第11話
阿神町の都市部から少し離れた場所に神賀ドームがある。阿神祭は主に街の中心部で行われる祭りのため、例年であればドームの周りにはほとんど人がいない。
しかし今年は違った。グローケンが拡散させた動画によって感化された多くの人々が神賀ドームの周りに集まっていた。そして神賀ドームから少し離れたビルの屋上には四つの黒い人影が立っていた。
「おー、こりゃ大漁だな」
「先生のカリスマ性を考えれば当然のことだ」
「……飛行艇の準備はできてるんデスカ?」
「先生が工場から持ってくるって……言ってた……」
「何⁉先生の手を煩わせてしまうとは……。何という失態!」
サルトルががっくりと肩を落とすと、横で見ていたクレアが得意そうな顔をした。
「先生自らは持ってくるって言ってたんだろ?なら俺達には自分の仕事に専念しろってことじゃねーのか?」
「そうね……。そろそろ時間だし……」
「じゃあ行きまショウカ」
クリスの声とともに、四人の『クアトロ・マウス』は一斉にビルの屋上から飛び降りた。四人は顔に仮面をつけていた。四人は華麗に地面に着地すると、人が集まっている神賀ドームに向かって歩き出した。
一方その神賀ドームの付近には二人の大人の男女が待ちぼうけを食らっていた。女性の方は腕を組みながらい苛立ちを見せており、もう一人の男性は人の多さに目移りしていた。
「ちょっとディーニー、アンナ達は何処にいるのよ?計画ではここに集合のはずでしょう?」
「う、うむ……。それが電話をかけても全然繋がらんのだ……」
アンナ達の事前の計画では、グローケン一派が集まるであろうこの神賀ドームで奴らを迎え撃つ算段だった。しかし予定の時間になっても宗也やアンナは現れていない。そんな中、サンディはある不審な人影を発見した。
「……ねぇ、あれって動画の……」
サンディの指の方向には四つの黒い人影が神賀ドームに向かってきていた。
「行くわよ、ディーニー」
「だがアンナ達とまだ合流していないぞ?」
「仕方ないわ。私たちだけで迎え撃ちましょ」
「うむ」
ディーニーとサンディは黒い人影に一直線に走り出した。二人は走りながらバッグの中から対『ネオ・アダプター』用武器を取り出すと構えた。
一方その殺気にいち早く気付いたのはクレアだった。黒いローブに身を包んでいた彼女は危険を察知すると、ローブの中から少し顔を出して他の三人に伝えた。
「北西方向から二人近づいてくる」
「何⁉」
四人が北西の方向を向くと、そこには武器を持ったディーニーとサンディが立っていた。ディーニーは軍人さながらのタンクトップ姿で、手にはメリケンサックを大きくしたような武器を装備している。サンディは迷彩柄のジャケットを腰に巻き付けており、手には宗也達に会議室で見せたような銃を持っている。
「……グローケンの手下だな?」
ディーニーは拳を合わせてにやりと不敵な笑みを浮かべた。その言葉に『クアトロ・マウス』全員の身体がぴくりと動いた。
「……なるほど。どうやら我々の野望を阻止しようとしている不届き者がいるというのは本当らしいですね」
黒いローブに身を包んでいた四人は一斉にローブを脱ぐと、白衣姿になった。そして仮面を外すと傍に投げ捨てた。その?様子を見て、サンディがにやりと笑った。
「仮面は取っていいのかしら?あなたたち正体を隠してたんじゃないの?」
「心配ありませんよ。我々の顔を見たあなた方には死んでもらいますから」
サルトルをはじめとした四人は手にはめていた指輪を天にかざした。
『適応率七十パーセント』
四人の指輪が光ると、それぞれの身体がその光に包まれた。しばらくすると四人の指輪はそれぞれ武器に変わった。
「時間がありませんので……全力でいかせてもらいマスヨ」
「邪魔者……排除するだけ……」
「やっと戦闘だ!うずうずするぜ」
「我々に戦いを挑んだこと、公開しますよ?」
『クアトロ・マウス』の四人は一斉に武器を構えて臨戦態勢に入った。するとその珍しい光景に神賀ドームに集まっていた人たちが近くに集まってきた。
「……さすがに未来の同胞たちを傷つけるわけにはいかないですね。クリス」
「おっけーデス」
クリスは手に持っているフラフープのような大きな円形の武器を更に大きくして頭上に放った。円形の武器は四人の『クアトロ・マウス』とディーニー、サンディを包み込むと急にその場から姿を消した。周りの人間は突然の消失に目を丸くして、騒然となった。
「なんだ⁉」
「おい、確かにさっきまでここに人がいたよな?」
ディーニーとサンディはいきなり敵の武器に包み込まれたかと思うと、気付いたら神賀ドームの中にいた。その正面には同じく包み込まれた『クアトロ・マウス』の面々が立っている。
「周りの人間が邪魔だったので場所を変えマシタ。このドームは外から入ってこれないので、安心して戦えマスヨ」
「へぇ、まぁ私たちもあそこで戦うのは少々気が引けていたから助かったわ」
「敵に礼を言っている場合ですか?あなたたちが我々を倒さない限り、ここから出ることはできませんよ?」
「そんな問題、何でもないわ。どの道あなたたちは倒す予定だから」
ディーニーとサンディは改めて武器を構えた。
「口が悪いですね……。粛清対象です」
サルトルらは各々の『ネオ・アルヴァウェポン』を光らせた。その瞬間にピリピリとした空気が流れる。ここに戦いの火蓋が切っておとされようとしていた。
サンディたちが『クアトロ・マウス』と交戦する三十分ほど前。グローケンはアジトにて出発の準備を進めていた。彼の計画では、先に『クアトロ・マウス』の四人を神賀ドームに向かわせて同士をまとめ上げさせた頃を見計らい、後から諏訪と一緒に神賀ドームへ向かいそのまま全員でこの街を発つ予定だった。しかし彼の計画には二つの誤算があった。
「おかしいですねぇ……。諏訪君には待機するように言っていたはずなんですが」
なんと、アジトに待機するように伝えていた諏訪の姿が何処にもなかった。グローケンは工場のあちこちを探して回ったが諏訪の姿は見当たらない。
「仕方ない。彼が来るまで準備を進めますか」
グローケンは机に溜まっている書類や実験器具を片付け始めた。そのときだった。一人の人間がグローケンのアジトに訪れた。
「ようやく会えたね。お前はここで終わりだよ、グローケン」
それは彼の計画の二つ目の誤算だった。
「やれやれ……私が会いたいのはあなたではないんですけどねぇ」
風に揺れる金髪に、赤いコート姿。グローケンの視線の先には腕組みをしたアンナが立っていた。グローケンは渋々顔を上げて、アンナを睨んだ。
「何故ここがわかったんです?」
グローケンの視線の先はアンナの更に奥の方を見据えているようだった。手には既に彼のリーサルウェポンである『ネオ・アルヴァコア』が握られている。
「……それを貴様に教える必要があるか?」
「……無いですねぇ。実際のところ、興味もありません。大方予想はついていますから」
グローケンは傍にかけてあった白衣を着て、『ネオ・アルヴァコア』を光らせた。みるみるうちに、その石は大きな鎌に形を変えた。
『適応率七十パーセント』
「……嬉しいよ。これで何のしがらみもなく父の仇をとれる」
アンナは前傾姿勢になり、右手の『アルヴァコア』に力を込めた。
『適応率八十パーセント』
アンナの声に呼応するかのように、『アルヴァコア』は眩い光を放って『エモ・インパクト』に姿を変えた。
「随分気合が入ってますねぇ。何かいいことでもあったんですか?」
「今日は阿神祭だからね。嫌でも気合が入るさ」
アンナは素早くグローケンに銃を構え、躊躇いもなく発砲した。
その頃、宗也は阿神祭の真っただ中にいた。時刻は既に午前十一時。事前の計画では神賀ドームに集合する予定になっているがその時間は既に過ぎている。
「どうする?この人だかり……」
横には先立って合流した飯山が度重なる人混みにうんざりした顔をしていた。
「どうすっかな……」
宗也と飯山は神賀ドームに向かう道である阿神通りに来ていた。阿神通りは通りのわきに出店が並んでいることもあり、通りは大量の人で溢れかえっていた。そのせいで二人は神賀ドームへ続く道はほとんど人で封鎖されており先に進めないでいた。
「しょうがない、面倒だけど迂回するか……」
飯山はそう言って、阿神通りの脇道に逸れる細い路地を指さした。その道は誰もいないわけではないが、メインの通りほど人だかりがあるわけではないためかろうじて人が通り抜けられるスペースがあった。
二人がその路地に向かおうとしたその時、宗也はメインの大通りにいる一人の人間に気づいた。
「おい、岡谷!」
宗也はその人物の元に駆け寄り、声をかけた。宗也の声に気づいて振り向いた岡谷慎之助は宗也を見ると途端に明るい顔になった。彼の両手には出店の食べ物があった。
「おお、宗也。飯山も。奇遇じゃな。お前らも祭り来たんか?」
「どうしたんだよ、岡谷。こんなところで」
宗也の後ろから走ってきた飯山が息を切らしながら言った。
「どうも何も、いとこに連れてこられたんじゃ。今はどこかに行ってしまったが」
岡谷は口に食べ物を含みながら、周りを見渡した。
「……そうか。じゃあ俺たちは先を急ぐから」
宗也が岡谷に別れを告げてその場を立ち去ろうとすると、慌てて岡谷がそれを引き留めた。
「おいちょっと待て。さっき久しぶりに諏訪をみかけたんじゃが……」
「何⁉」
宗也と飯山は急にその足を止め、急旋回して岡谷に詰め寄った。
「いつのことだ?どこに行った?」
「おい、いっぺんに聞くな。ちょうど二十分前のことじゃ。なんか学校の方へ向かっていったみたいじゃけど」
「学校って峰城高校か?」
「そうじゃ」
宗也はしばらく立ち止まって考えた。その横では飯山が早く来いとせかしている。
「飯山……、先に行っててくれ」
「え?」
「悪い、俺はいったん学校へ向かう!」
宗也は阿神通りを引き返して一目散に駆け出した。
「おい、宗也!」
その様子に飯山は宗也を止めようとしたが、既に手遅れだった。宗也は人混みをかき分けて、飯山の足では追いつけないほどのスピードで走っていった。
「お、飯山!やっと宗也を下の名前で呼ぶことにしたんじゃな!」
「あ?ああ……」
岡谷に言われるまで、飯山は宗也を下の名前で呼んでいたことすら自覚していなかった。飯山は宗也を追いかけることを諦めて、天を見上げた。
「なんだかわからんが、わしもわしのできることをするか!こんな面白そうなこと、見過ごせんわ」
「おいおい、危険だから避難警告が出たらすぐに逃げろよ?」
飯山の忠告も聞いていないのか、岡谷はそう言って、飯山の肩を組んだ。飯山はやれやれというようにふぅと息を吐いた。
「俺は俺のやれることをするか……」
サンディとディーニーが『クアトロ・マウス』と交戦して三分が経過した。
「馬鹿な……」
サルトルは三分前まで確かに視線の先にサンディとディーニーがいた。だが今は彼の視線の先には太陽がある。サルトルをはじめとした『クアトロ・マウス』は全員地面に突っ伏していた。辛うじて全員、身体を僅かに動かせる程度であるが受けたダメージが大きく立ち上がることができない。
「ちょっと、あなたたちを倒してもこの空間から抜けられないじゃない!」
サルトルの視界にこちらを見下ろしたサンディが現れた。彼女に戦いの跡はほとんど見られず、少し衣服が汚れている程度だった。
「本当に我々を倒したら抜けられると思っていたのか?そんなの嘘に決まっているだろう」
サルトルはにやりと笑ってサンディから目をそらした。
「あっそ。じゃあいいわ。ディーニー、やっちゃって」
「任せろ」
ディーニーは同じく倒れているクリスの元へ近づいて彼の手から『ネオ・アルヴァウェポン』を奪った。
「ちょっと、何する気デスカ⁉」
「おい、貴様……まさか」
「ふんっ」
ディーニーは力の限りを込めて、クリスの『ネオ・アルヴァウェポン』を粉砕した。その破片の中からは武器に隠されていたコアと呼ばれる石も破片となって顕れた。
「貴様ら……。なんてことを」
「『ネオ・アルヴァウェポン』は核となる石を破壊されない限りは何度でも蘇る。そうでしょう?」
サンディは砕けたクリスの『ネオ・アルヴァウェポン』の中から核となる石を取り出してサルトルに見せた。すると徐々に周りの空間が歪み始め、最初にいた神賀ドームの外へ変わっていった。
「ふぅ……。これでひとまずオッケーね」
サンディとディーニーが安心していると、周りには先ほどのように多くの人がサンディらを囲んで騒いでいた。
「おい、さっきの人たちだ!」
「急に消えたと思ったら、今度は急に現れるとか、どうなってんだ⁉」
周りの聴衆は大騒ぎしており、サンディとディーニーは苦笑いをした。
「あちゃー、どうしよう……」
「これでは収集がつかんな……」
二人が狼狽していると、傍で倒れているクレアが思わず泣きだした。
「うそだ……。『ネオ・アダプター』であるあたしたちが、何でこんな素人どもに……」
「ほんとに……予想外……」
「理解に苦しみマス……」
クレアの泣き声に反応して、倒れているクリスとミシャもつられて泣きだしてしまった。
「お前たち!敵に涙なんて見せるな!これは何かの間違いだ。常人をも超える力を持つ我々がこんな奴らに負けるなど……」
サルトルは思わず拳を地面に叩きつけた。
「残念ながら当然の結果よ」
悔しがるサルトルを尻目に、サンディが凛とした口調で切り捨てた。
「あなたたち、『ネオ・アルヴァウェポン』の力にかまけていて本体の戦闘力は全然ね。『アルヴァウェポン』は使用者の心に呼応するもの。それは『ネオ・アルヴァウェポン』も例外じゃないわ」
「何……⁉我々の心に問題があるとでもいうのか……?」
「あなたたち、確かに恐ろしい力を持っているけど私たちから見ればまだまだ子供。そんなんじゃあなたたちのボスの足元にも及ばないわよ?」
サンディは不敵に微笑んで、踵を返した。
「さてと。ディーニー、これからどうする?」
「こいつらは警察に引き渡すとして……。この群衆をどうするかだな……」
二人の周りでは相変わらず多くの人が騒いでいる。
「おい、いつになったら俺たちも力が使えるようになるんだよ⁉」
「もういい加減、待ちくたびれたぜ!」
サンディらの周りでは例の動画を見て神賀ドームに集まった群衆が、怒ってサンディに問い詰めてきた。
「ええ……。そんなこと言われても……」
困ったサンディは横に目をやってディーニーに助けを求めた。しかし彼もサンディと同じように群衆に責め立てられている。
「ふ、ふふ……。馬鹿め……。人間なんて所詮、自分のことしか考えない欲深い生き物でしかない。そんな人間が先生と同じ力を持とうとすること自体がおかしいのだ……」
サルトルは怒り騒ぎ立てる群衆を見てあざ笑うかのように呟いた。その時、群衆の中を突き進んだ一人の人間がサンディの目の前まで来てサンディと群衆の間に割って入った。
「みなさーん、阿神祭り特別企画、『瞬間移動マジック』はこれで終わりでーす。例の告知用動画を見て来てくださった方、ありがとうございましたー。」
飯山はマイクを持って朗らかな口調で、声を張り上げた。
「なっ……」
「何⁉」
「まじかよ、ただのマジックだったのかよー」
「俺もあの力が手に入ると思ってたのにー」
「まぁあんな超常離れした力、本当にあるわけないか……」
その言葉を聞いた群衆は皆がっかりとした様子で散っていった。その光景に飯山はほっと胸を撫でおろしたが、その様子を横で見ていたサンディらは驚いて目を丸くしていた。
「ちょっとあなた、なんでこんなところにいるの?」
「え?だってここに集合する予定だったじゃないですか」
「そうだけど……、あなたは別行動の予定だったじゃない」
サンディの言う通り、飯山は『ネオ・アダプター』との戦いでは力を使えないためこの日は戦いには参加しない予定だった。その飯山が戦場にとなる神賀ドームの付近にいたため、サンディたちが驚くのも無理はなかった。
「実は宗也から頼まれてきたんです。あいつはここには来れないからって」
「ええ⁉じゃあ何処に行ったのよ?」
「峰城高校です」
「峰城高校?何でそんなところに……」
「諏訪がそっちに向かっているらしいんです。それを聞いた途端、宗也もそっちへ行ってしまいました」
「もう……。アンナといい、茅野君といい、どうして計画通り動かないのよ!」
サンディは怒って頭をかきむしった。その様子を見てディーニーは慌てて彼女をなだめる。それから徐々に怒りが収まってきたサンディは、冷静さを取り戻して髪を整えた。
「飯山君。君はそこに倒れている四人を見張っておきなさい。もしアンナが来たら事情を説明して私たちに連絡して頂戴」
サンディは変わらず屍となって倒れている『クアトロ・マウス』の四人を指さした。
「サンディさんたちはどうするんです?」
「私たちは峰城高校に向かうわ。茅野君だけに任せるのは危険すぎるもの」
そう言ってサンディは近くに停まっていたタクシーを呼んでディーニーと一緒に乗り込んだ。
「じゃあ頼んだわよ、飯山君。あいつらの武器は全員奪ったから、妙なことはしないと思うけど、今のあいつらなら君でも簡単に制圧できると思うわ」
「分かりました、サンディさんたちも気を付けてください」
サンディはタクシーの窓から飯山に向かって黙ってサンムズアップすると、一気にタクシーを走らせて行ってしまった。
「さてと……」
「おい、貴様は先生のスパイだろう?我々を裏切るような真似をしてただで済むと思っているのか?」
サルトルは飯山に向かって憎しみを込めた口調で言い放った。だがそんな言葉で動揺するほど、今の飯山は弱い人間ではなかった。
「別に裏切ったからといって、グローケンのことを嫌いになったわけじゃありません。むしろあの人には感謝しています」
そう言い放つ飯山の目は、真っすぐに前を見据えておりそこに欺瞞などというものは一切存在していなかった。
「何?ならば何故裏切った⁉」
その答えを言う前に、飯山は峰城高校のある方角を見つめた。周りにはもう他に人は誰もいなかった。
「…しかしグローケンは本当の意味で僕を助けてはくれなかった。そんなときに宗也と出会ったんです。彼はグローケンと違い、力を与えてはくれなかった。それが僕の力になったんです。」
「意味の分からないことを……。目に見える力こそが人の心を満たしてくれるのだ」
「だからこそ僕たちは分かり合えないのでしょうね。その上で、どちらが正しいのかなどという議論をするつもりはありません」
飯山は一息つくと、懐から黒いリングのようなものを取り出して転がっていたサルトルたちの腕に装着させた。
「これは先生が開発した『ネオ・アルヴァコア』製の拘束器具!貴様、これをどこで……」
「無論グローケン先生からですよ。まぁこの器具は極端に重いというだけで、他にこれといって有用な機能があるわけでもないですけど」
「ぐっ……腕が重くて動かせん……」
サルトルがもがいていると、先ほどまで気絶していたクレアたちも意識を取り戻した。
「うわっ……やっと目が覚めたと思ったら、なんだこれ!重くて動けねぇ」
「私たちの……力じゃ……無理……」
「これならいっそ気絶していたほうがよかったデース……」
『クアトロ・マウス』の四人は皆一様に、腕のリングを外そうともがいていた。それを見下ろしていた飯山は、再び峰城高校の方へ目をやる。
「まぁゆっくりしていてくださいよ。祭りはまだ始まったばかりなんですから」
アンナの発砲した銃弾はグローケンの心臓をとらえていたが、あと一歩のところで防がれてしまった。グローケンは大きな鎌で銃弾を受け止めると、にやりと笑った。
「急に攻撃して、危ないじゃないですか。私とて生身の人間、心臓に撃たれたら死んでしまいますよ」
「はなから殺すつもりでやってるんだ。当然だろう?」
アンナは銃を構えながら、じりじりとグローケンとの距離を詰めた。それに追随するように、グローケンも一歩、また一歩と後ろに下がる。
「あなたの武器、『エモ・インパクト』は弾速と威力をを自由に切り替えられるんでしたねぇ。つまりあなたの思考さえ分かっていれば、防ぐのは簡単です」
「その言い方だと私の思考が全て分かっている、といっているようじゃないか」
「その通りですよ。私はあなたが子供のころから知っているのですから」
その言葉を聞いて、アンナは眉をぴくりと動かした。次第に銃を持つ手にも力が入る。
グローケンは表情を変えずにじりじりと後退を続けた。両者は工場の中の方へ入っていった。
「どうした、攻撃してこないのか?」
アンナは歩を前に進めながら、グローケンに向かって言い放った。しかしその声には冷静さを装いつつも、どこか苛立ちが見え隠れしている様子だった。
「……ここで私のポリシーをご紹介しておきましょうか。私は基本的に人は殺さない主義なんです」
「……それがどうした?」
「嘘だと言わんばかりの表情ですね。しかし嘘ではありません。私は自己満足で殺人をしない主義でしてね。自分の野望の障壁となる人間以外は殺さないようにしてるんです」
グローケンは近くの机に置いてあったチェス盤の駒をめがけて、鎌を水平に振った。窯はチェスの駒のすぐ近く上を通り過ぎた。途端に風圧が起きて机がガタガタと揺れたが盤上の駒は全て倒れなかった。
「……貴様の妄言など聞く気もない」
しかしグローケンはそんなアンナの反応など気にも留めずに話を続けた。
「しかし私の野望の障害となる人間が現れるなら話は別です。私の野望の礎となってもらいます。君の父親のようにね」
グローケンは再び鎌を水平に振った。先ほどと同じ挙動だったが、盤上の駒の中の一つが僅かに鎌に当たって倒れてしまった。
「……たとえ殺す人間が良き友だったとしてもか」
「それも仕方ないと思っています。しかし私も人の心がないわけではありません。君の父親を殺すときはさすがに心が痛みました」
グローケンは懐からハンカチを取り出して涙を拭き取る仕草を見せた。それを見てアンナの怒りが心の底からふつふつと湧き上がってくる。
「……もはや何も言うことはない。貴様は私がここで手を下す」
「君は私があなたの父親を殺したときはまだ子供でしたねぇ。どうですか?父親の死を間近で見た感想は」
「貴様……。私があの時、物陰から見ていたことを知っていたのか……!」
「知っていましたとも。まぁ少女ごときが見ていようとも私の計画に支障はなかったので放っておいてあげましたがね」
グローケンは倒れた駒を盤上に立てて戻した。その瞬間、一気にアンナが走って距離を詰めて至近距離でグローケンの心臓めがけてありったけの力を込めて撃った。
「これがあのときの少女だ。貴様の選択を悔いるがいい」
その瞬間、『エモ・インパクト』の銃口から巨大なエネルギー弾が発射されてグローケンに直撃した。直後に工場内で爆発音がこだましてグローケンは一瞬のうちに、アンナの攻撃の爆発音に包まれた。爆発が収まって煙が徐々にはれてきたとき、うっすらとグローケンの影が姿を現した。死んだかと思われた彼の身体ははエネルギー弾から大きな鎌でま咄嗟に守られており、ぴんぴんしていた。
「おお~。怖いですねぇ。まさかこれほどの力を持っているとは思いませんでした」
グローケンは一気に飛び上がり、工場の一番奥の部屋まで後退した。アンナもそれに続いて奥の部屋へと入っていく。
「これで倒せるとは私も思っていないよ。だからこそ全力でいかせてもらう」
アンナは『エモ・インパクト』を光らせて、力を込めた。
「威勢がいいですねぇ。ところでここがどこか知っていますか?」
グローケンの急な問いかけにも、アンナは答えず銃口を向ける。
「実はここはかつて米軍の基地だったようで、そこで面白いものを見つけたので私なりに改造してみました」
グローケンが傍らに取り付けてあったスイッチを押すと、途端に工場全体がぐらぐらと地震のように揺れた。そのあまりの揺れの大きさに、アンナも思わず体勢を崩してしまう。
「なんだ……?この揺れは……」
すると徐々にアンナたちがいる部屋の床がせりあがり、工場内が崩れだした。そして工場を含めた場所一帯の地面にひびが入っていき、地面の下から巨大な飛行艇が姿を現した。飛行艇はそのまま地面を突き破って空へ飛び立った。
「なんだこれは……⁉」
アンナたちのいる部屋の床はちょうど飛行艇の胴体の真上にあったため、アンナは床を突き破って飛び出してきた飛行艇にそのまま乗せられてしまった。同じくグローケンもその上に飛び乗り、グローケンとアンナを乗せた飛行艇は空を飛びながら阿神町の中心部へと向かっていった。
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