22話 カラテカ、ここにあり

 スモウに従うのではなく、スモウを従えようとする。

 本性をあらわにしたシュンシュウの能力、創造の力がドヒョウを囲む。

 ドヒョウの外、石畳からにょきにょきと植物のように腕が生えてきた。

 その数は数十、長さは常人の数倍。


「さて。本番といこうか。コレが我の本質よ」


 シュンシュウが指を鳴らすと、石の腕はまるで蛇のように手首をもたげる。

 出現した腕は不自然な曲がり方を見せ、アギーハMに襲いかかった。


『ああそうして、そちらはなんでも好きに使え! わたしは、カラテだけでいい! むしろ、カラテだけで十分すぎる!』


 アギーハMは円を描くように腕を振るマワシウケで、四方八方から襲い来る石の腕を叩き落とす。マスタツが見せたマワシウケは攻撃をいなす技であったが、アギーハMのマワシウケは触れた石の腕をそのまま破壊する、攻防一体の技であった。


 数十の腕を全部叩き落とすアギーハM。

 ドヒョウ上のシュンシュウに動きはない。

 だからこそ、嫌な予感がアギーハMの魂を撫でた。


 突如、ゴーレムの巨体に見合わぬ跳躍を見せるアギーハM。ドヒョウの半分を占める巨大な口が出現し、アギーハMの居た場所を噛んだのは直後のことであった。

 尖った岩の牙と、何処に繋がっているのかわからぬ虚無の口。アギーハMを今度こそ喰らわんと、口は再び開き、落ちてくるアギーハMを待ち構えていた。


『フン! フンフンフン! もう一つオマケにフン!』


 落下するアギーハMから繰り出された蹴りの連打が、待ち構えている牙を次々と破壊する。空中という不安定すぎる足場にありながら、その蹴りの威力と残像が見える速度は並大抵でない。

 この機動力と、部位の硬さを凶器とする足運び。これこそが、マスタツの身体と、アギーハの技の真価だ。


 牙が折れ、歯抜けになった口に残された、最後の牙。だがその牙も、着地したアギーハMが跳躍の足場とすることで口ごと木っ端微塵となった。

 足刀を突き出し、ほぼ横に跳んだアギーハMの狙いは、ドヒョウの際、安全圏にいるシュンシュウである。

 このアギーハMが見せた跳び蹴りは、かつてアギーハがバジリスクの牙を折った時の跳び蹴りそのものであった。ただし身体が、脆弱な錬金術師から、強靭なゴーレムに変わっているだけだ。

 そんなシュンシュウの身体が、突如ずぶりとドヒョウに呑み込まれて姿を消す。

 代わりに地面から表れたのは、至るところに鋭い棘のついた太い石柱であった。


「あぶな……くないね」


 ドヒョウの外のヴィルマが声を出そうとするものの、途中で悟る。


『チェストォ!」


 生身の人間なら触れただけで全身ずたずたになるであろう石柱は、アギーハMの跳び蹴りであっさり粉砕された。


『こんな余計な物を出さなければ、わたしはドヒョウの外に落ちていただろうに!』


「ああ……すっかり忘れていたよ、スモウはドヒョウの外に出たら、負けだったな」


 ドヒョウの中央に移動していたシュンシュウが、気だるそうに言う。

 自分の足元の石畳をスライムより柔らかくし、地下を通り、再びドヒョウに出現。

 その際は腕を組んで潜り、自分の胴体よりも大きな穴を作る。

 スモウのルールを忘れたふりをしていながら、足の裏以外をドヒョウにつけてはならないという鉄則は忘れていないのが腹立たしい。


『はっはっは! ライデン、お前だったら、ドヒョウを自由自在に操る相手とどうスモウを取る! わたしは正直お手上げだ!』


 もはやバカ負けしたと、アギーハMは笑う。スモウを取る上で必須の場所にして、勝敗の境目ともなるドヒョウを直接操るような相手とどう戦えばいいのか。おそらくスモウの教本があったとて、こんなことは載っておるまい。


 アギーハMはひとしきり笑った後、改めて構えをとった。


『わかった。ここから先は、カラテカとして挑ませてもらうぞ』


「何が違う?」


 外見も雰囲気も何も変わっていないのに、なぜ仕切り直した風にできるのか。

 シュンシュウの疑問は、ある意味、純朴であった。

 そんな疑問に、アギーハMは真正面から答える。


『カラテカと名乗った以上、負けられないのさ!』


 いわばこれは、不退転の決意である。逆に言えば、それだけでしかない。

 だが、それだけのことで生命がかけられる。

 それが、カラテカであり、武の道を歩む者なのだ。


 アギーハMが足をわずかに動かしたのを合図に、ドヒョウの外で石畳がぼこりと泡立ち、何本もの巨腕が出現する。先程出現した腕より数は少ないものの、その手のひらの大きさは、アギーハMの巨体も掴み上げてしまうほどである。


 更にドヒョウの内からは、先程アギーハMが蹴り砕いた石壁が次々と出現する。

 巨腕による攻撃と、石壁による防御。またたく間に、ミニサイズの城塞とも呼ぶべき防衛網が、ドヒョウの中に構築された。


『天才たるわたしが使うと、本気で見下す表現になるから使わなかったのだが。馬鹿か、お前は! お前は自分の能力で強くなったつもりなのだろうが、スモウから離れれば離れるほど、どんどん弱く見えてくる。今のお前は、藁の家より心もとない!』


「いくらでも好きに言えばいい。今のお前を取り囲んでいるのは、藁でなくレンガ以上のモノだ」


 シュンシュウが操る巨腕が、四方八方からアギーハMを潰そうと襲いかかる。

 だが巨腕は、アギーハMに触れるか触れまいかのところで粉となって散っていく。

 時間にして、およそ瞬きする程度の出来事である。


「貴様……何をした!?」


 これぞ、まさに粉微塵。あまりの破壊の細かさに、誰もが息を呑む中、シュンシュウの驚きがただ響く。

 これまで、何度もマスタツやアギーハMは硬い物体を拳で破壊してきた。その一撃は強力であったものの、破片はあくまで塊であり、目で捉えることも出来た。

 だが今回、砕かれた巨腕は微細な粉と化し、攻撃を繰り出した瞬間も見えなかった。攻撃の質と速さが変わった。ドヒョウで対峙しているシュンシュウですら、変化したと理解するのが精一杯だった。具体的に何が変わったのか、それはわからない。


「アギーハがマスタツの身体でやると、ああなるんだ」


「ええ。私には出来ない技です。ところで、主の一撃は見えましたか?」


「まあね」


「流石ですね、ヴィルマ様」


 今、アギーハMが何をしたのか。当人以外で理解しているのは、ヴィルマとマスタツAだけであった。だが二人共、具体的なことは口にしない。密かに聞き耳を立てているシュンシュウにアドバイスをするつもりは毛頭ない。


『さて、行くぞ』


 アギーハMは何も答えぬまま、ゆらりと怪しげな足取りで歩き出す。

 今までの、一歩ずつ地面を踏み固めるような足取りとは違う、怪しげな動き。

 怪しさが、疑心を抱き始めた高位魔族を徐々に追い詰めていく。


「舐めるな!」


 シュンシュウは自身とアギーハMの間に石壁を何枚も出現させる。とにかく、相手の動きを封じなければならない。アギーハMの本性、その得体のしれ無さが、シュンシュウの動きを単純化させる。


 そして、石壁の出現こそ、アギーハMが待ち望んでいた機であった。

 アギーハMの右腕、肘と腕が人間の可動域を超えるほどに捻られる。

 手は握りしめた拳ではなく、指を真っ直ぐに突き出した平手。

 イメージするのはハンマーではなく、鋭く敵を突く槍の穂先。

 捻りが唸りとなり、手は万物を貫く神槍と化す。

 これぞ、カラテの奥義、ヌキテだ。


 アギーハMが繰り出したヌキテの一撃は、石壁をまとめて貫通し、そのままシュンシュウの額にあるニセの角まで破壊する。あと少しずれていたら、いくら強靭なシュンシュウの頭とて、どうなっていたかわからない。


 ヌキテで出来た穴から崩壊していく石壁、動揺しつつシュンシュウは石壁を作るものの、石壁はヌキテにより即座に破壊される。その速度と鋭い破壊力は、セイケンヅキを超えていた。

 もはや石壁を出しているヒマはない。三度目のヌキテを前に、必死で身体をよじるシュンシュウ。シュンシュウの脇腹をかすめたヌキテは着ていた鎧の一部と僅かの肉を削り取っていく。


 無敵と思っていた肉体が、始めて負った傷。

 いままで余裕綽々だった、シュンシュウの顔に、始めて冷や汗が流れた。

 シュンシュウに繰り出される、四度目のヌキテ。

 その狙いは、シュンシュウの胸のど真ん中である。

 多少避けても、右か左の胸、どちらかを貫いてしまう。


 ヌキテの一撃が、シュンシュウの左胸に突き刺さる。

 頑強なオーガ族とて、心臓の位置は他の種族と同じ左胸だ。

 そして、心臓を破壊されれば死ぬのも同じである。


『思ったより、限界が早かったか……』


 ヌキテを繰り出したアギーハMが悔しげに呟く。

 ヌキテの一撃はシュンシュウが着ていた鎧を破壊し、左胸に渦巻状の痣を作っただけに終わった。胸に押し付けられたアギーハMの右手は、手首の位置までねじれてボロボロになっていた。


 拳より接地面が少ない指先を使用することで、威力を一点に集中させるヌキテ。

 だが、接地面が少ないということは、反動も大きいということである。素人が真似をすれば、指が砕けるだけで終わるだろう。

 アギーハは常日頃からヌキテを出せるだけの部位鍛錬を重ねていた。彼女が自分の身体で出せば、連発など余裕だ。だが、今の彼女の身体はマスタツのものである。カラテ用に再調整したゴーレムでも、ヌキテは三発が限度であった。


「見てください。主は、私の右手の限界を悟っていたから、容赦なく身体の中心を打ったのです。主はちゃんと、シュンシュウがライデン様の身体を乗っ取っていることを覚えています」


「あの人、思ったよりって言ってたんだけど。思ったより、限界が早かったって」


 マスタツAの主アゲに、容赦なくツッコむヴィルマ。

 シュンシュウごと、ライデンが殺される。嫌な予感によりかいた冷や汗を、密かに拭うヴィルマ。

 助かった。そう思ったのは、ヴィルマだけではなかった。


「ふ、フハハハハ……残念だったな!」


 シュンシュウはヴィルマの腕を捕まえると、そのまま力いっぱい引っ張る。


『悪いが、腕を壊されたばっかでね。こんな状況でも、おいそれとはもげないぞ』


「我の能力を忘れたか。我が創造の力、石で出来た貴様の身体なら通るのだよ!」


 シュンシュウの魔力が、アギーハMの右腕に注入される。

 拳は柄と持ち手に、腕は刃に。

 石の大剣に変化させられたアギーハMの右腕は、あっさりもぎ取られてしまった。


「拳が凶器だと? 我にかかれば、本物の凶器よ!」


 シュンシュウはためらいなく、大剣をアギーハMめがけて振るう。

 カラテギをかすめた刃を前に、アギーハMは流石に抗議の声を上げる。


『いくらなんでも、武器は反則だろう! 武器は!』


「構わぬ……構わぬ……構わぬ……これは貴様の身体の一部、問題はあるまい。それに、我がスモウそのもの……我が認めた以上……これは正しいのだ!」


 内から湧き上がるライデンのスモウへの克己心を抑え、シュンシュウは魔族の傲慢さで刃を振るう。その矛盾の刃には、どうしても緩慢さがついてまわった。

 そんな刃に切られるカラテカではない。


『ケリアシ……ハサミゴロシ!』


 横に振るわれた大剣の刃、その上下をアギーハMの左肘と左膝が激しく挟み込む。

 即興で作られた刃は、アギーハMのケリアシハザミゴロシにより真っ二つにへし折られた。刃が割れた剣をシュンシュウが捨てるより早く、アギーハMの左腕が縦横無尽に振るわれる。壊れるのが予想できた以上、ヌキテはすべて右腕で放っていた。アギーハMの左腕は、無事なままである。


『額、顎、喉仏、鎖骨、右肺、左肺、肋骨、胃、腎臓、肝臓ぉ!』


 アギーハMは身体の部位名を叫びつつ、拳、突き、シュトウ、マエゲリ、ソクセンゲリと、様々なカラテの技でシュンシュウのその部位を叩いていく。もはや、体を守る鎧などとうに砕けている。今のシュンシュウは、マワシ一丁。ただのざんばら髪のライデンだ。


「ぐぉ……ぐげえ……うっぷ……」


 痛みと吐き気に襲われ、シュンシュウは情けない声を上げる。アギーハMの攻撃は、ただ痛いだけではなく、叩いた部位に的確なダメージを与えている。

 おそらく、ライデンなら意地でも痛みに耐え、声もあげないだろう。だが、ただ他人の身体を乗っ取っているだけのシュンシュウでは、どだい無理な話であった。


 突如、アギーハMの乱打が止まる。生じた間により、自然とシュンシュウの強張りが解け、周りのヴィルマやマスタツA、そして魔物たちの目も、自然とアギーハMへと向けられた。


『セイケンヅキィ!』


 アギーハMの力と捻りが入れられた左のセイケンヅキが、ついにシュンシュウのみぞおちに突き刺さる。ミシリと、肉の鎧を穿つ独特の音がした。


「がはあっ!」


 胃液を吐き出し、悶絶するシュンシュウ。ライデンの肉体を持ってしても、無策ではアギーハMの一撃に耐えられなかった。拳を戻したアギーハMは、呻くシュンシュウの顔面に照準を合わせる。


『セイケン……ヅキィ!』


 もはや、額で受け止めるなどという工夫もできぬ。必ず殺す必殺の一撃が、シュンシュウの顔面めがけ放たれる。ドヒョウの周りにいる誰もが全員惨状を察し、目を瞑ろうとした。

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