第4話
グローケンと諏訪が消えた後、アンナはその場に座り込んだ。宗也は緊張の糸が切れたように、がくっとその場に崩れ落ちて大の字に倒れ込んだ。
「大丈夫か、少年!」
アンナは崩れ落ちた宗也を見て、慌てて駆けつけた。
「なんか急にものすごい疲労感が……」
「それがアルヴァコアの覚醒による副作用だ。身体のエネルギーを大量に使うため、覚醒時は特に消耗が大きい」
アンナはゆっくりと宗也の上体を起こした。
「それにしてもあれだけ大きな戦闘があったのに誰にも気付かれないとは……」
「このあたりのこの時間帯は人気が全く無くなりますからね。気付かれなくてよかったですよ。一般人が来たら間違いなく戦闘に巻き込まれて怪我人が出てましたから」
「先ほどまで君もその一般人の一人だったのだがな……」
アンナの視線の先には宗也の右手に握られている竹刀があった。先ほどの戦闘で宗也が持っていた青い刀は、戦闘が終わるとただの竹刀に変化していた。
「とりあえずどこも怪我が無くてよかったよ。まぁ服は汚れているがな」
「アンナさんもボロボロじゃないですか」
宗也が笑いながら言うと、アンナはきょとんとした顔になった。
「君は凄いな。あれだけの戦闘があったのに数時間後には笑っているとは。恐怖心はなかったのか?」
「そりゃあ今になってみれば怖くてたまらないですけど、あの時はアンナさんを助けることばかり考えてましたから。今は無事でいてくれてよかったです」
宗也は自分の力で立つと、握っていた竹刀をまじまじと見つめた。
「さっきの力は一体何なんですか?俺、アンナさんのバッグから白い石を取り出したらなんか光って刀になったんですけど」
「ここまできたら話さなければならないね。もう君も部外者じゃないんだ。君や敵が使っていた力が何なのか。そして私が何者なのか、ということもね。」
アンナは落ちていたバッグを拾いあげて駅の方を指さした。
「立ち話もなんだし、私のラボに来ないか?」
そこは駅からさほど離れていない、雑居ビルの地下にあった。アンナと宗也は薄暗い地下への階段を下りていった。階段を下りながら、宗也は駅の近くにこんな場所があることを初めて知った。長い階段を下り終えると、突き当りに扉があった。アンナはバッグから鍵を取り出して扉の鍵を開けて、壁についているスイッチを押した。するとパッと部屋が明るくなり、先ほどまでの暗い通路には明かりが差し込んだ。部屋の中はオフィスのようにデスクが並べられており、その上には何台ものパソコンが置かれている。部屋の中は十畳ほどのスペースがあり、奥にも幾つか部屋があるようだった。アンナは着ていたコートを脱ぎ、掛かっていた白衣を着て部屋の隅にある台所に行ってお湯を沸かし始めた。
「そこらへんに座ってくれていいよ」
アンナは入口の手前にあるソファを指さした。ソファの前には丸いテーブルが置かれている。宗也は言われるままにソファに座り、辺りを見渡した。壁には何やらよくわからない数式やら絵が描かれており、デスクの上は様々な書類が置かれていた。
「コーヒーでいいかな?」
「はい、ありがとうございます」
アンナはいそいそと二人分のコーヒーを用意すると、宗也の座っているソファまで運んできた。
「ブラックでよかったかい?それとも君にはミルク入れた方がよかったかな?」
「大丈夫ですって、飲めますよ!」
アンナはにやにやしながら聞いてきた。本当は宗也はブラックがあまり好きではないのだが。昨日明科と喫茶店に行ったときにブラックに慣れておいてよかった……と宗也は思っていた。宗也がコーヒーを一口飲むと、向かい側のソファにアンナが座った。白衣は既に脱いで壁に掛かっており、今はコートの下に着ていたニットのワンピース姿になっていた。宗也はその姿に一瞬どきっとしながらも、落ち着きを払うかのようにコーヒーを飲んだ。
「白衣は着なくていいんですか?」
「どうも堅苦しくてね。今はエプロン代わりになっているよ」
彼女は外ではしっかりしている大人の人というイメージだったが、案外そうでもないのかもしれない。アンナはコーヒーを一口飲むと、顔を引き締めた。
「どこから話そうかな……そうだな、では昔話を少しだけ」
アンナは軽く咳ばらいをしてから、ゆっくりと話しを切りだした。
「数年前、ある未知の資源がとある海域で見つかった。その資源は一見ただの石にしか見えないが、膨大なエネルギーが含まれていることをある科学者が発見した。仮にその科学者をSとしようか。」
アンナは一息ついてから話を続けた。
「Sの研究所には、数人の助手と一人の同僚の科学者がいた。この同僚を仮にGとしようか。SとGは昔からの親友だった。」
宗也はアンナのバッグに入っていた不思議な石のことを思い出した。
「SとGはある海域から大量にその石を持ち込み、連日石の解析に没頭した。始めは普通の人間が触れても何も起きなかったが、Sが触れるとその石が光って別の武器に形を変えることが判明した。しかもその武器が現在の科学力では説明できないような、強大な力を持っていることが分かった。しかしSに反応した石は一つだけで、他の石に触れても何も起きなかった。一方でGや他の助手たちは、全ての石に触れても何も起きなかった。GとSはその石を『アルヴァコア』と名付けた。古い文献によると、百年前にもアルヴァコアは空から降ってきていたらしい。そのことについての文献はあまり残っていなかったがね」
「その力っていうのが俺がさっき発現させた力ってことですか?」
「まさしくそれだ。君がグローケン達相手に見せたあの力はまだ序の口に過ぎないがね」
アンナはコーヒーをかき回していたマドラーをぴっと宗也の方に向けた。
「Sはアルヴァコアの力を平和のために使いたいと考えていた。彼の夢は世界中を科学の力で平和にすることだったからね。しかしGの考えは少し違っていた。彼は平和こそ望んでいたがそのためには圧倒的な力で他をねじ伏せることこそが重要だと考えていた。」
アンナは続けた。
「SとGは次第に意見の対立が多くなっていき、両者の溝は深くなっていった。それはSだけがアルヴァコアに選ばれし人間であったことも関係していただろう。さらに両者の考えであるSの“平和のための力”とGの“征服のための力”は徐々に他の助手たちにも波及していってしまった。」
「なんだか怪しい展開になってきましたね」
宗也はマドラーをアンナから受け取って、ミルクをコーヒーに入れてくるくるとかき回した。
「アルヴァコアに選ばれなかったGは必ずこの力を手に入れたかった。そのために誰でも石の力を使えるように開発したのが、アルヴァコアを元にしてして作った黒い石、通称『ネオ・アルヴァコア』だ。この石は誰でも、触れれば力を使えるようになる。少年はこの石の出現をどう思う?」
「……喜ばしいとは言えませんね。何より危険が多すぎる」
アンナはゆっくりと頷いた。
「Sも同じようなことを考えていた。アルヴァコアの力は容易に使っていいものではない、とね。しかし研究所のほとんどの助手はGに賛同してしまった。誰でもアルヴァコアの力が使える、というメリットはそれほど魅力的だったんだ」
宗也は姿勢を正し、コーヒーを飲みほした。
「ついにSとGの間ではアルヴァコアを巡っての争いになった。勝負は互いにアルヴァコアの力を使って一対一の決闘を行い、負けた方が勝った方の部下になるというルールだった」
「それでその勝負はどうだったんですか?」
「……結果は僅かな差でGが勝った。これによってSがGの部下になることになった。しかしGはSの危険性を知り、やがて自分が喰われると考えて勝負の決着がついた時点でSを抹殺してしまった
「まさか人殺しまでするとは……」
宗也は動揺を隠せなかった。
「公平を規するため決闘の場面に居合わせたのはSとGだけ。他の助手たちにはGがSは不慮の事件で死んだと嘘を伝えたんだ」
アンナはふぅと一息ついて時計を見た。時刻は既に十一時を過ぎていた。
「こうしてGはアルヴァコアの力を独占することに成功した。今では世界をアルヴァコアの力で掌握するために暗躍している。もう君も薄々気付いているだろう?」
「まさか……」
「そう、Gこそが先ほどの黒マントの男であるウィリアム・グローケン、そしてSが私の亡き父である坂城アルヴァートだ」
「アンナさんってハーフだったんですか?」
「父がアメリカ人で母が日本人なんだ。母は今はアメリカで健やかに暮らしているよ」
「そうだったんですか。どうりで綺麗だと思いました」
「お世辞として受け取っておくよ。」
アンナは長い美しい金髪をかきあげて、微笑んだ。そこまで聞いたときに宗也は一つの疑問が浮かんだ。
「アルヴァート氏とグローケン氏の二人きりの決闘なら、アルヴァート氏が殺されたことはグローケン氏しか知らないですよね?何でアンナさんは知ってるんですか?」
「実は私は小さいころから父の研究所によく出入りしていてね。研究の話もよく両親がしていたのを盗み聞きしていたよ。決闘の場面も偶然物陰から見てしまったんだ。むこうは気づいてはいないようだったがね」
「なるほど、それでそんなに詳しかったんですね」
アンナは二杯目のコーヒーを彼女と宗也のカップに注ぐと、長い金髪の髪がたなびいた。
「それじゃあ最後の話をしようか。現在分かっているアルヴァコアの仕組みについて、だ」
「これのことですね」
宗也はそばに置いてあった竹刀をテーブルの上に置いた。
「アルヴァコアには人の想いを具現化する力があると言われている。具体的には人間がアルヴァコアと呼ばれる石に触れると、触れた人間の心の奥底にある最も印象の強い物の形に変化する。私たちはそれを『アルヴァウェポン』と呼んでいる」
「アルヴァウェポン……」
宗也は手元に置いてある竹刀を見た。
「そしてアルヴァウェポンに宿る力は持ち主の心の強さによって決まる。例えば人を殺したいと思っている人間のアルヴァウェポンは殺傷能力の強い武器となる。逆に人も殴れないような優しい人間のアルヴァウェポンは危険性の低い武器になる」
そこまで言って、アンナは真剣な顔を緩ませた。
「……と、言われている。まだまだアルヴァコアには解明できていない謎がたくさんあるからね」
アンナは続けて、ホワイトボードに書かれている文字を指さした。
「アルヴァコアの力を使う者は『アダプター』と呼ばれている。一方でネオ・アルヴァコアの力を使う者は『ネオ・アダプター』と呼んでいる。グローケンや諏訪君という君の友達もおそらく君と同じ、アルヴァコアに選ばれたアダプターだろう。まさかこの街で二人のアダプターが生まれるとはね。そう簡単に石の適合者は出ないはずなんだがね」
「アンナさんもアダプターですよね」
「ああ。だが私は小さいころからそのような適性があったらしい。父がアダプターだったから、アルヴァコアの適応には遺伝的なものも関係していると私は考えているよ」
「……アルヴァコアの力はよく分かりました。俺からも一つ聞いていいですか?」
「もちろん」
「アンナさんは何故この街に来たんですか?アルヴァコアが見つかったのは日本じゃないんですよね。この街はなんの変哲もない地方の田舎だし、この街に来る理由はないんじゃ……」
宗也はこの研究所に来た時から思っていた疑問をぶつけてみた。
「それはグローケンがこの街に来たからだよ。奴は私の父を殺した後、数名の研究員を連れてある日突然姿を消したんだ。それからしばらく経って、グローケンがこの街に潜伏していることを私は突き止めた。何故彼がこの街に来たのかは謎だが、私は奴を追ってこの街に来たんだ」
「それでこの場所に研究所を作ったんですね」
宗也は背筋を伸ばし、アルヴァウェポンと呼ばれる竹刀をしまった。
「アルヴァウェポンの使い方はさっきの戦闘の通りだ。力の覚醒時に使用者は自然とその武器の使い方が分かるようになる。またアルヴァコアの適応率というものがあり、数値が高いほどよりアルヴァコアの力を引き出すことができる」
「俺、いきなり七十パーセント出ちゃったんですけど……」
「君のような例は見たことがないよ!いきなり七十パーセントなんて。普通、十、二十と上がっていくものだからね」
「俺、もしかして才能あるんですかね?」
宗也は照れながら頭を掻いた。
「まぁ何にしても君はもう普通の人間じゃないんだ。この力はむやみやたらに見せていいものじゃないということは覚えておいてくれ」
「こんな力、街中で使ったら間違いなく騒ぎになりますしね」
アンナは飲み終わったカップを台所に持っていった。
「これで一通り話は終わりだ。夜遅いから君ももう帰った方がいい。私が送っていくよ。何かあったらこの研究所に来てくれ。ただしここは秘密裏に使っているから人には知られないようにしてくれよ?」
「分かりました。ありがとうございます」
宗也とアンナは身支度をした後、研究所を出た。外はすっかり暗くなっており、春にも関わらず冷たい空気が流れていた。
宗也はアンナの自動車で家まで送ってもらうことになった。彼女の車は赤色で、日本ではなかなか見ないような派手な車だった。車の中は洋楽が流れていたが、宗也には知らない曲だった。おそらく彼女の好きな曲なのだろう。
「かっこいい車乗っているんですね。ちょっと意外です」
「日本に来た当初、足がないと不便だろうと思って適当に買った車だ。あんまり自動車にこだわりが無くてね」
(適当に車買ったって、この人どんだけ金持ってるんだ……)
科学者ともなれば稼ぎもいいのだろうか、と宗也は助手席の窓の外を眺めながら考えていた。街中は暗く、明かりがちらほらとついている程度だった。
「偶然とはいえ、君には私たちの問題に巻き込んでしまって悪かったね」
「いえ、俺の知り合いも関わっていることですから」
「諏訪くん、といったかな。彼はおそらくグローケンに騙されているんだろう。彼も一刻も早く、奴の手から助け出さないといけないな」
「諏訪は常に力を欲していました。あの力もきっと、彼自身が望んでいたものだと思います」
「そうか……そういう人間ほどアルヴァコアの力に魅せられやすい傾向にある。もしかしたらグローケンも彼にそのような素質を見出したのかもしれないな」
アンナは軽快なハンドル捌きで夜の道路を運転している。
「しかしそのような人間でも放っておくわけにはいかない。あの力は君たちみたいな高校生が持つには危険すぎる」
「そうですね」
宗也は神妙な面持ちで考えた。宗也としても、諏訪がこのまま間違った道に進んでいくのは耐えられなかった。自分に何ができるのか。力を持った今、諏訪やグローケンとも対等に戦えるのではないか、と。
そんな宗也の考えを察したように、アンナが前を向いて運転しながら横に座っている宗也に言った。
「君は何もしなくていい。さっきも言ったが、これは私とグローケンの問題だ。私が必ず父の仇であるグローケンを倒して、少年の友達も助けてみせる。」
「でもそれじゃアンナさんも危険な目に……」
アンナは宗也の頭に手をやり、優しく語りかけた。
「先ほどの戦いでも感じただろうが、この戦いは危険なんだ。何より私は少年には高校生として普通の生活を送っていてほしいんだよ。約束するよ。必ず君の友達を連れて戻ってくる」
宗也は本心では彼女と一緒に戦いたかった。彼女は頑張っているのに自分はただ待っているだけでいいのか、と。しかし先ほどの戦闘のことを思い出すと、恐怖で口が震えて「俺も戦います」とはとても言えなかった。
そのような話をしているうちに宗也の家の近くまで着いた。アンナは宗也の家の近くに車を停めた。
「この辺でいいかな。こんな時間まで付き合わせてしまって悪かったね。親御さんもきっと心配しているだろう。何かあったらいつでも連絡してくれ」
宗也とアンナは研究所を出るときに連絡先を交換していた。宗也は車から出ると、彼女が助手席の窓を開けた。
「はい、色々とありがとうございました」
宗也は何度もお礼を言って、彼女と別れた。宗也は彼女の車を見送ってから家に入った。誰もいない家はしんとしていた。宗也は家に入ると自分の部屋のベッドに直接いつてそのまま寝転がった。思えば今日は色々な出来事があった一日だった。アンナとの出会い、諏訪との邂逅、未知の敵との戦闘……宗也の頭で考えるにはあまりにも情報量の多い日だった。色々考えているうちに、宗也は気づいたらそのまま寝てしまった。
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