』
マスタツの言うように、ブラッドマンティスは所在なさげにうろついており、狐魔道士はうつむいていて、グールたちはあーあーと活力のない声をあげている。
なんというか、人間で言うならば、数年かけていよいよ挑んだ試験に落ちたような。そんなやりきれない無力さが、危険な魔物たちの間に溢れている。
「王となる者の元に馳せ参じたわりには、たしかにやる気がないな。試験で赤点をくらった、学生のようなやりきれない敗北感に満ちている」
「うん。だいいち、この魔物たちって城から締め出されているんだよね」
『城の中は、彼らに強力な魔物で溢れているということでしょうか』
「わからない。ただ、聞ける相手はいるかな」
ヴィルマは足を止め、城門の前にいる門番に膝をつく。
マスタツも頭を下げ、アギーハはうつむき気味で立つ。
彼女なりの、囚われてどうしたらいいのかわからない、奴隷の仕草なのだろう。
魔物は種族により理性の有無や会話機能の違いがあるが、まずおそらく、この魔物には聞けるだけの能力がある。礼儀を尽くさねばならない強さと格が、彼にはある。
「わたくしは、ダークエルフのヴィルマと申します。シュンシュウ様に仕えるため、馳せ参じました。このゴーレムは、志を同じくする同士。こちらの少女は捧げものでございます。生贄でも慰み者でも、好きにお使いください」
いつものそっけない口調とはまったく違う態度を見せるヴィルマ。演技中のアギーハも、思わず驚きを見せてしまうほどの変貌である。生贄に慰み者と、物凄い扱いを受けていることもスルーしてしまうくらいに。
「そうか」
だが、見上げるほど巨大な門の前に一人立つ門番。彼の対応はそっけなかった。
あまりのそっけなさに、ヴィルマは再び口上を述べようとする。
「わたくしは……」
「わかっている! だが、私に言われても、なにも出来ぬのだ! 今の私は門番以下なのだからな!」
苛立ちとともに放たれたワイト・プーリストの魔力が辺りを震わせる。
シュンシュウの元、ナンバー2になるはずの魔物は今、城から締め出されていた。
「どうしても通りたければ、あの門を力づくで開いてみろ」
ワイト・プーリストが杖で指し示した先は、巨大な鉄の門であった。
マスタツ数体分の高さを持つ鉄の門。重く高すぎて、おそらく人の城に作られることはないだろう。まともに開けられない門など、壁以下の存在だ。
「この門を自らの腕力で開けられない者は、城に入る資格はない。シュンシュウ様は私にこう言った。そして私は、城の外に……放り出されたのだ……!」
口惜しいとばかりに歯ぎしりするワイト・プーリスト。
腐った歯がボロボロ崩れ落ちそうで、観ていてこちらの歯が痛くなってくる。
「なるほど、単純な力がないとここには入れないわけだな。ならば、この状況にも納得だ」
ひそひそと話しかけてきたアギーハに、ヴィルマは軽く頷く。
ブラッドマンティスは切ることに長けているが、押す力はない。
狐魔道士はせいぜい門が開いたような幻覚しか見せられない。
グールが踏ん張って力を入れれば、腐った手足が先に限界を迎える。
ワイト・プーリストも含め、ここにいるのは門を開けるための腕力を持たぬ魔物たちであった。魔術や特殊能力ではなく、単純な力を求められたことにより、彼らは行き場とプライドを失ってしまった。自らの力に自身を持って馳せ参じた末にこの扱い、それはヘコんで当然だ。
ドゴン!と派手な音とともに、突如開く門。
大開きになった門の前にいる、セイケンヅキを撃ち終えたマスタツ。
多くの魔物たちの手に負えなくても、マスタツにとってこのくらいの門は、主の命令も聞かず開けてしまうくらいの、ただの扉でしか無かった。
そしてこの一撃は、実戦に戻れるほどに回復した証明であった。
「では、失礼いたします。こちらのゴーレムは、わたくしの所有物。こちらは捧げものですので」
ヴィルマはそう言うと、アギーハとマスタツを連れて、門の中に入っていく。
「……いや待て! お前自身はこの門を開けていないだろうが!? 待て!」
マスタツのあまりの豪快さに唖然としていたワイト・プーリストが正論をぶつけた時には、中に入ったマスタツの力で、再び門は閉じられようとしていた。
こういうのはとにかくそそくさとしてしまうに限る。
二人と一体を中に入れたまま、完全に閉まる門。
門の境目にあるマスタツの拳の痕が、力なき魔物たちを一斉に黙らせた。
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