第2話 9月11日

9月11日



 次の日、会社に寄らずそのまま愛知県の小牧市に向かった。


 東京から名古屋まで向かう新幹線の中、テーブルを出してパナソニックの業務用ノートpcを開いて電子版の新聞の記事を見ていた。


 小牧の事件は八王子の事件とは違い、この時期にある川での遭難事故で中学生の子供達3人が川で遊んで居て一人が溺死した。


 1件目の火事2軒目が水難事故を調べて、3件目の事件の資料を探して読み3軒目は鹿児島県川内市の交番に自動車が突っ込んだ交通事故だった。


 どの記事も小さな記事だったので、詳細は分からなかった。

 

 一通りの情報を取り込み終わるとパソコンを閉じて車窓を見ると外には大雨が降っていて、ガラスに水が吸い付くように前方から後方に流れていき、景色は全く見ることが出来なかった。


 10時59分に新幹線が名古屋に付きホームに降りると8月に戻ったような熱気と湿気だった。スマホの天気予報を見ると最高気温が31度と書いてあったが湿度のせいでそれよりずっと暑く感じた。


 タクシーに乗り名古屋本社に向買うと繁華街から少し離れたオフィス街にビルがあった。


 エントランスのカウンターで確認をするとエレベーターに乗り社会部のある階に向かう様に言われ言われた通りにするとエレベーターを出てすぐのところに眼鏡を掛けた男性の担当者が立っていて彼にオフィスの端にあるソファーに促される。

 

 担当者の男性は年は30台後半だろうか、痩せていて背が190センチはあろうかという長身だった。


 目の前にすわた男は東北訛りで「はじめまして、若竹と言います。」といった。


「はじめまして、緒方です。」


「小牧で起きた事故についてですよね?」


「はい、随分前の話だし小さい記事だった覚えてることだけでいいんですけど。」


「そうですねー、緒方さんはもう現場に行きましたか?」


「いや、これから行こうと思ってました。」


「じゃあひとまず一緒に現場へ向かいましょう。話は車の中ででも。」と言って若竹さんは立ち上がった。


 地下の駐車場にあった車はスバルの青いwrxで、後部にはいかにも純正でははなさそうな黒いカーボンのウィングがついていて、若竹さんは自慢するようにリモコンキーで開錠し「どうぞ乗って下さい。」と言った。


 wrxに乗って名古屋の繁華街を走りながら「緒方さんは名古屋は初めてですか?」と尋ねてきた。



「生まれが香川なんで新幹線で通ることはあっても降りたことはないんですよ。」


「そうですか。そういえばどうし、こんな前の小牧の事件を調べてるんです?あの記事私が書いたんですけどなんかまずいことでも有りました。」


「いやそういうのじゃないんですよ。ただ、皆んなにはあまり言わないで欲しいんですけど、匿名の垂れ込みがあって、一応調査しないわけにもいかないのでちょっとね。」


「そうですか、そりゃご苦労様です。」


「それでなんですけど、だいぶん前のことなんで覚えてないかもしれませんけど何か思い出すことって有ります?」と聞くとちょうど車が料金所を通り一気に加速するところで座っているレカロシートにぐっと体を押し付けられる感覚がした。


「実は、あの事件の事はよく覚えとるんですよ。」


「はぁ?」


「あの事件は不思議な事件でね、幼なじみの仲がいい男の子二人と女の子の3人組がテスト期間の終わりに家に帰る途中で川辺で遊んでたらしいんですけどね。」


「はあ。」


「亡くなった子は山田裕樹って言う男の子なんですけど警察の発表で、清原由美って言う女の子が言うには男の子が二人川で遊んでいると、いきなり橋本勘助って男の子がすごい剣幕で山田裕樹を睨みはじめたと思ったら、山田裕樹が水の中で転んだように水の中に飲み込まれてしまったらしいんですよ。でそれっきり何処に行ったか分から無くなってしまって橋本勘助はその直後にでいきなり意識を失って倒れてしまったらしいんですよ。で、清水由美が助けを呼びに行って、河原に倒れた山田裕樹は近くの市民病院へ運ばれて、もう一人の男の子は次の日、下流で遺体で見付かりました。」


「そのあと山田裕樹はどうなったんですか?」


「分かりません。」


「分からない?」


「はい、この事件の変なところなんですけどね、病院に担ぎ込まれた次の日に話を聞きに行ったらもう居ませんでした。」


「退院したってことですか?」


「分かりません、でも噂好きの掃除婦が言ってたんですけど私が病院に行く直前にスーツを着た男達が何人も病院に居たって。」


「スーツを着た男ですか?」


「はい、それ以来清原由美以外の関係者が誰もいなかったのっでその事件からは手を引きました。」


 それからしばらくの間車に揺られ随分周りの車を追い越すなと思って運転席の速度計を見ると120キロオーバーで高速道路を走行していた。


「若竹さん、オービスとか大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ、場所は全部覚えてますから。」と言って若竹さんは右手の人差し指で自分の頭指し少しこちらを向いたのを見て私は頼むから前を見て運転してくださいと心の中で祈った。


 その後30分ほどで現場に着いた。

 

 現場は川岸の周りに鬱蒼とした雑木林がありその中を通る獣道のような無整備の道を通りそこを抜けると眩しい太陽の光が私を照らした。


 川は私が思っていたよりずっと小さく小川と呼んで差し支えない大きさだった。


「ここで起こったんですか?」


「はい、意外と小さいでしょ。」


「小川じゃないですか、ここって深さどれ位ですか?」


「深さですか?そうだなー、深いところでも1メートルないんじゃないかな。」と言いながらこの綺麗な川を見て、こんな浅い川で中学生が溺れて下流まで流されるものかと考えていた。


「緒方さんもおかしいと思いますか?」と後ろから声が掛かった。


「えっ、ああはいまあ。でもどんなに浅くても川は油断できませんから。…そういえば、その日って上流の方で雨とかは降ってなかったんですか?」


「いやー、あの日はこの辺りは雲ひとつない、ぴーかん照りでした。」と聞いたあと、おもむろに私は靴と靴下を脱ぎスラックスをまくって、行けるとこまで川に入った。


 気温の高さとは裏腹に川の水は冷たかったが、流れは穏やかでとても人が流されるとは思えなかった。


 しばらく川の中で足元を確かめるよに歩き回ると岸辺から若竹さんが「緒方さん、清原由美の方に行ってみますかー?」と叫んだので「今日平日ですけど取材大丈夫ですかねー。」と叫び返す。


「昨日、連絡したんで大丈夫だと思いますけどー。あの子今不登校みたいになってるんで。」と聞くと私は川から上がりポケットのハンカチタオルですね毛の生えた足を拭いた。


 川から車で5分程の所に清原由美の家がある団地に着くと階段で3階まで登り家の前で呼鈴のボタンを押すと出てきたのは大きめのTシャツにアディダスのジャージを着た長い髪の女の子だった。

「はい。」と女の子が言うと、若竹さんが「昨日電話した毎朝新聞の若竹というものです。親御さんは居ますか?」と言うと少女は私たち二人を警戒するようにをジロリと見廻した。


「今いませんけど。」


「じゃあちょっと、喫茶店でも行きませんか?」若竹さんが少し笑いながら言うと、 かのじょはいきなりがちゃんとドアを閉めたので私達はびっくりして顔を見合い。


「何か悪いことでも言いましたっけね?」と若竹さんが気まずそうに言った。


「いや、悪い事は言ってないと思いますけど。」


「良かった。」


「昨日電話した時に出たのって彼女ですか?」


「いえ母親の方です。両親は仕事でいないから直接聞いてくれって。」


「じゃあ待ちましょう。」と言っていると、ガチャっとドアが開いた。


 中から出てきた女の子はグレーの薄いパーカーを着ていて、玄関の鍵を閉めると小さな声で「行ける。」と言い階段の方へ歩いて行った。


 私達おじさん二人が彼女の方を見て呆気に取られながら、私が「最近の子ってみんなあんな感じでなんすか?」


「僕は子供いないんで分からないですけど、多分違うと思いますよ。」と言って彼女について行った。


 彼女について行くと団地の近くにある昭和の雰囲気を醸し出す古い喫茶店があり中に入ると夫婦なのか老人二人で営業していていた。


 席に着くと、彼女はメロンソーダを頼み、私たちはアイスコーヒーを頼んで待っていると若竹さんが先に口を開いた。


「昨日電話でお母さんとはなしたんだけど、聞いてるかな?」優しく聞くと彼女は小さな声で。


「はい。」と答えたので私が次は質問した。


「2ヶ月前の7月3日のことについて聞きたいんだけどいいかな?」と聞くと彼女は何も言わずに頷いた。


「あの時何があったか、出来れば正確に教えて欲しいんだ。」と言うと彼女は小さい声を出した。


「あの日は期末テストの最終日で、 午前中に帰れたから私達3人で川に遊びに行こってなってコンビニでお菓子とか買って川に行ったんです。勘助と裕樹は二人で川に入って遊んでて、私はずっと川岸から見てたんです。そしたらいきなり勘助の様子がおかしくなっていきなり凄い怒ったみたいな顔になって。」と言ってる途中で飲み物が運ばれて来た。彼女の頼んだメロンソーダにはバニラアイスが乗っていて、彼女はそのアイスを一緒に運ばれて来たマドラースプーンで器用に一口食べた後話を続けた。


「でいきなり裕樹が水の中に連れ込まれてびっくりしてたら勘助がこっちに向かって歩いて来て、もう勘助の顔は普通に戻ってたけどすごく怖かったから逃げようとしたら、河岸で勘助が頭を抱えて崩れ落ちたんです。それでそのまま倒れたから何とか岸まで引っ張ってきて、そのままスマホで警察に電話して待ってました。」


「その時なんか変わったこととか不思議なことなかった?」と私が聞いた。


「どうだったかな、その時パニクっててあんまり覚えてないけど勘助は息はしてました。あっ、でも裕樹が水の中に沈んだあとその場所に渦ができてました。」


「「渦?」」とおじさん二人で声がハモってしまった。


「はい。」と言いながら彼女は両手で50センチほどの大きさを示す。


「かおじさん達仲良いですね。」


「「ハハハ」」おじさん二人で苦々しく笑った。


 その後彼女と別れ、若竹さんに名古屋駅まで車で送ってもらい18時の新幹線に乗って薩摩川内に向かった。



*   *   *


 緒方に頼まれて、昨日の記事について聞くために昼休みの後、社会部のに会いに来た。


開けっ放しのトビラから同期入社で社会部の部長になった田中のオフィスに向かうと、天然パーマなのかモジャモジャの頭に老眼鏡をかけ難しそうな顔をして他社の新聞を読んでいる田中が見えた。扉に寄りかかり空いてる扉のガラスをコンコンと叩くと田中がこちらに気付き「よう。」と話しかけた。


「例のは東山は今日来たか?」と言いながら扉を閉めてソファーに座り、胸の内ポケットからオレンジ色のパッケージのエコーを取り出し、机に置いてある、大理石でできた置物のような大きなライターで火をつけた。


「それが連絡がつかないんだよ。」


「大丈夫なのか?」


「分からんが今まで無断欠勤なんて全くない奴だったからな。」


「記事を書いてから、消えたか?」


「ああ。」と言いながら椅子から立ち上がると、胸の内ポケットから銀色のシガーケースを取り出し中から茶色いバニラの香りがするアークロイヤルを取り出して私の目の前に座って火をつけた。


「何だお前そんなの吸ってるのか?」


「いいだろ別に、お前と違って俺は出世頭だからな、そんな安いやつ吸わなくてもいいんだよ。」

「自分で言うか。大学時代は、若葉のフィルターに爪楊枝指して根元まで吸ってたくせに。気取りやがって。」


「やだね、貧乏人のひがみは見苦しいぞ。」と言われて冗談のように答えた後本題に入った。


「それでよう、あの記事の件なんだけどな、よそじゃ全く書かれてなかったよな。どうしてお前は載せたんだ?」


「ああ、実はなあの事件は警察から、報道規制はされてなかったんだが何故か記者クラブに報道しないように圧力が掛かったらしいんだよ。でそれに反発して、東山が小さな記事を書いて来たんだ。まだ分からないけどこの裏には何かあるから絶対に載せてくださいって言うもんだからな。ちょうど紙面に小さな空きがあったから構成に頼んで入れ込んだんだよ。」


「で、大丈夫だったのか?」


「ああ、昨日のお前の電話の後、社主に呼ばれて歯切れが悪そうに苦情が来たって小言を言われたよ。」


「主筆飛ばして?」と言った時に田中が深く煙を吐き出した。


「いや一緒に居た、まあその記事のおかげかお前の部署が調べてるんだから小言を言われた甲斐があったんじゃないのか。」


「まあな、それよりその東山って奴、心配だな。」


「ああ、今日部下に言って家を見にいかせたんだが、誰もいなかったらしいんだ。一応今日、警察に届けは出したんだけどな。」


「そうか・・・、じゃあなんか分かったらまた連絡くれよ。」と言いながら机の上の灰皿でタバコの火を消し、部屋を出た。



***



 23時38分に川内市のビジネスホテルにチェックインをした後ホテル近くのコンビニで350ミリの缶ビールを二本と唐揚げやチーズなどのつまみになりそうなものをいくつか買い込んで部屋戻った。


椅子に座りながらビールをプシュっと開け一口呑むと、体の隅々にアルコールが浸透する感じがした。


 昨日班長に頼んでおいた事を聞こうとスマホを見ると0時を回っていたので、一瞬躊躇ったが、明日の取材で役に立つかもしれないと思い電話を掛けると夜も遅いと言うのにワンコールで電話に出た。


「おう、どうした。」といつも通りの大きな声だった。


「夜遅くにすいません。緒方です。」


「おうまだ会社にいるから気にするな。それよりそっちはどうだった?」


「はい、一応小牧の現場を見て来て、一緒にいた女の子に話を聞いて来たんですけど、そこでも生き残った男の子が行方不明になってました。」


「そっちもか。」


「はい。それで生き残った女の子にも話を聞いたんですけどね。被害者が消えた後水面に渦ができてたらしいんですよ。けどその川が凄い浅くて穏やかな小川なんです。」


「ふ〜ん、でも川は小さくても何があるか分からないからな〜。」


「はい、そうなんです、ただそれ以外にここでも謎の奴らが現れてたみたいなんですよ。」


「謎の奴らって誰だ?」


「ほら例のメンインブラックです。」


「ああ八王子の事件を横取りした奴らか?」


「確証はないですけどそうだと思います。」


「確かに怪しいな。」


「そういいえば、社会部の件どうでした?」


「ああ、ちょっと社会部の部長に聞いてみたんだけど、やっぱりお前の言った通り警察から圧力が掛かってたらしい。」


「やっぱりですか。」


「ああ、どうも社主を通して社会部に非公式の抗議が来たみたいだ。」


「社主っていう事は警察の上層部が絡んでるって事ですか。」


「ああ多分。それでな、あの東山って記者は今日もきてないみたいだ、社会部のデスクが家に人を寄越したら家に居なくてな。流石におかしいってことになって。警察に届け出を出したらしい。」


「そっちも行方不明ですか。」と言うと班長は急に声のトーンを落とし。


「ああ、なあ緒方この事件もしかしたら相当危ないかもしれないぞ。お前、まだこのヤマ追いたいか?」

「キャップ、急に何言ってんですか。俺久しぶりに社会正義に燃えてるのに。」言うとキャップは直ぐにいつもの調子に戻り。


「そうだな、今まで5年間もただ飯食らってたようなものだからな。全力でやってこい。だがな、無理はするな。」


「ただ飯って酷いですよ。これでも一応頑張ってやってるんですから。」


「それとな、これからお前がこのヤマを追ってるのは社内でもトップシークレットにする。」


「了解。」


「後でメールで連絡先を送るからこれから、それに連絡してこい。俺のプライベートのプリペイドケータイだ。とりあえず何処かから抗議が来るまでは取材を続けろ。」


「分かりました。」

「あとお前今、貯金どれだけ残ってる?」


「俺あんまり貯金しないんで確か、20万ぐらいだと思いますけど。」


「じゃあお前、今からインフルエンザになれ。」


「へっぶふぉ!!」と聞いた途端呑もうとしていたビールを吹き出した。


「どう言う意味ですか?」


「それか家族の誰か殺せ。取り敢えず有給で取材してこい、手続きはこっちでやっておく。

心配するな全部が終わったら総務部に事情を説明しといてやるから。」


「大丈夫ですか。戻ったら有給全部なくて。無断欠勤になって減給とか嫌ですよ。」


「は〜。お前ね〜もうちょっと上司を信用してもいいんじゃないの?まあ安心して取材をしてこい。」


「わかりましたよ。でもほんっとに頼みますよ。」


「ああ、任せとけ。それじゃあ気を付けろよ。何かあったら直ぐ連絡しろよな。」


「了解です。それじゃあ切りますよ。」


「ああ。」


 電話を切ってから、飲みかけのビールを一気に呑み干した私は内心とても興奮していた。 

 冷蔵庫からもう一本のビールを取り出し開けてからスマホを見ると、メールが届いていて中身はさっきのキャップのアドレスと電話番号だった。それを見てふと思い出したように、東山という記者の顔写真を送ってもらう様に頼むメールを送りビールを一口飲もうとすると、直ぐに返信が返って来た。メールに添付された画像を開くと、30代ぐらいで眼鏡をかけたじょせいんおの顔が写っていて。その顔は、八王子警察署の記者クラブで自分のことをさっき帰ったと言った記者その人だった。

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