第2話
さて、一方の主人公であるこのチェスマ・ンガダスについて少し語ろうか。
ンガダス家は広大肥沃な中原に広がるこの王国で、王家に匹敵する領土を持つ大貴族である。当然、王国でも一番の大貴族である。ただし、他の貴族たちの勢力は全部あわせてこの二家に匹敵するというバランスのため王家を補佐する役割を是として何人もの宰相を排出してきた貴族筆頭でもある。
その勢力の大きさゆえに跡目争いの内紛もこれまで何度かおきているが、その最大のものが終わって間もないのが現状だ。
先代ンガダス公が病に倒れ、後継者を定めることなくなると、当然というべきか後継者争いが始まった。勝利者は先代の四番目の弟であるバンカラ・ンガダス。しかしこの男は正式にンガダス公になる前、チュの守るンガダス本館への凱旋の途上、まったく意外な頓死をとげてしまったのだ。そして他の一族は死に絶えてしまった後だった。
継承権を持つ外縁に王家があるのが問題だった。王家とンガダス家の血縁は濃く、王がンガダス当主の座を要求する正当性はあった。
累代ンガダス公に仕えてきた老僕、執事のチュはその断絶を恐れ、必死に後継者を探した。
それがチェスマである。彼は貴族の子弟を教育し、知識と技術を追求する王立学院の研究助手であった。
血筋を言えば先代ンガダス公の末弟の息子となる。彼はンガダス館では育たなかった。一族に何かが気にいらなかった父親が息子を連れて家を出奔したからである。継承権はまず父親にあるはずなのだが、この父親は既に病死していた。そのため細々と続いていたンガダス家との連絡も絶え、チュが彼を見出すまでこの親子の行方は杳として知られることはなかった。
何もなければ彼は学院の助手から教授となって、自らの出自など知らぬまま王族貴族の子弟らに教養をさずけながらくらしたであろう。
これで遺伝のもたらす体格的な押し出しでもあればまだはったりはきくのだが、武断の家の当主とは思えないなでがたのひょろりとした若者。それがチェスマであり、貴族として育てられていないがゆえに威厳、風格の類は何もなかった。唯一それを感じるものがあるとすれば立ち居振る舞いの端正さだけであろう。それを除けば頭でっかちの若造学者である彼に多くの者が不安を覚えている。頓珍漢な失敗談は尾ひれをつけて伝わっているし、忠実な老僕のチュが人前かまわず説教する様を見た者もいる。
これでンガダス家のひと癖ふた癖あるつわものどもをまとめていけるのであろうか。
王都での噂では、王家がンガダス家を接収すれば王家の力が強まりすぎるという警戒から、彼の継承がかろうじて認められているのだという。
薄氷を踏むがごときその立場を、まるで理解していないようなところもある。
「大丈夫か」
みなが不安を覚え、老獪な者たちは薄目をあけて成り行きを見ている。
いたってのんきな当主に、自らすえたとはいえ忠実な老僕は胃の痛くなる思いをしていた。
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