6話 シンデシケンサ、始めます

 パチパチと火がはぜる暖炉。寒くなってきた夜にはありがたい暖房である。

 そんな火を見守るかのように、空の器を手にじっとしているライデン。


「もう少し飲みますか?」


「頼む」


 この家の主である老婆は、ライデンの持つ器に自家製の酒を注ぐ。

 白く混濁した自家製の酒を、ライデンは怪しむことなく一気に飲み干す。

 その飲みっぷりは、どこまでも雄々しく、見ていて清々しいくらいだ


「それで、今までオークもゴブリンも村に攻めてきたことはなかったんだな?」


「はい。私はずっとこの村で育ってきましたが、そんなことは一度もありませんでした。山の向こうに住んでいるのは知ってましたが、こっちに来ることはなかったとです」


 ライデンとヴィルマは老婆に招かれ、彼女の自宅に通されていた。

 現在、ヴィルマは辺りを調べるため、外に出ている。

 魔物に関する知識と、かつて斥候も務めたと自称する経験と、エルフならではの目の良さ。索敵役として、これ以上の人材もいないだろう。

 結果的に、老婆に話を聞くのはライデンの役目となっていた。

 魔物に関する知識と、こういうのは苦手だと明言する経験と、オーガならではの口より手を動かす性格。聞き役として、これほど何も持っていない人材もいないが、まあどうにかなるだろう。

 事実、老婆にとってライデンの豪快な飲み方は好印象であった。

 リキシは飲んで食うほど強くなる。節制する必要が無いライデンは、頼もしいほどの底なしだ。

 老婆はライデンに、この村に何があったのかを伝える。


「数日前、村にいきなりゴブリンを率いたオークが来まして。あれよあれよと言う間に、みんな捕まってしまいました。私はちょうどその時、床下の倉庫にいたものでして」


「運が良かったな」


「いえいえ。捕まったみんなは何処かへ連れて行かれ、オークとゴブリンが村で待ち伏せを始めました。村を訪れた旅人も、何人か捕まっているはずです。私は外の様子に怯えつつ、床下で震えることしかできませんでした。もし、あなた方が来なければ……」


 老婆の手が、ブルブルと震えている。焦燥した様子といい、もしライデンとヴィルマがこの村に来るのが数日遅れていたら、確かに手遅れだったかもしれない。

 ライデンはさらにたずねる。


「それにしても、村人は殺されたんじゃなくて、連れて行かれたのか」


「はい。間違いありません」


「そりゃ妙だな。アイツらがそんな面倒をしないことぐらいは、俺でも知っている」


 オークやゴブリンは、さらうことより殺すことを好む。

 数人ならともかく、村の人間を丸ごと連れて行くなんて聞いたことがない。

 相反する種族であるオークとゴブリンの結託と組織的な行動。

 更に謎の誘拐。彼らは村人を、何処に連れて行ったのだろうか。

 考え込むライデン。

 酒をあおり、頭から煙が出そうなくらいに考えた末、ついに結論が出た。


「考えてもしょうがない! 寝るか!」


「いやいや、物事を放り出して寝ないでよ。朝、後悔するよ」


 物事をウワテナゲしようとしたライデンを止めたのは、外から帰ってきたヴィルマであった。ライデンは上げかけていた腰を戻し、ヴィルマをねぎらう。


「遅かったな」


「この村だけじゃなくて、近くの村も見てきたからね」


「前言撤回! 早かったな! でもお前、ついさっきまでヘバってたじゃないか」


「この状況じゃ、疲れたなんて言ってられないでしょ。焦れば足も速くなるよ」


 この辺りは田舎だけあって、村と村の間もそれなりに離れている。

 目立つ馬を使わず自分の足で、しかも余計な相手に見つかりづらいように他所の村を見てきたのだから、ライデンもヴィルマの健脚を褒めるしか無かった。

 ヴィルマは斥候の結果を報告する。


「近くの村も、似たような感じ。ゴブリンとオークが待ち伏せしてたよ。見つからないように逃げてきて、一応この先注意の看板も立てて来たけど。この辺り一帯が、ひょっとしたら……」


 近隣の村を含め、辺り一帯がオークとゴブリンの支配下にあるのかもしれない。

 これがヴィルマの見解であった。


「そんな。隣村もダメだなんて。これから私は、どうすればよいのでしょうか」


 老婆はさらに落ち込んでしまうものの、報告に虚偽を交えるわけにはいかなかった。報告したヴィルマの顔が、悲痛そうな表情に染まる。

 気を紛らわせようとばかりに、ヴィルマの手が酒瓶に伸びる。

 だがヴィルマの手が届くより先に、ライデンは酒瓶を奪い、その中身を一気に飲み干してしまった。ゲップ混じりの声で、ライデンは話す。


「おい。元飲んだくれ。お前はしばらく、酒やめとけ」


「そっちは呑んでるのに?」


「俺は酒に飲まれてないからな。それにこれぐらいは、アニデシの特権さ。しっかし、この辺りで何が起きてるのかねえ。俺にはさっぱりだ」


 酒の代わりに水を飲めと付け加え、ライデンはただの水をヴィルマに渡す。

 水を飲み干し、乾きを潤したヴィルマは、間違いがないよう慎重に口を開いた。


「おそらく、魔王憑きだと思う」


「魔王憑き? 魔王ってのは、数百年前勇者に敗れて北に封じられてる、あの魔王のことか?」


 ヴィルマにたずねるライデン。

 四百年前、勇者に魔王は倒され、魔族と魔物は力を失った。魔王はそのまま極寒たる極北にて氷漬けになっている。それが、このドーゼン大陸に伝わる伝説である。

 魔王の封じられた具体的な場所はもはやわからぬものの、ライデンが属するオーガ族の祖先は、魔王が復活した際に備え、極北に集落を構えたと伝わっている。

 今度は逆に、ヴィルマがライデンに聞く。


「魔王に関しては、わたしよりそっちの方が詳しいんじゃないの? 地元でしょ」


「村の近くにいるんじゃないか? ってこと以外知らんぞ」


「村にちゃんとした資料とか、口伝とかないの? 封じられた場所のヒントとか、魔王の外見的な特徴とか」


「魔王がそんなに凄いやつなら、復活すりゃわかんだろってことで、特になんも伝わってないな。前もって弱点や特徴がわかったら面白くないだろってことで、魔王に関する資料なんか全然ないし」


「……魔王が復活した時に備えて、オーガ族って北に住んでるんじゃないの?」


「おう! 魔王が復活したら、真っ先に挑むためだな。その時は俺も、一人前のリキシとして魔王にぶつかってみたいもんだ。おう、どうした。頭抱えて」


「なんでもない。もうちょっと、オーガ族について早く知っておくべきだったと思っているだけだから」


 魔王の脅威から人類を守る。

 このような正義感ダダ漏れの理由ではなく、ただつええ奴と戦いたいから。オーガ族の戦闘民族思考は筋金入りである。ただまあ、それぐらいの方が、厳しい北の地で生きるための原動力になるのかもしれないが。

 ライデンにも老婆にも詳しい知識は無さそうだと判断し、ヴィルマは魔王憑きの説明を始める。


「魔王憑きって言うのは、雑に言えば突然一匹の魔物が魔王みたいに覚醒すること。本当にある日突然、一匹の魔物に力や知恵が突如ついて、周りの魔物がみんな頭を垂れる支配者になる。いきなり王様みたいに、魔王みたいになるから魔王憑きって呼ばれているんだ。魔王の封じられた魂が、魔物に取り憑いたみたいだって」


「魔王憑きねえ……聞いたことのない話だが」


「あまり愉快な話じゃないからね、下手に事態が大きくなるのを避けるため、情報統制も敷かれるし。信頼できる腕前の冒険者や傭兵、国の重臣以上じゃないと知らないんじゃないかな。本来、ギルドでも秘奥で、国が対処すべき話だし」


「いやいや、じゃあなんでお前知ってるんだ」


「昔、いろいろあった。それだけ。理由を話してもいいけど、一晩かかるよ?」


 珍しくフフフと色気のある笑いを見せるヴィルマ。 


「そりゃめんどくせえな。じゃあいいや。力や知恵がつく、力は……まあ俺が負けることもないだろうしどうでもいいが、知恵ってのはどれくらいだ?」


 だが、ライデンはまったくその色気に乗らなかった。

 いくらなんでも傷つくと、ふうとつかれたため息をわかりやすく吐いたあと、ヴィルマはライデンの質問に答えた。


「人間の言葉もわかるようになるし、魔術も使えるようになる。後付の素質もセットでね」


 ドーゼン大陸における魔術は、選ばれた魔術師のみが使える特殊技能である。

 魔術の行使にあたり生まれつきの魔力の素質だけでなく、術式を理解するだけの優れた頭脳も求められる。


「ううむ。俺は魔術ってのはどうにもわからんからな。そこまでいくと、魔王憑きの魔物は俺より賢いかもしれん。魔王憑きってのに、予兆はないのか?」


「予兆もないし、なんでそうなるのかも詳しいことは広く伝わってないね。病気みたいに、急になるものだから。もともと仲の悪いオークとゴブリンが、組んでいるだけでなく作戦行動じみたものまで取っているとなると、たぶん魔王憑きが発生したんじゃないかな。それ以外、手を組む心当たりが無いよ」


「あのお」


 黙って聞いていた老婆は、恐る恐る手を上げて、ヴィルマにたずねる。


「その魔王憑きが起きると、具体的にどうなってしまうんでしょうか? いや、その魔物がどうなるかでなく、周りの土地は」


「それは」


 ヴィルマは答えようとして口ごもるが、意を決した後、辛そうに話し始める。


「以前、その土地で絶滅寸前だったコボルトの一匹に魔王憑きが起きたことがある。魔王憑きにかかった魔物は、魔王みたいに人間を憎み、滅ぼそうとする。その時は、対応が遅れたせいもあって、その土地の村も街も国も……」


「あ、ああああ……!」


 老婆は悲鳴を上げてへたり込む。

 ここで楽観的なことを言えるほど、ヴィルマは無責任ではなかった。

 かといって、辛い現実を突きつけてしまった痛みは残る。

 ヴィルマは悲しげな顔を振り払うと、ひとまず打った手と解決策に繋がるかもしれない情報を報告する。


「なんとか、リッチモ王国には通報しておいたけど、この状況下じゃね。本来は、国の協力が必要なおおごとなんだけど……かつて、魔王を倒した英雄の子孫の中には、この魔王憑きに備えている一族もいるらしいけど、いつここに来るかは不明。専門の一族である以上、嗅ぎつけてはいそうだけどね。意外と、近いうちに来るかも」


「英雄の子孫……そいつら、強いのか?」


「当然強いだろうけど、もし鉢合わせしても、トリクミ挑んだらダメだからね?」


 この村はほぼ外れとはとはいえ、リッチモ王国の領内にある。リッチモ王国に報告して、軍隊を出してもらうのがまっとうな解決手段だが、リッチモ王国は戦争の準備中である。もしかしたら、もう戦争が始まっているかもしれない。

 そんな状況で、魔王憑きに対応する余裕があるのだろうか。

 いつ来るかわからない、英雄の子孫に頼るのも難しいところがある。

 魔王憑きの解決には迅速な対応が求められるが、もし迅速でない場合、連れて行かれた人々がどうなってしまうのか。

 オークやゴブリンも、たださらったわけではないだろう。

 おそらく、魔王と化した魔物が、何かに使う気だ。

 暗い顔のヴィルマと、咽び泣く老婆。

 そんな老婆の肩に、ライデンがその大きな手を優しく置いた。


「心配するな。俺が、リキシの俺がなんとかしてみせる」


 それは無闇な鼓舞ではなく、自身に満ちた言葉であった。

 ライデンはヴィルマに質問する。


「魔王憑きは、一匹の魔物が魔王みたいになるだけなんだろ? つまり、その魔物をぶちのめせばいいわけだ」


「それはそうだけど、敵はこの辺りの魔物を配下にしてるし、だいいち、居る場所がわからないし。専門家が来るのを待って、そっちに任せればいいんじゃない?」


「おいおい、いつ来るかわからない連中のことなんざ、待ってられるかよ。そいつが魔王になるって言うんなら、王に相応しい場所にいるはずだ。チンケな場所に住んでるヤツや、こそこそ隠れているようなヤツには、誰もついていかねえからな! おい婆さん、この辺りに城やデカい砦は無いか?」


「あ、あります! 山の向こう側に、大昔、使われていた大きな城の跡が! なんでも、昔、とんでもない化け物が住んでいたとか……」


「よし! それだ!」


 老婆の報告を聞いたライデンは、勢いよく自分の胸を叩く。

 パーン! と甲高い音が、この場に漂う暗さを祓った。


「婆さん、安心しとけ! 明日にでも俺がその砦に乗り込んで、魔王憑きのヤロウにスモウの凄さをわからせてやる!」


 あまりにも力強いライデンの台詞と隆起する筋肉に気圧され、思わず老婆は拝む。


「ありがたや……ありがたや……!」


 今この瞬間、ライデンはリキシではなく、魔を滅ぼそうとする勇者であった。


               ◇


 老婆はひとしきり祈り、今晩の床の準備に向かうため席を外した。

 老婆が去った後、ヴィルマはライデンにたずねる。


「それで、本音は?」


「そりゃあまあ、人々を助け、弱き者の涙に応え……ってわけじゃないな。それが、皆無ってわけじゃあないが」


「よかった。そんな立派な人間だったら、今後の付き合いに悩むところだった。退治を言い出したのは、その魔王憑きの魔物とスモウを取ってみたいから?」


 オーガ族の中のオーガ族と言うべき、ウォーモンガーなライデン。

 その闘争心が、魔王のような力を手にした魔物を見逃せるはずがない。


「それもある。だが、俺のアイディアはそんなもんじゃないぜ」


 ライデンの発想はそれにとどまらなかった。

 今のライデンは単なる一戦士ではなくリキシである。その根っこはスモウだ。

 単に戦いを求めているなら、戦争が始まるリッチモ王国に残っていたはずだ。

 ライデンは温めておいたアイディアを、ヴィルマに披露する。


「さっき戦ったオークだが、あの重さにパワーに骨格、どう見てもスモウ向きだ。コイツを放っておく手は無いぜ」


 昼間、村にて戦ったオークは、いつの間にか姿を消していた。

 おそらく、ゴブリンがスキを突いて担いで逃げたか、気付薬でも嗅がせたか。

 とにかくライデンにとっては、貴重なスカウトの機会を逃したことになる。

 ヴィルマはわかりやすいため息をついてから、ライデンのアイディアの問題点を指摘する。 


「オークにスモウをさせるのは無理でしょ。だいいち、まともに意思疎通が出来ないんだし」


 共に殺し合うならともかく、競い合うことができるはずもない。

 ヴィルマの指摘は正論である。

 だが、ライデンはその正論に真っ向からぶつかろうとしていた。


「ここで出てくるのが魔王憑きだ。発症した魔物には知性もつくんだろ? ソイツをスモウに引きずり込めば、この辺りの魔物は全員スモウに目覚めるはずだ」


「たしかに魔王憑きなら意思疎通はできるかもしれないし、多くの魔物は魔王憑きの言うことを聞くだろうけど……」


「意思疎通が出来るなら、スモウの面白さもわかるはずだ。魔物は、単純な力勝負を好むからな。俺はよ、魔物と正々堂々スモウがとってみたくてな。乱闘みたいな形じゃなくて、アイツらをドヒョウに乗せてみたいんだ」


 あまりに唐突なライデンの夢をぶつけられ、思わずヴィルマは呆ける。

 魔物とスモウを取る。それはつまり、人間と魔物の間の壁をぶち壊すに等しい。

 人間から見れば魔王の残り香であり討伐対象である魔物。

 魔物から見れば餌や虐げる存在でしかない人間。

 争いが当たり前である存在とわかりあう。

 それはおそらく、スモウを普及する以上の難題である。

 英傑であり、四百年前魔王を倒した勇者ですら、この考えには至らなかった。


「魔物をスモウに目覚めさせてリキシにする! リキシを集めれば、スモウベヤが作れる! スモウベヤを作れば、オヤカタが言ってた、伝説のホンバショを開けるかもしれんな! ガハハ! さて、寝る前にションベンでもするか!」


 これは間違いなく、自分がどんなに難しいことに挑もうとしているのかわかっていない。上機嫌で部屋を出て行ったライデンを見て、ヴィルマは察する。

 だが、これくらいの方が、どうにかする可能性があるのかもしれない。

 ヴィルマは少し微笑むものの、別の問題を思い出し顔が曇る。


「スモウに向いた身体ね……」


 骨も身体も太く、肥満体であるオーク。

 骨も身体も細いエルフとは真逆の体格である。

 オークがスモウに向いているならば、つまりエルフはどうなるのか。

 自分にオークほどの肉があれば、タチアイも上手くいっただろうに。

 悩むヴィルマは、突如大きな声を上げる。


「あ!」


「どうした! ゴブリンでもいたか!」


 その声は、外に用足に出かけたライデンも戻ってくるほどの大きさであった。

 ヴィルマは戻ってきたライデンを見て驚くものの、気を取り直し声を上げた理由を説明する。


「あ、うん……テントや鍋を置いてきたままだったなって」


「ああ、そういやそうだったな」


 そもそもこの村には、本来折った木を持ってきただけであり、木を売り払ったら、またキャンプに戻ってケイコをする気でいた。早く帰る気でいた以上、テントも鍋も、そのままである。

 ヴィルマはダガーや金貨が入った袋の存在を確認する


「貴重品は持ってきてあるけど、オークやゴブリンに回収されるのもね……」


「だけどよ、テントもタダじゃねえし、特に大事なのは鍋だ。あの鍋がなきゃ、美味いチャンコが作れねえ」


 腕を組んで悩むライデン。鉄製の巨大な鍋は自分の考える貴重品に入っていなかったと、ヴィルマは鍋の価値をライデンにたずねる。


「あの鍋じゃないとダメなの?」


「できないってわけじゃないが、やはり愛用品でないとな。鍋ってのは、使えば使うほどいい味が染み込んでくって、オヤカタも言ってたしな。ったく、あとは火をつければいいってとこまで材料を仕込んでたのも忘れてたぜ。行きに寄って、回収するしかねえな……」


 ブツブツ言って、外に戻るライデン。

 まあ、ヴィルマの声を危機、途中で慌ててきたのだろう。

 ライデンが居なくなった途端、我慢していたかのように、ヴィルマの頬が一気に赤くなった。

 ヴィルマはコブシを握りしめた自分の右腕を曲げまじまじと見る。駆けつけてきたライデンのユカタの裾からチラチラ見えてたアレは、おそらくこれよりも……。


「……あんだけデカくて、なんでバランス取れるのかな」


 生物、性別、それ以上にデカい壁の存在を感じさせる太さと立派さであった。

 あんなのもはや、三本目の足だ。よくもまあ、マワシに収まっている

 だけどもしかしたら、逆にアレでバランスを取っているのかもしれない。

 すべてにおいて自分はスモウに向いてないのではと、ヴィルマは頬を染めつつ、さらにヘコんだ。


               ◇


 ライデンは村に木材を売りに行く前に、チャンコの仕込みを終えていた。

 鍋に具材と調味料を入れ、後は火で温めるだけだ。

 ライデンも馬鹿ではない。

 魔物の存在は知らなくても、獣避けはしっかりしておいた。

 問題は、予想に反しすぐに帰れなかったことと、獣以外には獣避けは効かないことであった。


「これは、なかなか、たまらない」


 火のかけられた鍋の前で、小柄な少女が唸っていた。

 主に学士の間で愛好されている眼鏡を曇らせながら、暖かな鍋に挑んでいる。


『やはり、温めた方がよかったようですね』


 そんな少女を見守るのは、岩の身体を持つゴーレムであった。

 顔には鼻も口もなく、大きな丸い宝石が埋め込まれているだけである。

 声は宝石から直接出ていた。

 ゴーレムとは、人の手で作られた巨大な超人である。

 少女はゴーレムに対し、言い訳がましく答える。


「ああ。いや、生のままでも美味かったぞ? でも、やはり今の方が美味いな」


『当然でしょう。暖める必要がなければ、鍋に入れる必要はありません。鍋に入れてあるのは、効率的だからでしょう』


「なるほど。効率的か。わたしの好きな言葉だ! まあ、非効率も嫌いじゃないんだがね。面倒な回り道にこそ答えがあるというのも、さほど珍しくはない事案だ!」


 少女と巨人は、対等に会話していた。

 本来、ゴーレムとは単純な会話しかできず、決められた動きしか出来ない存在。

 言ってしまえば、人の形をした大きな道具である。

 だが造り手の腕が良ければ、命令を聞き、支持を求めと、どんどん出来ることが増えていくのもゴーレムである。

 そして少女の世話を焼くこのゴーレムは、まるで人のように少女を敬い自ら会話している。これだけでもはや、このゴーレムは超がつく一級品だ。このドーゼン大陸に、数えるほどもいないくらいに。


『ところで、本当に食べてしまってよろしかったのでしょうか? テントの持ち主の方が作っておいたものでしょう?』


 しかも、このゴーレムは道徳心まで持ち合わせていた。

 少女は悪びれない様子で答える。


「こんな美味そうな鍋を放置して、帰ってこないのが悪い。それに、もしわたしたちが居なかったら、今ごろこの鍋は魔物のエサだぞ。これぐらいは、報酬だ」


 あたり一面に散らばる、オークとゴブリンの死体。

 どの個体も、首が折れたり、地面に突き刺さったり、全身の骨が砕けていたりと、悲惨な有様である。


『魔物に鍋を食べられても、主に鍋を食べられても、この鍋を放置していった人間からしてみれば、結果は同じではないでしょうか』


「いや、違うぞ。わたしはこの後、せっかくだからテントを借りる気でいるが、魔物のようにあるものすべてを奪うつもりはない。それに、魔物なら本能のままに鍋を生のままいただいていただろうが、わたしは知性の象徴たる火を使い、美味しくいただいた!」


『主のそういうところは、素晴らしいと思います』


「ああところで、まったく奪う気はないが、一応荷物をチェックさせてもらった時、面白いものを見つけたぞ」


 少女は鍋から離れると、ライデンのテントから、一枚のユカタを持ってきた。

 ライデンが着ているユカタのスペアである。


『この服は』


 ゴーレムは受け取ったユカタを、宝石の瞳でまじまじと観察する。

 実に大きな服である。ゴーレムも、そのまま羽織れるくらいに。

 このような大きな体躯を持つ人間は、ゴーレムの中に記録されていなかった。

 だが、肝心なのはそこではない。


「ああ。我々の着ている服と似ている。もしかしたら、このテントの持ち主も、我々と同じ道を求める者かもな」


 少女もゴーレムも、変わった揃いの衣装を着ていた。

 羽織った上で帯で巻きつけるユカタと通ずる所がある白い衣装を着ている。

 大きく違うのは、帯がそれぞれ白黒なのと、下履きがあることか。

 ドーゼン大陸において、ユカタと同じ珍奇にカテゴライズされる衣装である。

 ゴーレムはユカタを律儀に畳み、しっかり地面においてから少女と話す。


『すると、もしかして我々と同じ計画を?』


「ああ。魔王憑きを倒し、奴らを一気に配下として道を示す。この壮大な発想に常人が至るとは思えないが、わたしのように道を志す者であれば、ひょっとしたら思いつくかもしれん」


 ゴーレムの主である少女もまた、ライデンと似たような計画というか、夢想を持っていた。ライデンもこの少女も、自分たちが魔王憑きに倒される可能性を全然考えていないのが、なんというか大物である。


『テントは二つあります。あちらのテントにもユカタが?』


 ゴーレムは、ヴィルマのテントを指差す。


「さあな。だが、足を踏み入れただけで、不愉快になるテントだ。よって調べるつもりはない。わたしはこちらの汗臭いテントで寝るぞ!」


 そう言って少女は、ライデンのテントに入っていこうとする。


『あちらのテントの方が、女性に適していると思いますが。確かに、吊るしてあった下着は、主とは違い成熟した女性のものですが、呪いがかかっていたり、自律して襲ってくるわけでもなく、特に危険なことは』


 率直な意見をつらつらと述べるゴーレムに、少女は力強く告げる。


「いいか。わたしの、気分を、害するんだ」


『主の身体が、わたくしのように改造できる身体であったのならば……』


 ドーン! と、山を揺るがす大きな音が周囲を揺らす。


「これ以上は、会話機能の削除の話に入ってくるからな。まったく」


 ぶつぶつ言いながら、少女はテントに入り、入り口を閉じる。

 残ったのは、地面に頭が突き刺さった状態で、土下座のようなポーズをしているゴーレムだけだった。


『人とは理不尽なのか、それとも主が理不尽なのか』


 土の下から、ゴーレムの自問自答が聞こえてきた。

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