第13話

阿神町からは少し離れた上空では、巨大な飛行艇が街の中心に向かって進行を続けていた。その飛行艇の甲板では、グローケンとアンナが対峙していた。グローケンは宗也が巻き起こしている風を指さした。

「見たまえ、あの力を。遂に人類がアルヴァコアの力を百パーセント引き出したんだ。諏訪君がとうとうやってくれましたよ‼」

 グローケンは嬉々として両手を広げ、声を張り上げた。

「それはどうかな……。あれは少年の力だと思うよ」

「ほう、そのような見方もできますねぇ。ですが茅野宗也君にあのような力があると?」

 グローケンは不思議そうな顔をしたが、アンナは自信ありげに微笑んだ。

「あるさ。私は少年を信じているからね」



 





 峰城高校の道場前では、依然として諏訪は宗也の一撃を食らいながらも、攻撃を続けていた。しかし接近戦を試みようとすると斬撃が飛んでくるので近づけず、逆に遠距離から斬撃を放とうとするも風に阻まれて宗也の元まで届かない。攻めあぐねていた諏訪は、ふうと一息つくと、ポケットからグローケンにもらった黒い石を取り出した。

「こんなときのための力だよな……博士」

 諏訪はぼそっと呟くと、その石に力を込めた。その瞬間、諏訪の全身に激痛が走った。

「ぐっ…あああああああああ‼」

「なんだ、あれは……」

 宗也が諏訪の異変に気付き接近を試みようとしたその時。諏訪の身体には黒いオーラと赤いオーラが交互に集まってきた。彼の目は赤く光っており、以前の彼とは比べ物にならないほど狂気に満ちた顔をしていた。

「この力だ……俺が求めていたのはよ……」

 グローケンが諏訪に渡した石。それはアダプターの適応率を強制的に引き上げるという危険なものだった。通常ならばアルヴァコアの要求する力に身体が耐え切れず、命の危険もあるというものだが、諏訪の思いの強さがアルヴァコアの要求に応えた。彼の身体は初めこそ激痛が走ったが、徐々にその痛みは収まった。

「諏訪……お前、そこまで……」

 諏訪の飽くなき力への渇望を目の当たりにした宗也は、どこか哀しい顔をした。だがすぐに覚悟を決め、顔を引き締めると『現朝』の柄を握りしめた。

「俺も覚悟を決めてやるよ……。この『現朝』でお前の覚めない『夢』に終止符を打ってやる……!」

  宗也は刀を構え、ありったけの力を込めた。周囲は天変地異でも起きているかのように大地が揺れており、物凄い勢いの風がそこかしこに吹いていた。

「お前はアルヴァコアには向いてねぇ……」

 頬が痩せこけ、狂気に満ちた顔をした諏訪は、おもむろに呟いた。そして、ゆっくりと顔を上げると、にやりと笑った。

「アルヴァコアはてめぇの心に宿る力だ……。つまり、普通の奴らにはない、てめぇだけの個性が必要なんだよ……」

「……何が言いたいんだ?」

 宗也は諏訪の方を一点に見つめながら、恐る恐る聞いた。諏訪はその返事が聞こえていないかのように、突然宗也に向かって直進を始めた。

「てめぇにはねぇんだよ!個性が!野望が!芯が!」

 諏訪は真っすぐに宗也に向かって刀を振り下ろした。そのスピードは、フルパワーの宗也でも辛うじて目で追えるくらいのスピードだった。だが宗也の対応が遅れたのは、諏訪の異常なスピードによるものではなく、諏訪の言葉に一瞬心が揺らいでしまったからだった。

「がっ……」

 覚醒状態の宗也でも諏訪の一撃を腹に食らうと、ただでは済まなかった。諏訪は仰向けに倒れた宗也の身体を踏みつけ、『夢夜』の切っ先を宗也の喉元に突き付けた。宗也の喉元の三センチ先には諏訪の刀が向けられており、いつ刺されてもおかしくない状態だった。しかし宗也は慌てず、誰に話すでもなく倒れたままゆっくりと口を開いた。

「ここでお前に勝てなきゃ、俺がここにいる意味がねぇんだよ……」

「あ?」

 その瞬間、諏訪は宗也の眼から凄まじいほどの殺気を感じ取り、すぐにその場から離れた。宗也はすぐに立ち上がると、諏訪に向かって再び刀を構えた。

「何故だ……。これだけ俺が強くなっても、何故お前の力まで上がり続ける……?」

「……教えてやるよ。これはお前のおかげでもあるからな」

「何⁉」

 諏訪の一撃を食らってもなお、宗也はぴんぴんした姿で不敵に笑った。その姿を見た諏訪は、先ほどから芽生えていた感情を再び押し殺した。それは諏訪が絶対に認めたくない感情だった。

「さっき俺に個性がないとか言ったな……。確かに俺は飯山のように人当たりがいいわけでもないし、明科のように気が利くわけでもない。グローケンのように先を見据えた野望があるわけでもないし、アンナさんのように自分らしく振舞っているわけでもない」

「……結局てめぇには何もねぇじゃねぇか」

 諏訪は呆れた様子で宗也を嘲笑った。だが宗也はそれに耳を貸すこともなく話を続けた。

「俺には何もなかった。だからこそ憧れがあった。飯山のように皆に好かれたい、アンナさんのように自分らしく生きたい。それこそが俺の力の原動力だ」

「はっ、結局は他人に影響されやすい人間の典型じゃねえか。てめぇみたいなやつが周りの意見に流され、ただそこらの石ころのように平平凡凡と生きていくんだよ!」

 諏訪は自分でも自然と声を荒げていたことに気づいた。そのことに一層苛立ちを覚え、近くにあった空き缶を蹴っ飛ばした。

「……そうかもな。だが、重要なことを一つ忘れてるぜ?俺がなりたかったもの……、それはお前だ。だからお前が強くなろうとすればするほど、俺の大志も大きくなる」

「……面白れぇ。そんじゃあ、俺の野望とお前の空虚な憧れとやら、どっちが上か決めようじゃねぇか」

 先ほどまでの怒りをむき出しにした諏訪の様子は既に無く、すっかり冷静さを取り戻していた。冷静さを取り戻した諏訪ほど強いものはないということを宗也は知っていた。だからこそ『現朝』の柄を握りしめる手にも力が入る。

「……これで終わりだ。諏訪。」

 宗也は残る限りの全ての力を剣に込めた。宗也は今までにないほどの、集中力を研ぎ澄ましていた。

「お前の中ではこれで終わりでも、俺の中ではまだまだ通過点なんだよ!」

 宗也の力に呼応するように、諏訪も『幻夜』を構えて力を溜めた。宗也の青い光とは対照的に、諏訪の周りには赤い光が集まってくる。

 二人はしばらく力を溜めたまま見合った。その時間、わずか五秒。

『刹剣』――。

 それは、宗也だけが持つ力だった。その能力とは、一度だけ地球上の誰にも見えないひと振りを生み出すことができるというもの。宗也は諏訪に向かって力強く地面を蹴った。

 しかしその瞬間。宗也の眼前に諏訪の姿はなかった。宗也はその瞬間、集中力が途切れた。

「だからてめぇは駄目なんだよ」

 諏訪は宗也のすぐ近くまで迫っていた。気づくと宗也の腹には今までにないほどの衝撃が走った。そのあまりの速さに、宗也は最初痛みを感じないほどだった。しかしその次の瞬間だった。宗也の腹部には徐々に衝撃が大きくなっていき、尋常ではない痛みが宗也の全身を駆け巡った。

「……がっ……!」

 あまりの痛さに宗也は声も出せず、口から少量の血を吐いた。本来ならここで気を失ってしまってもおかしくなかった。しかし宗也の眼はまだ死んではいなかった。この戦いにかける覚悟の差。それが諏訪と宗也の違いだった。宗也は腹で諏訪の勢いを止めたまま、目にもとまらぬ速さでありったけの一撃を諏訪の背中に叩きこんだ。その瞬間、巨大な衝撃が鳴り響き、諏訪と宗也は土煙に包まれた。

 しばらくして土煙が晴れていき、徐々に二人の姿が現れた。宗也は剣を杖代わりにして辛うじて立っていたが、すでに満身創痍の状態だった。

「やっぱりてめぇは甘ぇな」

 ふいに諏訪の声が聞こえてくると同時に、宗也はその声のする方向を向いた。すると、宗也の足元に仰向けで倒れている諏訪の姿があった。先ほどまでの殺気に満ちていた表情は見る影もなく、脱力した表情で眼前に広がる青空を見ていた。

「……まだやるか?」

 宗也は乱れていた息を整えながら、諏訪に問いかけた。諏訪はしばらく黙っていたが、ふぅと息をつくと、口角を上げた。

「当然だ。……と言いてぇところだがな。悔しいが認めてやるよ。さっきの一撃で俺の身体はもうほとんど動かねぇ。もう一度『幻夜』を覚醒させるだけのエネルギーも残ってねぇ。まぁお前も同じだろうがな」

「どうかな。俺はまだまだやれるぜ?」

「粋がんな、俺には分かってんだよ」

 諏訪は宗也から顔を背けると、ゆっくりと上体を起こし、傍にあった『幻夜』を握った。

「てめぇが剣道部を辞めてから……。俺の中の細い糸がぷちんと切れた音がした。元はといえばてめぇがあの時諦めなけりゃ……。あの時諦めといて、今は諦めねぇだぁ?虫が良すぎんだよ‼」

「諏訪……」

 諏訪は握りこぶしを作り、地面を大きく叩いた。

「確かにお前の言う通りだ。あの時の俺は逃げた。だからこそ今は思う。俺はもうお前の前からは逃げないってな」

 宗也の言葉に諏訪は奥歯を強く噛みしめ、それから大きく息を吐いた。

「負けは負けだ。お前の言うことは聞いてやる。だが一つ言っておく。これを機に俺はグローケンとは手を切ることにした」

「……本当か⁉」

 宗也は面食らったような反応で、諏訪に詰め寄った。諏訪は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、その圧迫感に諏訪は手をひらひらさせて宗也を遠ざけた。

「……戦っていて思ったんだよ。これは俺が求めていた強さじゃないってな。だからお前に勝ったとしても、グローケンとは手を切るつもりだった」

 諏訪は服についた埃を手で払いのけ、ふらつきながらもなんとか立ち上がった。

「俺はこの街を出ることにした」

「何⁉」

「この街に俺の居場所はもうねぇ。今日までなりふり構わず生きてきたからな。だからだろうな。お前に負けて、何もなくなっちまった。俺の野望も、生きる目標も、居場所も」

 諏訪はかつてないほどの虚無感に襲われていた。今まで自分が最強だと思っていた驕りを覆されたことにより、その衝撃も大きかった。諏訪は抜け殻のように空を見つめて呟いた。

「俺は一度自分を見つめなおす旅に出る。それしか俺に残された道は……」

 諏訪がそこまで言うと、急に制服の襟元を掴まれ、一気に引き寄せられた。そのすぐ正面には宗也の怒った表情があった。

「何勝手なこと言ってんだてめぇは‼」

 諏訪は宗也の怒声に少し驚いたのか、先ほどまで半開きだった目を大きく見開いていた。宗也は諏訪の襟元を強く握りしめた。

「なんのための俺がお前に勝ったと思ってんだ!お前はこれからもこの街に残るんだよ‼」

「……つっても今の俺には目標も居場所も……」

 諏訪は今までの姿からは想像もできないほどの情けない声を出していた。

「目標ならここにいるだろうが!」

 宗也は力強く自分の胸を叩いた。そして諏訪に人差し指をぴんと突き立てた。

「この街を出るなら俺を倒してから行け!今まで最強だったからって、何でも許されると思うなよ?目標なら俺がお前の目標になってやる‼居場所なら俺が作ってやる‼だから安心しろ‼」

 そこまで言うと、宗也は踵を返し、竹刀に戻った『現朝』を仕舞った。

「それに……」

 宗也はそこまで言いかけた後、少し溜めてから後ろを振り向いた。

「お前まだ高校生だろうが。せめて高校は卒業しとけ」

 それを聞いた諏訪は、ふっと苦笑して言った。

「はっ、こんな高校生がいるかよ」





 宗也と諏訪の戦いが終わってからしばらく経った頃。阿神町の中心部は、多くの人で賑わっていた。各地では様々な催し物が行われ、報道関係者も多く詰めかけていた。阿神祭実行委員会の実行委員長である砂川は、依然としてアナウンサー相手に饒舌なトークを繰り広げていた。

「ほう、あなたは阿神祭は初めてなんですか。では是非私に何でも聞いてください。なにせ私は三十年以上この阿神祭を取り仕切ってきた男ですから」

 酒の力もあり、砂川はいつになくご機嫌だった。その様子にアナウンサーもたじたじだったが、東の空に何かを見つけると砂川に尋ねた。

「砂川さん、あれは何でしょうか?」

「ん?どれでしょう?私にわからないことなんて何も……」

 砂川はそう言ってアナウンサーの指さす方を見ると、巨大な飛行艇がこちらへ向かって動いていた。その飛行艇の甲板ではアンナとグローケンが戦っていた。

(あれは確か、阿神祭を守らせてくれとかいうわけのわからないことを言ってきた奴じゃな……)

 砂川が首を傾げていると、隣のアナウンサーが怪訝そうに砂川の顔色を窺っていた。それを見た砂川は慌てて笑顔を取り戻した。

「はっはっは。ご心配なさらず。これも祭りの一環ですよ。今年は例年とは一味違う内容になっておりますので」

「そうなんですか!いやー、さすが砂川さん。やはりこの街はあなたがいてこそですね!」

「がっはっは!そんなことはありませんよ。皆の働きあってこそです」

 アナウンサーと砂川が盛り上がっていると、傍にいたADが何かに気づき、ディレクターに耳打ちした。

「飛行艇から何か出てきました」

「え?本当だ、なんだあれ」

 ディレクターが東の上空を見ると、グローケンの飛空艇からたくさんの黒い物体が落ちてきた。だがここからは遠く、それが何なのかは肉眼では確認できなかった。






 アンナは飛空艇から落ちる黒い物体を見て、グローケンに問い質した。黒い物体は、パラシュートがついており、何かが黒い布で包まれていた。

「グローケン!何だ、あれは‼」

「私からの贈り物ですよ。阿神町の皆さんへのね」

「何⁉」

 グローケンは甲板に吹く強風を全身に浴びながら、にっこりと笑った。

「これは爆弾ですよ」

「爆弾だと⁉」

 グローケンは両手のひらをアンナに見せて、一歩引いた。

「おっと、そんな怖い顔しないでくださいよ。せっかくの美人が台無しですよ?」

「……一般人に危害は加えないんじゃなかったのか?」

「おっと爆弾といっても言葉通りの意味ではありません。この布の中には誰でも『ネオ・アダプター』になれる石が入っています。この石を一度でも手に触れるとあら不思議!あっという間に『アルヴァコア』の力が手に入ります。まさしく愛の爆弾ですよ」

「ふざけるな‼」

 アンナはそう叫ぶと、落ちていく爆弾めがけて銃を構えた。空中で石を破壊すれば、地上の人には被害が及ばないかもしれない。落ちていくパラシュートは何個かあるが、アンナのシューティング精度なら全てのパラシュートにヒットさせることも可能だった。だがそれをグローケンがみすみす見逃すはずもなかった。

「駄目ですよ、余計なことをしちゃあ」

「⁉」

 アンナがグローケンの方を向くと、大きな鎌が正面から物凄い速さで襲ってきた。咄嗟にアンナは銃を盾にして鎌を受け止めたが、衝撃を抑えきれず後方に吹っ飛ばされてしまった。

「グローケン……!」

「あなたはそこで見ていてください」

 アンナはグローケンを睨みつけた。その間にも石を包んだパラシュートが街めがけて落下を続けている。

「くそっ……、奴が邪魔で自由に動けない……」

「ほら、下を見てごらんなさい。もうすぐ私の力が町民の皆さんにも届きますよ!」

 グローケンは両手を広げて早くも喝采モードに入っていた。飛行艇の下では阿神祭の中心部にいる人々が、落下するパラシュートに気付き始めた。

そしてそれとほぼ同じ時。ある子供があるものを発見し、母親に興奮気味に伝えた。

「おかあさーん、あそこに誰かいるよー!」

 子どもの指さす先には、飛行艇から少し離れた高層ビルの屋上に一人の人影があった。だがその人影に気付いている人はその子ども以外にはいなかった。

その人影は棒状の武器を落下するパラシュートの群れめがけて、勢いよく投げた。棒状の武器は徐々に大きくなり、回転しながら飛んでいった。そして落下するパラシュート一つ一つに命中した。命中したパラシュートは次々と半径一メートルほどの爆発をした後、中の石も粉々に砕け、小さな光の粒となって街に降り注いだ。全てのパラシュートに命中した後、棒状の武器はブーメランのようにUターンして持ち主の元に戻っていった。

「わぁーすごい、何あれ!」

「粋な演出だなー」

 街の人々は光の粒を見て一様に歓声を上げ、喜んだ。光の粒を浴びた人に特に異常は見られない。

「馬鹿な……、一体誰の仕業です⁉」

 グローケンが狼狽えつつも、武器が飛んできた方を見ると高層ビルの屋上に一人の影を発見した。

「全弾命中です。やれやれ……、こんな感じでいいっすか?」

 屋上の人影は飛空艇の方を見やりながら、電話越しの相手に確認を取った。電話の相手は病室の窓から街の様子を見ていた。

「……これでひとまず安心ね。ご苦労様、飯山君」

 サンディは病室の窓から街の様子を見ながら、飯山との電話を切った。その横ではディーニーも安堵したような様子を見せている。

 諏訪との戦いで深手を負ったサンディとディーニーは、明科に運ばれて、阿神町内の病院に搬送されていた。幸い命に別状はなかったが、医師によると、二、三日は安静が必要だということだった。

三十分前、サンディは、病室の窓からグローケンの飛行艇を見つけると急いで飯山に連絡を取り、飛行艇の様子を注視するように依頼した。その頃 『クアトロ・マウス』の様子を見ていた飯山は、サンディたちの所属元である米国の対アルヴァコア特殊部隊にサルトルらを引き渡すと、サンディの指示通り行動していた。

「引き続き、監視お願いね、飯山君」

「今日の俺は色々な人に振り回されるなぁ……」

 飯山はそう小声で呟いた。

「何か言ったかしら?」

「いえ、何でもありません!」

 飯山は電話越しに背筋を正すと、飛行艇の甲板を見据えた。

「頼むよ……アンナさん。この街を守ってくれ」




「いやー、今のはすごい花火でしたねぇ、砂川さん!」

「そうでしょう。あの迫力こそ、我が阿神祭の魅力ですよ!」

「まったくですね。最初は巨大な爆弾が落ちてきたのかと思いましたよ!」

「御冗談を。『再生の噴水』を」中心に、阿神祭のセキュリティは万全ですよ。そんな危険なことあるわけないでしょう」

 砂川は依然としてアナウンサーを相手に軽快なトークを繰り広げていた。とっくにお酒は回っており、もはや物事の分別もままならない状況だった。しかしそんなことはおかまいなしに、アナウンサーとカメラマンは砂川とともに阿神祭を楽しんでいた。そのすぐ横には町の有名スポットでもある巨大な噴水が流れており、小さな虹を作っていた。


「困りましたねぇ……。せっかくの私の贈り物がまさか、邪魔されるとは」

「そろそろ観念しろ。お前の企みなど、私たちには通用しない!」

 アンナは『エモ・インパクト』をグローケンめがけて連射した。グローケンは難なくそれを弾き返しながら、アンナに語り掛けた。

「そうですね……。そろそろ頃合いですねぇ」

 グローケンはすぐ下を指さしてにやりと笑った。

「アンナ嬢、この下は何があるか知っていますか?」

「何のことだ⁉」

 アンナはグローケンの言葉には耳を貸さず、彼に向かって撃ち続けていた。しかし一向に埒があかず、彼女は徐々に苛立ちを募らせていた。

「実はこの下にある物こそが、私がこの街を訪れた理由なのです」

そういうと、グローケンは上空高さ百メートルほどの甲板から飛び降り、真っ逆さまに落ちていった。その様子にアンナは不意をつかれ、急いで甲板から下を窺った。

 グローケンは、街の中心にある巨大な噴水めがけて落下し、噴水の中に飛び込んだ。大きな衝撃とともに大きな水しぶきを上げて、辺り一面に水が飛び散り、周囲の人々は一様に驚いて騒然とした。

「な、何ですか?砂川さん、今人が落ちてきたように見えましたが……」

 すぐ近くで砂川と話していたアナウンサーは驚き、砂川に尋ねた。

「え?一体何が起きたんです?」

 グローケンが落ちてきた姿が見えなかった砂川は、飛び散る水しぶきと周囲の人々の反応を見て、目をぱちくりさせた。グローケンは、着地すると同時に噴水の根元を大きな鎌で叩き壊した。それを見た砂川は、怒ってグローケンに詰め寄った。

「おい!そこのお前‼街の大事な噴水を何壊してんだ!さてはこの祭り騒ぎに乗じて、騒ぎを起こそうなどと考えた愉快犯だな⁉悪いが私はそのような行為を見逃すわけには……」

「少し黙っていてください」

 グローケンは、向かってきた砂川の腕をつかみ、投げ飛ばした。投げ飛ばされた砂川は、近くにいたカメラマンと衝突し、うめき声を上げると気絶してしまった。

 それを見た警備員は、拡声器で周りの人々にすぐさま呼びかけた。

「皆さん、暴漢が現れました!すぐにこの場から退避してください!」

 警備員は素早く持ち場につき、周りの観衆を誘導し始めた。人々はざわざわと動揺し、我先にというように、周りを押しのけて街の外へ向かった。しばらくすると、あっという間に街の中心部の噴水の周りには人がいなくなり、グローケンと数人の警備員だけが残った。

「対応が素早いです。別に何もしませんよ」

「黙れ。このような事件が起こることは想定済みだ。グローケン」

 そう言うと同時に、警官たちは懐から警棒のような形をした武器を取り出した。

「なるほど、あなたたちもそちら側の人間でしたか」

 グローケンは、壊れた噴水の瓦礫の山の中から、一つの青白く光る宝玉を取り出した。彼がその玉を取り出すと、警官の奥から複数の弾丸が飛んできた。グローケンは咄嗟に玉を庇いながら、鎌で受け止める。

「意外と遅かったですねぇ。トイレでも行ってたんですか?」

「……しらじらしい。私まで飛び降りたら制御の利かなくなった飛行艇はどうやって止めるというんだ?」

 アンナは警官の奥から現れると、警官に向かって下がるようなジェスチャーをした。彼らはアンナのジェスチャーを受けると、軽く会釈すると、何も言わず人々が避難した方へ去っていった。

「ここなら思う存分暴れられるぞ?グローケン」

「私をどこかの高校生と同じにしないでください」

 グローケンは、鎌を構えた。

『適応率九十パーセント』

 グローケンの鎌は赤く光り、次第に大きくなっていった。その形はさながら死神の鎌のように、切っ先は鋭く尖っていた。

「ようやく本気を出したな」

「もうあなたとの鬼ごっこは飽きました。ここで父親の幻影を追いかけていてください」

「お前がくたばるなら、いつまでも追いかけてやるさ‼」

『適応率九十パーセント』

 アンナの左手にはもう一丁の銃が出現し、両手を左右に広げた。

「……沈め。銃弾の雨に」

 アンナはグローケンに銃を向けず、左右の方角へ向かって銃を連射した。しかしその先に敵の姿はない。

「とうとう血迷いましたか。そんなところに撃っても誰もいませんよ?」

 その直後だった。グローケンの背後から銃弾が現れ、彼の背中を直撃した。

「……何⁉」

 グローケンが驚く間もなく、今度はグローケンの左右から無数の銃弾が現れて、彼の全身に着弾した。

「がぁぁぁぁぁ‼」

 グローケンは低く叫び声をあげて、倒れそうになったが、辛うじて踏みとどまった。服はアンナの攻撃を浴びてボロボロになっている。

「……どういうことです?まさか、銃弾の軌道を自由自在に変えたというのですか⁉」

「お前に答える義理はない」

 アンナは、すぐさま再び連射を始めた。今度は、上空に向かって銃弾が放たれ、グローケンの頭上めがけて無数の銃弾が飛んでった。グローケンはふらふらとしており、避ける気力もない様子で、再び銃弾の雨を浴びた。

「………‼」

 グローケンは今度は叫び声も上げず、正面に倒れこんだ。

「この弾丸は一発一発が、一般人が食らえば瀕死相当の威力だ。いくら貴様だろうともう立ち上がれないだろう」

 アンナが銃を下ろしかけたその時。グローケンの傍にあった鎌がいまだに力を失っていないことに彼女は気づいた。そして同時に、鎌から赤いエネルギーのようなものが発現し、グローケンの身体に入り込んでいった。すると、彼の身体は見る見るうちに傷が治っていき、先ほどまでピクリとも動かなかったグローケンがゆっくりと立ち上がった。彼の白い髪は真っ赤に染まっており、彼が着ていた白衣は真っ黒に染まり死神のようないで立ちになっていた。

「なんだ……その姿は‼」

「アンナ嬢……。何故アルヴァコアの原石が、広い世界のあの限られた範囲にだけ固まって散らばっていたのか知っているかね?」

 グローケンの声は先ほどまでの軽いトーンではなく、重々しい低い声に変わっていた。目の色も赤く染まっている。その声質に、アンナの背筋は一瞬凍り付いた。また、あまりに予想外な問いかけだった。

「……それがどうした⁉」

「アルヴァコアは元々一つの大きな石だった。それが砕け散り、いくつかの小さな石となってある範囲に散りじりになってしまったというわけだ」

「まさか……」

 アンナは、自分のアルヴァウェポンに目をやった。

「そうだ。君たち『アダプターや』私たち『ネオ・アダプター』のエネルギーとなっているアルヴァコアは、正確にはアルヴァコアの『一部』だ。それが何を意味するか、今から見せてあげましょう」

グローケンは青白く光る大きな球体を点にかざした。徐々に球体の光が強くなっていく。

「これがアルヴァコアの『原石』です。何一つ欠けずに、完璧な状態で保存された、正真正銘の『アルヴァコア』です‼」

「何故、そんなものがこの街にある⁉」

「百年前のアルヴァコアですよ。百年前のアルヴァコアはこの街に降ってきたんです。人々はすぐにこの石の持つ力に気づきました。そしてこれ以上、この力を悪用されないよう、この力を世界に知らせることなく、この噴水の中に埋め込みました。そこで空の神からの贈り物として、アルヴァコアがこの街に落ちてきた日にお祭りとして毎年祝うことにしたのです。それがこの阿神祭のはじまりですよ」

「……だから百年前のアルヴァコアについての文献がないのか……。何故そのようなことをお前が知っている⁉」

「君の父親から聞いたのですよ。君の先祖はこの街の出身だそうですね?」

「なんだと⁉」

 アンナの驚くそぶりを見せて、グローケンはやれやれというような反応を見せる。

「驚きましたねぇ。まさか娘に何も伝えてないとは。君を危険に遭わせたくないという親心でしょうか。まぁもう遅いですけど。彼も私に教えなければこのようなことにはならなかったのに」

 その言葉に、アンナは思わず声を張り上げた。

「父がどのような気持ちでお前に話したのか、分からないのか‼」

「彼は見通しが甘すぎるんですよ。私にならば、伝えても大丈夫だとふんだのでしょうが、私がそのような力を利用しないわけはないでしょう」

「父はお前の友人だったんだぞ!私は小さい頃からそれを見てきた。だからこそ父は信じ、私も信じていたのに……!」

 アンナはすがるような悲しい声色になりながら、必死に言葉を絞り出した。だがグローケンは突き放すように溜息をついた。

「結局あなたたち人間は自分から見た印象が他人の全てだと思っている……。だが哀しいかな、人間というものはいくつもの側面を持っているものです。それは茅野君や飯山君、もちろんあなたも同じです。だからあなたの父親が見ていた私も、私の一部です。ですがそれが私の全てではないということです」

「そんなことは分かっている、許せないのはお前のやり方、そしてなによりもそんなお前を信じていた私だ……」

「それは残念です」

 そう言うや否や、グローケンは巨大な鎌を水平に力強く振った。鋭い三日月のような斬撃が一直線にアンナに飛んで行った。

「ぐっ」

 アンナは二丁の『エモ・インパクト』で精一杯斬撃を撃ち続けたが、全くその斬撃が弱まる気配はない。斬撃はアンナにみるみるうちに近づいていき、ついにアンナの喉元まで迫った。

敗ける-------

アンナが死を覚悟したときだった。彼女に飛んできた斬撃は、彼女の直前で衝突するやいなや、一瞬で消滅した。

「らしくねぇよ、アンナさん」

 衝撃の後に広がったアンナの眼前には、見覚えのある人物が立っていた。その人物の右手には『現朝』を持っている。

「……少年」

「間に合ってよかった」

 アンナには彼の背中がそう語っているように聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る