第7話
村についてからの庄屋の出迎え、事実の確認、後から来る鉄亀隊のための諸手配は紙数を費やすほどのことはない。村人は等しく驚きおののき、しかし粛々と百名の部隊の受け入れ準備にかかっただけだ。
また、チェスマはチュと護衛の自警団数名つれて砦の様子を見にいった。
城壁には面頬をつけた数名の見張りが石弓を手にこちらの様子を見ているのと、固く閉ざされた城門を確かめた。城壁の割れ目は土嚢でふさがれ、火をかけられぬよう常時湿らされている。中の人数は二、三十人だろうという見通しだった。
「落とせぬわけではなさそうですな」
チュの感想だった。
「破城槌とはしごを用意させましょう」
「迂回はできないかな」
と、チェスマ。
「あの砦、反対の門は扉ごとなくなってたはず。背後をつけば砦の人たちも手をあげないかな」
「よい考えですが、大勢が通れる道を切り開くのをただ見ていてくれるとは思えませぬ。正面から一気に落とすのと、どちらが被害が少ないかはわかりませんが、あの峠の険阻さからして、あまりよい考えとは思えませぬ」
「そうかぁ」
残念そうなチェスマは城壁のほうに手をふった。
チュがそちらを見るとやはり面頬で顔を隠した士官らしい甲冑姿が手をふりかえしかけてあわててやめるのが見えた。
「何をなさっておいでです」
「いや、こちらをじっと見てたから、つい」
「さようでございますか」
忠義者そのものの顔のチュであったが、そのこめかみがぴくっと動くのは抑えられなかった。チェスマにとって幸いなのはそれに気づかなかったことである。そのかわり、彼は不思議そうにチュに尋ねた。
「あの連中、山賊にはどうしても見えない。どちらかというとちゃんとした兵隊に見えるのだけど、どう思う? 」
「もし山賊なら跡目争いで敗れた敗残兵、かもしれませんな」
「つまり、元はンガダス家の兵?」
「そうなりますな…」
チェスマは護衛についてくれた自警団の面々を見た。従軍経験のない若者も多いが、年齢で引退した古参兵もいる。一番近い一人を彼は差し招いた。
「あの人に見覚えはありませんか? 甲冑を見てください」
望遠鏡を渡して城壁の指揮官を指差す。
指揮官は彼が何をやってるのか気づいて三人目で姿を消したが、その姿を見た三人のうち二人までは見覚えがあるといい、しかし確かなことはいえないといった。少なくとも彼らの村の者ではない。それだけははっきり答えた。
「彼らが元ンガダスの兵であるなら、」
チェスマはチュに言った。
「なんとか助けるのは当主としての僕のつとめだと思う」
「殿に責任はございません」
「彼らにもない。事情をくんでなんとかしてやるのが僕の立場のすることじゃないだろうか」
「ご立派でございます」
衷心からチュは頭を垂れた。
「しかし、のこのこ城門前までいって話しかけたりはなさらぬよう」
「やってみないとわからないじゃないか」
「矢を射掛けられたらなんとします」
「それは……」
「お聞きください」
何か言おうとするチェスマをさえぎってチュは厳粛な顔で続けた。
「もし一人でもあなたに矢を放てば、そして彼らがンガダスの家臣であるなら、彼らは取り返しのつかない謀反人となるのです。主たるもの、家臣の立場を悪いものへと追いやることには十分に注意せねばなりません。なんとなれば、それはその家臣を虐殺しておることになるからでございますよ」
チェスマは返事ができなかった。
「一旦、戻りましょう」
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