第12話

サンディとディーニーを乗せたタクシーは、ほどなくして峰城高校の校門前に着いた。峰城高校の周りは生徒もおらず阿神祭ということもあって校門前は施錠されていた。サンディとディーニーはタクシーを降りると施錠された校門の向こうに一人の生徒が歩いているのを発見した。

「校門は施錠されているのに……一体何をしようとしているの……?」

 サンディたちは校門の横のフェンスを飛び越えて校内に侵入して、その生徒を追いかけた。サンディたちはあっという間に追いつくと、その生徒の後ろから声をかけた。

「ちょっと君、ここは今日は立ち入り禁止よ」

 サンディの声に気づいた生徒は足を止めてゆっくりと後ろを振り返った。茶色の髪に鋭く光る眼光。サンディとディーニーは彼と面識はなかったがその生徒を一目見ただけでその正体を察した。

「……あなたが諏訪俊介君ね?」

「誰だ、あんたは」

 諏訪はサンディの質問には答えず、抑揚のない低い声でサンディたちの方へ振り向いた。その迫力に一瞬気圧されながらも、ディーニーは毅然とした態度で諏訪に答えた。

「俺たちは対『アダプター』特別実行部隊だ。君がもし『アダプター』であるなら、我々と一緒に同行してもらおう」

「意味わかんねぇことばかり喋りやがって。俺は今からやることがあんだから邪魔すんな」

 諏訪は面倒くさそうに頭を掻いてどっかへ行けというように手を振ると、後ろを向いて再び歩き出した。

「待ちなさい!私たちを無視するというのなら、相応の処置をとらせてもらうわ」

 サンディはバッグから『ショックウェイブ』を取り出して諏訪へ銃口を向けた。

「おい、普通の高校生に撃つのは……」

 それを見たディーニーが慌ててサンディを止めようとする。

「大丈夫よ、威力は抑えるから」

 しかしその途端、諏訪は立ち止まってバッグから竹刀を取り出した。そして竹刀を光らせて一気に力を解放させる。

『適応率五十パーセント』

 諏訪の周りには赤いオーラが現れて勢いよく諏訪の身体を包み込んでいく。そのあまりの衝撃にサンディたちは思わず顔を腕で覆った。

「なんて力……!」

 そうサンディが呟いた瞬間だった。赤いオーラを纏っていた諏訪の姿が一瞬でその場から消えて、サンディたちの背後へ移動した。

「一度見逃してやるチャンスは与えてやったからな?」

「しまっ……」

 サンディたちが急いで振り返ろうとしたが、時既に遅し。甲高い金属音が校内にこだまして辺り一面に響き渡った。





 明科瑞穂はふと時計に目をやった。時刻は午後一時。剣道部の演武の時間まであと三時間ほどだった。彼女がいるところは阿神祭のメインステージエリアから少し離れた建物にある控室で、彼女の近くでは剣道部員たちがウォームアップを行っている。控室の壁の向こうからは、同じくメインステージでパフォーマンスを行う峰城高校のダンス部が練習を 行っているらしく声が聞こえてきた。

「宗也君たち、大丈夫かな……」

 明科は控え室の窓の外を見ながら呟いた。阿神祭の裏側では世界の情勢をk通替えしかねないほどの戦いが行われていることを思うと気が気ではいれらなかったが、力を持たない明科が何かできるはずもなかった。明科は事前にアンナに頼まれていたことがあった。

「明科ちゃんは彼らが安心して帰ってこれる居場所を作ってあげていてほしい」

 明科は自分のやるべきことが分かっていた。今の自分にできることは彼らを信じて待つこと、そして彼らの戻ってこれる場所を作ってあげることだということを。

 そんなとき、佐久主将が一人の部員と話しているのが目についた。佐久主将の表情には焦燥感が漂っていた。

「主将、どうかしたんですか?」

「実は部員の一人が竹刀を壊してしまったみたいで、予備の竹刀はもうないしどうしたものか……」

「心配ありません、私が道場に取りに行ってきますから」

 明科は自信満々に答えた。だが佐久の顔に安心感は戻らない。

「だがここから道場までは歩くと往復三時間以上はかかるぞ?竹刀販売店はこの辺にはないし、演武までもう時間がない……」

 佐久が頭をかかえていると、明科は手を顎にやってしばらく考え始めた。しばらくすると、傍にかけてあった佐久の自転車を見つけた。

「主将、自転車借りていいですか?」

「あ、ああ。構わないがそれで行くのか?」

 佐久は自転車の鍵を渡した。確かにこの辺は車も多く、渋滞で足止めを食らいかねない。その分自転車の方は速く移動できるかもしれない。

「主将はここで待っていてウォーミングアップを続けてください。私が道場まで行って竹刀を取ってきますから」

 佐久は代わりの部員を行かせようとしたが、明科の目に強い決意を感じて引き下がった。

「分かった。だけど無茶はしないでくれよ?君が危険な目に遭ったらたまったもんじゃないからな」

「分かってますよ、主将!」

 明科はにこっと笑って軽やかに自転車をこぎ始めた。必ずこの阿神祭を成功させる。そのためにはなんとしても演武の時間までに竹刀を届ける。そこでは彼女によるもう一つの戦いが始まっていた。





 既に宗也の目と鼻の先には峰城高校がそびえ立っていた。阿神通りから峰城高校まではそう遠くない距離だが、この日に限っては阿神祭の人だかりや通行止めの影響で急いでいた宗也もやむなく迂回せざるをえなかった。

「くそっ思ったより時間かかっちまった……」

 タクシーで行くと渋滞にはまる可能性があったため、峰城高校まで走ってきた宗也は息を切らしながら峰城高校のフェンスを飛び越えた。

宗也は峰城高校に近づいてきたときに聞こえてきた大きな衝撃音が気になっていた。一体人がいないはずのこの校内で何が起こっているのか。宗也はバッグから竹刀を取り出して力を解放した。

『適応率七十パーセント』

 竹刀は一気に青く燃え、宗也の身体を包み込んだ。宗也は力を解放すると即座に地面を蹴り上げて高く跳び、校舎の屋上へ着地した。『アルヴァウェポン』の使用者は身体能力が著しく上昇することを知っていた宗也は、校舎の屋上から校内を一望して諏訪を探すことにした。

宗也が屋上から諏訪を探していると、道場の付近にそれらしき影が見えた。そしてその近くに倒れている二つの影にも見覚えがあった。宗也はその光景を見て即座に状況を把握すると、勢いよく道場に向かって突っ込んでいった。宗也は道場付近に降り立つと、倒れているディーニーとサンディを背にして立っている諏訪に向かって威圧感のある声で叫んだ。

「おい、諏訪。この二人に何をした?」

 諏訪はゆっくりと振り向いて、宗也を見るとにやりと笑った。

「よお、宗也。久しぶりだな。ちょっとは強くなったのかよ?」

「てめぇ……」

 すると宗也の近くに倒れているサンディたちの身体が少し動いた。

「駄目だ……、そいつには勝てねぇ……」

「茅野君、今すぐ……逃げて……」

 サンディとディーニーは声を振り絞って背を向けている宗也に声をかけた。サンディたちの背中には大きな切り傷があり、傷口からは血が噴出していた。二人とも重傷ではあるが、命に別状はないようだった。

「そこをどけよ、宗也。そこの二人にとどめを刺すんだからよぉ」

 諏訪はゆっくりと宗也に向かって歩みを進めながら、赤く燃えさかる刀を構えた。宗也は唇を噛みながら、刀を構えた。額には冷や汗が流れ、後方に倒れているサンディとディーニーを横目で確認した。今すぐこの二人を治療したいが、諏訪を放っておくわけにもいかない。かといってこの二人を庇いながら諏訪と戦う余裕も今の宗也にはない。無論二人を置いてこの場から撤退するのは論外だ。

「くそっどうする……」

 諏訪と宗也の距離は徐々に縮まってゆく。ある程度の距離まで縮まってきたら、宗也はサンディたちを背にして 戦おうと覚悟していた。

 その時だった。宗也と諏訪が相対している戦いの場に、偶然一人の少女が迷い込んだ。少女は裏口から道場に入り、表口から出ると宗也と諏訪のいる戦場に丁度居合わせてしまった。少女は宗也と諏訪に気づくと、状況を飲み込めずに唖然とした。

「あれ……?宗也君と……諏訪君⁉」

「明科!何でここに⁉」

 明科に気づいた宗也は一瞬驚いたが、しまったと思い即座に諏訪の方へ目線を戻した。だが諏訪も視線を明科の方へ向けていた。

「お前……。どこのどいつかと思ったら明科かよ。よええ奴には興味もねぇ。失せろ」

「諏訪君……。本当に諏訪君なんだね……」

 明科は感慨深そうな表情で諏訪を見つめた。その眼には涙が溜まっている。宗也は平静さを取り戻すと明科に向かって声を張り上げた。

「明科!サンディさんたちを連れて病院へ急いでくれ!」

 明科は宗也の指さす方向に目を移すと、倒れているサンディたちを発見した。明科は近くに置いてあった台車を押しながら、サンディたちが倒れている所まで台車を運びサンディたちを乗せた。

「茅野君……。あなたじゃ無理よ……、早く……逃げて」

 サンディは台車に乗せられながら宗也に最後の通告を行った。それを見た諏訪は明科のいる方へめがけて突っ込んできた。その鋭い眼光は真っすぐサンディたちを捕えている。

「おい、明科ぁ、まだこいつらに止めさしてねぇんだから余計なことすんじゃねぇよ!」

 諏訪は刀の切っ先を倒れているサンディめがけて突き出した。しかしその切っ先はサンディに届く前に宗也の刀によって阻まれた。宗也は諏訪の突きを弾き返し、諏訪と明科の間に位置どった。

「サンディさん、ゆっくり休んでください。後は俺がやりますから」

 宗也は背中を向けたまま、サンディにサムズアップした。

「駄目よ……これはあなたのような高校生の手に負える相手じゃない……」

「おいおい、そこのおばさんよぉ。俺も高校生なんだけどなぁ!」

「諏訪、お前は黙ってろ」

 宗也は諏訪を睨みつけながら、静かに言葉を発した。それから穏やかな声に戻り、サンディに語りかけた。明科は背を向けていて宗也の顔こそ見ることはできないが、その口調から微笑んでいることは分かった。

「何となく……こうなる気はしてたんです。いずれ諏訪との決着はつけなければいけないって。これは自分自身の過去を清算するチャンスなんです。だから……この勝負だけはほかの誰でもない、俺自身のために戦わせてください」

「で、でもあなただけじゃ……」

 サンディが食い下がろうとしていると、横で倒れているディーニーがサンディの肩に手を置いた。

「やらせて……やれ。これは……漢の戦いだ」

「あんた……なにふざけてるのよ」

 サンディは呆れ顔でディーニーを見たが、やがて宗也を止めるのは無理と悟ったのか大きく息を吐いた。

「分かったわ。でも命だけは大事にしてね。あなたとアンナは、どーも無茶ばかりしてて心配だわ」

 宗也はサンディの言葉を黙って聞いていた。一通り会話が終了したことを悟った明科は最後に一言告げると、校門の方へ台車を押して走っていった。

「じゃあ宗也君、私信じてるから」

 明科のその言葉には短いながらも、強い願いがこもっていた。宗也は後ろを振り向いて明科の方を見ると、白い歯を見せてにこっと微笑んだ。


 それからの数十分は激しい剣の攻防戦が続いた。諏訪と宗也は互いに相手の攻撃を受けつつ、隙があれば攻撃に転じていた。しばらくは拮抗した剣戟が続いていたが、その優劣は徐々に目に見える形で現れていた。

「宗也ぁ、どうした、守ってばかりじゃねぇか?息が上がってきてねぇか?」

 宗也は大分息を切らしており、肩で息をするほどの状態だった。対する諏訪はまだ余裕らしく、涼しい顔をしている。その様子を見て諏訪は宗也と距離を取り、刀を逆さにして刀身を地面に突き付けた。

「だがお前はこんなもんで終わるやつじゃねぇ。何よりも俺が許さねぇ。まだ全力じゃないんだろ?俺の愛刀『夢夜』も血を吸いたくてうずうずしてるぜ」

 諏訪の周りには赤色のオーラが集まってきており、彼の髪の色も赤く染まり始めた。その強大な力は宗也の肌までビリビリと伝わってきた。

『適応率九十パーセント』

「この先は俺もどうなるか分からねぇ。だが俺は嬉しいぜ。最後にお前とこんな勝負ができるなんてなぁ‼」

 諏訪の『夢夜』はかつてないほどの光を発しており、美しく輝いていた。諏訪が刀をゆっくりと振ると斬撃が音速の如きスピードで宗也に直撃した。宗也は身体を切られながら吹っ飛ばされ、傷口からは血が噴き出した。幸い致命傷には至らなかったが、アルヴァウェポンの力で身体強化をしていなかったら命の保証はないと思えるほどの大きなダメージだった。それでも宗也は刀を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がり、にやりと笑った。

「へへ……。こんな危険な状況だってのに、お前とこうしてまた戦えることが感慨深いよ……諏訪。だが俺もあのときとは違って守らなきゃいけないものがあるんだよ‼」

 その瞬間、力が弱まっていたかに見えた宗也の刀が息を吹き返した。勢いよく宗也の周りに淡い青色の光が集中していき、諏訪が発する衝撃波を押し返した。

 宗也は既に知っていた。自分の力にはまだ隠されたステージがあることに。しかし彼は躊躇していた。今以上の力を出したら、どうなってしまうのか。アルヴァコアが持ち主の心の強さに呼応するのならば、当然強力な力を使おうとすればするほど、リスクが伴うということも把握済みだった。

 しかし今はそうも言っていられない。相手は諏訪。ならば答えは一つ。

「見せてやるよ、諏訪。俺の刀『現朝』の全力を」

 宗也が次のステージに行くためのトリガー、それは『守る者の存在』だった。誰のための戦うのか、何のために戦うのか。それが、自分のためだけに戦う諏訪との決定的な違いだった。

 かつてないほどの強大な青い風が宗也の身体を包み込んだ。その風の強さに強いオーラを放っていた諏訪も思わず後退してしまう。

「面白れぇ。お前も『九十パーセント』まで来たかぁ⁉」

 諏訪は強大な風をものともせず、宗也に向かって突っ込んでいった。宗也の姿は青い風に覆われており見えなかったが、諏訪はその中でも特にエネルギーが集中していると思われる位置を気配で感じ取り、そこに宗也がいるとふんでいた。すると薄っすらと諏訪の前方に宗也の人影が見えてきた。諏訪はにやりと笑い、斬撃を放った。

「終わりだ、宗也ぁ‼」

 その瞬間。諏訪の前方から諏訪が放った斬撃の何倍もの大きさの斬撃が諏訪に向かっていき、諏訪の斬撃を打ち消して諏訪に直撃した。

「ぐっ」

 諏訪は低いうめき声を上げると、一気に後方に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「……なんだ…この力は……俺の力の比じゃねぇ……」

 諏訪はよろけながらも素早く立ち上がり、刀の柄を握りなおした。

「お前には分からねぇよ……諏訪」

 青い風の中からゆっくりと宗也が姿を現した。宗也の身体の周りには無数の光の粒が浮かんでおり、刀身は白く輝いていた。

「なんだ、あの力は。見たことねぇ……」

 宗也が発現したのは、未だ到達した者はないといわれる領域。人類とアルヴァコアの歴史に刻むべき偉大な瞬間だった。

『適応率百パーセント』

 ――それはアルヴァコアの本来の力を引き出したという証だった。宗也の周りには青い風が空高く巻き起こり、その風は峰城高校から遠く離れた阿神祭の会場からでも見ることができた。人々は巻き起こる風の様子を見てざわざわとしていた。

 一方、その会場の中心では、トークショーのブースが設けられており、阿神祭の実行委員長である砂川がテレビ局の取材に答えていた。

「いやー、今年の阿神祭も物凄い盛り上がりですねー、砂川さん!」

「がっはっはっは。これも阿神町を盛り上げようとしている町民の皆さんのおかげですよ」

 砂川は既にお酒が入っているらしく、すっかり上機嫌になってアナウンサーのインタビューに答えていた。すると、峰城高校の方角から巻き起こっている巨大な風にアナウンサーが気づいた。

「砂川さん、あれも阿神祭の催し物の一つですよね!凄いですねぇ~」

「へ?ああ、その通りですよ!」

 砂川は手元のプログラムを確認したが、首を傾げた。

(あんな催し、あったっけか……まぁいいか)

 砂川はそれ以上、考えることを止めた。


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