第8話
「おはよう!」
「……おはよう」
――9時20分に、駅に集合しよう。そして、30分の下り電車に乗る。3つ駅を過ぎたら、目的地だよ。
でも、あそこにあるのは廃園になった遊園地。デートなのに動きもしないアトラクションを見て、それが楽しいものなのだろうか。
「ねぇ、行こうとしてる場所ってさ、もう動いてないんじゃ……」
「そうだよ。廃園からどのくらいだったかな。5年くらい? コンビニも、レストランも、自動販売機も使えないから、今のうちに買っておかないとね。あ、お昼ご飯は持ってきたから、おやつ買お」
駅前のコンビニでジュースと、適当にスナック菓子やチョコを買った。
廃園した遊園地。ネットで調べてみたら心霊スポットとかにもなってるし、怖くないのだろうか。
それとも俺を怖がらせようとしてるのか。
意図が全く読めない。でも、少なくともこの場所を選んだということは、その遊園地が、心乃葉にとっての思い出の場所なのだろう。
「あ、電車来ちゃった」
「え」
「早く早く!」
ダッシュでホームに駆け下りて、電車に飛び込んだ。半ギレで「駆け込み乗車はおやめ下さい」と車掌が車内アナウンスをする。
俺達は顔を見合わせた。
「怒られちゃったね」
「うん」
「あ、あそこ座ろうよ」
「いや、いいよ。どっちみち直ぐに着くよ」
遊園地前駅。そこは、森に囲まれていて、遊園地以外にめぼしいものは何も無い。
だから、この駅で降りる人はほとんど居ない。
少し前までは心霊スポットで有名になってポツポツと乗降客はいたのだが、ブームが過ぎた今ではめっきり減って、確か今年の末に廃駅になる。
遊園地前で電車から降りると、周囲の人からは不思議な目で見られる。
――遊園地もなくなって、駅自体も寂れて、古ぼけて、なんでこんな駅で降りるのだろう。
多分、そんなことを思っているのだ。
「うわー。変わってないなー。少しボロボロになってるけど。でも、そのまんまだよ」
ホームに降り立つと、心乃葉は大きく伸びをした。なんだかリラックスした猫みたいだ。
地面は所々ひび割れていて柱は錆びている。時計は7時47分で止まっていて、まるで駅自身が時代の終わりを告げたみたいだ。
「凄い! 無人駅だ」
嬉しそうにICカードをタッチして、駅の外へ出た。
この路線で唯一の無人駅。
当たり前だ。誰も降りないこの駅が未だに動いているのが異常なくらいなんだ。無人くらいでは驚かない。
「早く早く!」
誰もいない遊園地。ジェットコースターは止まっていて、観覧車やコーヒーカップ、メリーゴーランドは回らない。マスコットの着ぐるみは外に放り投げられていて、ドロドロに汚れていて、タイルはひび割れている。
ここに遊びに来る人なんて誰一人としていなくて、もうこれ以上誰かの思い出に残ることは無い。
こうして、残像のように残った瓦礫が夢の中に取り残されている。
もう、夢も希望も何も残されていないような場所で、心乃葉ははしゃいでいた。
「なんでここにしたんだよ。って顔してるね」
「だって、俺とここに来る必要なんて……」
「あるよ。だって、私を知って欲しかったから」
心乃葉は歩きながら、アトラクションに指を指した。
――あのコーヒーカップはね。お母さんとお父さんが仲良く手を繋いで、その真ん中に私が座って、お姉ちゃんが嫉妬してた。メリーゴーランドには、お姉ちゃんと一緒に馬車に乗った。ジェットコースターは身長が足りなくて乗れずに大泣きして、疲れてあの観覧車に乗ったら寝ちゃった。
「どれも大切な思い出なんだ。でも――もうお父さんとお母さんは居ない」
「どうして」
俺は慌てて口をつぐんだ。
「遊園地であそんで、その五日後に交通事故で死んじゃった。それで、私とお姉ちゃんだけ残された。だから、ここは家族全員で遊びに行った最後の思い出なんだ」
俺は、何も言えなかった。こんな俺が何か言ったところでどうせ陳腐な言葉しか出てこない。
途端に、俺がこの場にふさわしくない気がしてきた。
「お姉ちゃんに心配かけたくなかったから。必死に友達作って、部活も勉強もやってる。でも、本当の私を知ってるのはお姉ちゃんしかいないんだよね。こんな話したら、嫌われちゃいそうで怖かったから。でも、私は将大だけには教えようって決めてた」
「どうして?」
「私を救ってくれたから」
心乃葉を、俺が?
そんなわけが無い。
「……別に。俺は何もしてないよ」
「ううん。そんなことないよ。実はさ、私こう見えてもカレシ出来たの初めてなんだ」
「そうなんだ」
「あー! 何その反応。私結構頑張ってたんだからね。これまで3人に告白して、それで全員同じ理由で断られた。どうしてだと思う?」
容姿端麗性格良し。勉強できる。断る意味が全く分からない。
自分で言うのはなんだけど断ろうと一瞬でも思える人は、相当な捻くれ者だ。
「――君は偽物みたいだ」
「――っ」
「でもさ、将大は私を受け入れてくれた。好きでもないのに」
「それだけで……」
「将大は悩んでくれたでしょ? 私の為に。私、あんなに思ってもらってのは初めで。なんか、私の服を選ぶお父さんみたいだった。変だよね。たかが服1枚でそれだけ悩むのって」
「心乃葉……」
観覧車の目の前に来て、足が止まった。
大きな観覧車だ。錆びていて、明らかに劣化している。
心乃葉は振り向いて、いたずらっ子のように笑った。
「――実はこの観覧車、動くんだよ」
「は?」
突然制御室へ心乃葉が駆け出して、それでドアを開けて何やら弄っていた。
すると、ブザーがなって、観覧車に明かりが灯り、ゆっくりと軋む音を大地に響かせながら動き始めた。
俺があっけに取られて見ていると、心乃葉の足音が聞こえてきた。
「それじゃあ、乗ろっか」
「え? いや、流石にそれは」
「大丈夫。バレないから。まだ動くって世間にバレたらやばいから、業者は絶対に外部に漏らさないよ。ほら、早く」
意外なところで、頭が回るんだな。なんかちょっとクロい一面を見せられた気がする。
そう、よく考えたら動くのが異常なんだ。電源が生きている。それは明らかに向こうのミスだ。もし今気付いたのなら、顔を真っ青にして、大慌てで動きだすのだろう。だから、ほぼ確実に問題になることは無い。
手を引かれて、観覧車に乗り込んだ。古臭い匂いが充満していて、おもわずむせそうになった。
ギシギシと音を立てて、俺たちを乗せた観覧車はゆっくりと上へ昇っていく。
昼だからこそできることだ。夜だったら明かりが着いた時点で1発でバレる。
「わーっ。すごい。本当に懐かしい。将大はどう?」
遠くに見えるビル。富士山。ここからならどこまでも見渡せる気がした。
「こんなこと出来るなんて思わなかった。景色も綺麗で、街全体を見渡せる。ここに来て、本当に良かったよ」
「そっか……」
心乃葉は天を仰いだ。
「これで……さよなら」
そう言って、突然俺に飛びついてきて、胸にうずまった。
心乃葉の体は震えていて、時々鼻をすする音が聞こえてきた。
息も、明らかに荒くて不規則に揺れている。
心乃葉は俺のシャツの裾をギュッと握った。
「ごめん。こんな顔、見せられないや」
「ううん。俺の胸くらい、いくらでも貸すよ」
心乃葉は、さよならを言いたかったんだ。
観覧車が動くのを知っているのは、多分ここに何度か来たからなんだろう。廃園になったあとも、この場所が忘れられずに何度か遊びに来ていた。
悪戯心でいじったら、本当に動いてしまったとか、そんなところか。
今まではここに来れていた。でも森の中だから、駅が廃止になれば、もうここに来る手段は無くなる。
だから、家族と残した最後の思い出に区切りをつけに来たんだ。
そして、両親との思い出の場所を、俺との思い出の場所にしてくれた。
多分、心乃葉は姉以外にこの場所を思い出してくれる人が欲しかったんだ。
そして、それに俺を選んでくれた。
俺も、今日の出来事は一生の思い出になった。心乃葉と俺の、大切な思い出だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます