最終話 手紙
僕の手紙。
『ジェレミー先生、
その通り、僕はあなたの知っているサエキ・コーイチです。先生、よく見つけてくれましたね。ありがとう。
僕は今、フランスでメイクの仕事をしています。仕事はあったりなかったり。内容も色々です。モデルや俳優の顔を塗ることもあれば、花嫁の顔をきれいにしたり、イベント会場で男の子をスパイダーマンにしてみたり。不安定な職業だし収入もちょっと厳しいけど、でも僕は自分の好きなものに囲まれて働いています。だから僕は幸せです。
先生、
前に先生に言われたこと、今でも覚えていますよ。
日本語を、自分のものにすること。
あれから日本語もずいぶん勉強してきたんです。もうマンガは卒業してしまったけど、日本語は一生勉強するつもり。先生に言われたように、僕も母国の言葉を制覇したい。いつか、祖国を祖国だと思えるようになりたい。
先生に手紙をもらって、あの頃のこと、色々思い出してしまいました。
モグラの穴は、まだ僕の頭に二箇所、残っています。きっともう髪が生えることはないでしょう。僕はまだこれをさらけ出す勇気がありません。これも僕の人生の一部だと、そう思える時が来ると願っています。いつかは分かりませんが。
──ジェレミー、
まだそう呼んでもいいですよね。
あの頃、たったひとりで苦しんでいた僕を助けてくれたのは、あなたでした。真っ暗な闇の中で何も見えなくなっていた僕に光を与えてくれたのは、あなたでした。あんな風に告白をして困らせたこと、ごめんなさい。でも、ジェレミーを好きになったこと、僕は後悔していません。あなたは最後まで優しかった。あなたは僕を最後まで友達として扱ってくれた。あなたが初恋の人で、本当によかったと思っているんです──』
そこまで書いて、僕はふと本棚を見上げた。
立ち上がって一番上に置いてある人形を手に取る。日に灼けてだいぶ色褪せたその人形は、黒づくめの衣装で黒いマスクをつけて、黒いマントをひるがえしている。
僕はふっと息をかけて埃をはらい、ゾロのフィギュアをテーブルの上に置いた。少し眺めてから、またペンを手に取り、こう書いて手紙を締めくくった。
『あのね、ひとつお知らせがあるんです。
僕は今、ここで出会ったフランス人男性と一緒に暮らしています。僕より少し年上で、僕のことを心から愛してくれて、僕も心から大切だと思える人です。
──僕たちは、来週、結婚します。』
了
モグラの穴 柊圭介 @labelleforet
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