第9話 9月16日 ②

 研究所へ行った日の夜20時に私は空港に停まっているこの日最後の東京行き便の一番前の座席に座っていた。


 前を見ると女性の客室乗務員が扉を閉め枠をなぞる様にチェックをした後、壁に着いている簡素な座席を倒し座った。


 次第にエンジン音が大きくなり滑走路に向かって暫く地面を動いて行くと滑走路の端に止まりエンジンの音がさらに大きくなると短距離走の様にいきなり凄い勢いで座席に押し付けられると、次第に前方が上がった様な感覚がし機体は空中にいた。


 窓から外を覗くと空は暗く下には街の夜景がよく見え、機体が上昇していくと同時に街の明かりは小さくなっていき、私は外を見るのをやめた。


 機体が水平飛行になるとベルトを外し飲み物を配る客室乗務員にビールを一杯貰い胸ポケットに入ったオレンジ色の取材手帳を取り出し教授の話を思い出す。


 5年前の子供達が今回の事件に関係してるかも知れない、と思うとこの仕事の限界を思い知らされながら私は5年前の事件を思い出す。



***


 5年前、あの事件は夏に見たある夢から始まったんだと思う。

 

 その夢は5年前の8月、随分暑い夏で全国でゲリラ豪雨と観測史上最高気温が連発された丁度真っ只中、大学卒業とともに希望していなかった文化部へ配属され3年、理想と違う職務に不満を持ちながらもマイペースに仕事をしていた時のことだった。


 仕事終わりに久しぶりに大学の同級生と飲みに行った後の金曜日の夜に新橋で呑んだ後終電を逃し、なくなくタクシーに乗って帰って来た私はマンションの6階にある1ldkの我が家に帰ってきた。


 ほろ酔いで足元も覚束なかった私は夜風に当たりたいとガラスの引き戸を開け、ベランダに出ると目の前には無数のビルやマンションがありすぐ下には一方通行の細い道路があった。


 生温い夜風に当たりながらペットボトルの冷えた水を一口飲みながら所々に見える部屋の灯りを見て少しセンチメンタルな気分になった後ソファーに寝転がり薄暗い部屋で天井の壁紙を見ていたらいつのまにか眠っていた。


 気が付くと目の前は見知らぬ木の節模様の天井だった。


「緒方さん、朝食が出来ましたよー。」と何処かから年配女性の声が聞こえて来て周りを見渡すと6畳ほどの古くて小綺麗な旅館の部屋だった。


「分かりましたー。」と大きな声で返し立ち上がると慣れないためか浴衣がはだけていたので腰紐を締め直した後、なぜか壁にかかっいるガラスで自分の顔を見ると髪の毛が寝癖でボサボサになっていたので洗面所にいき顔を洗った後頭を濡らし寝癖を整えた後、外の光を遮る障子を開けると縁側のガラス窓越しに暑い陽射しが体を照らした。


 部屋の縁側にある木枠のガラス戸を開けると太陽の光とともに朝の少し涼しい風が顔に吹きかかりそれと同時にセミのなき声が部屋の隅々までを満たした。


 外を見ると3階建の最上階にあるこの部屋から旅館の周りにある新緑の山々や谷間が、いつも東京で暮らす私にとってとても美しく見えた。



 その後、浴衣を整え何故か場所を知っている旅館の一階にある食堂に向かうと食堂は少し大きな広間でいくつも座卓が置いてあり既に数組の客が和食の朝食を摂っていた。


 空いている座卓の前に座ると何処からともなく薄い紫色の着物を来た年輩の中居さんがお盆に朝食を乗せて持ってきて目の前におき「よく眠れましたか?」と言うので、朝声をかけに来た人がこの人だと気付いた。


「はい、ぐっすり眠れました。」


「それは良かったですね、そう言えば昨日行っていたバスターミナルまで旅館の車で送って行きましょうか?」


「いえ、歩いて行きますよ、この周りの地図とか有りますか?」


「地図ですか、確かあったと思うので後でコピーしておきますね。」


「助かります。」

 

 朝食を終えて、部屋で半袖のシャツにネクタイを締めていると中居さんが地図のコピーを持って来てくれた。


「さっきおっしゃられた場所、結構遠いみたいですけどここの車で送っていきましょうか?」


「大丈夫です行けそうですから。」


  その後旅館を出て炎天下の中山道を歩き始めて数分経つといつのまにかバスターミナルに着いていた。


 バスターミナルにはクリーム色に赤いラインが入った、丸っこい印象の古いバスが6台停まっていてどのバスにも運転手はいない様に見えた。


 並ぶバスの奥には古いプレハブで出来た平家の大きな待合所があり、外には近くの旅館や商店のボロボロの看板が貼ってあり、中に入ると広い待合室にはパイプとプラスチックでできた青い長椅子が無数に並んでいたが誰もいなかった。


 壁にはやはりこの辺りの商店の看板が所狭しと掲げてあったがこの中で今も残っているみせはいくつぐらいあるのか少し気になった。


 待合室の奥の隅には一軒の立ち食い蕎麦屋があり暖簾越しのカウンターの中にいる店員はこの待合所で、私を除いてこの中で唯一の人だった。ちょうどお腹が空いたので藍色の「蕎麦処」と書いてある暖簾を潜り店に入ると「冷たい狐そばください。」と言うと「あいよ。」と力の無いおじさんの返事が返ってくる。



 カウンターに置いてあったお品書きを見ながら待っていると、背中越しに白い調理服を着たおじさんから話し掛けられた。


「お兄さんあんま見ない顔だね。」


「ええ、観光で来たんですよ。」


「へー、こんなところ何も無いだろうに。」


「このバスターミナルってこんな所にあってお客とか来るんですか?」


「ああ、ここは近くに研究所があってねそこの職員が一杯くるんだよ。」


「へー、なんの研究所なんですか?」


「そりゃ、ちょうno…」と言ってる途中から目の前が陽炎の様に歪んできて、おじさんの喋る声がエコーが掛かった様になり足元がぐらぐらして来たかと思うと、いつのまにか夜になっていてさっきまで有ったバスターミナルも立ち食い蕎麦屋も店員のおじさんも居なくなっていた。


 目の前には広い芝生が有りその奥には煉瓦造りの4階建ての大きな建物があった。


 私は何故か入り口の位置を知っていてそこまで歩いて行くと、入り口に入ってすぐゲート型の金属探知機があり周りにはやはり誰も居なくそのままゲートを通るが何も起こらず進み続けると何故か知らない場所のはずなのに最初から場所を知っていたかの様に目的地へと向かって行った。


 エレベーターに乗り二階に行き、廊下を歩いていくと、いきなり壁がガラス張りになり中を見ると広い部屋がありそこには碁盤の目のように均一に並べられたベットがありそこには小学校の高学年か中学生になりたての年頃の少年少女達が眠っていた。


 ベットの横には心電図のモニターの様なものに定期的に波を打つ線が写っていて、どのベッドにも天井から出ている赤いチューブが子供達の腕に繋がっていて私は驚きつつも、ポケットに入っているスマホで出来る限り写真を撮っていると、モニター越しに1人の子供がゆっくり起き上がった。


 その動きは不自然で、地面に落ちてるぼうが棒の中央がスーッと90度曲がり垂直に起き上がる様な感じだった。


 その子供はベッドの上に立ち、足を動かしてないのに私のほうに体を向け正面から見るとその子は男の子で彼は私を見て口をぱくぱく動かし私は彼が何を言ってるのかを理解しようと見つめていると、気付くと他のベッドに寝ていた子供達が最初の男の子の様に立ち上がりこちらを見つめていた。



 するとその瞬間子供達のいる部屋の至るところから炎が湧き起こり、ベッドや壁紙やチューブなど部屋にあるもの全てが燃えているのに子供達は一切日が移らなかった。建物内には警報が鳴り響き、ガラス越しに部屋にはスプリンクラーが作動し水が撒かれるが、火の勢いは一向に収まる気配がないと思った瞬間、室内に大きな炎の爆発が起こり目の前のガラスにヒビが入り粉々に割れ吹きつけられるのがスローモーションで感じ取れ、その奥からくる炎の暑さまでもを感じ炎に包まれたところで意識が覚醒した。


 目の前には見覚えのある天井があり、開けっ放しの窓からは太陽の光が私の体を照らした。



***

 

 変な夢を見た3日後、暑い中地下鉄を乗り継いで出社をするとデスクに私宛の郵便の茶封筒が置かれていた。裏を見ても差出人が書いておらず、宛先は印刷で書かれていた。


 封筒を開けると一枚の便箋が入っていて、そこには携帯電話の電話番号と「その場所から遠くの公衆電話からかけろ。」とだけ書かれていた。不審に思いながら私は勤怠ボードに取材と書いて会社を後にし、地下鉄の最寄り駅から2回乗り換え大きな新宿駅に設置してある公衆電話から電話を掛けた。「ピピピ」っと言った後呼び出し音が2回して相手が受けた。


「…」相手が何も言ってこないのでこちらから声をかける。


「手紙を貰ったものですが。」と喋りかけると、落ち着かない様子の男の声がした。


「ああ、電話を掛けてくれてありがとう。済まないね公衆電話から掛けろなんて注文してしまって。」


「いや大丈夫です、それより用件は何ですか?」というと相手の男は、言いにくいのか少し間を置いてから話し出した。


「実は、内部告発をしたいんだ。」と聞いて私は驚いた。


「どういった告発ですか?」と言いながら急いで片手でバックを開き取材用のメモ帳をバックを落としながら取り出した。


「いや、それはまだ言えない、出来れば君と直接会って話したい。」


「分かりました、それじゃあいつがいいですか?」


「今からじゃダメか?」


「大丈夫ですよ。何処に行けばいいですか?」


「君が居る駅の近くに高速バスのターミナルがあるだろ、そこの三階にある観光案内所の隣のトイレに来てくれ。」と言われたことを殴り書きでメモに取りながら場所を確認した後電話は切れた。」


 電話を切った後、迷宮の様なこの駅を出てバスターミナルへ向かった。


 このバスターミナルは四階建てで三階が発車するバス、四階が到着するバスが停まる事になっていて、三階はバスの発車を待つ旅行客や学生で溢れていた。


 私は指定されたトイレに向かうと建物の大きさに対してずいぶん小さいトイレで2つの小便器には誰もおらず二つある個室はうち一つが埋まっていた。


 そのまま何もせず待っているのも不自然なので小便をしていると個室が開き男が開き大学生風の若者が出て来てきた。


 要を足し終わりハンカチのはしを口で咥えながら手を洗い、顔を上げると後ろにグレーのスーツを着て黒縁のメガネを掛けた細身の中年男性が立っていて「うわ」といって驚きハンカチを洗面器に落とし濡らしてしまった。


「緒方さんですね。」と男は無表情に声色を変えることなく話しかけてきた。


「はい。あなたがさっきの?」


「はい。ここで話すのも何なので、歩きながら話しましょう。」と言う男について行き炎天下の町を歩きながら話始めた。


「貴方の名前を聞いてもいいですか?」


「本名は言えないのでディープスロートとでも呼んでください。」


「ディープスロート、ウォーターゲートですか。」


「便宜上です。嫌ならどう読んでもらっても構いません。」


「まず話を聞く前に聞きたいんですけど、何で私なんですか?内部告発ならうちの会社には調査報道班があるのでそっちに行ったほうがよかったのに。」


「ああ、今回私が告発するに当たって若く、政府と関係がなくやる気がある人間を探してもらったんです。」


「で私が選ばれたんですか?」


「ええ。」


「どうも。それで何を告発するんですか?」


「その前に。」とディープスロート は私が着ている服のポケットをチェックするように触った。


「ちょ、ちょっと。」とされるがままに体をチェックし終わった。


「すいません、用心のためです。」


「メモはしても良いですか?」


「はいメモだけです。」と言われ胸ポケットからペンとメモ帳を取り出した。


 ディープスロート に付いて歩いてると次第に大通りから外れ、一軒の古臭いパチンコ屋の前で停まった。


「ここに入りませんか。」と男は指を刺すとパチンコ屋の入り口の横に細いエスカレーターがありそれを登るとまたレトロな喫茶店の入り口と横には色褪せた食品サンプルがいくつも並んでいた。


 中に入ると店内は広く微かにタバコの匂いがしていて、スエード張りの椅子や机が並んでおりほとんどいなかった。


 入り口近くで待っているとすぐに若いウェートレスが来て窓際のボックス席にで案内されその場でウェートレスにアイスコーヒーを2つ注文した。


「それで、何を告発するんですか?」


「緒方さんは国が主導して子供を使った人体実験をしていたら信じますか?」


「子供で人体実験?そんなことあるんですか?」取材メモになぐり書きで書き留めていく。


「はい、私は職務上この国の研究機関について知ることがあるんですがその内のある施設がどうも非人道的な人体実験をやってるんです。」


「それはいわゆる治験とかではないんですか?」


「役所にはその様な申請は出ていません。」


「で、ある研究機関とは?」


「防衛装備庁の出先機関で人材能力開発研究所という所で『人能研』と言われています。」


「その人材能力開発研究所ではどんな研究を行っているんですか?」


「手広くやってます、自衛隊での障害者の雇用創出のための特殊義肢の開発とか、兵士への思想教育や洗脳についてなどの研究を行っている、いわゆる国の暗部の研究を行っている場所です。」


「そこで非人道的実験とはどんな研究を行っているんですか?」


「わかりません。」


「わからない?」


「あまり詳しい事はわからないんですが私が触れられる資料には特殊用途用強化工作員と書かれていました。」


「何ですか、その強化工作員って。」


「詳しくはわかりません。」


「その子供たちはどのくらいの子供達ですか?」


「年齢ですか?」


「はい。」


「だいたい8歳から9歳の子供です。」


「子供達は何処から連れてこられていたんですか?」


「親がいない子達です。」


「この告発をした事によって貴方に利益になる事は有りますか?」


「私はもう仕事を辞めました。」と言って失業認定証のコピーを私に見せたが名前の欄には黒ペンで塗り潰されていた。


「このコピーでは証拠にもならないってわかってますか?」


「それは分かっていますがこちらにも都合があるので。」


「それで特殊工作員の研究っとはおもに何のための研究なんですか?」


「さあ、それは何もわかりません。」

「何か人体実験の証拠になるものとか持っていないんですか?」


「今は持っていません。」と聞きメモ帳を閉じた。


「何か人体実験が行われていることがわかる資料とか書類とかないんですか?これじゃあ記事にできませんよ。」


「私は証拠を持っていませんがきっかけだけは貴方に託そうと思います。」とテーブルの上に少し膨らんだ茶封筒を置くと、前触れもなくウェートレスが「お待たせしました」と言ってアイスコーヒーを持ってきてテーブルに置いた。


 ウェートレスが去っていくのを確認して封筒を手に取り中を覗くと、磁気カードと折り畳みの携帯電話が出てきた。


「これは?」


「私はキッカケを作るだけです行動するのは貴方だ。」


「行動?」


「すべてを言わせないでください。貴方には貴方なりの真実を見つけて欲しい。これから私が言うのは独り言です。」


「独り言?」


「山梨県○○市××町にある研究所の職員が今日から2日ほど休むみたいです。名前は斎藤とか言ったかな、どうも彼はカードをなくしていることを気づいてないみたいだ。」と言われメモを書こうとすると「それはメモには残さないで下さい。」と言われた。


 男はひと通り言い終わるとアイスコーヒーをストローで一口だけ吸い透明な筒に入った伝票を取ると立ち上がり「何か必要なときはその電話で呼んで下さい。」と言って去っていった。


 私はアイスコーヒーを飲んでからその店を出た。



 男と会った後すぐに有給を取り、言われた街に向かった。研究所の近くの旅館をネットで予約しその日に出発し近くのターミナル駅からけっこうな距離をタクシーに乗って旅館に着いたのは6時過ぎだった。

 

 〇〇市は面積のほとんどが森林で中央部にある△△町に人口7割が住んでいてそこから北に12キロほど言ったところにある××町は人口の2割が住んでいるいわゆるど田舎だった。 

 来てみて驚いたのが3日前に見た夢に出てきた木造3階建ての旅館だった。その旅館から研究所まで1キロほどの距離だった。8時前、

日が落ちた頃に旅館を出て、歩いて研究施設まで向かった。


 研究所の敷地の入口には学校の校門の様な門があり車両用の門は閉められておりその横にステンレスのパイプでできた回転ゲートがあった。


 門の柱には『独立行政法人人材能力開発研究所』と書いてあり奥には守衛の詰所もあり中に二人待機しているのがガラス窓越しに確認できた。


 守衛は出入りする人間を全員確認することはなく詰所の中で談笑していた為、読み取り機にカードキーをかざして回転ドアを通るとなんなく入ることができ、建物内も同じようにあっけなく研究所内に入れてしまった。

 

 研究所の建物を外から見るとやはり夢と同じ建物に思え窓には灯りが所々に灯っていた。建物の中に入ると広いエントランスがあり幾つか診察室の様なところもあり何処かの大学病院の様な印象だった。


 ひとまず近くのトイレの個室に入り時計を見ると8時56分だったので10時までそのまま待機することにした。待機中に、ドンキホーテで買っておいたコスプレ用の白衣に着替え暇つぶしにスマホをいじると何故かインターネットが繋がらなかった為、メモ帳に原稿を書きながら時間を潰した。

 

 集中して原稿を描いていると、いきなりトイレの電気が消えて時間を見たら10時になったので恐る恐るトイレを出てみると建物内はどこも電気が消え、地面に埋め込んである緑の非常灯だけが妖しく光っていた。


 建物内の部屋の入り口には何処もカードキーで鍵が掛かっていて、所々入れない部屋もあったが入れた部屋にある資料などを見るとディープスロートが言ってた通りに電動の義肢の資料やカルテの様なものがあり、カルテには個人の精神状態や精神疾患、障害などが細かく書かれていたがそこには8歳から9歳の子供のものは無かった。


 建物の中をくまなく見回りながら上がって行くと3階に建物の奥にある別の棟へ繋がる連絡橋がありその中間にガラスの自動ドアがあって横にはカードをかざす端末が付いていたのでカードをかざすと両側のガラス戸が奥に開いた。


 この棟でも部屋に入ろうとするが殆どの扉は貰ったカードでは入れなかったく資料を求め廊下を歩き回っていると廊下の片側に大きなガラス窓があり、そこからは広い部屋には幾つものベッドが置かれその上には子供達が眠っていた。


 この光景もやっぱり見たことがあるような気がした。不気味な気分になった私は撮れるだけの写真をスマホで撮り直ぐに建物から出た。


 守衛の詰所の横を通る時緊張して通ると詰所の中から中年男性が「あれ、まだ誰か残ってたんですね。」と声を掛けてきた。


「みんな帰ったと思って電気消して来たんですけど大丈夫でした?」と言われ強張った顔をどうにか緩め「ええ、トイレに行ってたらいきなり消えちゃったんでびっくりしました。」と言った。


「そうでしたかそりゃすいませんでした、まだ他に誰かいましたか?」


「いやもういないと思いますよ。」気まずさを押し殺して言った後足早に立ち去った。


 次の日旅館をチェックアウトして、バスでターミナル駅まで帰ろうと旅館で教わったバスターミナルに向かうとそのバスターミナルはやはり夢で見たバスターミナルで、夢と違うのは立ち食い蕎麦屋が無いことと、乗客が何人もいて運転手がちゃんといる事だった。


 その日の夕方、東京に帰ってきた私は渡された携帯電話を使ってディープスロートと連絡を取ろうとしたが電話に充電がなく電源が付かなかったところで充電器をもらってなかったことに気付き家電量販店に向かったが、携帯の端子が海外の企画らしく、に合う充電器ががないとのことだったので、急いで地下鉄に乗って秋葉原に向かいジャンクショップで充電器を買いカフェでスパゲッティーを食べながら充電をした。


 丁度食べ終わった頃に携帯の電源が着いたがもう少しコーヒーを飲んで19時になってからカフェを出て路地裏に入って電話帳を見るとカタカナで『ディープスロート』と書かれた連絡先だけ入っていて、カーソルを合わせ決定を押すと電話番号が画面に映らない細工が施されていた。


 コール音は聞こえるがなかなか相手は電話に出ないので2回掛けた後どうしたものかと少し考えているとcメールを着信した。内容は21時にある廃工場に来いとの事だった。

 


 メールに書いてあった廃工場は町工場が多くある地域にあり中に入るいと電気が止まっていて、横を通る道路の街頭の明かりとスマホのライトで辺りを見渡すと天井は高く工作機械が一つも置いてなく、天井にはいくつも穴が開いていて窓ガラスは全て割られていて、誰かが侵入したのかジュースや酎ハイの缶がおもむろに転がっていた。


 見晴らしの良い工場内の何処を見ても誰もいなく、スマホを見ると20時59分で時計アプリの秒針が丁度12を示した時、工場内に響く聞き覚えのある声がした。


「君は真面目だな時間よりも前に来て。」辺りを見渡すと私が入ってきた入り口にスーツを着たディープスロートが立っていた。


「行ってきましたよ、研究所に。」と言うと男はコンコンと足音を工場内に怪しく響かせながら、私の方に歩き始めた。


「仕事が早いね期待した通りだ。」


「どうせ貴方は私がこの提案を断らないって分かって情報を流したでしょ。」と言う頃には男は私の前まで来てピタっと足音が止んだ。


「この前も言っただろ、やる気がある人を選んだって。で如何だった?」と冗談をいう様な微笑を浮かべる男に、私は手の中で踊らされている気分がして苛立っていた。


「文書としての資料は全く手に入りませんでした、でも子供達がいるのは確認出来たので写真を撮ってきました。ただこれだけじゃ記事は書けない事は貴方だって分かるでしょう。病気の治療だって言われたら終わりですからね。それに法を犯して撮っているからこの写真は載せれません。貴方は情報を知る立場にあったんだから何か証拠になる様な物は持って無いんですか?」と問い詰めると男は一瞬宙を見た後、持っていた茶色革の手提げバックからA4サイズの厚い紐閉じ封筒を取り出した。


「これは厚労省と人能研の連絡書類の一部です。」と言って私に差し出した。


 差し出された封筒を受け取り中身を見ると一枚目は資材の要望仕様が書いてありその要望欄には『被検体47体(生後102ヶ月前後6ヶ月)』と書かれていた。


「これは。」読んだ瞬間無意識に言葉が出た


「装備庁と厚労省間でのやり取りの資料です。」


「この被検体って。」と言いながら怒りが湧いてきた。


「子供達のことです。」


「実験動物じゃないか。」と私は声を荒げた。


「資料をめくって下さい。」男は落ち着いた様子で言った。


 言われるままに資料をめくると、公益財団法人里親会という字が書かれていた。


「それは、装備庁の要望を厚労省が、何処から調達するかが書かれた書類です。」


「こんなことがあって良いんですか。これが本当なら里親制度を使って国が人体実験の被検体を集めてる事になりますよ!」


「事実ですこの国は国民を使って人体実験をしているんです。そして貴方が人能研で見た子供達がその被検体です。」


「今貴方に渡せる資料はコレだけです。あとは貴方に任せます。」と言って男は踵を返し入り口に歩いて行った。


私は大きな声で男に向かって「絶対コレを記事にしてやりますよ。」と言うと男は歩みを止めこちらを向か「何かあったら連絡して下さい。」


 男が出ていくのを見送るといきなり肩をポンポンと叩かれたので、驚いて振り返ると、そこには髪が長いメガネを掛けた、丸の内OLといった感じの女性が立っていて「何ですか?」と言うと女性は「お客様は知りすぎたので到着地点よ」言うといつの間にか女性の右手には拳銃が握られていて、銃口を私に向けたと思った瞬間パンっと乾いた発砲音が聞こえたのと同時に目が覚めた。


「お客様、お客様。」と軽く肩を叩く綺麗な女性のキャビンアテンダントがいた。


「お客様、羽田に到着しましたよ。」と言われ眩しさで薄く開いた目で周りを見廻すと客席には誰もいなかった。


「自分が最後ですか?」と女性に聞くと。ニコニコした表情で「ハイ」と返されたので、急いで手荷物を取って飛行機を降りた。

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