第7話
「久しぶりにゆっくり出来るぜ……あー疲れた」
いつもの3人で学校への道を歩いていた。
酒川はイベントの話が一段落ついたようで、また俺達と帰れるようになった。
桜田と2人きりで帰ると何かと誤解されるし、やっぱり酒川がいると安心材料になる。
「準備は上手くいってるのか?」
「バッチリ! やることも決まって、予算の目処もついた。あとはお前の番だぜ」
「ああ。まあな。今度は俺からもう一歩踏み出そうと思ってる」
「お、日々成長だな。頑張れよ、呉橋」
――俺の番。
あれから少しずつ進展はしている。でもまだ自分の中だけで完結している。
デートへ行く前に1度だけでいい。ちゃんと、心乃葉と話したい。
知り合いの目があるし、学校で話せることは限界がある。だから別の場所で、ちゃんと話したい。
「呉橋くん、上手くいってるみたいで良かった。私も少しだけほっとした」
「ありがとな。桜田のお陰だよ」
でも、いつまでもこの2人に頼る訳にはいかないよな。ほんの少しでいい、俺自身で動きたい。見つけ出したい。
「桜田……お前、なんで呉橋を助けてるんだ?」
「え? 何かおかしいの?」
「いや、別におかしくはないけど……いいのかよ」
「えっと、よく分からないけど……。何の話?」
俺を置いて、桜田と酒川が何やら気になる話をしていた。
桜田はわざと知らないふりをしてるように見えて、酒川はそれに何も言えず歯がゆい思いをしているみたいだ。
「酒川、どうかしたのか?」
「いや……別に、なんでもない」
何か隠し事でもしているのだろうか。別に、俺なんかに隠すことなんて無いだろうに。
「うん。大丈夫だよ。呉橋くんは気にしないで」
そんな事言われても気になるに決まってる。
だが、桜田には有無を言わさない圧力があった。このまま、何か踏み込むような雰囲気ではない。
こういう時は、何も突っ込まないのが正解だ。
進むことは出来ないが、地雷を踏み抜くことも無い。平和そのものだ。
「あ、そういえば今日オーロックスのルーキーが……」
俺がオーロックスの話題を出すと、酒川は直ぐに食いついてきた。
桜田が少し不機嫌になってしまったが、話はそらすことが出来た。
ほんと、酒川が熱血オーロックスファンで助かった。
◇ ◇ ◇
ラグビーボールを追いかける。そして、体がぶつかり合う。俺はそれを、体育館の外から見下ろしていた。
そして、グラウンドの端にある水道でウォータージャグに水を注ぐ少女がいた。
心乃葉だった。心乃葉は体操着を着ている時は、いつも髪を結んでいる。短いポニーテールは桜田のいつも結んでいるポニーテールとは少し違い、快活な体育少女といった雰囲気を感じた。
思わず見とれてしまった。
部活になると、授業中や、休み時間とは一風違う彼女を見ることが出来る。
いつも見ている心乃葉とは違う、健気で綺麗だ。
俺は、開いたままになっていたスマホに目を向け直して、メッセージを送信した。
――校門で待ってる。
今日、心乃葉とは何度か話をしているが、俺が放課後に校門で待っているのは伝えていない。
これは、サプライズであって欲しかった。突然の出来事であって欲しかった。
これをどう思うのかは分からない。でも、いつもより少しだけ気持ちを込めた。
ゆっくりと日が沈んでいく。辺りは段々と暗くなる。そして、照明が灯り始めた頃に、ざわざわと声が聞こえてきた。
「お、心乃葉のカレシか」
「ん? ああ」
知らない生徒に声を掛けられるとは思ってなかったので、感情が声に乗らず、気の抜けた返事になってしまった。
「いいよな……お前。あんな可愛い子取りやがって」
ニヤニヤとしながら、目の前の男子生徒は、後ろを向いて、大きく手を振った。
「おーい! 明日川ー! 来てるぞ〜!」
「先輩。あまり私のカレシをいじめないでくださいよ」
「んなことしてねぇよ。ちょっとはなしてただけだよ。明日川のカレシできたって言うから、どんなやつかと思ってな。ま、顔を拝めてよかったわ。じゃな」
「はい。お疲れ様でした。先輩!」
敬語を使う心乃葉か……初めて見た。なんか、面白いな。
「じゃあ私達も帰ろっか」
「うん」
「急にメール来たからびっくりしたよ。どうしたの? 急に。もしかして、寂しくなっちゃった?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「んふふー。冗談だよ。でも、なんか不思議」
「せっかくデートするんだったら、その前に少しくらい会えないかと思って」
「そっか……。ありがとう」
心乃葉は俺の手を握りながら、寄りかかってきた。
ふにゃりと緩ませた笑みは力が抜けていて、涎でも垂れてくるんじゃないかと心配になった。
「うへへ……」
気が抜けてる声だ。夜で、人通りがほとんどないからいいものの、朝にこんなのやられたら目立って堪ったものじゃない。
「あ、そうだ。もうすぐ日曜日だけど、行く場所はもう決めたの?」
「ああ。決まってよ」
「本当!? 楽しみだなー」
街灯を辿る。こんな遅い時間に下校するのは初めてだ。
異界に迷い込んだ気分だ。
暗くて、寒い道のりだが、それでも俺の右腕の感触にほっと安心感を覚えた。
「心乃葉はさ。俺と付き合う前と付き合ってから。何か印象は変わった?」
「変わったよ。思ったよりも静かで、心が見えないけど、でも優しくて強い心をもってる。将大は?」
「変わった……というより、あまり絡みが無かったから分からなかったっていうのはあるけど、イメージと違かった。俺、心乃葉と付き合って良かったと思うよ」
心乃葉が顔を隠した。
「そ、そっか」
今、イベントのことを言ってしまおうかと一瞬思ってしまうくらいには、今日の出来事でガラリと変わった。
偶然部活中の心乃葉を見て、それで俺の彼女に対するイメージは変わった。
俺は底なしに明るくて、人生を全く悲観しないような、そんな人なんだと思ってた。
でも、部員の為にああやってサポートをする時の真剣な眼差しを見て、とてもそんな人とは思えなくなった。
夕日に当てられながら、せっせと働く姿は、俺なんかより何倍も輝いていた。
「……わ、私絶対に楽しませてあげる。私、真剣に考えて、1番知って欲しいことを、見せるつもりだから。頑張るから」
「そんなに気負わなくてもいいよ。心乃葉がいつも通りなら、俺は絶対に楽しめるから」
「う、うん」
こんな雰囲気、初めて見た。
最初の明るい笑みやスキンシップとは違って、少し焦りと不安を含んだ声。
やっぱり、彼女は努力家だ。
友達を作るのにも、努力を惜しまなかったのだろう。話題の振り方とか、会話の回し方とか覚えて、身だしなみもちゃんと整えて。
勉強も、定期テストはしっかり点を取る。部活も手は抜かない、常に気を配っていて、先輩にも好かれている。
そして酒川とはまた違う、人を惹きつける魅力がある。
一体、何が彼女をそこまで動かすのだろうか。
「大丈夫だよ。心乃葉が教えてくれる場所なら、絶対に楽しいと思うから」
「うん、ありがとう。私も楽しみにしてるから」
でも、だからこそ心配になる。
――本当に、俺の選んだ場所は合ってるのだろうか。
悪い癖だ。どうしても、自分のしたいことに目をつぶって、ご機嫌取りなだけの自分になってしまう。
このまま自分を信じればいい。
でも、俺はそんなことが出来なかった。
「心乃葉は、俺が誘う場所がどんなところだったら嬉しい?」
やっぱり、俺は弱い。
聞くことは、悪いことじゃない。でも、今ここでそれをやるというのはつまり、自分を否定しかけているということだ。
「どこだって良いに決まってるでしょ? 将大の見えない気持ちだから、私は知りたいの」
その答えを聞いて、俺はほっとした。
でもそれ同時に、カンニングをしてしまったような罪悪感が襲った。
まだ、俺は変われていない。
もうすぐ、もうすぐなのにこれじゃ何も変われていない。
いや、違うんだ。これは違う。変われていないんじゃない。
――俺はまだ、根本は何一つ変わろうとしていないんだ。
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