第9話

宗也が駅前で飯山と別れると既に時計は十六時を回っていた。阿神駅の屋根は太陽の陽の光を背に浴びて、赤く輝いていた。

「まだこんな時間か……」

家に帰る前に喫茶店に寄ることにした宗也は昨日アンナと待ち合わせをした喫茶店に入った。休日ということもあり、店内は多くの人がいた。

辛うじて一席分の空きを見つけた宗也はほっとして、空いている奥の席に座った。座ってからほどなくコーヒーを注文した宗也は、ふぅと一息ついた。ここ最近それなりに忙しい日々を送ってきた宗也だったが、この日は飯山との戦闘もあり一段と疲労が溜まっていた。しかもその日が本来休日である日曜日だということも、宗也の疲労に拍車をかけた。明日からはまた月曜日が始まる。その事実が宗也を一段と憂鬱にした。

「茅野君……?」

 その声に宗也は驚いて横を向いた。見ると隣の席に座っていた明科が目を丸くしてこちらを見ていた。その向かい側には見知らぬ女子が座っており、同じくこちらを見ていた。二人は私服でおしゃれなコーヒーを飲んでいた。

「や、やぁ明科。奇遇だな、こんなところで」

 宗也は驚きのあまり、しどろもどろになりながら笑顔で言った。そんな中、店員の人が注文したコーヒーを運んできてくれた。宗也が軽く会釈すると、明科の向かい側に座っていた女子が前のめりになって明科に耳打ちした。

「この人が噂の茅野先輩ですか?」

「ち、ちが……。そんなんじゃないってば」

 向かい側の女子はにやにやとしながら、明科に耳打ちしていた。宗也は二人が何の話をしているのか聞き取れなかったが、明科が何やら慌てているのが分かった。

「茅野君、この娘今年入部してきた同じ剣道部の安野さん」

 明科は気を取り直しながら宗也に向かい側の女子を紹介した。言われてみれば、宗也も前に少しだけ彼女を見かけたことがあった。最近よく明科を訪ねて二年の教室に来た一年の女子がいたことを思い出した。

「そうか、ようやく後輩ができたんだな」

 これで明科の負担が軽くなる……と宗也がしみじみと感慨にふけっていると、嬉しそうに明科は答えた。

「そうなんだよー。しかもこの安野ちゃん、働き者だからすっごい助かってる!」

「いえ、私はそんな大したことは……」

 明科に褒められて、安野は思わず両手を顔の前で振って否定した。その仕草はいかにも最近の女子高生のようで宗也にとっても微笑ましかった。すると安野はスマホを取り出して何か気付いたように小さく声を出すと、急いで荷物をバッグにしまった。

「すみません、明科先輩。この後休養ができちゃって、私は先に帰りますからあとは茅野先輩とゆっくりしていってください!」

「え?この後、ご飯行くんじゃ……」

「すみません、また次回お願いします!」

 戸惑っている明科をよそに安野は笑顔で軽く敬礼ポーズをとると、レシートを持ってレジへ行こうとした。

「あ、いいよ私が払うから」

「そうですか?ありがとうございます、こちそうさまです」

 安野は深々とお辞儀をすると、宗也にも小さく会釈していそいそと店を出た。取り残された宗也と明科はしばらくの間、呆然としていた。宗也がふと窓の外を見ると、店を出た安野が一仕事終えたような清々しい顔でこちらにピースをしていた。

「あの娘、最初から奢られる気だったのね……。ちゃっかりしてるよ、別にいいけど」

「まぁそれぐらい後輩らしくしてもらった方が可愛げがあっていいんじゃないか?」

 宗也が安野をフォローするように言うと、明科は思わず宗也の方に身を乗り出した。

「え、茅野君はああいう娘が好きなの?」

「いや、そういうわけじゃなけど……。ていうかさっきから明科変だぞ?」

「あ、そうなんだ……。ごめん。取り乱しちゃって」

 明科は落ち着きを取り戻すと、二人の間にはしばらく沈黙が流れた。宗也自身も予期せぬ明科との遭遇に、何を話していいか分からなかった。

「あの……、よかったらこっちの席に来ない?」

「へ?」

「いやほら、安野ちゃん帰っちゃったし……。お客さん多いからなるべく詰めて座った方がいいでしょ?」

「ああ、そうだな……」

 店内は相変わらず多くの人で賑わっていた。確かに二人で無駄なスペースを貸し切って座っているよりは、詰めて座った方がいいかもしれない。宗也は荷物を持って、先ほどまで安野が座っていた席に座った。椅子はまだ人が座っていた温もりが残っていた。

「ところで何で今日茅野君は制服なの?」

「実はさっきまで学校に行っててさ」

「へぇ、勉強でもしてたの?」

「まぁそんなところ」

 さすがに飯山とアルヴァコアを用いた死闘を繰り広げていたとは言えなかったので、宗也はひとまず無難な回答で済ませた。しかしそこには思わぬ誤算があった。

「それにしてはなんかあちこち汚れてない?」

「そ、それは……」

 宗也は初めて気づいた。宗也の制服は飯山との戦いで、あちこちが汚れていたことに。さすがに勉強してたと言った手前、制服が汚れているのは不自然だろうと思った宗也は必死に言い訳を考えた。

「ほら、勉強の息抜きにちょっと運動してたら夢中になっちゃって……。明科もよくあるだろ?」

「えぇ……。あんまり聞いたことないけど。茅野君って案外やんちゃなんだね」

 もうちょっとましな言い訳にするべきだったか……と宗也は若干後悔したが、明科が笑っていたのでひとまず胸を撫でおろした。

「そういえば諏訪君、何してるかなぁ……」

 明科は依然として諏訪の所在を知らない。今までは宗也は極力アルヴァコアの戦いのことは一般人には秘密にしてきた。それはアルヴァコアの力を世間に知られたくないのと、無関係の人間を巻き込むまいというアンナの教えであり宗也もそれには同意していた。しかし明科にだけは教えてもいいんじゃないか、と最近の宗也は思っていた。それほど明科は信用に足る人物だと宗也は思っていた。しかしそれを宗也の一存で決めるのは少し気が引けた。

「明科、ちょっと待っていてくれ」

 宗也は明科に一言断って席を外すと、いったん店を出てアンナに電話をかけた。宗也が電話をかけるとワンコール目でアンナが出た。

「やぁ少年。どうしたんだい?」

「実はアルヴァコアのことでお話が……」

 そこまで言いかけると、電話をしている宗也の視線の先には見覚えのある金髪が見えた。その姿はどんどんこちらに近づいてくる。

「いいよ。電話で話すかい?それとも一回何処かで会って……あ」

 アンナは電話をしながら歩いていると、正面の喫茶店の前にいる宗也に気付いた。視線の先では宗也が電話をしながらこちらを見て薄ら笑いを浮かべている。

「はは……どうも」

「……どうやら電話で話す必要はなさそうだね」

 今日は素敵な出会いがたくさんあるなぁ……と宗也は薄ら笑いを浮かべながら心にもないことを呟いた。





 一体どれほどの時間が過ぎたのだろうか。宗也は以前にもアンナとこの喫茶店に来たことがあったが、そのときは誰もがアンナに注目していたため宗也は話に集中できなかった。今はそのときと同じような注目を周りから集めているが、以前とは違うのは同じ席に明科瑞穂という女の子がいるということだった。

 宗也は肩身の狭い思いをしながら何とか話題を探そうと四苦八苦していた。何しろ彼にとっても、年上の女性と同級生の女子と一緒にお茶をするのは初めての経験だった。宗也の隣の席に座っているアンナはというと、美味しそうにカプチーノを飲んでいる。向かい側の明科は、慣れない年上の女性が来て緊張したのか度々下を見ていた。

「……えーと、さっきも言ったけどこちらこの前知り合ったアンナさん」

 宗也は隣にいるアンナを紹介した。アンナは宗也に紹介されるとにこっと笑い、明科の方に掌を向けてひらひらと横に振った。

「それはさっき聞いたよ……茅野君」

「あれ、そうだっけ?」

 明科は呆れたように溜息をついた。どうやら宗也は会話の糸口を探っているうちに自分がどこまで話したのか忘れてしまったらしい。するとその様子を見ていたアンナは明科に話しかけた。

「君は明科瑞穂ちゃんだったね。こんな可愛い娘と一緒にお茶してたなんて、やるな~少年」

「からかうのはやめて下さいよ、偶然会っただけなんですから」

 アンナはからかい口調で、肘で宗也を軽く小突いた。その様子を見ていた明科はどうしていいか分からず、あわあわとしていた。

「……で、実際の所はどうなんだい、君たちは付き合っているのかい?」

「ち、違いますよ!ただの同級生ですよ。なぁ明科?」

「へ?ああ、そうですまだ同級生です!」

「まだ?」

「まだ……」

 宗也は明科の発言に引っかかったが、アンナは何かを察したように納得し、頷いていた。

「なるほどね……。少年は大変だなぁ、大変だぞ!」

 アンナは笑いながら宗也の背中をばしばしと叩いた。

「ちょっと何言ってるか分からないです……。ていうか痛いです」

 宗也はアンナが何を言っているのか分からずに、背中をさすった。明科はアンナの反応に戸惑っていたが、次第に落ち着きを取り戻した。

「でも、茅野君はこう見えて本当に友達想いなんです。見てないようでしっかり見てるっていうか、凄い頼りになるんです。剣道部の頃は私もよく助けられてました」

「へぇ、少年は剣道部だったのか」

「俺だけじゃなくて諏訪もです」

 宗也の言葉にアンナは小さく驚いたような表情をした。その後合点がいったような反応をした。

「そうか……。諏訪という少年が何故君に執着していたのか、何となく説明がついたよ。君たちの間には浅からぬ因縁があるんだね」

「え、諏訪君のこと知ってるんですか?」

「あ、しまった」

 アンナは自分の失言に気付き、頭を抱えた。その様子を見ていた宗也はアンナに優しく笑いかけた。

「いいんですよ。元々明科に全部話すつもりでアンナさんに電話したんですから」

「そうか。君が全部打ち明けるつもりなら、私としては異論はないよ。それにしても少年がそう決めたってことは、君はよほど信頼されてるんだね」

「え?そ、そんなことないですよ~」

 明科は会話の内容がいまいち分からなかったが、何となく褒められている気がして嬉しそうに謙遜した。

「じゃあ何から話そうか……」

 宗也は明科に、アンナとの出会いからアルヴァコアの戦いに至るまでの全てを話した。全て、という言葉は語弊があるかもしれない。宗也は友達の飯山が『ネオ・アダプター』だったこと、そして彼と戦ったことはアンナにも明科にも言わなかった。それは飯山が裏切ったことをグローケンに悟られないため、というのもあるが、それとは別に宗也の考える狙いのためでもあった。

 一通り話を聞いた明科は終始唖然とした表情をしていた。あまりにも現実とはかけ離れた内容だっただけに、びっくりするのも無理もないかもしれない。

「なんか、まだ信じられないというか……、実感が湧かないです。この街でそんな戦いが起きてるなんて」

「私たちの戦いに君たちの街を巻き込んでしまって本当に申し訳ない。でもここにいる少年はもちろん、私も全力でこの街を奴らから守っていくつもりだよ」

 アンナは真剣な表情で明科を見つめた。

「そんな……、アンナさんのせいじゃないですよ。でも凄く心強いです。本当は凄く心配していたんです。阿神駅近くでビル爆破事件が起こって、その直後に不審な動画が出回って……。こんな状態で二十六日の阿神祭が開催できるのかなって。その日は私たちにとっても大事な日だから」

「阿神祭の日は剣道部も参加する予定なんです」

 宗也は明科の話に付け加えて言った。

「そうか……。阿神祭はこの街にとって大事なものなんだね」

「そうなんです。だから、もし私にも手伝えることがあるなら何でも言ってください。茅野君みたいに特殊な能力があるわけじゃないけど、それでもあのときみたいに何もできないのは嫌なんです」

 「あのとき」という言葉が何を指すのかは宗也にも分かった。宗也が諏訪と仲違いし、剣道部を去ることに一番胸を痛めていたのは、マネージャーである明科だった。そのときの無力感を痛感していたからこそ彼女はその日以来、一層マネージャーとして精力的に活動するようになった。

「……分かった。何かあったら君にも頼らせてもらうよ」

 アンナは過去の宗也と諏訪の間に何があったかは知らなかったが、それでも明科の目には並々ならぬ覚悟が宿っていたことに気付いた。

「どうですか、明科は信用に足る人物でしょう?」

 宗也は自慢気にアンナに向かって言った。その態度にアンナは少しむっとしたが、すぐに息を吐いて笑った。

「……そうだな。君にはもったいないくらいだよ」

「え?どういう意味ですか、それ」

「なんでもないよ。ほら、もうこんな時間だ。そろそろ帰るとしようか」

「あ、ほんとだ。もうこんな時間」

 アンナの言葉の意味がよく分からない宗也をよそに、アンナと明科はいそいそと帰り支度を始めた。宗也が席を離れる頃には、もう二人とも会計を済ませて店の出口で宗也を待っていた。

「ほら、何してるんだ。早く来たまえ」

「まったく、今日のアンナさんは何か変だったな」

 宗也はそう呟いて、ゆっくりと出口へ向かった。時刻は午後六時。太陽も西に沈み始め、駅の向こうでは美しい夕陽が町全体を赤く照らしていた。





 

 

 四月の二十三日。この日は夕方に対グローケンの特別会議が行われる予定である。先日のビル爆破事件の影響で、アンナの研究所が燃えてしまったという経緯もあり場所はとある駅近くのビルの一室で行われることになった。宗也は学校が終わると、その足で会議場所であるビルへ向かった。

「ここか……」

 宗也は事前にアンナから送られてきた住所を頼りに、目的のビルまで辿り着いた。時刻は十五時五十分。何とか集合時刻十分前には着くことができた。

アンナの情報だと、会議の参加予定者はアンナと宗也含めて五人。アンナと宗也の他には阿神祭実行委員会の実行委員長である砂川誠一、アンナの友達が二人来る予定になっている。随分少人数での会議になるが、砂川を例外としてアルヴァコアの力を知るごく限られた人を集めたらしい。

宗也はビルのロビーを抜けて、エレベーターで四階に向かった。エレベーターに乗ると、宗也は変な緊張感を感じ始めた。会議では多くの大人が集まることが予想される。そんな厳粛な場に、アルヴァコアの力を持つ『アダプター』であるとはいえ一介の高校生が参加していいのだろうかという不安に駆られた。しかしその不安は杞憂に終わることになる。

宗也が目的の四階まで着くと、辺りはしんとしておりエレベーターを出てすぐ正面にある扉の向こうから人の声が聞こえた。おそらく会議場所はこの扉の向こうだろう。

宗也は緊張しながらも、慎重に扉をノックした。しばらくして扉が開き、アンナが出てきた。彼女はいつもの私服ではなく、黒いスーツを着ておりフォーマルな雰囲気を漂わせている。

「やぁ少年、よく来たね。どうぞ入ってくれ」

「すみません、もう始まってますか?」

 宗也が少し申し訳なさそうにいうと、アンナは部屋の中を見ながら笑って言った。

「いや、大丈夫だよ。ちょっと砂川委員長ともめててね。気にしないでくれ」

 そして彼女は宗也の後ろに向かって優しく微笑んで言った。

「明科君もよく来てくれたね。少しでも人手が増えるのは心強いよ」

 すると宗也の後ろからひょこっと小さな人影が姿を見せた。明科瑞穂は宗也以上に緊張していた。

「は、はい!足手まといになると思いますけど、頑張ります!」

 明科をこの会議に誘ったのはアンナだった。明科も阿神祭に参加する以上、少しでも情報交換をしておきたいというのがアンナの考えだった。また必要であれば彼女も作戦の一部に組み込むという算段もあった。ただ明科は絶対にグローケン達との戦いに巻き込まないようにする、という条件付きだったが。

 宗也たちがアンナに続いて部屋の中に入ると、阿神祭の実行委員長である砂川が椅子に座っていた。アンナは砂川の対面に置いてあった椅子に座った。その様子は少なくとも穏やか、とは言い難かった。

「こちとら三十年もの間阿神祭の実行委員長を続けていますので、嵐が来ようが天地がひっくり返ろうが祭は開催する予定です。だからそこらの変な動画なんぞで中止するわけにはいかんのですよ」

 砂川は、歴史ある阿神祭の実行委員会において実に三十年以上実行委員長を務めてきた大ベテランだった。そのため人望も厚く、阿神町でも非常に権力のある人物だった。阿神町が全国で有名になったのは阿神祭の影響が大きいため、砂川は歴代の町長も砂川には頭が上がらないほど有名な人物だった。

「ですから私どもも安全に阿神祭が開催できるように尽力するつもりですので是非ご協力をと……」

 砂川の対面ではアンナが苛立ちを見せながらも、何とか砂川を説き伏せようと主張を続けていた。

「心配ご無用。我々の町は我々で守りますので。あなた方は黙ってお祭りを楽しんでください」

 砂川は余裕の笑みを見せ、席を立ち出口の方へと向かった。砂川が出口へ向かってきたので出口を塞いで立っていた宗也と明科は急いで横にそれた。

「お待ちください!お話はまだ……」

 アンナは席を立ち、砂川に向かって叫んだ。

「生憎、私どもは阿神祭の準備がありますので。あなた方の話に時間をとられている場合ではないのですよ」

 砂川はそう言うと宗也達を横目に、部屋を出ていった。赤髪の女性は溜息をつくと、力が抜けたようにそのまま席に座った。

「アンナ、ダメね。まるで聞く耳を持ってくれない」

「仕方ないよ。我々だけで独自に動くしかない」

 アンナは赤髪の女性の肩に手をやった。すると扉が勢いよく開き、ガタイのいい角刈りの大男が入ってきた。その大きさに近くにいた宗也と明科は思わずぎょっとした。

「おいアンナぁ、日本のトイレってのぁ小せぇんだなぁ。俺の日本の便座は俺のケツを収めるにはちと物足りねぇ大きさだったぜ!」

 大柄の男は部屋に入ってくるなり大声で笑った。その声は近くにいた宗也達の耳をびりびりと振動させるほどの大きさで、会議室に響き渡った。

「ちょっとディーニー、女の子もいるんだからそんな大きな声で下品なこと言わないでよ!

「おお、そうか。失敬失敬」

 赤髪の女性に注意されると、ディーニーと呼ばれる大柄の男は笑いながら頭を掻いた。ディーニーは近くにいた明科に気付くと、は深々とお辞儀をした。

「こんなキュートなジャパニーズレディーがいるとは。私、ディーニー・マクトミネイと申します。以後お見知りおきを」

「あ、ど、どうも……。明科瑞穂です」

 明科はディーニーに続いて丁寧にお辞儀をした。ディーニーはその後宗也に目をやると、にこっと笑って右手を差し出した。黒いタンクトップから露出している彼の右腕は筋骨隆々としており、まさに歴戦の猛者を思わせるような雰囲気を醸し出している。

「アンナから話は聞いているよ。彼女を助けてくれてありがとな。頼りにしてるぜ、ゴールデンルーキー」

「……こちらこそ。力になれるように頑張ります」

 宗也はごつごつとしたディーニーの手をしっかりと握った。見かけによらず彼の握手は強くなく、宗也の握力に合わせて手を握ってくれた。

「君達がアンナのお友達ね。私はサンディ・ワーストランド。こちらはディーニー・マクトミネイ。ちょっとガサツだけど根は優しいから」

「本当はもう少し人を呼んでたんだがね……」

「仕方ないわ。急のことで皆忙しくて私達しかスケジュールが空いてなかったんだもの」

「お二人も『アダプター』なんですか?」

 宗也は失礼と思いつつも恐る恐る聞いてみた。

「少し違うわ。あなたやアンナのような『アダプター』になれるのは、世界中でもごく限られた人間だけなの。だからグローケンも君をスカウトしたってわけ」

「だからこの町から二人も『アダプター』が出るのは、非常に奇跡的なことなんだ」

 アンナは椅子に座り、宗也達にも席につくように促した。それに続いて宗也達も手近にある空いている椅子に座る。

「でも二人のうちの一人はグローケンの側についたのよね……非常に残念だわ」

「それについてはこちらも対策を考えた。少年も色々思うところがあるらしいからね」

 そう言うとアンナは宗也の方をちらと見た。

「まぁともあれ全員揃ったことだし、始めましょ」

 そう言うと、サンディは椅子に座りパソコンをカタカタと打ち始めた。アンナはホワイトボードの前に立ち、ペンをとった。

「さて、まずは皆今日は集まってくれてありがとう。少人数とはいえ、短期間でこれほどの人数が集まってくれたのは素直に助かる」

「気にするな!困ったときはお互い様だろう?」

 ディーニーは腕を組みながら、自慢げに言った。

「まずは少年達に紹介しよう。こちら、アメリカから来た私の友人だ。アメリカのとある研究所に所属している筋金入りの研究者だ」

「そんな、凄い人達が来てくれたなんて……」

「生憎、私とディーニーは君やアンナのような『アダプター』ではないけどね」

 宗也に憧れのような眼差しを向けられたサンディは宗也に申し訳なさそうに微笑んだ。

「じゃあ『ネオ・アダプター』なんですか?」

「残念ながらそれでもない。本来『ネオ・アダプター』というのはグローケンが独自に開発した技術だからね。今の私たちには実現不可能だ」

 サンディはその言葉を聞いた宗也の不安そうな顔を見て、茶化すように笑った。

「そんな顔しなくても大丈夫よ。アルヴァコアには他にも使い道があるんだから」

 そう言うとサンディは、手元に置いてあるバッグから大きなタブレットを取り出した。サンディはしばらく画面をタップして操作すると、ある画面を宗也達に見せた。そこにはいかにもハイパーテクノロジーで作られたような銃が映っており、画面下部には難しそうな言語で説明書きらしきものが綴られている。

「これが我が軍で開発した対『ネオ・アダプター』用武器、『ショックウェイブ』よ」

「なんか凄そうですね……」

「アメリカにアルヴァコアの力を秘密裏に研究している施設があってね。サンディはそこの所長を務めている。そこで作られた実践兵器がこれってわけだ」

 アンナはサンディのタブレットに映っている銃を指さして言った。

「もちろんこれも極秘事項だから他言無用で頼むわね。まぁだからこそ君達に話したってのもあるけど」

「どういうことですか?」

「ただの高校生であるあなた達のいうことなんて普通の大人は信じないでしょ?それに私達も宗也君が『アダプター』だということを知っている」

「ま、まさか……」

 宗也の額に汗がひやりと流れた。その様子を見てサンディは脅すように怖い顔をしながら、にやりと笑った。

「私があなたをアメリカやロシアの軍に売ることもできるのよ~?」

「こらサンディ、あんまり少年を脅かすんじゃない」

 アンナはサンディに窘めるようにして言った。そして宗也に向かって優しく微笑んだ。

「サンディの言うようなことはしないよ。私が保証する。だから安心してくれ」

「脅かさないでくださいよ……」

 あんまりこの人の前で下手なことは言わないようにしよう……と、宗也はサンディを見て思った。サンデイはバッグにタブレットをしまった。

「ごめんね、茅野宗也君。でもそれだけ大事な情報なの。だからアメリカでも私達の研究所しか知らないわ」

「俺は難しいことはよく分らんからなぁ。俺のやることはただ目の前の巨悪を打ち倒すだけだ」

 ディーニーはガハハと笑いながら言った。それを聞いた明科はきょとんとした。それを見たアンナは不思議そうに彼女を見つめた。

「どうかしたかい、明科ちゃん」

「いえ、ディーニーさんも研究者なんですよね……?」

「ん?そうだぞ。立場上はな」

 それを聞いたサンディは明科の言わんとすることが分かったのか、納得したような表情をした。

「この男が研究者には見えないでしょう?確かに言動とか馬鹿っぽいし知性のかけらもないわよね」 

「いえ、そんなそこまでは……」

 明科は否定するように、両手を顔の前でぶんぶんと横に振った。

「一応研究者ということになっているけど、彼の仕事は研究じゃなくて私のSPよ」

「SP?」

「今のご時世、何かと物騒だしね。彼は私の古い友人なの。わざわざ用心棒を雇うにもお金がかかるし、彼ならちょうどいいかと思って」

「なるほど……。ディーニーさんは一応研究者として日本に来た、ということになっているんですね」

「SPとして連れてると大事な情報を持っているんじゃないか、と思われますもんね。護衛なしなら守る必要がない情報しか持っていない、とみなされると」

「そういうことね。君、ディーニーより頭がいいわね」

 サンディは宗也の頭を優しく撫でた。その行為に宗也は何となくむず痒くなってしまう。

「そりゃどうも……」

「さすがアンナの選んだ高校生は一味違うな!」

 自分がけなされていることにも気づかず、ディーニーは笑いながら宗也を称えた。

「話が少しずれてしまったが、本題に戻そうか」

 アンナは一通り皆の会話が終わった頃を見計らい、話を切り出した。その瞬間にその場にいる全員がピリッとした緊張感に包まれた。アンナはホワイトボードにあるペンを執った。

「まずはどのようにしてグローケンと戦うかだ。方法は三つある。一つは奴らの本拠地に奇襲をかける。二つ目はこちらから奴らを誘い出してこちらの本拠地で迎え撃つ。そして三つ目はどちらの本拠地でもない、他の場所で戦う方法だ」

 アンナはキュッキュッとペンを走らせて、ホワイトボードに三つの案を書いた。アンナ以外の全員はアンナの書いたホワイトボードに注目した。

「現状グローケンの居場所は判明していない。この街のどこかに潜伏していることは確かだがね」

「では奴らの本拠地に奇襲をかけるという作戦は使えないわね」

「そういうことだ」

 アンナは一つ目に書いた案にバツをつけた。

「そして二つ目の案だが、生憎私たちには本拠地と呼べるものはない。先日の爆破事件で私の研究所は燃えてしまったしね。従ってこの案も駄目だ」

 アンナは続いて二つ目の案にもバツをつけた。

「ということは……」

「そう、私たちにはこの案しか残されていないんだ」

 アンナは一番下に書いた案に何重にもマルをつけた。宗谷たちは納得したような表情をしたが、サンディとディーニーは首を傾げた。

「ねぇ、アンナ。その方法しかないのは分かったけど、予めグローケンがいつどこにいるか分からなければその方法は使えないんじゃない?」

「その通り。だが私たちは奴らが現れる場所と時間を一つだけ知っている。そうだろう?少年」

 アンナに視線を向けられた宗也は首肯した。

「二十六日に行われる阿神祭ですね」

「で、でもあの動画が広まったからって本当に奴らがそこに現れるとは限らないんじゃ……」

 サンディとディーニーはアンナに事前に教えられていたため、例の動画のことも当然知っていた。

「痛いところを突かれたね……個人的にもそれが一番のネックなんだ」

「あの……奴らは来ますよ。百パーセント保証はできないですけど」

 その言葉でその場の全員は一斉に宗也に注目した。それにも動じず、宗也は会議室に飾ってある時計を見た。

「何か確証があるのかい?」

「直に説明しますよ。そろそろ来るかな」

 その直後、会議室のドアをノックする音が聞こえた。アンナが応対しようと席を立ちかけたが、宗也が彼女を押し留めた。

「いいですよ、俺が出ます。多分知合いですから」

「そうか?じゃあ頼む」

 アンナは不思議そうな顔をして椅子に座りなおした。アンナだけでなく、宗也以外の全員も怪訝な顔をしていた。

「アンナ、まだ誰か呼んでいたの?」

「いや、集合をかけたのはこれで全員のはずだが……」

サンディとアンナは顔を見合わせた。しばらくすると、宗也が会議室に戻ってきた。その後ろには彼女たちには見慣れない人がいた。しかし明科はその姿を見ると思わず驚いて、席を立った。

「飯山君……⁉」

「あ、明科さんも来てたんだ」

 飯山は会議室にいる中から明科の姿を見つけると、手を挙げて優しく微笑んだ。その表情からは宗也と戦っていたときの闇を孕んだ様子は見られず、いつもの皆と接するような平穏な姿を取り戻していた。

「少年、彼は一体……」

「俺が呼んだんです。飯山の力も必要だろうと思って。ただ俺と違って忙しいから会議には遅れて参加する予定だったんですけど」

 宗也の後ろから一歩前へ出た飯山は制服の襟を正した。皆の視線が集まると、彼はにやっと笑いながら敬礼のポーズをした。

「初めまして、皆さん。宗也の友達の飯山柊人です。皆さんの力になれればと思い、参上しました」

 その言葉を聞いていたサンディは少し呆れたような素振りを見せて、宗也の方を見た。

「あのねぇ、茅野君。これは遊びじゃないの。いくら人手が必要だからって、そんなぽんぽん無関係な人を連れてきていいわけじゃ……」

 彼女はそこまで言うと、飯山がその言葉を遮るように言葉を付け足した。

「あと『ネオ・アダプター』もやってました!」

「……は?」

「⁉」

「……」

 その瞬間、その場にいる全員が凍り付いた。サンディは目をぱちくりとさせ、アンナは驚きのあまりその場に固まっていた。

「む、『ネオ・アダプター』だと?ならばそいつは敵じゃないか⁉」

 ディーニーは思わず立ち上がり、バッグから武器を取り出そうとした。その様子を見た宗也が慌てて彼を制止する。

「ちょ、ちょっと待ってください、ディーニーさん。話を聞いてください」

「そうか、ならば聞こう」

 ディーニーは椅子にどかっと座りなおして、腕組みをした。だが彼は依然として険しい表情をしている。その後先程まで固まっていたアンナがようやく口を開いた。

「……まさか彼が君に発信機を付けた犯人かい?」

「そうです。確かに彼は以前グローケンの手下であり、俺たちの敵でした。しかし今は違います。彼は改心して俺たちの味方になりました」

 宗也が言い終えた後も、室内には重苦しい空気が漂っていた。しかしディーニーは宗也の言葉を聞くと、あっさりと警戒心を解いた。

「そうか、俺達の仲間か。いやーすまなかったな、さっきは攻撃しようとして」

 彼はがははと笑いながら、飯山に頭を下げて謝意を示した。

「私たちはそう簡単には信じられないわね」

 ディーニーの横ではサンディが腕組みをしながら、俯きがちに目を閉じていた。アンナもサンディと同意見だというように、黙って頷いた。

「残念だが私もサンディに同意だ。仮にも一度は『ネオ・アダプター』だったような人物に我々の背中を預けることはできないよ。まだ奴らのスパイだという線もあるからね」

 ディーニーの反応で一度は緩みかけたこの場の雰囲気も、彼女たちの言葉で再びピリピリとした緊張感に包まれた。

「え?飯山君って私たちの敵だったの⁉」

 驚きの新事実を目の当たりにした明科は、口元を手で覆いながら飯山に尋ねた。

「……まぁ色々あってね」

「悪いな、明科。この前の日曜日の時点で言おうかどうか悩んでたんだが……本人の意向もあって黙ってたんだ」

「そうだったんだ。でも信じられない。あれだけ皆の人気者で女の子たちの間でも人気だったのに……」

 普通の人間から見た飯山評は大体明科が抱いているイメージとさほど変わらないだろう。優しくて頼りになる学校の人気者。だからこそ、誰も飯山の心の闇には気づけなかった。宗也は今でこそ飯山の本音を知っているが、少し前までは周りの人間と同じ感想を抱いていた。しかし今の宗也は飯山の数少ない良き理解者となっている。日曜日の一件以来、彼の本音を聞けたことで宗也は今まで以上に飯山を信頼することができた。

 だが他の人間の飯山評は依然として変わらない。その評価を覆すつもりはないが、飯山を味方につける上での問題はアンナ達にあると宗也は思っていた。アンナ達は飯山という人間を知らないどころか、元『ネオ・アダプター』という負のイメージがついている。そんな飯山を彼女たちに認めさせることができるかが、宗也が考えるこの会議における焦点の一つだった。

 そのためにはどうするか。宗也は彼女たちが飯山を信用できないだろうということも、事前に想定済みだった。

「確かにサンディさんやアンナさんの言う通りです。今まで敵だった者をすぐに味方として信頼しろというのも難しいと思います。だから彼を仲間にはしません」

「……は?」

 サンディとアンナは目を丸くした。サンディは慌てて宗也に問いただした。

「だって飯山君は君が味方にしようと思って連れてきたんじゃないの?」

「俺は一言も味方にするとは言ってないですよ?」

「はぁ⁉」

 宗也はにやりと笑ってサンディの方を見た。彼女は相変わらず訳が分からないというような表情をしている。その横ではアンナが腕組みをしながら考え込んでいた。

「何か狙いがあるんだね、少年」

 アンナの問いかけに宗也はこくりと頷いた。

「スパイがばれたとはいえ、飯山は未だにグローケンの仲間です。そのことを利用して、飯山にはこちら側に奴らの情報を流してもらいます」

「……つまり奴らにスパイがばれたということを知らせずに、あえて今まで通りスパイを演じてもらうということか」

「その通りです。奴らの拠点は限られた人間しか知らないらしく、飯山でさえも知りません。しかし定期的にグローケンとは会っているそうです。その際に、敵側の情報を知れる可能性があります」

「なるほど。確かに現状の我々は奴らについての情報があまりにも少なすぎる。彼が情報を仕入れてくれれば、我々もある程度作戦が立てやすくなるかもしれないね」

 アンナがある程度納得したような素振りを示したが、サンディは相変わらず険しい表情をしていた。

「でもその情報が確かなものかは分からないわよね。彼が嘘をついている可能性も否定できないわ」

「そ、それは……」

 サンディは飯山の方を見つめた。その瞳の奥は彼を敵か味方か見極めるように、僅かな眉の動きも見逃さないと言わんばかりの迫力があった。宗也はサンディの返答のような答えがくることも想定済みだったが、彼女の威圧感に気圧されて思わず言葉が詰まってしまった。

 しかし黙ってその話を聞いていたある人間が口を開いた。

「口を挟むようですけれど、飯山君はとても優しくて頼りになるいい人です。そんな飯山君が私たちを裏切ってしまったこと自体とても信じられないですけど、それでも茅野君が飯山君を信じているのなら私も彼を信じたいです。何の根拠もないですけど、どうか彼を信じてあげてください!」

「明科……」

 明科はアンナ達に深々と頭を下げた。明科も今まで話を聞いてきて、色々思うところがあったのかもしれない。彼女の言葉につられて宗也と飯山も慌てて頭を下げた。アンナはその姿にふぅと息を吹くと、宗也達に顔を上げるように促した。

「やれやれ……。君達の気持ちは分かったよ。彼を信用してみよう」

「……ありがとうございます!」

 宗也達は再び頭を下げた。その様子を見ていたサンディも、仕方ないといった様子で微笑みながら首を横に振った。

「礼を言うのはこちらの方だよ。奴らに通ずる貴重な情報源が手に入ったのだからね」

「その点は任せてください。俺が今持っている情報を含めて、奴らに気取られように慎重に行動します」

 飯山は胸に手を当てて、得意そうな笑みをアンナの方に振りまいた。

「しかしそうは言っても少年の考えでは飯山君へのリスクが高すぎる。奴らにこちらの狙いが悟られぬように、飯山君との接触はできる限り控えるべきだ」

 そう言うと アンナは宗也の方をちらと見た。

「奴らとの決戦が終わるまでは飯山君と我々が会うのはこれっきりにした方がいい。もし奴らの情報が分かったら少年を通して我々に伝えてくれ」

「そうですね、分かりました」

(やれやれ……、これで飯山の問題は解決か……)

 宗也はほっと胸を撫でおろした。隣を見ると、飯山が同じようにほっとしたような表情をしていた。彼も同じく緊張していたのだろう。

「じゃあ皆席に座ろうか」

 会議室には予め席が余分に多く設けられており、飯山のような飛び入りの参加者でも問題なく席を確保することができた。

 全員が席に座ると、アンナは咳ばらいをした。

「話を戻そうか。問題は果たして奴らが本当に阿神祭の日に神賀ドームに集結するのか、だ」

「その点に関しては茅野君がさっき確信を得ているみたいだったけど」

 サンディは頬杖をつきながら、宗也の方を見た。

「その答えの鍵となるのが飯山の情報です」

 宗也は自信満々な笑みを浮かべて飯山の方を見た。飯山は宗也からの視線を合図と受け取ると、真剣な表情で口を開いた。

「グローケンは言っていました。阿神祭の日に計画を実行する手筈だと。詳しい内容はまだ言っていませんでしたが、その日が阿神町での最後の日になると彼は言っていました」

「なるほど……。どうやら動画の予告通りに奴らは本当に来そうだね。では続いて現有戦力の確認だが……」

 アンナは再びホワイトボードに向かい、ペンを取った。そして会議室に居る全員を一瞥した。

「まずはこちらの戦力だが……、『アダプター』は私と少年。そしてアダプター用武器を持っているディーニーとサンディ。今のところはこの四人だが……」

 アンナはホワイトボードにそれぞれの名前を書きながらそこまで言うと、アンナは飯山の方を見た。

「俺も戦えますよ。幸い『ハード・ウィル』もまだ使えますしね」

 そう言って飯山はバッグからプラスチックの筒と化している『ネオ・アルヴァコア』を見せた。

「それが君の『ネオ・アルヴァウェポン』か……」

 飯山のネオ・アルヴァウェポンである『ハード・ウィル』は、宗也との戦いの中で一度は真っ二つにされて再起不能かに思われたが、『ネオ・アルヴァウェポン』の核と呼ばれる箇所は間一髪のところで破壊されずに済んだため、戦闘が終わると二つの破片は元の一つに戻り自動的に修復していった。どうやら核と呼ばれる箇所を破壊しない限り、『ネオ・アルヴァコア』は破壊されても元に戻るようになっている。

また『ネオ・アルヴァウェポン』も『アルヴァウェポン』も傷つけられたり破壊されると、使用者の疲労状態が大きく低下するらしい。

 そんなこんなで飯山も今では我が軍の貴重な戦力となった。しかしそこには大きな問題があった。

「実は『ネオ・アダプター』同士では戦えないんですよねー」

「どういうことだい?」

「グローケンは誰もがアルヴァコアの力を使えるようにするために『ネオ・アルヴァウェポン』を作りました。そこで危惧していたのが仲間割れによる同士討ちです。それができないようにグローケンは『ネオ・アルヴァコア』同士で戦う際は互いの武器が力を解放できないように設定したんです」

「なるほど……。つまり君が『ネオ・アダプター』と交戦するときには力を使えないということなんだね?」

 飯山は静かに首肯した。だがそれでもアンナは表情を変えなかった。

「そうか……。でも君が貴重な戦力だということには変わらないよ。『ネオ・アダプター』同士で戦えないというのは不安材料だが、それは向こうも同じだからね」

 そう言い終えるとアンナは不安げな視線でこちらを見つめる明科に気付いた。

「もちろん、明科ちゃんも頼りにしているよ⁉戦うだけが我々の目的ではないからね」

「明科は当日剣道部の催し物があるだろう?グローケンたちのことは俺たちに任せて、安心して剣道部の方を支えてやってくれ。もし危なくなったら付近の皆を避難誘導してやってほしい。くれぐれも戦場には近づかないでくれ」

「う、うん。ありがとう。ごめんね、私だけあまり力になれなくて……」

 宗也は明科に気にするなというジェスチャーを送り、優しく微笑んだ。この殺伐とした戦いの中で明科の存在は宗也にとっては一つの清涼剤となっており、第一に守らなければいけない存在だった。

「あ、それじゃあ明科ちゃんにはもう一つお願いしちゃおうかな」

 サンディは思い立ったように急に席を立つと、明科の傍に行って彼女の耳元でぽしょぽしょと何やら話をしていた。しばらくして話が終わると明科は顔がぱっと明るくなり、首を縦に振った。

「分かりました。頑張ります!」

 明科は両手を胸の前に出してぎゅっと拳を握った。サンディはお願いね、と一言告げると自分の席に戻っていった。宗也は明科のそばに顔を近づけると小声で話しかけた。

「何の話をしてたんだ?」

「ふっふっふっ。それは当日までのお楽しみです!」

「?」

 宗也は気になったが、明科の反応が可愛かったのでひとまず詮索するのはやめた。向かい側ではサンディがにやりと笑みを浮かべながら、宗也の方を見ていた。

「女子トークが気になる?茅野君。でも教えてあげないよーだ」

「別にそこまで気にはなりませんよ……。俺だってそこまでデリカシーが無いわけじゃないです」

「デリカシーが無いわけじゃないって自分で言うと、なんだか宗也がデリカシーが無いみたいに聞こえるね」

 サンディがべっと舌を出して宗也をからかっていると、飯山がにやにや笑いながらそれに乗っかってきた。

「あら飯山君、良いこと言うじゃない。あなたは女の子に人気ありそうね。茅野君、あなたも見習いなさい」

「はぁ……、分かりました」

 サンディ達が他愛もない話をしていると、ホワイトボードの前に立っていたアンナがごほんと咳ばらいをした。

「そろそろ本題に戻していいかな?」

「あ、ごめーん。話を続けて」

 サンディは両手を合わせてアンナに謝った。アンナはホワイトボードに宗也達の名前を書いた。

「今のところこちらの主戦力は、私と少年、ディーニー、サンディの四人か。『ネオ・アダプター』と戦えない飯山君と一般人の明科ちゃんはサポートに回ってもらうとして……。あとは敵の戦力だな」

 アンナがホワイトボードに必要事項を書き終えると、飯山が小さく手を挙げて席を立った。

「敵の戦力については俺がおおまかな内容を話してもいいですか?」

「お、助かるね。私もだいたいは知っているが、昔の情報だ。最新の情報があるなら教えてほしいね」

 アンナは手近な席に座り、飯山に後を託した。飯山は席を立つと、ホワイトボードの前へ出た。

「俺がグローケンから手に入れた敵の情報をお話しします。グローケン本人の口から聞いたものなので、真偽は確かだと思います」

そういうと飯山はホワイトボードに書き始めた。こういった作業は慣れていたため、彼の書く字はとても綺麗で読みやすかった。

「まずは皆さんご存知、ボスのウィリアム・グローケンです。今回の事件の元凶であり、間違いなく敵側の最重要危険人物でしょう」

「奴は『ネオ・アダプター』の中でも特に強大な力を持っている。その力は武装した大人百人をも軽く凌ぐともいわれている」

「私たちもアメリカにいたときにさんざん煮え湯を飲まされたわ……。そうよね、ディーニー」

「ん?……ああそうだ。煮え湯な、飲まされたな。腹いっぱいな」

 ディーニーはサンディに急に話をふられたせいか、しどろもどろになって答えた。煮え湯の意味が分かっているとは思えなかったが。

「続いてグローケンの新たな懐刀、峰城高校二年の諏訪俊介です。彼はかつては宗也の友達であり、今では『アダプター』の一人となっています」

「え?茅野君の友達が敵側にいるの?」

「彼もまたグローケンの持つ力に魅入られたんだよ、サンディ。君もそういった人物を数多く見てきただろう?」

「そうね……。でもよりによって『アダプター』になるとはね。彼もまたアルヴァコアに選ばれし人間だったってことかしら」

 サンディは腕組みをしながら深く考え込んだ。

「『アダプター』になった以上、彼もまた強大な力の持ち主だ。グローケンまでとはいかないが、やがては奴を超えうるだけの力を持っている」

「厄介ね……、彼ら二人をどうにかするのは至難の業だわ」

 サンディの言葉にその場は静まり返った。厳しい戦いになることは予想がついていたが、いざ改めてその力の大きさを知ると途端に全員の額に冷や汗が流れた。

「……まぁ具体的な打開策は後で考えるとして、最後の説明にいきましょうか。最後はグローケンの四人の部下、『クアトロ・マウス』です。彼らのことは未だに謎に包まれていますが……、全員が『ネオ・アダプター』だということは確認済みです。危険な人物だということに変わりはないでしょう」

「『クアトロ・マウス』か……。私もよく知らないが、名前だけは聞いたことがある。確かアメリカにいた頃にグローケンが作ったグループだね」

 アンナが手を顎に当てて考えていると、サンディとディーニーもそれに頷いた。

「ええ、私たちも直接会ったことはないけれどアメリカでもかなりの悪評を轟かせているわ」

「その四人も警戒しておかなければならないね。しかし四人もいるのか……」

「以上が敵の主戦力になります。不明な点も多いですが、分かり次第連絡します」

 飯山が説明を終えると、会議室が軽い拍手で包まれた。敵のスパイとして暗躍してきた飯山の情報は宗也達にとってはかなりの有益な情報だった。

「ありがとう、飯山君。まさかこれほどの情報を持っているとは思わなかった。これからも情報源として期待しているが、くれぐれも無茶はしないでくれよ」

「分かってますよ」

 飯山はアンナに向かってサムズアップしてにこっと笑った。その様子を宗也はぼーっと見ていた。

「どうかした?茅野君」

 ふいに横に座っていた明科が顔を近づけて下から覗き込んできたので、宗也は思わずどきっとした。

「いや……飯山のやつ、この間まで敵だったのにすんなり皆と馴染んでるからすげーなって。それにアンナさんやサンディさんとも対等に会話してるし」

「茅野君も十分頼りになってるじゃない。それにアンナさんとも仲良さそうだし……」

 次第に明科の声は小さくなっていった、だが宗也はそれを意にも留めず話を続けた。

「いや、なんつーか……。アンナさんにはまだ子ども扱いされてる気がするんだよな。俺のことも未だに『少年』呼びだし……。まぁそんなに大したことじゃないんだけど」

「ふぅん。私は飯山君と茅野君に扱いの差なんてないように思うけどなぁ。あんまり気にする必要ないんじゃないかな」

 明科は宗也の視線の先を追っていると、飯山とアンナ達が何やら話し込んでいた。確かに飯山は闇を抱えていたとはいえ、普段は高校生徒は思えないほどしっかりしている。しかしそれも宗也が他より劣っているというよりは、飯山が他より優れている、という事でしかないので彼女の言う通り、気にすることではないのかもしれない。しかし宗也の心の中にはそのことが喉に引っ付いた魚の骨のように引っかかって取れなかった。

 

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