29話 これからのスモウドウ

 かつて、シュンシュウの城であった場所。

 もはや、この城に城郭はなく、城壁も欠けている。

 きちんとあるのは、大小様々なドヒョウのみだ。


「よっしゃこい!」


 ドヒョウに立つのは、マワシ一枚のライデン。

 胸を出した彼に、同じくマワシを巻いたスライム・レギオンがぶつかっていく。

 スライム・レギオンの体格は、往時の巨体に戻っていたが、ライデンはそんなスライム・レギオンの突進をあっさり受け止めた。


「お前、強くなったな! いや、しぶとくなった!」


 ただ力任せで挑むのではなく、マワシに食らいつき、がぶり寄ろうとする姿勢がいい。相手の攻めを和らげやすい粘着質の身体である以上、スライム・レギオンは相手にしっかり組み付いてじっくり攻めるネバリゴシが向いている。

 ライデンはスライムレギオンの成長を認めると、マワシを掴むスライム・レギオンを簡単に切ってドヒョウに転がした。


「ワァァァァァ……」


 そのままドヒョウから転げ落ちるスライム・レギオン。

 その巨体を、先に転がされていたオークたちが止める。


「次!」


「ガオオオオオ!」


「いいぞいいぞ、気合い充分だ!」


 スライム・レギオンの代わりに入ったエビルベアは、真正面からライデンの胸板にぶち当たった結果、そのまま跳ね返されて気絶した。気絶したエビルベアを、リビングスタチューがひょいと掴んでドヒョウの外に出す。アギーハMに木っ端微塵にされた身体は、アギーハの手で修復されていた。錬金術師の得意分野である。

 ドヒョウに乗るリビングスタチュー。だが、ライデンすら見上げるサイズのリビングスタチューに、ドヒョウは小さすぎた。シキリセンに爪先を合わせているのに、踵がドヒョウギワまで届いている。


「あー……ドヒョウ移動するか!」

 

 こいつは無理だと、ライデンは巨大サイズのドヒョウに移動する。

 たしかにこちらなら、リビングスタチューのサイズに適してはいるものの、さすがのライデンの巨体でも、少しスペースを持て余していた。これだと、小さいライデンは小さく、大きなリビングスタチューは大きく見えてしまう。


「どりゃぁぁぁ!」


 リビングスタチューが振り下ろしてきた腕を捕まえたライデンは、背を向け無理やり肩に担いで、前に投げ飛ばす。スモウ技の一つ、イッポンゼオイである。

 浮かされたリビングスタチューは、そのままドヒョウ外に落下する。

 たむろしていたグールが押しつぶされ、周りの魔物たちが動かぬリビングスタチューを持ち上げようとしている。


「うーむ……」

 

 複数ある大小様々なドヒョウを見回し、ライデンは何かに悩んでいた。


 ライデンによる、胸を貸してのブツカリゲイコ。ローテーションでぶつかっていくスライム・レギオンたちも大変だが、一人でずっとそれを受け止めるライデンは更に大変である。

 だが、これはライデンの悩みの種ではない。こうして面倒を見ることこそ、格上のリキシの務めである以上、悩みが生じるはずもない。オヤカタにスモウを習っていた時は、ライデンが何度もぶつかり、オヤカタが受け止めていた。


 ライデンは、自分を慕う魔物たちにスモウを教えることを選んだ。魔物たち全員とはいかなかったが、大半の魔物がライデンの元に残った以上、そうするのは当たり前のことである。魔物を救おうとする善でもなく、魔物に加担する悪でもなく、ただスモウを求められたから教えるという、単純な話だ。ライデンの、打算の無さは、快と言えるだろう。


 魔物たちがへたばっても、まったくもって元気なライデン。過去、どんな英雄や英傑も成し得なかった人と魔物の融和。だがヴィルマや女戦士が注目する芽生えに、当人はまったく気づいていない。なので、これも悩みではない。


 そそそと、静かにドヒョウの近くにやってきたワイト・プーリストが、悩むライデンに声をかける。


「ライデン様、食材の準備ができました。そろそろ、チャンコの支度をしてはいかがでしょう?」


「そうだな。腹の減り具合も、ちょうどいいか」


「ええ、頃合いかと思います」


 まるで従者のような素振りを見せるワイト・プーリスト。スモウやカラテを学ぶ魔物たちとは違い、ワイト・プーリストは下働きすることを選んだ。食材の確保に魔物たちの通訳と、集団を回すための仕事を粛々とおこなっている。


 おそらく何らかの思惑があっての処世術なのだろうが、ライデンはその便利さを受け入れていた。もしなにか妙なことを企んでいたらプチっと潰すとの、パワーファイトな思考があっての許容だが、ワイト・プーリストは気づいていなかった


 ドヒョウを降りようとしたライデンは、突如大声援を耳にする。

 声援を浴びているのは、ドヒョウに立つ狐魔道士であった。

 ドヒョウの周りに転がっている、力自慢の魔物たち。対する狐魔道士は、その力の無さから、スモウの適正なしとして、城から弾かれていた魔物である


「ブオォォォォォォ!」


 一匹のワイルドブルが狐魔道士の待つドヒョウに上がる。

 家畜の牛とは一線を画する、ワイルドブル。獲物を刺し殺すための角は赤黒くテカっており、身体も並の牛より二回りは大きい。そのぶちかましを真正面から受けて立てる魔物は、そういないだろう。


「まあ、ボルグにゃ劣るが……」


 ぽつりと呟くライデン。

 牛型獣人にして、かつての好敵手であったボルグと比べると、いくらワイルドブルでもさすがに劣る。先日ぶちのめしたボルグも、この魔物たちのようにスモウに目覚めてくれていればいいのだが。


「ブフォォォォ!」


「コーン!」


 ハッケヨイの代わりだろう。互いに鳴く、二体の魔物。

 いや、いつの間にかドヒョウには、六体の魔物がいた。


「ブモー!?」


 困惑するワイルドブル。自分を取り囲んでいるのは、六体の狐魔道士であった。

 それぞれ、一本ずつの尻尾を持つ狐魔道士たち。狐魔道士の尻尾は、五本だったはずだ。つまり、狐魔道士は一人に付き一本、四体の幻覚と一体の本体でワイルドブルを幻惑しているのだ。


「コココココ……」


「ブルルルルルッ!」


 嗤うような鳴き声を上げる狐魔道士に激昂し、そのうち一体に狙いを定めて突っ込むワイルドブル。だが、五分の一の賭けは分が悪すぎた。かき消える、狐魔道士の身体。そしてワイルドブルは、ドヒョウ下に落ちていってしまった。


 トリクミの一部始終を見ていたライデンは、ワイト・プーリストにたずねる。


「ありゃあ、幻術か」


「はい。狐魔道士は、幻術や幻覚、催眠を得意としております」


「なるほどなあ。確かにドヒョウから相手を落とすには、いい手だが……」


「ですが、我々、非力な魔物がスモウを取ろうとしたら、このような手しかありませぬ。シュンシュウ様には排他された我々ですが、今となっては、スモウに触れてみたいのです」


 四本脚のワイルドブルに、幻術をドヒョウに持ち込んだ狐魔道士。

 直立歩行ができず地面に手をつかざるを得ない獣と、無手でありながらスモウに力と技以外の要素を持ち込んだ魔道士。果たしてコレは、スモウとして許容していいのだろうか。そんな悩みが、普段は明朗快活なライデンの語尾を濁らせていた。


「だが、体感してみたくないと言えば、嘘になる」


 それはそれとして、幻術とはいったいどのようなものなのか。

 ライデンのオーガ族としての闘志は静かに燃えていた。それに、実際に当たってみれば、何らかの答えが見えてくるかもしれない。


 狐魔道士のいるドヒョウへ向かおうとするライデン。

 魔物たちがそれに気づきざわめいた時、ライデンを出し抜くような形で、狐魔道士への新たな挑戦者がドヒョウに登場した。


「さっ、やろうか」


 ユカタを脱ぎ捨て、ビキニアーマーの姿でやる気満々なヴィルマ。

 機先を制された形となったライデンの足が止まった。


「ココココーン! ダークエルフごときが、ワタシに勝てるとでも?」


「お前、喋れたのかよ!」


 さらに唐突に話し始めた狐魔道士にツッコんだことで、ライデンは完全に蚊帳の外となってしまった。まあこれは仕方ないと、ライデンは腕を組んで、新たなトリクミを見守ろうとする。


「ハッキヨイ!」


「コーン!」


 ヴィルマが叫び、狐魔道士が鳴く。

 再びドヒョウ上に出現する、五体の狐魔道士。

 だがヴィルマは困惑すること無く、背後にいる狐魔道士にケタグリを叩き込む。


「ココココ!?」


 それは、本物の狐魔道士であった。

 ヴィルマは崩れた狐魔道士の身体を義手で引き寄せ、生身の右腕でアゴにツッパリという名のショウテイヅキを打ち込む。義手に力は無いが、崩れた相手を引き寄せる程度はできる。さらにそこに、コンパクトなカラテのショウテイヅキ。自身の体を把握し、カラテを学んだヴィルマならではの、自己流の連携である。

 狐魔道士は意識を失い、ドヒョウに倒れ込む。あまりのヴィルマの技の鋭さに、魔物ですら息を呑んだ。


「フフフ……ワハハハハ!」


 静まり返っていたドヒョウに響く笑い声。

 ライデンが、心底楽しそうに笑っていた。その笑いに、先程までの悩みはない。


「おい、ヴィルマ! 今度は俺とやるぞ!」


 ライデンはずかずかとドヒョウに入り、倒れたままの狐魔道士を魔物たちに渡す。

 ドヒョウ上で対峙するライデンとヴィルマ。魔王憑きの騒動に巻き込まれたせいもあり、こうして二人で向き合うのも久々だ。

 まず、ライデンが口を開く。


「一つ聞きたいんだが。お前、あの幻術、どうやって見抜いたんだ?」


「エルフの勘かな。わたしは魔法がほとんど使えないけど、エルフはもともと魔術関連への鼻が利くからね。それに、だいたいああいうことをする相手って、本体をこっちの死角に持ってこない?」


 幻覚を見抜いたのは、ヴィルマのダークエルフならではの勘と、今までの戦歴。


「それに、もし間違えても、五体ぐらいならどうにかなったし」


 ヴィルマは高速のショウテイヅキと、ライデンに学んだ時より更に速度を増したケタグリを披露する。ヴィルマのそんな動きを見たライデンは、カラテにて自分に立ち向かってきたマスタツを思い出していた。


 勘と戦歴に加え、カラテを学んだことによる技術の向上と、付随する自信による冷静さ。これが、ヴィルマが狐魔道士の幻覚をあっさり見抜けた理由であった。


 ライデンは自身のアゴを撫でつつ、ヴィルマに命じる。 


「俺の膝とアゴの辺りを見てみろ」


 ライデンのアゴや膝の辺りをよく見ると、黒ずんだ痕が残っていた。

 小さな痕ではあるものの、痛みを感じる傷跡である。

 どれもこれも、ヴィルマのハリテとケタグリでついた傷だ。


「俺に傷をまともにつけるやつなんざ、戦場にもいなかった。それだけのもんをドヒョウに持ち込めば、体格や腕力の不利なんて、どうとでもできるわな」


「でもそれは、あんたの身体がシュンシュウに乗っ取られてたから……」


「いや。もし、俺が俺のままぶつかってても、面食らって下手すりゃ負けてたかもしれん。あのゴーレムたちに、カラテの技を学んだんだろ? ありゃ、人を殴ることにかけてはとんでもねえ技術だな」


 ライデンはカラテ寄りになってきた、ヴィルマのスタイルを認めた。

 そしてこの許容こそが、ライデンが悩んでいたことへの、答えであった。

 晴れやかになった顔で、ライデンは語る。


「実はな、俺は悩んでたんだ。オヤカタから教わったスモウは最高だ、それに疑いはねえが、オヤカタの技は、あくまで人間同士のスモウだ。手が二本で足も二本、デカいリキシがぶつかりあう。だがな、この大陸じゃ、それだと足りないんだ。それを気づかせてくれたのは、ヴィルマ、お前だ」


 ヒューマンのオヤカタも、オーガ族のライデンも、筋骨隆々の身体を持つ、二足歩行の人間である。オヤカタのスモウは、そんな人間にとって最高に適したブドウであった。このことに、まったく疑いはない。たとえば魔物と言っても二足歩行で人間に近いオークやゴブリンなら、ほぼそのまま学べるだろう。


 だが、ライデンはスモウを学んだ上で外に出て、オヤカタのスモウでは足りない部分があることに気がついてしまった。

 このドヒョウを取り囲む魔物たち、スライム・レギオンのような軟体もいれば、マワシどころか服も知らないエビルベアもいるし、四足歩行の巨体のドラゴンもいる。

 マワシを巻いて、ドヒョウで二人のリキシが、しっかと二本の足で立ち対峙する。

 オヤカタから教わったスモウには、二足歩行が出来ない種族や、生身でも使える魔法や魔術の概念が入っていなかった。このドーゼン大陸では、足りないのだ。


 これは、カラテを魔物たちに広めようとしたアギーハも抱えている難題である。彼女もまた、魔物たちも人間と同じ二足歩行であると思いこんでしまっていた。シュンシュウの元に集まった魔物たちを見て、自分の思い違いに気づいたのだ。だからこそ、彼女はあっさりとこの場より退いた。


 だが、その難題は、ヴィルマのトリクミにより払拭された。

 彼女は自らに合っていないはずのスモウに、ライデンの知らない技術や感覚で適応してみせた。もともとシュンシュウとは違い、ライデンに受け入れないとの選択肢はない。それでもやはり、きっかけはいる。


「お前と初めて組んだ時、一旦止めただろ?」


「ケタグリを習う前だね。覚えてるよ」


「あん時、実は俺、すっげえ悩んでたんだよ。俺と同じ鍛え方じゃ大成しねえよなあ。それに、こんな綺麗なヤツの額をボッコボコにしちまっていいのかなあって」


「……う、うん。そうだったんだ、へえ」


「あ!? ちげえよ! 口説いてる訳じゃねえよ! とにかくよ、これでいいのかって悩んだだけでな! とにかくだ! 俺はカラテを学ぶ気はないし、オヤカタから学んだスモウドウ以外を歩ける器用さもない。だが、俺とは違う道を作れる人間も、この世界のスモウには必要だ。カラテでもなんでも学べ! 俺が許す! お前らも、魔法を使おうが火を吹こうが自由だ! お前たちが何をしようとも、俺が受け止めてやる! 全部さらけ出した上で、この世界のスモウを考えていくぞ!」


 ライデンの叫びが、辺りを震わす。震えたのは、魔物たちの心である。

 ライデンの逞しさと頼もしさは、改めてここに残った魔物たちの心を捉えてみせた。上位魔族が見れば、危機感を抱くしかない光景である。


 そして、心を震わせていたのはヴィルマも同じであった。知らぬうちにカラテを学んでいて正直怒られるかと思っていたら、ライデンは全肯定してくれた。それどころか、この大陸におけるスモウのあり方、その先駆けだと認めてくれた。

 もしかしたら、スモウはこのドーゼン大陸に長年潜んできた病根の如き存在を排除してくれるかもしれない。ヴィルマはライデンにそう期待していたが、これは間違いであった。自分は共に、ライデンとスモウドウを歩んでいくのだ。

 

 ライデンの信頼に答えるには、自分自身の今における最高を出すしかない。

 ヴィルマは、シュンシュウと戦った時のカラテ式の構えを取る。これはスモウへの遠慮を無くした、カラテ寄りの型。打撃で勝負する型だ。

 ヴィルマは最後の確認を取る。


「本当にいいの?」


「おう。なんでも使え。相手を這わせるか、ドヒョウの外から追い出す。まずはこれぐらいのシンプルな取り決めでいこう」


「あとさ、今、良いこと言った風だけど、実はわたしへのリベンジ狙ってない?」


「ちょっとな。余計なやつが俺の身体を乗っ取ってたとはいえ、傷つけられて負けかけたのは事実だ。でも、リベンジというより、お前がカラテから持ってきたものをちゃんと見てみたいんだよ。俺はカラテはやらんが、何かの参考になるかもしれねえ。ストレートに言うなら、お前を知りたい」


「あーうん、ぐっと来た。今の言葉、色男っぽかった」


「リキシが色男になっちまったら、そりゃ最強だな」


 ライデンは軽くシコを踏むと、ソンキョの姿勢を経由し、シキリの構えを取る。

 スモウそのもののライデンの構えと、自己流のヴィルマの構え。

 両極端ではあるものの、両方ともこの大陸においては、スモウの構えである。


「「ハッキヨイ……」」


 相手が出て、自分も出る。両者の暗黙の了解が合図となる、スモウのタチアイ。

 ライデンが立ち、ヴィルマは両手足に力を入れる。

 異なる身体と技術を持つ、リキシの交錯。これがドーゼン大陸における、新たなスモウの芽生えにして、大陸の歴史に記される出来事へと繋がる。どんな大預言者にも予言できない未来が始まろうとしていた――

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かくして道は開かれる~異世界本場所生誕秘話~ 藤井 三打 @Fujii-sanda

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