9話 規格外対規格外

 ゴーレムほど、造り手が確かめられるアイテムはない。

 未熟者が作れば、大きさも能力も小動物に劣る。

 発想が貧しい者が作れば、考える力を持たない人形となる。

 だから、こうして考え、力を振るうことは、主の素晴らしさを世に知らしめることになる。カラテを知る錬金術師アギーハに作られ従う巨体のゴーレム、マスタツはそう考えていた。


 主の命令通り、マスタツは真正面より魔王憑きが潜む砦跡に乗り込んでいた。

 アギーハは多くの人が砦跡に囚われていると知り、マスタツを囮にし、自身が単身砦に潜入して人々を救うことを提案した。双方危険ではあるものの、主にもマスタツにも、危険を乗り越える手段が身に染み付いている以上、なにも問題ない。

 マスタツめがけ、坂の上から大岩が転がってくる。

 元々、砦だっただけあり、一部の防衛設備は生きていた。

 マスタツは構えを取ると、転がってくる岩めがけ拳を突き立てる。

 拳が刺さった岩は、細かなヒビを全体に伝えた後、あっという間に粉微塵となった。これぞ、カラテのセイケンヅキだ。

 黒帯を巻く錬金術師アギーハ、茶帯を巻くゴーレムのマスタツ。

 揃いのカラテギを着た二人が求める道は、カラテドウであった。

 かつてアギーハが手にした、異界の書物。その名は、カラテニュウモン。

 アギーハはその書よりカラテを学び、カラテを使えるゴーレムを作り上げた。

 マスタツの名も、カラテニュウモンに大きく書かれた、カラテのマスターを由来とする名である。


 狭い道に注意しつつ、ゆっくり歩を進めるマスタツの前が、突如大きく開ける。

 マスタツがたどり着いたのは広場であった。

 目の前にあるのは、砦跡の中でも大きく豪華な建物。建物からは、血と魔の匂いが漂っている。おそらくあそこに、魔王憑きはいる。

 マスタツめがけ、小さなツボが飛んでくる。マスタツは素早い突きで迎撃するが、いくつかのツボに被弾してしまう。砕けたツボから出た液体が、マスタツの白いカラテギを汚す。ツボに入っていたのは、油であった。


「ルルルルルル」


 虫の鳴き声を獣が真似したような不思議な鳴き声と共に、あちこちから幾重にも巻かれた触手で自立した巨大な目玉が出現する。

 これは、マジックアイと呼ばれる魔物だ。

 頭はさほど良くないものの、簡単な攻撃系の魔術を使うことが出来るため、魔物側の砲台として重宝されている。

 マジックアイの背後には、ゴブリンやオークが控えていた。


「ウガアアアア!」


 オークの指示で、マスタツを包囲するマジックアイから炎が放たれる。魔術による炎とて、油に触れれば引火する。マスタツが火達磨になるまで、数秒だ。

 だが、マスタツは、慌てることなく両手を広げ、輪を描くように何度も大きく回す。火はマスタツの手の動きに飲まれ、そのまま霧散していく。

 コブシやケリを払う、カラテの受け技の基本であるマワシウケ。ゴーレムの持つ力と硬さを用いれば、矢でも剣でも、魔法でも無効化してしまう。

 技術が、魔術をこえた瞬間であった。

 無傷のマスタツを見て、魔物たちは思わず怯む。

 だが、彼らは既に、マスタツに思いもよらぬダメージを与えていた。


『道着の汚れは』


 マスタツは何事かを唱え、大股で走り出す。


『誇りの汚れ!』


 マスタツは勢いのまま、膝に力を溜めた前蹴りを繰り出す。

 牽制ではすまぬ、相手を倒すための前蹴り。そんな一撃が直撃したマジックアイは、背後のゴブリンやオークを巻き込み、そのまま爆発した。

 マスタツにとって、このカラテギはカラテカとしての誇りであり、主から授かった大切な服であった。油ごときを避けきれず、汚してしまった無念さが、マスタツの心に火を点けていた。

 一撃必殺のセイケンヅキはオークの胸を穿ち。

 薙ぎ払うマワシゲリはゴブリンを纏めて吹き飛ばす。

 叩く裏拳は逃げ込んだ魔物ごと石壁を砕いた。

 カラテワザをマスタツが繰り出すたびに、魔物たちは減っていく。

 マスタツが一度落ち着いたその時、彼を包囲していた魔物たちは姿を消していた。

 マスタツは魔王憑きがいるであろう建物の門をマエゲリで破壊する。


 ずんずんと、重い足取りでマスタツは内部に侵入する。

 大柄のマスタツの頭にぶつかり、ゴリゴリと天井の方が削れていた。

 砦の最奥、元は司令室であった広間の扉、その前に立ったマスタツは思案する。

 主は魔王憑きを下し、魔物にカラテの道を歩ませようとしていたが、そのようなことが果たして上手くいくのだろうか。

 まずは、魔王憑きの資質を見極めねばなるまい。

 可能性があるならば、適した対応を取る。

 そうでなければ、主の目と信念を汚す前に排除しなければならない。

 マスタツは、判断力を持つ優れたゴーレムであった。

 広間に入ったマスタツは、目の前の光景を視認する。

 あちこちで怯えている、全裸同然の少女たち。

 痛ぶり、嬲り、無残な殺し方が想像できる死体の数々。

 そんな怯えと死体に囲まれ一人立つ、異形の大男。

 間違いない、この男が、魔王憑きだ。

 そしてコレは、主の心を揺らがす前に、排除しなければならない存在だ。


『オスッ!』


 気合を入れ、マスタツは広間に殴り込む。マスタツの動きに、呼応する大男。

 マスタツの肘と、突進してきた大男の額がぶつかる。

 ゴーレムの重みのある肘を、大男は真正面から額で受け止めてみせた。

 大男の額からじわりと血が滲み、マスタツの肘の一部が欠けた。


「ハッキヨイ!」


 額から血を流した角なき鬼は謎の言葉を叫ぶと、マスタツの顔面を張り飛ばした。


               ◇


 時間は一度、マスタツがまだ防衛網を突破していなかった頃に遡る。

 この砦跡を本拠地としていた魔王憑きにとって、不幸なことがまず三つあった。


 一つは、彼がエルダーゴブリンであったこと。

 奸智に長けた老いたゴブリンこと、エルダーゴブリン。魔術や謀略を知る反面、体力は若いゴブリンに比べて落ちており、それは魔王憑きになっても変わらなかった。


 二つは、砦跡について調べが足りなかったこと。

 この砦跡をアジトにするにあたり、部下のゴブリンやオークに周囲を調べさせてはいたが、彼らは決して賢くない。おかげで彼は、自分が得意げに座る豪華な椅子の背後に、崖下に繋がる隠し通路があることに気づいていなかった。


 三つは、この辺りの村々から捕らえてきた人々の中から、反抗的な者や見目麗しい少女たちを集め、いいように嬲って遊んでいたこと。魔王憑きにより増幅されたゴブリンならではの残虐性によるものだが、それでも注意力の欠如は避けられない。

 そしてこれら三つの不幸をも凌駕する一番の不幸は、自身が椅子に座っているタイミングと、隠し通路を通ってきたリキシが飛び出すタイミングが、完全にかぶってしまったことだ。


「よいしょぉ!」


 リキシに後退の文字はなく、進むことにためらいはない。

 隠し通路をふさいでいた壁を目の前の椅子ごと吹き飛ばし、魔王憑きのいる広間に飛び込んできたライデン。狭い隠し通路を通ってきた鬱憤も勢いにたされている。

 悲痛、苦しみ、あきらめ、この場で魔王憑きになぶられていた人々の感情がすべて唖然に塗り替わった。なんなんだろう、この珍妙なオーガ族は。


「ここは何処だ。砦の中っぽいが……」


 きょろきょろと辺りを見回したライデンは、裸同然の少女たちや、あちこちに散らばる死骸、ここが偉そうな部屋であることを確認し、ふんすと息を吐いた。


「どうも、魔王憑きの奴は、頭が良くても分かり合えんみたいだな」


 自分が言えたことではないが、残虐一辺倒のままでは、スモウベヤの設立など夢のまた夢である。とりあえず、ぶちのめしてやるか。

 だが、魔王憑きとやらはいったいどこにいるのか。ヴィルマの言いようからして、おそらく強者。この部屋に、それらしき気配は感じられない。

 ちょうどその時、扉をぶち破って部屋へと入ってきたのは、マスタツだった。


『オスッ!』


 奇妙な服を着た単眼のゴーレムは、部屋の様子を確認した後、そのままライデン目掛け突っ込んでくる。条件反射で、ライデンもマスタツ目掛け突進した。


 ぶつかり合う、マスタツの肘とライデンの額。

 ライデンを襲う、脳の揺らぎ、そして久方ぶりの額からの血。

 リキシとしてブツカリゲイコで鍛え上げたライデンの額を傷つけるのは、あのボルグですら出来なかったことだ。

 ライデンの中に、喜びと理解が生まれる。

 なるほど、このゴーレムが魔王憑きか

 これだけ実直な一撃を打ち込めるなら、やはり魔王憑きは無理やりスモウに引きずり込む価値がある。

 マスタツがライデンを魔王憑きと勘違いしたように、ライデンもマスタツを魔王憑きと勘違いしていた。両者ともに、出会うタイミングが悪すぎた。


「ハッキヨイ!」


 ライデンはハッキヨイと叫びつつ、マスタツの顔面を思いっきり張る。

 マスタツはよろめいたものの倒れることはなく、そのままシュトウをライデンの肩口に叩きつける。シュトウはライデンの肩に激しく突き刺さったが、ライデンもまた倒れなかった。

 二人の間で、床がめり込むほどの重量感ある打撃の交錯が繰り広げられる。


 そんな中、本物の魔王憑きはどこにいたかというと――

 ライデンがこの部屋に登場したその時、魔王憑きは椅子に座っていた。

 そして魔王憑きはそのまま椅子ごと壁に弾き飛ばされ、すでにお亡くなりになっていた。自慢の魔術も奸智も見せる間もなく、ぐちゃあと散った。

 一言で言うなら、相手が悪かったのだろう。

 

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