龍の眠るところ

@HighTaka

第1話

 人間はつまらぬことにこだわる。

 二姫はあくびをかみ殺し、精一杯に神妙な顔を作る。

 目の前では一族の者たちがうやうやしくも根気よく自分を説得しようと言葉に言葉を重ねている。

 めんどうじゃ。そも、これは姉にして総領たる一姫の仕事ではないのか?

 その一姫が「もはや自分にはそのこころはない」と長老方を説き伏せねば自分のような小娘がここに座しているわけがない。

 姉姫は心底面倒になったに違いない。つい最近に、あのような決断を下し、それがまったく思いがけなく台無しになったのだから。

 説得は滔々と続くが、やれやれ大勢を決するに値せぬ言葉ばかり。唯一の論拠はどうやら、これまでの領主の新しい当主がはなはだ頼りなく遅かれ早かれ隣接の旧領主の支配を受けるなら自ら降ったほうが後々有利の一点。ほかは旧領主の領地との通行に障害がなくなれば都合のよい者たちの自己欺瞞ばかりだ。

「もうよい」

 ぱちんと二姫は扇を閉じた。

「童でもわかるぞ。ぬしらは大事なことを言うておらん」

 よく通る声は正しい姿勢から、と二姫は退屈に崩れた居住まいを正した。

「言うとおりであるなら、いずれそのような形勢が見えたときに動けばよい。跡目争いで衰えたといえ、謀反の汚名を恐れず行動するのは思慮があまりにも足らないとは思わぬかえ?」

 いや、それは何度も申したとおりと丸め込もうとするのを二姫は大あくびで無視した。

「聞き飽きた。ことならずんば、そっ首飛ぶも覚悟、であろう? 言うておくが、それだけですむとは思うでない。汚される名誉、巻き添えになる者どものことを思えば、ぬしらの三族すべてに罪過が及ぶと知れ」

 沈黙が落ちた。が、二姫を説得しようとしていた者たちは恐れ入って下がろうとしない。

 二姫はにっこり微笑んだ。快心の笑みだった。

「西の小路家はそなたらに口止めをしたようじゃのう。なれば、あやつらも結果に確信はもっておらんの。いざとなったら知らんふりをする腹であろう」

 ざわざわと動揺が走る。

 しかし、西の小路家はこれに応じればきちんと『約定』もかわすともうしております、と主だった者が腹を割った。

「約定か、つまり主従ではあるがその条件において対等と、そういう申し出であるな?」

 然り、然り。ンガダス方との約定は更新されておりません。

「坑道に先に下ろされる小鳥の役目をやって初めて認めてもらう対等かえ? 」

 二姫は扇を広げて嘲笑で醜く歪む口元を隠した。

「龍の民も落ちぶれたものじゃ」

 二姫様のお好きなようにお決めくだされ、と海千山千は責任のバトンを押し付け、かしこまった。

「では、定めるゆえによく聞くがよい」

 二姫はふたたびぱちんと扇を閉じた。

「約定の更新においてはンガダス方に優先権を認める。しかし、その力量が問われていることも確かであるゆえに、一つ、試すこととする。ンガダス家のご当主殿がその試練も越えれぬようであれば、領土を保つことなどできぬうつけゆえ、約定の相手を変えることとするが、そうではないと知れたときにはこれまで通りンガダス家を主と仰ぐこととする。試しの間は、龍の民はどちらにも加担せぬこと。詳細は追って詰める」

 一同、頭を垂れて承服の意を表した。一部にはおもねりも含めて賞賛の声もあがる。

 まったく人間という生き物はくだらん。二姫は不機嫌にそれを無視した。

(しかし、ンガダス家のチェスマ殿、変り種のようだがどのようなお人かのう)

 楽しみといえば、それくらいだった。

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