11話 大一番 スモウオーガ対カラテゴーレム
周りの状況や聞くべき声も認識せず、ライデンとマスタツは戦い続けていた。
床が崩れようが、時折魔物による横槍が入ろうが関係ない。
目をそらせば、やられてしまう。
危機感と緊張感が、二人の世界を狭めていた。
マスタツの突きが、唸りを上げてライデンの肉体を叩く。
マスタツの突きや蹴りは、いわば金槌である。
ライデンの要塞のような筋肉を、ただひたすらに叩き砕こうとする。
力が集約されたカラテの一撃は、ライデンの身体に痛みを与えていた。
砕いてしまえば、そこで勝ちだ。
かたや、マスタツに負けじと、ツッパリで対抗するライデン。
ライデンのハリテやツッパリも、いわば金槌である。
だが、リキシの一撃は、痛いというよりまず重い。
重さは、体幹も体力も重心も、一緒くたに揺らがせる。
マスタツの身体はぶれ、十全の実力は発揮できていなかった。
崩してしまえば、そこまでである。
的確に小槌で狙うマスタツと、とにかく大鎚を振るうライデン。
それぞれ、大鬼にゴーレムと怪物級の二人ではあるものの、互いの信奉する道が、そのスタイルをハッキリと分けていた。
拳とツッパリの終わらないやりとり。
突如差し込まれたのは、大きく振りかぶっての頭突きであった。
「正気か!?」
叫ぶライデン。頭突きを仕掛けてきたのは、タチアイを得意とするライデンではなく、これまで手足のみを使っていたマスタツであった。岩の頭による頭突きは、とんでもない音がしたものの、ライデンは傷ついた額で受け止めていた。
ライデンの傷口ににじんでいた血が弾け、花のようにパッと咲く。
だが、マスタツの石で出来た頭も、一部が欠けた。
『これは、準備段階でしかない』
マスタツはライデンに頭を付けたまま、腕を畳んだ細かな連打で攻め始める。
捻りも伸びもない連打に威力はない。
それを理解しつつ、マスタツはただ打ち続ける。
「くっ……」
だが、この攻めは、ライデンの顔を苦しげに歪ませた。
横隔膜から腹、筋肉の向こうにある肺や臓器を揺らす下突きの連打は、ライデンの体力と体幹を削っていく。
ただただ前に進んでいく、削るための連打。
顔面や急所を狙うのではなく、相手を打撃で押していく。
マスタツの言う通り、頭突きは攻撃の手段ではなく、相手に頭をつけ密着するだけの準備段階だったのだ。
ゴーレムであるマスタツは夢を見ない。
カラテの理想とされる一撃必殺ではなく、相手を消耗させてから倒す現実を選ぶ。
マスタツの、ゴーレムの強みの一つは、呼吸を必要としないことである。
生身であれば何処かで呼吸を必要とし、連打は止まる。
だが、呼吸しないマスタツの腹打ちに終わりはない。
体力が切れるか、対象が壊れるまで、機械的に打ち続けることができるのだ。
この削るための連打を学ぶため、かつて大岩や巨竜に挑んだが、マスタツの体力が切れるより先に、対象がもはや打てぬくらいに壊れていた。
徐々に、ライデンの体が後ろに押されていく。
マスタツの連打は、ついに不退転のライデンを押すに至った。
軍隊でも馬車でも猛将でも叶わなかったことである。
ただただ、ライデンを押して行くマスタツ。
打っている当人にも、押している自覚はある。
だが、その前進が、突如ピタリと止まった。
打撃が静止したライデンの腹を打ち続けている。
ライデンはマスタツの突きをすべて受け止めていた。
止まることで、衝撃も溜まり、結果的に下突きは威力を増す。
退かないのは、非効率的である。
顔を上げ、宝石の一つ目でライデンを見るマスタツ。
マスタツの冷徹な自我に、理解不能な困惑が生まれる。
叩かれ続けているのに、ライデンは心底嬉しそうに――
笑っていた。
「ふん! ぬぅぅぅぅ!」
ライデンは激しく息を吐くと一気に腕を伸ばし、マスタツが着るカラテギの茶帯を掴み引き寄せる。若干位置が高いものの、帯は十分にマワシの代わりとなっていた。
『続行不能』
引き寄せられたことで、マスタツの畳んだ腕は動かせないほどに縮こまってしまい、連打が止まってしまう。
ここでライデンは、改めて口を開いた。
「俺がなんでここで踏ん張れたかわかるか?」
『理解不能。ここで受け止めることに意味はありません。退いた方が、衝撃は緩和できるはずです』
「はっは、なかなか正しいことを言うじゃないかゴーレム。だがそれは、普通の正しさだ。俺の足元を見てみろ」
ライデンの足元を見るマスタツ。
その踵にかかっているのは、魔法陣のフチであった。
まだ発動していない以上、特に魔術的な効果は無い。ただのちょっと光る模様だ
理解が出来ぬと、思わず固まるマスタツ。
そんなマスタツに、ライデンは得意げに語った。
「わからないだろうなあ。たとえ、学者先生でもわからねえだろうよ! この線は、ドヒョウギワだ! リキシはここを踏み越えたら負けなんだよ。だから俺は、ここで死んでも踏みとどまるしかねえんだ!」
大きな円形の魔法陣、ライデンにとって、乗ってしまった以上、それはドヒョウであった。円形の陣の上でリキシが戦う。その時点で、魔法陣はドヒョウとなった。
リキシである以上、ドヒョウからは退けない。ドヒョウの上では負けられない。
ライデンがドヒョウの上にいる以上、ドヒョウの外で戦いがおこなわれることはなく、すなわちドヒョウの外の誰かが巻き込まれることはないのだ。
「ふぅ……ふぅ……」
まるで子供が口で遊ばせる風船のように、激しく収縮を繰り返すライデンの腹。
腹を叩かれたことにより、淀んでしまった体内の空気を一気に吐き出し、新鮮な空気に入れ替える。
「嬉しいぞ」
ライデンは息を吐きつつ、マスタツに話しかける。
「このしのぎ合いこそ、俺がやりたかったことだ。お前のおかげで、俺はスモウを楽しめている!」
ドヒョウでの競り合いやしのぎ合いこそが、スモウの華である。
かつてオヤカタは、ライデンにそう言った。
だが、ライデンは競り合いもしのぎ合いも、己の並外れた強さにより、ほとんど未体験であった。強いからこそ、醍醐味をロクに知らぬままここまで来てしまった。
だが、今、こうしてライデンはしのぎ合っている。
ライデンはマスタツに押された。喜びを感じつつ押されることを選んだ。
だからこそ今、ライデンはスモウの本懐を味わえているのだ。
ライデンには、マスタツの強さへの感謝しかなかった。
ふわりと、マスタツの身体が浮く。
重さは岩石の質量そのものであるマスタツの巨躯が浮き、足もつま先立ちとなる。
「どうだ? お前のその技、こんな状況でも使えるのか?」
マスタツの巨体を吊り上げたライデンが、余裕の表情で問いかける。
吊り上げているのは両腕の力、支えている支点は腹だ。
吊りは決まり手ではないが、ここから繰り出せるスモウ技は多彩である。
『余裕。カラテの技は、これしきで死なず』
マスタツは吊られたことで生じた隙間から、縮こまっていた腕を開放する。
吊られたまま、脇腹や胸、肩を何度も叩くものの、その打撃は勢いを失っていた。
「いや。お前の技は、死んだんだ。スモウだって足で地面をしっかりと掴まなきゃ、力の入った一撃は出せねえ。だから、わかる。これは、お前が好きな正論だ」
人間、力の入った一撃を繰り出すには、全身の運動が求められる。ただ殴るだけでも、腕の力に胸の開きに腰の回り、更に土台となる足の力が必要なのだ。
今現在、ライデンに吊られているマスタツは、土台を失っている。いくら重厚なゴーレムでも、つま先立ちでは重心を得ることはできない。そこらの雑魚ならともかく、ライデンにとって、手打ちの一撃などまったく痛くはなかった。
「いくぜ、ゴーレム。そのカラテとやらで、耐えてみろよ」
吊られたままのマスタツの身体が、ぶおんと音を立て地面に叩きつけられる。
だがマスタツは、なんとか片足を突っ張らせ耐えてみせた。
続けざまの浮遊、そして片足。ライデンの両腕で、縦横無尽に振り回されるマスタツの巨体。ライデンの腕力もとんでもないが、投げられることを拒んでいるマスタツの脚力と平衡感覚も並外れている。
投げられれば終わる。この勢いで地面に叩きつけられれば、再起不能の傷を負う。
マスタツは理解していた。
だが、必死に終わりを拒み続ければ、やがて勝機も生まれる。
死中に活を求めるこの姿勢は理解ではない。
主に叩き込まれた、カラテダマシイがずっと揺さぶっているのだ。
ライデンによる数度目の投げと、マスタツの数度目の片足での着地。次に振り回されるまでは数秒。だがこの数秒は、不安定ながらも、地に足が付く数秒であった。
『私もあなたに、主より教わりしカラテを見せましょう』
マスタツのヒジが、自身の帯を掴むライデンの腕、その関節を内側から叩く。腕を外すことには失敗したものの、重心がズレたことにより、マスタツは浮いていたもう一方の足も地面につけ、両足を地面に着くことに成功した。
『オスッ!』
マスタツの両足がついた瞬間、腰を落とし力を込めたセイケンヅキが放たれる。
溜めも足りず、狙いも満足につけられなかったものの、その一撃は予想以上の効果を発揮した。
「ぐっ……」
ライデンの顔が歪み、口端から僅かな血が出る。
ライデンは、マスタツの一撃を真正面から受け止めるだけでなく、一切衝撃を逃さないよう、全身を固めていた。防御に力を込めるのは当然と言え、固め過ぎれば、そのダメージは多大となる。セイケンヅキの反動で、マスタツの帯を掴んでいた手も離れてしまった。
退けば地獄のドヒョウギワにいる以上、ライデンが退くわけにはいかなかった。たとえ、相手がこちらのルールを知らなくても、ここで退けば、ライデンは己に負けてしまう。
ライデンの心境、スモウのルールなど知らぬマスタツは、ライデンの胸に刺さったセイケンヅキが効いたと確信。一度距離をとり、今度は飛び込むような勢いで、右のセイケンヅキを放つ。
アギーハがどこからか入手した、カラテニュウモンの書物。この書物の優秀な点は、作中一つの流派にこだわっていなかったことだ。カラテの諸派、フルコンタクトに伝統派。カラテの技が大まかに網羅されていた結果、マスタツは様々な流派の基本を熟知していた。
下突きの、押す連打は顔面殴打禁止のフルコンタクト空手。飛び込む形のセイケンヅキは、伝統派空手の突きである。マスタツは、カラテゴーレムの完成形だ。
相手を突き刺すような、蜂の針の如きセイケンヅキ。ゴーレムらしい精密さと剛力が合わされば、その針の太さは増し巨人をも屠る一撃となる。
だが、外すことのない、必殺の一撃を放ったマスタツが感じたのは、ぬるりと何かに絡め取られた感触であった。マスタツのセイケンヅキを絡め取った何かにより、マスタツの身体は右腕を支点にし、下に押さえつけられる。上半身を曲げ、地面につんのめりそうな、無様な体勢だ。
「動けねえだろ。動くと、腕がぶっ壊れるぞ」
マスタツの脇に立ち、その肘を完璧に抑えているライデン。マスタツのセイケンヅキを捕まえ、そのまま自身の脇で捕縛。そのまま流れるようにマスタツの脇に移り、マスタツの腕を、肘関節を脇で捕まえつつ下に押さえつける。
今まで、剛力一本槍だったライデンとは思えぬほどの、緻密な動きによる関節技。
スモウとは、相手を倒すもしくはドヒョウの外に追いやることにおいては、全対応型格闘技である。技も豪快な投げ技や代名詞的なハリテだけでなく、連携技のケタグリやこのように腕をとる関節技も存在する。
もっとも、こうして関節を取れたのも、自身に劣らず太い四肢を持つマスタツあってこそだ。普通の人間相手にライデンが仕掛けた場合、サイズが見合わな過ぎて、こうも上手くはいかない。マスタツは、ライデンのすべてを出せる相手である。そのすべてとは、予想以上に深かった。
『カラテカは、カラテカは』
自身のことを何度もカラテカと呼びつつ、力任せに腕を抜こうとするマスタツ。
だが、ライデンに関節を取られている以上、もがくことしか出来ない。
「さてカラテカ。ここまでだ」
ライデンはマスタツの腕を極めたまま、振り回すようにして投げようとする。
相手の腕を取り、投げ飛ばす。関節を極められた相手は、逃げることが許されない。これぞスモウ技の一つ、コテナゲである。
『カラテカは負けない!』
極められた右腕に、無理やり力を入れるマスタツ。
岩の腕は折れること無く、肩口からヒビ割れ、粉微塵となってしまった。
だがその代わり、マスタツはコテナゲからの脱出に成功する。
一度極まったコテナゲに無理に耐えれば、極められた腕が折れてしまう。
逆に言うなら、腕一本を犠牲にすれば、コテナゲからは逃れられるのだ。
普通できないし、やらないこと。むしろ、してはいけない逃げ方である。
コテナゲから逃れ、体勢を立て直そうとするマスタツ。
右腕を失ったが、残りの手足は無事だ。
人ならともかく、ゴーレムならまだ十分動ける。
決意を新たに構えたマスタツの身体が、突如崩れる。
「やるじゃねえか。カラテってのも、なかなか大したもんだ!」
ライデンの下段蹴りが、マスタツの片足を崩していた。
『これはまさか、カラテの蹴り? 盗まれた……?』
「人聞きが悪いこと、言うんじゃねえよ。これはな」
ライデンはこう言いつつ、動揺するマスタツの足を蹴飛ばす。
足が砕け更に体勢を崩したマスタツの脇にライデンは腕を差し込んだ。
「ケタグリって言うんだよ!」
弾くヴィルマのケタグリとは違い、相手を砕いてしまうライデンのケタグリ。
そして繋ぐ技は、腕を引っ張るのではなく、相手を掬って投げるスクイナゲ。
ふわりと浮いたマスタツの身体は、横になぎ倒されるように投げ飛ばされた。
重い岩石の身体がまるで綿のように浮かび、その後、物理法則を無視したツケを払うかのように、砦跡がすべて揺らぐ勢いの振動とともに落下した。
ドヒョウの外、魔法陣の外まで転がったマスタツはそれでも立ち上がろうとするものの、右腕の欠損と足へのダメージは起き上がることを許さなかった。
『まだ私は、カラテは……』
マスタツの闘志は萎えていないものの、もはや戦える身体ではない。
スモウオーガ対カラテゴーレム。勝敗は決した。
「コレにて、ムスビノイチバンよ!」
これが決闘だとしてもスモウだとしても、軍配はライデンに上がった。
ライデンは強敵相手の勝利に、上機嫌のままソンキョの姿勢でマスタツを見る。
このゴーレムは強い。もしマスタツをスモウに引き入れれば、立派なスモウゴーレムになるだろう。だが、その一方で、カラテやカラテカという存在に、ここまで強い意志を持つ相手は、おそらく引き入れられまい。
ライデンがマスタツに感じたものは、希望であり諦めであった。
だがその希望は、とにかくまばゆい。カラテとは、いったいなんなのだろうか。
非生物が放ったカラテのまばゆさに目を細めるライデン。
そんなライデンの目に、足元の魔法陣が放ち始めたほのかな光はまったく入っていなかった。
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