第3話


 宗也は駅に向かって歩いていた。ここから自宅までは歩いて二十分ほど。家に着くのは十時ごろだろう。駅に近づくにつれて、人の数が増えてきた。通りに並んでいるお店にはイルミネーションが飾られており、夜の通りを華やかにしていた。歩いていると、ふと宗也は先ほどいたお店に携帯電話を置いてきたことを思い出した。

「やべっ店が閉まる前に取りに行かないと」

 宗也は踵を返して急いでレストラン「マスト」の方へ向かって走った。

 幸いレストランはまだ営業しており、宗也の携帯電話は店員の方が忘れものとして預かってくれていた。宗也が忘れ物の携帯電話を預かって店を出る頃は時刻は既に十時になっており、辺りは街灯に照らされて静寂に包まれていた。再び駅に向かう宗也は、先ほどアンナと別れた場所まで来た。周りに人はいない。

ふと宗也はアンナが向かっていった方角を見た。彼女はどうしただろうか。そんなことを考えながら、宗也は駅に向かって歩き始めようとしたその時だった。

「まだこんなところに人がいたんですねぇ」

 その瞬間、宗也は全身が固まってしまったかのようにその場から動けなかった。その声はとても冷たく、そして低い声だった。宗也が硬直していると、その声の主はゆっくりと宗也に近づいていった。一歩、また一歩と宗也に近づいていく。宗也は今までに感じたこのない恐怖を感じた。声の主は宗也の近くまでいくと、一言発した。

「子供は帰る時間ですよ」

 その直後にその声の主は宗也の横を通り過ぎた。宗也は視界の端にその声の正体をとらえた。その正体は宗也の背丈よりもずっと大きい初老の男性だった。白髪に白い髭を生やしており、頭には大きな帽子をかぶっている。真っ黒のコートを着ており、口には煙草を咥えていた。その男性が横を通り過ぎるとようやく身体を動かせるようになった。宗也はその男性から、得体の知れない恐怖を感じていた。

 男性は宗也を追い越して通りを歩いていき、交差点で止まった。辺りには男性と宗也しか居らず、しんと静まり返っている。すると交差点の左方向から何者かが歩いてきて、その男性と合流した。その者の姿を見たとき、宗也は愕然とした。

 その者は宗也と同じくらいの背丈で、背中には長いバッグのようなものを背負っていた。先ほどの男性と同じくコートを着ていた。最初は暗闇でよく見えなかったが、街灯に照らされた顔を見たときに宗也は確信した。

その者の正体は現在行方不明中の諏訪俊介だった。





 宗也は諏訪の姿を確認するとすぐに近づいていき、声をかけた。

「おい、お前諏訪だろ?一体何してたんだ。ここ最近、お前が学校に来ないって皆心配してたんだぞ」

諏訪は最後に宗也が見た諏訪の様子と同じだった。目に光は無く、一切表情を変えることなく宗也の方を振り向いた。

「ん?どこかで見た顔だと思ったらお前、茅野じゃねぇか。剣道部から逃げた雑魚が今更俺に何の用だ?」

「なんだとてめぇ!」

 諏訪は依然見た時よりも更に傲慢な性格になっていた。宗也を見る諏訪の目はまるで、道端の石ころを見ているかのようだった。

「何ですか、諏訪くん。その子は君の友達ですか?」

 諏訪と一緒にいる男性は先ほど通り過ぎた宗也を見て諏訪に話しかけた。

「そんなんじゃねぇよ、博士。それより例の力、こいつで確かめてみてもいいか?」

「やれやれ、君の好戦的な性格は相変わらずですね。まぁ適度に痛めつけるぐらいなら大丈夫でしょう。短時間で済ませて下さいよ?あまり時間はないんですから」

「ああ、任せとけ」

 一体こいつらは何を言ってるのか。宗也はその場の状況が飲み込めずにいた。諏訪は後ろに背負っていたバッグから一本の竹刀を取り出した。すると諏訪が握っていた竹刀が次第に光を帯びていき、見る見るうちに刀身が赤い刀へと姿を変えていった。その光景を目の当たりにした宗也は唖然としてただその場に立ちつくすしかなかった。諏訪は刀を宗也の前に向けた。

「もうすっかりアルヴァコアの力を使いこなしたようですねぇ」

「まだ五十パーセントだ、こんなんじゃ足りねぇ」

 宗也は二人が何を話しているのか訳が分からなかった。諏訪は真剣な眼差しをしており、その隣にいる白髪の男性は不気味な笑みを浮かべていた。

「おい、茅野。せっかくの機会だからお前にも教えてやるよ」

 諏訪はそう言って、日本刀を右手で振り上げた。

「な、何をする気だ?」

 宗也は思わず身構えた。宗也は諏訪が刀を自分に向かって振り下ろしてきたときのことを考えて、いつでもかわせるような態勢をとっていた。あんなもので攻撃されたら怪我どころじゃすまない。いくらなんでもそんなことまではしないだろう。そう思っていたその時だった。

「動くと死ぬぞ?」

「!」

 瞬間、諏訪は宗也の真横に刀を振り下ろした。刀は光を帯びて、空を切った。すると刀の軌道上でかまいたちのような風が生まれ、直線状に進んでいった。宗也の真横を勢いよく通り過ぎてった風は、建物にぶつかると“ドカン”という大きな音をたてて消滅した。宗也は風邪の勢いで飛ばされそうになったが寸前でこらえた。宗也は後ろを向くと、なんとコンクリートの道路に、大きな切れ目が真っ直ぐに入っていた。

「な、なんだよ、これ……」

「驚いただろ?」

 宗也が驚愕していると、諏訪があざ笑いながら言った。

「諏訪くん、この力を見せた以上、この子は消しとかなければいけませんよ」

「ああ、分かってる」

 諏訪は再び刀をゆっくりと振り上げた。先ほどの強大な力を目の当たりにした宗也は、恐怖で足が動かなかった。

「今度は外さねぇからな」

「お前、マジで殺る気かよ」

「悪いが博士の言うことだからな。お前とは色々あったが、ここで別れだ」

 諏訪はそう言って、刀を勢いよく振り下ろした。やられる。宗也が思った直後だった。

「ガツン!」

 宗也の頭上で大きな音がした。宗也は恐る恐る目を開けると、自分がまだ生きていることを確認した。そして目の前では何者かが諏訪の刀を銃で受け止めている。

「間に合ったようだね、少年」

 それは聞き覚えのある声だった。宗也が横を向くと、そこにはアンナの姿があった。アンナは諏訪の刀を銃で受け止めた後、勢いよくその刀をはじき返した。その拍子に諏訪が少しよろめいた。

「アンナさん……!」

「怪我は無いかい?」

 宗也はできる限りの精一杯の声を絞り出した。宗也の表情を見たアンナは、宗也を元気づけるように笑った。

「……誰だお前は」

 諏訪は宗也から一歩下がり、アンナを睨みつけた。

「それは隣にいるオッサンの方が知ってるんじゃないかな?」

 アンナは微笑しながら諏訪の隣にいる白髪の男性を見た。

「まさか君も日本に来ていたとはねぇ、坂城アンナ」

「久しぶりだな、ウィリアム・グローケン」

 グローケンと呼ばれるその男性はアンナを見て不敵に笑うと、コートの裏に隠していた右腕を出した。宗也はそれを見て驚愕した。グローケンの右腕は機械でできており、手には小さな鎌を持っていた。

「これは諏訪くんでは荷が重いですかねぇ」

 グローケンの手に持っている小さな鎌が黒く光り輝き始めた。

『適応率七十パーセント』

 グローケンがそう唱えると、手に持っていた鎌は見る見るうちに大きくなっていった。一メートルほどしかなかった鎌は最終的には宗也の背丈ほどの大きさまで大きくなり、その姿はまるで死神の鎌のようだった。

「相変わらず薄気味悪い武器だな」

 アンナは思わず呟いた。

「博士、こんなやつ俺一人で十分だ!手を出すな!」

「今のままの君では彼女には勝てないでしょう。でも気を落とさないでください。成長すれば君はやがて必ず最強の戦士になれる。こんな所で失われては困るのです」

 グローケンは両手を広げて高らかに声を張り上げた。そして諏訪の肩に手をやった。

「私が援護します。君は思いっきり戦いなさい」

「ちっ、しょーがねぇな、邪魔はするんじゃねぇぞ」

 諏訪はグローケンの言葉に嫌々ながらも従う素振りを見せた。そしてアンナへ向かって勢いよく突撃していった。

「まずい、逃げろ、少年!」

 アンナは宗也に向かって叫んだあと、背負っていたバッグを投げ捨てて諏訪に向かって銃を向けた。

「アンナさん!」

「心配するな、殺しはしないよ」

 アンナは叫ぶ宗也の声に答えた後、諏訪へ向かって二、三発の弾を撃った。諏訪はその弾丸を刀で弾くと、一気に間合いを詰めた。諏訪の刀がアンナの喉元向かって伸びていく。アンナは涼しい顔をしてそれを避けると、諏訪の手首を持って勢いよく背負い投げをした。“ドシン”という大きな音をして諏訪の背中が地面に叩きつけられた。諏訪は小さく呻き声を上げて、うつ伏せのまま倒れ込んだ。アンナはすかさず諏訪の背中へまたがり、諏訪の腕を掴んで組み伏せた。

「す、すげぇ……」

 アンナと諏訪の戦いを遠くから見ていた宗也は思わず呟いた。アンナさんも光る弾丸を撃っていた。それに話を聞く限りグローケンという男性と知り合いのようだった。一体この街で何が起こっているのか。宗也は眼前で起きている非日常的な光景を見て感じていた。

 諏訪はアンナに組み敷かれていて身動きが取れなくなっている。

「まさかこの街に『アダプター』がいたとはね。悪いことは言わないから君はあのいかがわしい男と手を切った方がいい」

「俺が子供だからって舐めてんのか?いいよなぁ、大人は偉そうで。俺に指図するな。自分の生き方は自分で決める」

「違う。一人の人間としての忠告だ」

 アンナは真っ直ぐに諏訪を見つめながら言った。しかし押さえつけた手は一切緩めることは無かった。

「ちょっとその手を放してもらえませんかねぇ」

 アンナは背後で殺気を感じた。その瞬間、アンナの横から鎌が勢いよく伸びてきた。アンナはすかさず諏訪から離れてその鎌を避けた。鎌はアンナの頬をわずかにかすめて、空を切った。諏訪は素早く起き上がり、態勢を立て直した。アンナの頬からはかすり傷から血が流れた。

「『アダプター』が二人か、これは少々まずいね……」

 アンナは苦笑いを浮かべると、諏訪から距離をとった。彼女の遠く離れた後ろでは、宗也が固唾を飲んで見守っている。宗也自身もこの場にいながら彼女を助けることができない自分の非力さを恨んでいた。今この場には四人の人間がいる。そのうちの宗也を除く三人が常人ならざる力を持って戦っているという何とも異様な光景となっている。

 アンナは諏訪とグローケンに発砲しながら、距離をとって戦っている。一方でグローケンはあくまで諏訪のサポートに専念しているらしく、本気を出して戦っているとは言い難い様子だった。諏訪の方は、アンナの攻撃を凌ぎつつも隙あらばアンナとの距離を詰めようと機を伺っている。

 しばらく膠着していた戦況だったが、次第にアンナが劣勢に追い込まれていることに宗也は気付いた。諏訪とグローケンの2人は徐々にアンナを逃げ場のない路地裏へと誘導していたのである。アンナもそのことに気付いたが、時すでに遅しだった。あんんはとうとう路地裏の行き止まりへと追い詰められてしまった。

「手こずらせやがって。もう逃げられねぇぜ、お嬢さんよ」

「君のような子供に追い詰められるとはね。どうやら私も腕が鈍っていたようだ」

 アンナは強気に振舞っていたが、額には汗が滲んでいた。

「土地勘が無かったのが災いしましたねぇ。諏訪くん、もう終わらせてあげなさい」

 グローケンは勝ち誇ったように諏訪に言い放った。

「……できればサシで戦いたかったが仕方ねぇ。くたばれ」

 諏訪は刀をアンナの頭上に振り上げた。後ろではグローケンが待ち構えており、アンナが逃げようとする素振りを見せるならばすかさず攻撃を繰り出そうとする構えを見せていた。もしかして諏訪は本気でアンナさんを殺そうとしているのか。そう思えるほど、諏訪の目には明確な殺意が宿っていた。

(まずい、アンナさんが殺されてしまう)

 宗也は急いでアンナが持っていたバッグを拾い、中身を見た。自分にも何かできることがあるかもしれない。彼女を諏訪に殺させるわけにはいかない。そんな思いで、宗也は必死にバッグの中身を漁ったが目ぼしいものは木箱に入っていた白い石だけだった。

 俺は黙って指をくわえて見ていることしかできないのか。また諏訪に勝てないのか。いや、そんなことはどうでもいい。彼女を助けるだけの力が欲しい。藁にもすがる思いで、白い小石を握り力を込めて言った。

「諏訪との勝負なんかどうでもいい。俺に催事なものを守れるだけの力を貸してくれ!」

 その瞬間、握っていた小石が光った。眩い光が宗也の身体を包み込んだ。突然の現象にグローケンと諏訪も思わず宗也の方を振り返った。アンナは光に包まれた宗也を見て、呟いた。

「まさかあれは覚醒……!?」

 しばらく宗也を包んでいた光は徐々に消え始め、やがて光は宗也の右手に収束していった。宗也の右手には諏訪の物とは別種の刀が握られている。

「まさかあれはアルヴァウェポン!何故あんな子供が!?」

 グローケンが叫んだ先には宗也が目を閉じて立っている。諏訪も目を細めており、アンナは信じられないような表情で宗也を見ている。宗也の刀は諏訪の物とは異なり、刀身が青く光っていた。

「『適応率七十パーセント』。アンナさんから離れろ」

 宗也は目を開けると、静かに言い放った。その瞬間、宗也の周りには風が巻き起こり諏訪とグローケンを威圧した。諏訪とグローケンの肌にはピリピリとした衝撃が走った。

「まさかいきなり七十パーセントだと!?」

 アンナは驚きの表情を見せた。宗也は静かに諏訪とグローケンに向かって歩き始めた。

「諏訪くん、危険です、ここはひとまず退散しますよ!」

「何言ってやがる、あの宗也だぞ?俺が負けるはずがねぇ!!」

 グローケンの話に耳を貸さず、諏訪は宗也の方へ構えた。

「思い知れ!俺の力を!」

 諏訪は思いっきり刀を振り下ろすと、赤い衝撃波が真っ直ぐに宗也の方へ向かっていった。

「少年!」

諏訪の背後に位置どっていたアンナは叫んだ。宗也はその声に呼応するかのように刀を水平に振った。すると諏訪の放った赤い衝撃波とは異なり、青い衝撃波が生まれ諏訪の衝撃波とぶつかった。威力は同等かと思われたが、宗也の青い衝撃波が諏訪の赤い衝撃波を打ち破ってそのまま諏訪の方へ向かっていった。

「ばかな、俺の攻撃を上回っただと!?」

 諏訪は驚きのあまり呆然としていると、グローケンが咄嗟に諏訪の前に立ち鎌を構えた。グローケンは宗也の放った衝撃波を受け止め、あっさりとかき消した。

「……博士」

「やれやれ、アルヴァコアの力に頼りすぎるのが君の未熟さですねぇ。坂城アンナに組み伏せられたのを忘れたのですか?」

 グローケンは諏訪に向かって笑いながら言った。

「ここはいったん引きます。異論はありませんね?」

「……ああ」

 グローケンと諏訪は勢いよくビルの屋上へと飛び上がった。

「待て!この街で何をする気だ、グローケン!」

 アンナは屋上に立ったグローケンに向かって叫んだ。

「ここで私が教えずともやがて知ることになりますよ。私がこの街で何をしようとしているのか。それとも今ここで決着をつけますか、アンナ嬢?」

 アンナは先ほどの戦いですでに疲労困憊だった。宗也は一見余力を残しているように見えるが、力の覚醒の影響で立っているのがやっとだった。

「また会う時が来るでしょう。ではごきげんよう」

 グローケンは着ていた黒いコートに諏訪を包み込むと、ゆっくりと消え始めた。

「また会おうぜ、宗也。お前は必ず俺が倒す」

 諏訪は消えゆく最中、宗也に強い眼光を光らせていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る