第12話
「あらまあ、姉さまったらふられちゃったの?」
二姫はくすくす笑った。
「ふられて結構。あんなの好みじゃないわ」
一姫はどすんと腰を下ろすと冷えた茶を飲み干した。
「もし明日の朝、あいつが血を選んだら、誰がいくんだろうね」
「姉さまじゃないの? 」
「どうなんだろ。あいつの目、タケマロとはぜんぜん違った。あんなとっぽい顔してるけど、とんだ食わせ物かもね」
一姫は二姫の広いおでこをこつんと小突いた。
「あんたみたいなのはああゆうのにころりとだまされるんだ」
「姉さまも渋いおじさまにころり、だったものね」
二姫はころころ笑った。
「やな子。あんたはどうなの? 」
「わたしはああゆう変な人、好きよ」
一姫は肩をすくめた。
「じゃ、あんたにあげる」
「あの人、たぶん『試し』を選ぶと思うよ」
「三人に一人しか助からないって聞いて? 本人がそんな素っ頓狂なこと言い出しても、チュのじいさんが絶対許さないよ」
「そうだね、きっともめてると思うから様子見てくるわ」
変な子、と一姫は思った。しかし、龍家はそういう変人ばかりなのだ。一姫はもう龍家に居場所はないと感じていた。
「どっかに、いい男はいないもんかねぇ」
チュの考えはこうだった。
国を束ねる王家と王国最大のンガダス家はずっと蜜月の関係を続けてきた。であるからこそ王権は磐石であり国家はおさまっていた。この両家はそれゆえに血縁でもある。知らず学友の交わりをもった現国王とチェスマはまたいとこの間柄である。いま、国王は若く、ンガダス家は相続争いで弱っている。野心ある貴族にとって王家またはンガダス家にとってかわるにはチャンスであろう。それゆえに、王家とンガダス家はここで関係を強化しておく必要がある。チェスマはころあいを見て、いとこまたはまたいとこに当たる王家の姫の誰かを迎えなければならない。
もう一つは危険すぎて論外である。
チェスマの意見はこうだった。
ここで臥所庄一つ掌握できずに何が領主か。ここで信義を失うならいずれすべてを失うだろう。彼らは無理難題をふっかけたいわけではない。ただ、彼らの中のンガダスに親しみを覚えない者もあわせて納得させる申し出として慣習的なものを持ってこざるを得なかったのだ。歩み寄り、約定を結ぶべきである。
チュはまた言う。当主たるもの、全体を見る必要がある。すべてをうまくやることなどそもそもできるわけはないのだ。いま、一部に強いることがあっても、根気よく新たな和解の道を探っていく選択もある。当主の結婚も命の危険もこの場合ふさわしい選択ではない。
チェスマは答えて言う。チュの言うのは緊急避難的措置である。安易に用いるべきではないし、一度そうしてしまうと繰り返してしまう。緊急避難措置ばかりでは借金だらけの財政と同じで必ず破綻が来る。八方ふさがりに見えても最後まで正道を探るべきである。正道とはこの場合、両者納得する落としどころであり、無理強いではない。
「では、お好きなだけお考えください。しかし答えを出すまで時間はあまりありませんぞ」
「わかった、しばらく一人にしてくれ」
「御意」
二姫が話しかけたのはそうやって一人沈思するチェスマだった。
「ンガダス家のチェスマ殿。ご挨拶をもうしあげるぞえ」
「だれだい? 」
二姫はつつましく物陰から声をかけたので、チェスマにその姿は見えていなかった。
「龍家の二姫ともうします。チェスマ殿にお目通りした一姫の妹でございます」
「龍家の人か。何の御用だい? 」
「何ぞ、お助けになることはございませんかえ? 」
「こちらへ」
招かれるまま姿を見せると、チェスマはしばし彼女の顔を見つめ、小さくあっと声を上げた。
「君は赤蔓先生のところにいた娘だね」
「先生には内緒にしてね。いらない気をつかわせたくないの」
二姫はがらっと言葉つきを変え、いたずらっぽく微笑んだ。
「なるほどねぇ、いろいろやるもんだ」
チェスマの声には感心の響きがあった。
「どうぞお許しを」
二姫は優雅にお辞儀した。
「まあいいや、教えて欲しいことがいくつかある。答えられるだけ答えてくれない? 」
腰掛けて、と椅子をすすめると二姫はちょこんと座った。
「なんなりと」
優雅に扇をひらひらさせながら彼女は微笑む。野良着姿とは別人のようだ。
「じゃあ、まず」
チェスマは須臾、質問をまとると最初の質問を放った。
「血を選択する場合についてだけど、正妻でなければならない? 」
二姫は扇を二回ひらひらさせてから答えた。
「否」
「愛人でもかまわない? 」
ひらりと一回だけ。
「十分ではないの」
「何が必要か教えてくれないか?」
ひらりひらりひらり、今度は3回。
「生まれた子を後継とすること。あるいは正妻としてその意志を表明すること」
「なるほど」
チェスマはしばらく考えてから首をふった。
「次は試しについて。具体的にはどうやって試しをくぐったことを確かめるのか? 」
「龍の見える場所に置いた割符を持ち帰ればよい」
二姫はそう答えてにやーっと笑う。
チェスマは何かいいかけてはっとした。同じくにやーと微笑み返す。
「割符を置きに行く人が必要だね」
「あい。都度、使う割符を確かめておいてまいります」
「届ける人はなぜ無事においてこれるのかな? まさか投げこんでるんじゃないよね」
「それはありえませぬのう。必ず信用のおける龍家の者が二人以上で確かめますぞえ」
「龍家の人なら一度は試しを受けているから無事なのかな? 」
ひらり、ひらり。
「チェスマ殿はお疑いかの? 」
「うん。龍家の人たちはただ運がよかったのじゃないかと疑っている」
ひらり。
「聞かせてたも」
「断っておくけど、これは推理憶測だから怒らないで聞いてほしい」
「あい、心得えもうした」
チェスマはまず、自分が読んだ龍の民の縁起物語の内容をかいつまんで説明し、間違いがないかを尋ねた。
随分抜け落ちた挿話や微妙な違いはあると思ったが、たいした問題ではない。二姫はただうなずくだけにとどめた。
そこから先の推理は明快だった。龍に殺されるのは龍が空腹の時だけ。試しに耐えた人たちは龍がまだ空腹でないときに試しを受けたのではないか? そして、割符を置きに行く前には龍にたらふく食べさせているのではないか?
ひらり、ひらり、ひらり。
「試しを受ける者に教えてはならぬこと、というものがございます。されど、それでは運の説明にはなっておりませんぞえ」
チェスマは考えた後、自分の言葉を訂正した。割符を置いた後、即座に取りに行ったものが助かり、龍が空腹を覚えるほどためらったものが死ぬでは?
ひらり。
「教えてよいこともございます。試しを受ける者は割符が置かれてから一月のうちに取りに行かねばなりませぬ」
「なるほど。ありがとう」
「なんの」
二姫はぱちんと扇を閉じた。
「殿が約定を結んでいただければ臥所の者にとっては無上の喜び」
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