第9話

 鉄亀率いるつわもの百が到着したのは思ったより早かった。急いだためらしく、人数も少し足りなくて九十六名である。別に本館の倉庫から持ち出し積み込んできた輜重の馬車が三台と二十名ほどの少年や老人が雑務のために随行している。

 兵士たちはタフで無口だった。動作に無駄はなく力にあふれ、いかにも精鋭という言葉にふさわしかったが、気持ちの高揚はまったく感じられなかった。

 内乱は終わり、戦友同士で殺しあう戦いの傷はまだ癒えていない。だからこそいらぬちょっかいをかけてくるものがいることは理解していたが、気持ちの問題はそれで納得させられるものではない。

 本音を言えば彼らはうんざりしていたのだ。

 だが、鍛え抜かれた兵士の誇りが彼らを応召せしめた。

 兵の犠牲をなんとも思わない者であれば従わなかっただろう。だが、単に軟弱なだけの者を受け入れることもありえなかった。

 その意味ではまったくチェスマはがっかりな当主だった。うわさはもう聞こえていたのであからさまにそんな様子は見せなかったが、やはりその声、その姿、そして話し方に失望を確かにしたのは間違いがない。

「ここまではチュの用意してくれた原稿のままです。僕も同感ですが、一つ付け加えたいことがあります」

 ひえびえとした場の雰囲気にまるで気づかないようにチェスマは続けた。

「たとえ敵兵でも、犠牲があたりまえの戦争なんてしたくありません。どんな争いごとも、血を流さず解決できればこれにこしたことはありません」

 眉をひそめるもの、たまりかねてつぶやくもの、ざわつく中にここまで通ったのか思う声で彼は続けた。決して大きな声ではない。ただ、まちがいなく耳にとどく声だった。

「これは、とても残酷なことです。当主となってしまった以上、僕は負けるわけにはないのですから」

 この、軟弱な坊やが残酷? ほとんどはわからなかったが、一部の兵士はこう理解した。

 必要な犠牲はいかにむごたらしかろうと躊躇なく払う、ということなのだ。

 結果として、士気は特別あがらなかったが、下がる、ということもなく九十六名の兵士たちは砦の攻略準備にかかった。

 用意したのは多数の長い梯子、矢、医薬品、それに破城槌に用いるためにきりたおした大木。それに柵につかう紐と竹。

 これらを運んで矢のとどかないところに布陣すれば砦に緊張が走る。その前で悠々と本隊は破城槌の準備を始めた。


「来るなら、明日だな」

 砦の指揮官はそう読んだ。

「かねて手はず通り、おのおの方、準備しませい」

 二十四名の部下たちは見張りについているもの以外は城壁の上から投げ落とすもの、石や油や薪の束を運びあげ始める。城壁が崩れそうなので重い石はいざというときまで下においてあったし、雨の用心に屋根のあるところにしまってあったものだ。

 砦の大きさに対してやはり人数が少ないのがわざわいして、作業は多忙を極める。

 攻撃してくるとすれば、夜明けだ。双方の兵士が理解していることであった。

 指揮官が望遠鏡で見ていると、馬が三頭引き出され、厚めの甲冑を着込んだ三人がこれにまたがった。先頭の騎馬が休戦旗を受け取る。

「きた、降伏勧告だ」

 応じるのは隊長である彼の仕事だ。彼は三騎がやってくるのを待つ。

 城門の前まできた三騎の先頭の武者を見て指揮官は驚いた。

「なんとまあ鉄亀爺さんだ。引退したんじゃないのか」

「城門の者に告ぐ」

 老いたりといえ朗々たる声。彼の指揮下にいたことのある兵が首をすくめるのが見えた。

「ただちに開門いたせ」

 要求はシンプル。意図は明らか。

 指揮官の番だ。どう答えるかは自由だが、要求に即座に応じないことにかわりない。といってこの老人は苦手だ。喧嘩をうるより時間稼ぎをするとしようか。

 が、そのとき背後に気配を感じてふりむいた。その喉に剣の切っ先が突きつけられる。

 部下と似た様な甲冑姿が三名。剣をつきつけているのはなんと

「チュ殿!」

 そしてその傍にいるひょろっとした姿は

「そして殿……」

「僕たちを通してくれないか? 」

 チェスマは静かに言った。

 部下たちもこの異常に気づいて凝視している。

「それとも、まだこれ以上争う意義があるのかな?」

 指揮官は城壁の部下たちを、そして彼方のンガダス軍を見回した。眼下の軍は破城槌をほうりだしてはしごを構えて押し寄せる構えをしている。

 ここで逆らっても、チェスマはもしかしたら討ち取れるかもしれないが、その間に乗り込まれてあっという間に落城するだろう。

「謀反は選択であって本意ではなかろう」

 チュの声が険しい。

「今武器を置けば殿はおぬしらの気持ちを汲んでなかったことにすると仰せだ」

 若き当主は悲しそうに彼を見ている。なんとまあ、このお人よしの殿様は自分の危険を顧みず、自分たちの身の上を心配しているのだ。

 指揮官はじろっとチェスマを睨んだ。

「なぜこのような無茶を? 」

「無駄な犠牲をこれ以上出したくない。これがうまくいかないなら、必要な犠牲は役立たずのわが身一つでたくさんだ。でも、あんまり無茶でもなかったよ」

「参りましたな」

 指揮官は苦笑し、そしてひざをついた。

「御殿のお慈悲、ありがたくお受けいたします…我々の負けだ。開門せよ!」

 大音声に命令すると、ほっとするもの、がっくり肩を落とすものこもごもになる。

 声は城外の三人も聞こえた。砦の兵士の一人がぎりっと歯噛みして箙の矢に手をのばす。その肩にぽんと手が置かれる。仲間の兵士だ。

「やめとこうぜ」

 兵士は弓を置いてため息をついた。

 ぎちぎちと城門が開くと鉄亀とンガダス兵九十名強が入城する。

「砦の山賊は逃げ散った。諸君は我々に編入される。異論あるものは申し出よ」

 いるはずもなかった。



 ンガダス軍は臥所の町を回復した。

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