第8話

アンナと共闘を誓ってから一夜明け、この日は日曜日ということもあり学校は休みだった。空は快晴でせっかくの休みだったのでゆっくり休みたいところだったが、宗也にとってはこの日は大事な日だった。宗也は手元にあるスマホを見てスケジュールを確認すると、急いで身支度を整えた。時刻は十一時。制服を着て家を出ると、走って学校へ向かった。

「陸上部の練習が終わるのが十二時か……」

 宗也はちらと時計を見ると、裏の路地を駆け抜けた。学校の前まで来ると、グラウンドや体育館では運動部が練習を行っていた。宗也はグラウンドの入り口まで来ると、端の方で練習している陸上部を見つけた。まもなく時刻は十二時。陸上部は練習を終えて、後片付けをしていた。

 陸上部である飯山は片づけを終えると、グラウンドの入り口で待っている宗也に気付いた。飯山は周りにいる陸上部員に別れを告げると、宗也の元まで走ってきた。

「待たせたね」

「いや、ナイスタイミングだ。俺が来てちょうど練習が終わったからな」

 飯山はタオルで汗を拭いた。練習着の上にはジャージを着て身体を冷やさないようにしている。バッグを肩に背負うと、二人は歩き出した。

「しばらく歩こうぜ」

 宗也はそういうと、校舎の裏へ歩き出したので飯山も宗也の後に続いた。

「今や陸上部の次期エースだろ?羨ましいぜ」

「よせよ。俺より凄い先輩はいるし、俺より練習している後輩もいるさ」

「お前も努力してると思うぞ?俺や岡谷に比べたら」

「ただ陸上が好きなだけだよ。嫌いだったらここまで続かないさ」

「お前は本当に正直だよな」

 宗也は笑いながら言った。そしてポツリと言った。

「正直だから……本当に気付かなかったよ」

 宗也は立ち止まり、真剣な顔で背負っている竹刀を取り出した。二人の周りには他に誰もいなく、静寂に包まれていた。

「突然どうしたんだい?」

 飯山は突然の宗也の行動に笑顔で言った。その表情には驚きと戸惑いが隠せないでいる。

「もう……仲良しごっこは終わりにしようぜ。知ってるんだろ?何もかも」

 宗也はアンナに壊された発信機を飯山の足元に投げ捨てた。その言葉と行動で飯山の表情は一変し、みるみるうちに邪悪を孕んだ笑顔に変わっていった。バッグから陸上部のバトンを取り出すと、宗也に向けた。

「ばれちゃったか……。君とはいい友達になれると思ったのにな」

「よく言うぜ」

 宗也が吐き捨てるように言うと、飯山の持っているバトンは次第に黒く輝いていった。

『適応率五十パーセント』

 飯山のバトンは色を変化させ、黒い鉄製のバトンになった。

「これが俺のネオ・アルヴァコア、『ハード・ウィル』だ」

宗也もそれに続くように、竹刀を白く光らせた。

『適応率五十パーセント』

 宗也の竹刀は光り輝き、次第に青い真剣へと変わっていった。

「……やるからには手加減しねぇぞ?」

 宗也は飯山に向かって青く光った真剣を構えた。

「望むところだよ。こうなった以上、俺たちに戦う以外に道はない」

 飯山は勢いよく宙へハード・ウィルを投げた。

「……バトンってのはな、走者の気持ちが宿ってるんだ。それがどれほどの重みがあると思う?」

 宗也の頭上に放たれたバトンは空中でみるみるうちに大きくなっていき、やがて宗也の身体以上の大きさの鉄のバトンに変化して宗也に向かって落下していった。

「……まじかよっ」

 宗也は咄嗟にそのバトンを避けた。落下したバトンは地面に激突すると、ズシンという大きな音を立てた。地面はひび割れており、大きな窪みができた。バトンは地面に落ちたと思ったら、勢いよく小さくなっていき飯山の手元に戻っていった。

「……いい能力をお持ちで」

「どうした?早く君の力を見せてくれよ」

 飯山は走って一気に宗也との距離を詰めてハード・ウィルを鉄パイプのように細長く変化させ、宗也に向かってハード・ウィルを振り下ろした。宗也はそれを青い真剣で受け止めた。アルヴァウェポン同士がぶつかり合うと、一瞬で周りに衝撃が走った。

「……いつから気づいてたんだ?俺が『ネオ・アダプター』だって」

「お前しかいないんだよ。俺に発信機をつけられたのは。金曜日、俺に触ったのってお前だけだからな」

「なるほど、だけどそれだけじゃ証拠としては不十分なんじゃないか?」

 二人のアルヴァウェポンが激しい攻防を繰り広げる中で、宗也は飯山の攻撃を受け止めながら不敵に笑った。

「金曜日の昼休み、岡谷は普通に触っていた俺の竹刀をお前は触れなかった。あのとき気付いていたんだろ?あの竹刀がアルヴァウェポンだということに」

「……まぁね。グローケンさんに言われたときは正直耳を疑ったよ。発信機をつける標的がまさか君だったなんて」

 飯山はハード・ウィルに強く力を込めた。その力に押され、宗也はひとまず距離をとった。

「なんで…お前がこの力を……?お前は皆から慕われて頼りになる人気者だったじゃないか!」

 宗也は力強く叫んだ。その声に飯山は態勢を低くして低い声で答えた。

「人気者か……。君には分からないだろうね。周りから注目され、期待され、そして疎まれる者の気持ちが」

「何⁉」

 飯山はハード・ウィルを天高く放り投げた。放り投げられた鉄製の筒はみるみるうちに大きくなっていく。それは徐々に形状を変化させていき、やがて巨大な槍となった。

「これを凌ぎきれたら教えてやるよ!」

 飯山の放った槍は宗也の頭めがけて急降下してきた。宗也は避けようとしたが、あの槍の大きさでは今から逃げても間に合わないことを悟った。槍は徐々に速度を上げて、隕石のように宗也めがけて落ちてくる。

「くそっ……」

 宗也は剣に意識を集中させて、目を閉じた。

「どうした、諦めたのか?」

『適応率七十パーセント』

 飯山の放った槍は宗也のいる場所に落ちて、大きな衝撃波が生まれた。宗也の周り一帯は、土煙が発生して何も見えなくなった。あまりの衝撃に、離れた場所にいた飯山も思わず手で顔を覆った。

「……」

「甘かったな。やはり君とは友達でいたかった」

「……何勝った気でいるんだ?」

「⁉」

 土煙の中から突如、飯山の放った槍が吹っ飛ばされてきた。吹っ飛ばされた巨大な槍は飯山の足元に突き刺さった。飯山はその槍を元の大きさに戻すと、土煙の中をじっと見つめた。徐々に土煙が薄まっていき、中から一人の影が現れた。

「それで勝ったつもりか?」

 宗也はにやりと笑った。宗也の剣はかつての諏訪との戦いで見せたような強いオーラを放っており、強く青く光り輝いていた。それに呼応するかのように、飯山のアルヴァウェポン、ハード・ウィルも強く光った。

「……なるほど、分かったよ。第二ラウンド開始だ」

『適応率七十パーセント』

 飯山のハード・ウィルは宗也の真剣に負けないほどの、強い光を放った。飯山はハード・ウィルを長い槍の形に変化させた。と同時に、宗也めがけて槍を振り下ろした。飯山と宗也の間の距離は離れており、飯山の槍の長さでは届かないかに思われた。しかし振り下ろされた槍はぐんぐんと伸びていき、離れた場所にいる宗也まで届きうる長さにまでなった。

「……まじかよ」

 宗也は咄嗟の判断でその槍を受け止めたが、パワーアップしたハードウィルの威力に耐え切れずに後方へ吹っ飛ばされてしまった。宗也は後ろの壁へ叩きつけられて、そのまま倒れた。宗也は背中に強い衝撃を受けた。

「くっそ、つええな……」

「これがアルヴァコアの戦いだ。君ももう思い知っただろう?アルヴァコアに関わると命の保証はない。一介の高校生が安易に関わっていい問題じゃないんだ」

 飯山は倒れている宗也に向かって槍になったハード・ウィルをつきつけた。宗也は飯山の目に強い覚悟を感じた。

「……なるほどな。じゃあお前は何なんだ?お前も普通の高校生だろ?」

 宗也の言葉に飯山は表情がこわばり、小さく歯噛みした。

「……俺は普通の高校生じゃない。俺は常に期待され、注目されてきた。君と出会う前からずっとね」

「飯山……」

 飯山は宗也の戸惑いの反応を意に介さず、続けた。

「期待や注目なんていつだって身勝手の極みだ。周りの人々は本人の気持ちなど考えずに期待する。……そして勝手に失望していくのさ。俺はそんな苦痛を何度も味わった」

 宗也は飯山の言葉を静かに聞いていた。飯山はハード・ウィルを強く握りしめた。

「俺は逃げ出したかった。時には吐くこともあった。そんなときにグローケンさんに会ったんだ」

 飯山は先ほどまで暗い表情をしていたが、グローケンの話題になると次第に明るくなっていった。

「グローケンさんは俺に言ったんだ。『君の悩みなんて私の野望に比べたら些細なことだ』ってね。初めてだよ。そんなこと言われたのは」

「……だからアルヴァコアの力を……?」

「そうだよ。この力はグローケンさんに貰ったものだ。この力を持ってから不思議と悩むことが無くなったんだ。自分だけが特別だと思えなくなった。心がすっきりしたよ」

 宗也はだんだんと狂気を帯びていく飯山の話し方に思わず顔をしかめた。

「こんなのに頼ったって何も変わらないぞ?お前の悩みは消えたことにならない」

 宗也の静かなる反論に飯山は清々しい笑顔で答えた。

「消えるさ、この場を見てみなよ。まさしく“非日常”だ。今、この場において俺は特別な存在じゃない。もちろん君もね。アルヴァコアの戦いには誰一人特別な人間などいない。何故なら全員が“特別”だからだ。だからこそ俺も自分らしく振舞える」

 飯山はハード・ウィルを掌の上でくるくると回した。

「……なるほど、お前の言い分は分かった。だがお前は奴が何者か知っているのか?奴は世界を混乱に陥れようとしているんだぞ?」

「それはそちら側の意見だろう?俺からしたら君たちの方が危険分子だと思うけどね」

 そこまで言われて、宗也ははっとした。飯山とグローケンの関係は、宗也とアンナの関係によく似ている。先日まで宗也自身もどちらの側につこうか悩んでいた。これが飯山の選択なのだ。立場が違えばものの見方も変わる。善悪の区別なんてものは所詮、個人の主観でしかない。飯山にとってはグローケンこそが正義であり、それに敵対するアンナが悪なのだ。ならば今の自分にできることは何か?宗也は既に知っていた。

「……わかったよ。決着をつけるしかなさそうだな」

「……そうこなくちゃ」

 宗也はゆっくりと立ち上がり、真剣を構えた。剣先は青いオーラを纏っている。飯山はにやりと笑って、ハード・ウィルを構えて戦闘モードに入った。ハード・ウィルは先端を槍のように尖らせて徐々に黒いオーラを放ち、飯山の身体を包み込んでいった。

 二人はじりじりと間合いを取りながら、お互いの出方を伺った。あたりはしんと静まり返り、その状態が約十秒ほど続いた。

先に動いたのは宗也だった。宗也は力いっぱい飯山に向かって、剣を振るった。青い斬撃が剣から生まれ、地を這いながら飯山に飛んでいった。飯山は渾身の力でそれをはじき返すと、即座に宗也の方を見た。しかしそこに宗也の姿は見当たらない。

「どこだ?」

 飯山は思わず辺りを見渡して宗也を探した。しかし周りは戦いの影響で土煙が舞っており探しづらい。

「でりゃああッッ」

 その瞬間、飯山の背後から宗也が現れて剣の柄で飯山の背中を突いた。

「……がっ」

 飯山は低いうめき声をあげて、吹っ飛ばされた。そのまま地面に倒されそうになったが、間一髪のところで体勢を整えて着地に成功した。

「なっ……めるなぁ‼」

 飯山は咆哮し、ハード・ウィルに力を込めた。すると周りから黒いエネルギーがハード・ウィルに集中していき、どんどん大きくなっていった。

「これが俺の最大の攻撃だ。君の信念が俺の覚悟を上回るというのなら、力で示して見せろ」

飯山は走り出し長くなったハード・ウィルを地面に突き立てて、自身は棒高跳びの要領で空高く宙に飛びあがった。その勢いのまま突き立てたハードウィルを小さくして素早く手元に収め、それを力いっぱい宗也に投げつけた。投げられたハード・ウィルは勢いを増しながらどんどん大きくなって宗也に向かっていく。

「……これが『ネオ・アダプター』の力か。望むところだ」

 宗也は昨日、阿神タワーでアンナに言われたことを思い出した。

「アルヴァコアは人の思いの力に共鳴する。要は思いの強さがそのままアダプターの力になるんだ。それは『ネオ・アルヴァコア』にも同じことが言える。くれぐれも自分を見失わないことだ」

 今思えば、先ほどまでの宗也には迷いがあったのかもしれない。かつての友であった飯山との戦いは最初から宗也も覚悟していたつもりではあったが、まだ自分はアルヴァコアの戦いというものを軽く見ていたのかもしれない、と宗也は思った。

 だが今の宗也は違った。先ほどよりも心がすっきりして、迷いがないのが自分でも分かった。その証拠に宗也の剣には今まで見たこともないような眩い光が集まっている。今の宗也は負ける気がしなかった。

 宗也は剣を思いっきり振って、向かってくる槍を斬った。槍は一刀両断され、二つの残骸が宗也の両脇に転がった。

「……見事!」

 宙に舞っていた飯山は諦めたのか、笑顔で脱力して地面に落下した。凄い衝撃音とともに飯山は地面に倒れこんだ。宗也は真剣を倒れこんでいる飯山に向かって突きつけた。

「……終わりだ、飯山」

「はは……、もう力が戻ってないや」

 飯山はいつもの優しい顔に戻っていた。宗也は一切表情を変えずに剣を突き付けていた。

「……実はグローケンさんに言われていたんだ。『君では茅野君には勝てないだろうから正体がばれそうになったらすぐに逃げて下さい』ってね。でも俺はできなかった。どうしても君と戦ってみたかったんだ。だから今日の君の誘いに応じた」

 宗也は黙って飯山の話を聞いていた。飯山のハードウィルは真っ二つにされたことで、元のバトンに戻って地面に転がっていた。

「……どうした、とどめを刺さないのかい?君を殺そうとしたんだ。殺される覚悟くらいはできてるよ」

「……俺はお前を殺すために戦ったわけじゃない。何より友達だったお前を殺せるわけねぇだろうが……!」

 宗也は剣を下ろし歯を食いしばって、悔しそうな表情をした。真剣は元の竹刀に戻り、それを見て飯山は何かを察したような表情をした。

「幸い、アダプターやネオアダプター同士で発生した死人は跡形もなく消える。またそれに関わる人の頭からも死んだ人の記憶は全て消えるんだ。まぁそんなことは今の君には関係ないか……」

 飯山はゆっくりと起き上がり、バトンになって転がっていたハード・ウィルを拾ってしまった。

「さて、負けた以上君の言うことに従うよ。もちろんグローケンさんとも縁を切る。君がもう僕に会いたくないと望むのならどこか別の学校にでも引っ越すよ。そろそろこの学校にも飽きてきたしね」

「……そんなこと望まねぇよ。お前はこれまで通り俺の友達でいてくれ。だがグローケンとは手を切ってくれ。それが俺の要求だ」

「……分かったよ。君の言う通りにする」

「ああ、でも当分の間はグローケンと連絡を取り合っていてくれ。向こうがお前を信じているうちはまだ奴らから情報を引き出すチャンスがある」

「君、案外策士だね。」

 飯山は軽く笑った後、サムズアップした。そこまで聞くと、宗也は後ろを向いて頭を掻きながら言った。

「あと、その……。これからは辛くなったら周りの人を頼れよ。俺や岡谷でもいい。お前の期待は半分俺が背負ってやるから」

 飯山は宗也の言葉に思わずぷっと吹き出した。その反応に、宗也はばつが悪くなったのか、目をそらした。

「いや、無理でしょ」

「うるせぇな。そう思っている人が周りにもいるってことだよ」

 宗也は落ちていた二つのバッグを拾い、1つは方にかけてもう一つを飯山に渡した。

「まぁ心意気だけは伝わったよ。サンキューな、宗也」

 飯山は爽やかに笑って、そのバッグを受け取った。

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